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2話 少女と小鳥と星遊び

 ~~ここまでのあらすじ~~


 天文台の下で気絶している鳥を見つけた。→最寄りのちょう医院に慌てて駆け込んだ。→ただいま自宅の、自分の部屋に戻って介抱中。


 そんなわけで現在、スピスは椅子に座って机の上を眺めていた。そこには小麦の入った小皿が置かれていて、例の鳥は元気に小麦をついばんでる真っ最中であった。

 カツカツと音を立てる真っ赤なくちばし。そして黒と灰のまだらな色をした翼。それらを照らしているのは、同じく机の上に乗っている魔法の道具であった。

 金色の台座に乗った、手乗りサイズのつるりとした丸い石。名は『手乗り月』と言った。それは昼に陽光を溜め込んで、夜にはほのかな月光を放つ。小さな月光に照らされた小さな鳥を、スピスはじっと見ながら呟く。鳥医に診てもらったときのことを思い出しながら。


「『今回も大丈夫』だってね。それに『診察代はもうこの子の主人から貰ってる』だって……」


 鳥医に言われた言葉から、スピスは推察する……までもなく、思い至る。

 

「あなたまさか、何度もああしてぶつかってるの?」


 すると鳥はぎくりと固まった。それからなにかをごまかすように、勢い良く麦をついばみだした。


「……かわいい」


 スピスは手を伸ばそうとしかけて、すぐにやめた。


「人様の『星文鳥』は丁重にもてなすべし。しかし無暗に触れるなかれ……」


 それはプラネタに古くから伝わる不文律。ゆえにぐっと堪えて、代わりに溜息をこぼした。


「はーあ。私も早く欲しいなぁ、星文鳥……」


 ――それは星の(ふみ)を届ける鳥。あるいは、羽ばたく翼に星の(あや)を魅せる鳥。ゆえにその名を星文鳥と言った。

 彼らはこの街に住まう『星遊びの魔法使い』にとって最も身近な使い魔であり、そして彼らを飼うことこそが星遊びの魔法使いにとって一人前の証とも言われている。

 理由は2つ。

 まず、かつての偉大な魔法使いが生み出した使い魔を始祖とした星文鳥は、とても賢く忠実である。彼らは時に遠くの森の薬草を摘み、時に暗い道を先導して、時に占いの結果をしたためた手紙を届けるなど、多くの指示を理解して実行できる。ゆえに彼らは星遊びの魔法使いが仕事をこなす上で欠かせないパートナーとなった。

 そしてもう1つ。星文鳥の羽毛は月星の光を吸収して輝く性質を持っている。よく流れ星とも例えられるその輝きは、星を尊ぶ者にとってよく目立つ象徴(シンボル)となったのだ。人の手には届かない光を宿す星文鳥を、星遊びの魔法使いは星空と同じように愛している。

 そういった理由があり、だからこそ逆に、星遊びの魔法使いは一人前と認められるまで星文鳥を飼うことが許されない。それがこの街の決まりであった。

 そして一人前と認められる。それがどういうことかと言えば――


「ああもう!」


 星文鳥を眺めているうちに、スピスの中で不満が爆発した。


「卒業しないと星文鳥を飼っちゃ駄目、なんて言い出したのはどこのどいつよ! それさえなかったら星の勉強なんて~!」


 一人前の基準=星遊びの魔法を学ぶ学校を卒業すること。なのであった。

 現在、スピスは学校に通ってる真っ最中。年齢も、学力も、一人前にはまだまだ遠い。


「あーあ、やんなっちゃう。お星様なんてみんな同じじゃない。いくらこの街の名物って言ったってこっちは飽きるほど見てるんだし、やたら数は多いし、結局はどれもただの豆粒じゃないの! あの中から数個選んで線で結んで魔法陣がどうとか無理よ無理!」


 文句をぐだぐだ垂れ流して、そのうちスピスは気がついた。


「あら?」


 机の上の星文鳥が、なにやらじーっとこちらを見ている。その青く澄んだつぶらな瞳と目があって、スピスはふと思う。


「空のお星様も、あなたたちみたいにもっとかわいくて、もっと個性があればいいのに……」


 その瞬間、スピスの脳裏に閃きが走る。


(一人前にならないと星文鳥が飼えない、ってことは?)


