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4話 スピスとミツホシ

 すっかり夜も更けた頃。学校から帰ってきたスピスはそのまま自分の部屋の机に突っ伏して、大きなため息を上げた。


「はぁ~!」


 爽やかなオレンジ色のスカートは土埃にまみれて、ふわふわだった金髪はボサボサに毛羽立っている。それは今日も今日とて魔法が失敗した証。スピスは机に頬をべたりと張り付けながら、失敗の原因を思い返す。

 教師いわく、足りないのは魔力のコントロールとのこと。それとついでにもうひとつ。


『スピスさん。最近のあなたの成長ぶりには目を見張るものがあるけど、その一方でやり方がどんどん豪快になってるというか、大雑把というか……』


 脳内に響いた教師の声。大雑把になった理由には心当たりがうっすらあった。


(もしや、ずぼらなとこまでコープリアさんの影響を……)


 そこでハッとして顔を上げ、横にぶんぶん首を振る。


「いやいやそういうの良くない! うーむ、どっちかといえば最近調子乗ってたのかも。ここしばらくは成功続きで実際浮かれてたものね~我ながら!」


 言いながら大きく伸びをして椅子にもたれかかれば、木組みの背もたれがギシッと軋んだ。そのまま天井を見上げてぼんやりしている……と、不意に机の方から聞こえてくる。


「ピピッ」

「!」


 その聞き慣れた鳴き声が、スピスの顔をがくんと戻した。天井から机上へ。するとそこにはいつの間にやら、ミツホシが居座っていた。ちなみに、部屋の窓はいつも通り開けっぱなしである。


「ミツホシ! 今日も毛艶がいいわね!」

『ピッ!』

「返事も元気! それで手紙は……あ、これね」


 ミツホシのそばに置かれていた手紙を手に取る。今日はノートの1ページのようだ。


(この前は確か、ノートの取り方に悩んでるって書いたのよね。それでこれは……コープリアさんが学生時代に取ってたノートかしら?)


 その紙には、スピスも習った覚えがある授業の内容が書かれていた。


(でも、やっぱり遊び心に富んでるのよね)


 そこに書かれた内容は、スピスが知るそれよりもかなりざっくりと要約されていた。一方でところどころに自分なりの注釈が細かく書き込まれ、ついでに愛嬌のある落書きがいくつか添えられていたりもする。


「なるほど。お手本をただ写すんじゃなくて、自分なりに噛み砕くのが大事ってこと? それに賑やかなのも良いわよね。挿絵とかも入れちゃって、あとで見返して楽しいノート! 復習のモチベも上がるし、これなら私にもできるかも!」


 ひとしきり感心したあと、スピスはページから顔を外してミツホシを見る。ミツホシの方もすでにスピスを見つめていた。スピスは顔を綻ばせて、ミツホシへと言う。


「さすが、あなたのご主人様はいつもすごいわね!」


 するとミツホシは、翼をばさっと広げながら答える。


「ピッ!」


 その返事を聞いて、スピスはひとつの確信に至る。


「前々から思ってたけど……あなたって本当に人の言葉を理解してるのね。あなたみたいな賢い子を見つけたコープリアさんって、ほんと見る目があるわ」

「ピッ!」


 元気な返事がまたひとつ。

 スピスはそれにふふっと笑みを返してから、机の引き出しを開けて便箋と鉛筆を取り出した。


「さて、今日の手紙でも書きますか!」


 気合を入れて、ペンを握り、便箋に文字を走らせ……ようとしたところで、ぴたりと動きを止めてしまう。


「うーん……」


 なにかを書き出そうとするたびに、悩む。


「む~~ん……!」


 脳裏にはちらついてやまないのは、ここ最近の魔法の失敗そればかり。

 やがて悩みに悩んだ末、最初の一文を決めた。


『今日は折り入ってご相談したいことがあります。実は全然成功しない魔法が』

「だめだめ!」


 すぐに消しゴムで全部消す。


「コープリアさんはあくまで文通相手! なんでも頼る、良くない! それに……」


 スピスはちらりとミツホシを見る。ミツホシもスピスを見ている。そのつぶらな瞳が、スピスに決意と活力を与えた。


「やっぱり私の力で成し遂げたいから。この相談はなしなし!」


 そう決めて、結局なにも思い浮かばない。手紙を書くモチベーションがうんともすんとも湧いてこない。

 原因は明確であった。


「んあ~! 失敗を引きずってる~!」


 ミツホシをもう一度、チラッと見る。


『?』


 きゅるっ、とまんまるな顔をかしげる。それを見て、スピスは思った。


「あなたに頼るのはギリセーフ、かしら」


 ――人様の星文鳥には無闇に触るべからず。

 この街における不文律が脳裏を過ぎり、思わずうつむいてしまう。


(そりゃミツホシに嫌な思いはさせたくない……でもあれは赤の他人が触るとストレス与えるから駄目! ってことなんだから、例えば……友だちが触るなら、それはセーフじゃない!? セーフよね!)


 ――だから星文鳥さん! 私と、友達になってください!


(人の言葉を理解した上で、ミツホシはウチに来てくれてる。だったら友だち……ってことでいいのよね!)


 スピスはそう信じ、そして意を決する。


「ねぇミツホシ。その……」


 呼びかけながら、スピスはおずおずと顔を上げる。すると視界に映ったのは、2つの丸であった。

 丸い体に丸い顔。

 ふわふわの羽毛。

 つぶらな瞳。

 見つめ合うだけで、スピスの息は自然と荒くなっていく。


「その、さわ、さわっ、さわわわわわ!」


 すると、なぜかミツホシの方から歩み寄ってきた。2歩3歩。距離を縮めると、上目遣いにスピスを覗き込んでくる。スピスは声にならない呻きを上げる。


「~~~~!」


 それが最後の一押しだった。


「そのお体を、触らせてください!!!」


 小さな体に大きな声がぶつかって、羽毛がぶわっと逆立った。ミツホシは、びっくりして固まった。


「あ゛」


 スピスはそこで自分のやらかしに気がついた。


「あああああごめん~! びっくりしたよね怖かったよね! ていうかいきなり触らせてとか人に例えるとだいぶ不審者だもんねごめん変なこと言って――」

「ピ!」


 そのとき、ミツホシが我に返った。逆立っていた羽毛を収め、とてとてと歩きだす。ただしスピスから逃げるのではなく、むしろさらに近づく方へ。


「!?」


 今度はスピスがびっくりした。すわ何事かと見守っていれば、ミツホシは机の縁まで辿り着いて――ふにょん。丸い体に足を埋めて、その場に座り込むのであった。


「ほあっ!?」


 スピスが奇声を上げた。ミツホシは動かず、スピスをじっと見つめている。


(瞳が訴えかけてくる……もしや、もしや触っていいってこと!? いや単なる勘違いかもしれないけど、ミツホシはきっと人の言葉を理解してる。私は賭けたい。あなたの賢さとか、あとなんか色々に……!)


 スピスに迫真の表情が宿る。息が荒くなるのを通り越して、ぎゅっと止まった。心臓だけがどくどくと鳴り響く。

 ゆっくり、本当にゆっくりと、両手を伸ばす。強張った五指をぎこちなく広げて。合計10本の指でミツホシを取り囲み。そして――右手の中指が、ちょんと触れた。


「あ」


 つるりと滑らかな黒羽が、脳裏にデジャブを過ぎらせる。


(そういえば私、一応は触ったことがあるんだ。最初に介抱したときと、図書館の屋上で受け止めたときに。そうだよ。だから恐れることなんてなにもない……)


 心の中で唱えながら、両手でミツホシを包み込んでいく。あくまでも触るだけ。表面を優しく撫でるだけ。


「ツルツル……モフモフ……」


 と、ミツホシが自ら体をすり寄せてきた。右の手のひらに押しつけられる羽毛。その奥にほのかな熱を感じて。


「ひぃっ」


 体温が直に伝わってくる。右手の五指が羽毛に埋もれる。その奥に潜んでいたのは、恐るべき柔肌であった。溶かされていく。スピスの理性が。


「あ、ああ、モチが、モチが!」


 頬がカァっと紅潮した。脈もドドドと乱れ打ち。


「ちょ、ちょっとだけ。ちょっと押し込むだけ。いいよね。だってほら、先に押し付けてきたのはあなただし……」


 親指で灰色の頬を撫でて、そこからぐっ……と押し込んでみる。すると指が埋もれて、ぷにゅん。丸い顔が丸じゃなくなった。


「え、こん、やわ、そんな」


 頬を撫でる親指が1本から2本へ。両手でミツホシを包み込んでホールド。親指で顔中を撫でくりまわす。ぐにぐにむにむに。顔の形が変わって戻ってまた変わる。その間ミツホシは、まるでうっとりしているかのように目を閉じていた。


「あ、おあ、ああああ……!」


 すべすべ、もちもち、ぷにぷに、ふわふわ、ぽよぽよ。

 オノマトペの波が脳の血管をしっちゃかめっちゃか駆け巡り、そしてミツホシがか細い声を。


「ピュイー……」

「ま゛」


 スピスは一瞬固まった。

 それからそっと、ミツホシを降ろして手を離した。

 ミツホシがぼんやりと目を開いたその頃には、スピスはすでに椅子から立ち上がり背を向けていた。彼女はそのままぷるぷると肩を震わせて、震わせて、震わせて――。


「う……うわ~~!!」


 突然ドタドタと走り出し、壁際に置いてあった鞄をひったくる。いつものスケッチブックと鉛筆を取り出して残りは床に投げ捨てる。スケッチブックをババッとめくって、白紙のページに書き殴る。


「感触! 体温! 鼓動! リアル! 今なら描ける! 本物がっ!」


 およそ3分経ったのち。スピスは肩で息をしながら、机の前まで戻ってきた。机の上ではミツホシがぺたんと座ってくつろいでいる。その眠たげな瞳の前に、スピスは今描いた絵をどんと置く。


「これぞ全身全霊、リアル星文鳥!」

「…………」

「…………ん?」


 スピスはふと我に返って、自らの絵を覗き込んだ。

 描かれていたのはとろけた瞳に丸い顔。体は丸というより三角形。地面にとろけて広がっている星文鳥。その絵を見て、スピスはある物を思い出した。


「おまんじゅう……?」


 ちなみに満天の街プラネタには、星文鳥まんじゅうというお土産がある。つぶ餡、こし餡、チョコにカスタード。それに期間限定の星屑餡ほしくずあん味など、様々なフレーバーを揃えて好評発売中!