 スピスはすぐさまハッとして、ワッと大きな声を出す。


「ねぇ! あなたも星文鳥ってことは、当然主人がいるのよね!」


 いきなり問われて、星文鳥は小さな翼をばさっと広げた。


「ピュッ!?」


 その一鳴きを、スピスは肯定と捉えて。


「だったら!」


 スピスは机の引き出しをがらっと開けて、すぐに中から便箋と封筒。それと鉛筆を取り出した。スピスはすぐに便箋を卓上へ広げると、そこに鉛筆を走らせる。


『この子のご主人様へ』


 スピスが書き始めたのは、ひとつの報告とひとつの依頼であった。

 星文鳥は壁にぶつかったが無事であること。そして、助けたお礼がわりに『星を見るコツ』を教えてほしい、ということ。


(厚かましいことはわかってる。こんな依頼、受けてくれるとも思えない。けど……)


 ちらり。星文鳥に視線を向ける。星文鳥の方も、スピスを上目遣いで覗き込んでいた。

 目と目が合ったその途端、きゅーんと胸が締め付けられた。


(このウルトラキュートな生き物のためなら……藁にだってすがるべきよ、ね!)


 そのうちに、書くべきことを書き終えた。

 そうしたら便箋を封筒に入れて、先ほどと同じ引き出しから今度は2つの物を取り出した。1つはナイフ。もう1つは蜂蜜色の棒。大きさは両方とも、スピスが片手で握れる程度。

 スピスはまず蜂蜜色の棒の方を、封筒の蓋の上で構えた。それからナイフの刃を棒の先端に当てて、軽く力を入れる。するとナイフはすぐに棒へと食い込んで、さくりと薄皮一枚を削ぎ落とした。それはひらりと封筒の蓋に落ちていった。それを何度か繰り返し、蓋の上に蜂蜜色の山ができたところで、スピスは親指を立てて山を上から押しつぶした。そのまま待つこと30秒。じわり。人肌の熱が蜂蜜色を溶かし始めた。

 ――薄明の蜜蝋。

 星文鳥による文のやり取りが盛んなこの街で生み出された特殊な封蝋シーリングワックスである。蝋を溶かす一般的な封蝋と違って火を使わないから安全で、星文鳥が咥えても害のない素材で出来ているし、そしてなによりわりと安い!

 そんな蜜蝋は、ものの1分程度で押し終わる。スピスが指を離してみれば蜂蜜色の指紋が封筒の口をしっかりと止めていた。あとは5回ほどパタパタと封筒を振るだけで、蝋はあっという間に乾くのだった。


「これで良し!」


 スピスは手紙を持ったまま星文鳥へと顔を向ける。そして手紙を差し出した。


「はい、あなたのご主人様に届けてあげて。今度はぶつからないよう気をつけてね!」

「…………」


 星文鳥は、固まっていた。


「あ、あれ? もしかしてあなた、手紙とか届けない系の星文鳥さん?」

「……ピ!?」


 まるでふと我に返ったかのような、突然の一鳴きだった。それから星文鳥はその小さな鳥足で、とても小さな1歩を踏み出す。続けて2歩、3歩。4、567。差し出された封筒のそばまでやってきて、赤いくちばしをくわっと広げて、ぱくり。手紙の端をついばんだ。


「わっ、わっ」


 少女はちょっとした興奮と共に手を離す。すると星文鳥はひょいと手紙を持ち上げてみせた。

 まるで『心配するな』とでも言いたげな、とても軽々しくどこか自慢げな動きを見せながら、星文鳥はくるりと背を向ける。ツンと伸びた尾羽がスピスの目の前に突き出された。


「か、かわ、かわっ」


 スピスがあわあわしているうちに、星文鳥は翼を広げて小刻みに羽ばたきだした。するとまだらな灰と黒の翼が、窓から差し込む星光を宿してほのかな光を放ち始めて……と次の瞬間、あっという間に机から離陸。開け放たれていた窓から飛び去っていった。