 ◇


「そっかぁ。星文鳥は鳥じゃなくておまんじゅうの仲間だったのかぁ。通りでこんなに丸くて柔らかいわけだ……」

「ピ?」


 疑問が晴れて、胸の内がスッキリした。空いた隙間に活力が流れ込んでくる。


「よぉし元気出てきた! ありがとね、ミツホシ!」


 金色の癖っ毛がふわりと跳ねる。萌黄色の瞳が元気よく見開かれる。

 ミツホシはそれを瞳に収めたあと、一際大きな声を上げた。


「ピ~~、ピュイ!」

「あはは、なにそれ嬉しいの?」


 スピスは手を伸ばして、ミツホシの柔らかな頬を撫でた。するとミツホシはまた気持ち良さそうに目をつむった。スピスは自然と笑みをこぼした。


「ふふ、待っててね。『あの魔法』ができるようになったら、真っ先にあなたに見せてあげる! なにせあれは――」


 そこでスピスの笑みがニヤリと、いたずらっ気を含むものに変わった。


「あなたに近づくための魔法だからね!」


 ◇


 夜空の下、星遊びの学校。その施設内でもっとも星に近い屋上にて。

 赤い光と青い光、2色の光が隣り合って溢れ、そして収まる。2色の光が消えた跡に現れたのはスピスであった。

 彼女は光が収まるやいなや、ぐっと拳を握り……やがて一気に両手を伸ばして飛び跳ねた。背中の黒マントがばさっとはばたく。大きな声が夜空の向こうへ響き渡る。


「やったー! ついにできたー!」


 するとスピスの周囲からも、次第にどよめきや歓声の声が上がりだす。そこにいたのは黒マントと水面杖の少年少女。スピスの同級生たちであった。

 さらにその人垣をかき分けて、背高な女性がスピスの下へとやってくる。彼女は眼鏡をくいっと指で持ち上げて、明瞭な声でスピスに告げた。


「上級生でも中々できないような魔法をよく成功させました。さすがですね、スピス」

「ありがとうございます、先生! でもさすがだなんて、私なんかまだまだ……」


 スピスは頭を掻きながら謙遜したが、先生は首を横に振って言う。


「確かに少し前のあなたは才能を感じさせる器用さこそあり、簡単な魔法ならすぐ会得したものの……少し難しいものとなれば集中力が続かず、勉学にも励まず、しかも諦め癖だけは一人前。担任としてどうしたものかと思っていましたが」

「そ、そこまで言う……?」

「しかしあなたはいつの間にやらその欠点を克服し、星遊びの魔法使いとしての才能を見事に開花させたようです。それを導いたのが私ではないのは少々残念ですが……どうやら、良き師に巡り合えたようですね」

「し、師匠……?」

「おや、違うのですか? 最近のあなたの変わりようからして、てっきり誰かに師事しているものだと思っていたのですが」

「えっと、そう言われると……」


 言われて真っ先に浮かんだのは、コープリアの姿(想像)であった。


(師事したことなんてないし、あくまでもたまーに心持ちとか勉強の仕方を教わっただけなんだけど……)


 考えれば考えるほどに、スピスの頬は自然と緩んでいた。


「コープリア師匠。悪くない響きかも……」

「……コープリア? それはもしかして『鏡目のコープリア』ではありませんか?」

「へ?」


 スピスに頭に疑問符が浮かぶ。


「先生、コープリアさんのこと知ってるんですか? それに鏡目って一体……」

「あの子の異名ですよ。私は直接の担任ではありませんが、学内ではなにかと有名な子だったのですよ。しかしその異名を知らないとなると……もしかして、彼女が手作りした教科書かなにかを――」

「!」


 瞬間、疑問符は閃きに変わる。


(コープリア直伝、星見の教科書!)

「持ってます! やっぱりこの学校の生徒だったんですか!?」


 すると先生はハッと目を見開く。そしてなにかを納得して、頷いた。


「なるほど、誰かからそれを譲ってもらったわけですか」

「え……」


 スピスは1度呆然として。それからすぐに、慌てて訂正しようとして。


「いや、あの、私はあの人から」


 言葉が伝わるその前に、先生が先んじて口を開いた。なにかを思い出すように、満天の星空を見上げながら語り始める――。


「そうですよね。1度星に導かれた子が、そう簡単に戻ってくるはずないですものね……あの子ほど才能がある魔法使いなら、なおさらです」


 ◇


 その2日後、スピスはまた呆然と立ち尽くしていた。その瞳には小さな紙切れが映っている。たった一言だけが書かれた、小さな小さな紙切れだった。


『ごめんな』

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