 スピスは一人、部屋に取り残された。

 それからしばらく。ぽかんと開きっぱなしであった彼女の口から、かすかな声が漏れた。


「か……」


 さらにしばらく時間が過ぎて……ガタン! スピスはいきなり椅子を鳴らしながら立ち上がった。


「スケッチブック!」


 脳裏に焼きついた記憶が消えないうちに、愛用の鞄をがさごそ漁る。スケッチブックを取り出して、ふと窓を見上げて、ぽつりと呟く。


「駄目で元々、なんだけど」


 瞳を閉じればすぐに浮かぶ。ちかちかと瞬く星の光。黒と灰のまだらな翼。スピスは祈るように呟いた。


「また会いたいな」


 ◇


 次の日の夜、スピスはハッと気がついた。

 自室の窓をコツコツと、なにかがノックしているのだ。スピスが慌てて窓を開けば、見覚えのある光がいきなり飛び込んできた。それは濃淡がきらきらと移り変わる、表情豊かな流れ星。

机に降り立てば光は収まり、灰と黒のまだらな翼が現れた。途端にスピスの表情がわっと華やぐ。


「わー! あなた、本当に来てくれたの!? ってことは……」


 スピスの視線はすぐに星文鳥のくちばしへと向いた。それと同時にそのくちばしから、どさり。なにかが机上に落とされた。


(手紙にしては重い音、っていうかまるで本みたい……?)


 机の上に落ちたそれの表紙を、スピスは覗きこんで読み上げる。


「なにこれ……『コープリア直伝、星見の教科書』?」


 手に取ってみれば、それは薄い冊子であった。ぱらぱらめくってみれば中身はおよそ10ページ程度。文字も手書きのようで、いかにもお手製といった風情を醸し出している。


「まさか私のために作ってくれたって、こと……?」


 半信半疑で読んでみる。1ページ目の出だしはこうだった。


『最初にひとつ、大事なことを書いておく。これは星を学ぶために作ったんじゃない。星で遊ぶために作ったんだ。なにせ私たちは“星遊び”の魔法使い。遊びってのは楽しんでなんぼだろ? だから私は思うんだ。きっと自分たちをそう名付けた先人たちは今よりももっと自由に、楽しく星を繋いで物語を――』


 読み進める。


『今、君が夜空を見上げて星の区別がつかない! とか悩んでるなら、一旦空から目を離そう。この街にいれば星なんていつだってそこにあるんだ。だからまずは――』


 読み進める。


『私たちの遠い祖先は星の光に意味を見出し、その次の祖先は星の繋がりで物語を紡ぎ、さらにその次の祖先がそこから魔法を引き出した――』

『自由に楽しく描けたかい? ならもう一度空を見上げてみようか。今度は君の物語と一緒に――』


 読み進めて、読み進めて……読み終わった。薄い冊子をパサっと閉じたそのときには、


「……!」


 スピスの双眸、萌黄色の瞳がきらきらと輝いていた。


(面白そう!)


 思うと同時に足が動く。手も動く。部屋の壁に掛けられている愛用の鞄を引ったくる。そこに『コープリア直伝、星見の教科書』を放り込み、床に転がしてた水面杖もぶっ刺して、それから部屋中ぐるりと見渡す。


「あと必要な物! 絵を描く道具は……いつも鞄の中! ヨシ!」


 準備を終えるとスピスはドアを開け放ち、部屋を飛び出す。と、その直前で気づいて振り返り、机の上の小さな来客に向かって叫んだ。


「ついてきて!」


 星文鳥は、ただただぽかんとくちばしを開けていた。


 ◇


 スピスがやってきたのは、満天の街プラネタ唯一にして自慢の大図書館であった。

 プラネタらしく背の低い1階建てではあるが、その分敷地がとても広い。満月を象った円形状の建物は、朝に眠り夜に目を覚ます。月が頭上で輝く今の時刻は、まさに開館ど真ん中。まばらに人が行き交う館内へと、少女も駆け足で飛び込んだ。

 ちなみに、館内ペット同伴はOKであった。


 ◇


<図書館ルールその3:館内では大声厳禁!>


「あなた、本当についてきてくれたわね。賢いっ。かわいいっ」


 スピスは小声で囁いた。館内の廊下を歩きながら、自らの肩に乗っている星文鳥へと向けて。もちろん、スピスの家から一緒についてきたあの星文鳥である。


「うふふ」


 スピスは浮かれていた。肩をちまちま突く鳥足の感触に。自分が星文鳥を肩に乗せてるという現実そのものに。


「なんだか一人前になったみたい!」


 このひとりごとも、もちろん小声である。


<図書館ルールその5:館内は走らないこと!>


 スキップしたくて疼き出す足を、うずうず抑えて先へと進む。そうしてやってきたのは、見上げるほどに大きな本棚が立ち並ぶ一角。星にまつわる物語が集められた区画であった。スピスはそこで早速“お目当て”を探し始める。

 『コープリア直伝、星見の教科書』いわく。


「『天より先に地を見よう。空を知る前に書を知ろう。あらゆる星は大地の物語を宿しているのだから』……と、あった!」


 発見。本棚からお目当ての1冊を抜き出した。背表紙にはタイトルが、どこか気取ったような字体で書かれていた。


『星座秘話7巻:嗚呼、星空を駆ける鳥たちよ』


 スピスはその本を抱えて本棚から離れ、少し離れた場所にある読書用の机へと移動。鞄を足元に置いてから席に座り、本を開く。真っ先に目次を眺めて、また発見。


「あった、黒鷲(くろわし)座の物語!」


 目的のページを開いて読み始める。そこに記された文章は、まるで唄うような口ぶりで語っていた。夜空を駆ける『黒鷲』のことを。


『普通の鷲は顔や足が白いもの。けれどこの鷲はなにもかもが黒いのさ。羽はその1枚1枚が夜闇に溶けるほどの漆黒を宿し、それが寄り集まった翼は星をも覆い隠すほど巨大にして雄大。しかしただ2点。鋭い眼と爪だけは、一等星の輝きを宿している。その光こそ月煌の恩寵。月の狩り神アルテルアによって暗闇から生み出されたその鷲は、今宵も主人の命で天の川を下り獲物を探し続けているのさ。その黄金の瞳と、白銀の爪をもって』

「暗闇から生み出されたから、黒鷲……」


 スピスは本を開いたまま、足元の鞄を開けた。中からスケッチブックと鉛筆を取り出して、『コープリア直伝、星見の教科書』の一説を思い返す。


『星々を単に魔法のための知識として勉強するだけじゃちょいと堅苦しい。だからまずはその物語に触れてみよう。星の繋がりが紡ぐ姿を自由に想像して、それから自由に、画用紙いっぱいに描いてみよう。絵が嫌なら文字でもいい。とにかく、自分の中で楽しいイメージを膨らませるんだ』


「先人は星から物語を創った。私たちはその逆を辿る。物語から星へ……」


 呟きながら、スケッチブックを開いて鉛筆を走らせる。無言で描く。漆黒の体躯。雄大な翼。鋭い目とくちばし。今にも獲物を捕らえんと、爪を高く掲げ……。


「……なんか違う? 元の星座ってどんなのだったっけ」


 本を読み進めれば星座の図解も載っていた。星の繋がり方や各星が持つ意味などに細かい伝承や解説が書かれている。


「あ、翼を広げて飛んでる最中なのね。ふむふむ。一番明るい爪と眼の位置がこのあたりで、あーなるほど。胴体は真っ黒だからむしろ周りよりも暗い星で繋いでるってこと? 眼にあたる星は狩り星とも呼ばれ……」


 照らし合わせながら、描く。描く。描く。漆黒の翼を水平に広げて、胴体に沿うよう足をたたんで滑空する巨大な黒鷲。その黄金の瞳が睥睨する宇宙の大地には、無数の煌めきが寄り集まった天の川が広っている。


「黒鷲の姿は天の川に跨り、そのすぐ下では(うお)と天女の星座が……」


 飛沫を上げて跳ぶ魚の星座。それを見守りながら水浴びをする天女の星座。

 物語を辿り、ページをめくり、さらに広く、もっと遠く。

 描こうとして――かりっ。鳴ったのは、スケッチブックからはみ出した鉛筆の音だった。


「あ」


 少女はそこで我に返った。気づけばスケッチブックいっぱいに、星の世界が描かれていた。と、不意に聞こえる。


「ピッ」


 短い鳴き声。ふと見れば、星文鳥がじっとスピスを見つめていた。


「あなた……もしかしてずっとここにいたの?」

「ピッ!」

「あはは。なんかごめんね、勝手に熱中しちゃって。でも……」


 もう一度、自らが描いた世界を見る。大きく立派な黒鷲と、眼下を流れる天の川。狩人が命じ、魚が跳ね、天女が水を浴びている。川のほとりには白い花が咲き、大蛇がとぐろを巻いて花を守っている。隙間なく描かれた世界に、スピスは不思議な誇らしさを感じた。


「あの冊子に書いてあったの。これは自分だけの星図なんだって……私、知らなかったんだ。この星とあの星を繋いだら鷲を表しますよなんて言われても、今まではそれがなんなんだくらいに思ってた」


 胸の内には不思議な高揚。


(今ならなにか見える気がする!)


 そんな予感と共に席を立つ。ガタン! 椅子が大きく揺れた。


「星文鳥さん。あともうちょっとだけ、ついてきて!」

「ピュイッ!」


 答えたのは一際大きな鳴き声だった。

 そのあとすぐに、図書館の職員に怒られた。


<図書館ルールその3:館内では大声厳禁!>


 ◇


 満月を象った図書館、その屋上はひたすらに広かった。

 館内に10ある階段のどこからでも上がることができる屋上は、この街にいくつもある絶好の星見スポットの1つであり、そこへスピスは駆け足で上がってきた。鞄を地面に置いて、肩に星文鳥を乗せて、スピスは早速空を見上げる。そこにあるのはいつも通りの満天の星空&そのど真ん中を流れる天の川。


「目印は一等星、狩人の星よね。でも……」


 一等星はプラネタの空にとって、一山いくら程度の希少価値しかない。


(そもそもどんだけ明るきゃ一等星なのよ?)


 そこから、スピスには分からなかった。


「ああもう、あとちょっとでいけそうなのに!」


 届かぬ星にヤキモキしていると、そこに応える声ひとつ。


「ピ!」


 そしてまだらな翼が羽ばたく。星文鳥が急に飛び立ち、スピスは思わず声を上げた。


「星文鳥さん!?」


 光を纏って飛ぶ姿を、スピスは顔を上げて目で追いかける。すると星文鳥は天の川を下から上へと登っていった。まるで黒鷲を真似るように、小さな翼を大きく広げて。


「星文鳥が飛ぶところ、下からは初めて見たかも……」


 目でぼんやりと追いかける。星文鳥を辿り、天の川を辿り、無数の星を辿って――ちかり。瞳の中で、黄金の星と白銀の星が輝いた。


「あ」


 まず1つ。黄金の眼と白銀の爪を思い出した。

 さらに1つ。例の冊子に書かれていた、とある一文を思い出した。


『星は目を凝らして見るもんじゃない。たまたま出会うものなんだ。』


 スピスは空を見上げたまま、ただぼんやりと呟く。

「黄金と白銀の周りには、明るい星がいくつもある。だけど黒鷲は暗闇から生まれた。だから闇に溶けるような暗い星で体を繋ぐ」


それは先ほど読んだ黒鷲座の説明文。絵を描くときに何度も見た一文であった。


「星を探すというよりも、むしろ明るい星と星の間の空間を縁取るように……」


 瞬間。スピスの瞳に映る世界が、描いた絵と重なって。


「あ」


 星空を覆い隠すように、漆黒の翼が羽ばたいた。


「!!!」


 スピスの中でなにかが弾けて、彼女はいきなり振り返る。


「今ならできる、気がする!」


 視線の先には自分の鞄があった。そして鞄から飛び出した水面杖も。スピスはなぞの衝動に急かされて鞄の元に駆け寄ると、蓋がついた杖の先端をがしっと掴んで柄を引っ張りだす。蓋をひっぺがして柄を握る。柄をくるりと返して、鏡で星空を映して、そこで気づく。


「あ、追うための触媒もいるんだった」


 思い出して、服のポケットからすぐに取り出したのは1枚の黒い羽。それはたまたま、そうたまたま自室の机に落ちていた星文鳥の羽であった。それをそっと鏡に乗せてから、今度こそ鏡で映す。狩り神の命に従い、夜空を駆ける黒鷲の星座を。そして唱える。


(とばり)より生まれし黒鷲よ。その黄金の(まなこ)をもって我が求る獲物を……探して!」


 ほんの一瞬、空気がしんと静まり返って。


(駄目、なの?)


 直後、水面杖の先端。その鏡に映る星空が、水面のごとくゆらりと揺れた。


「!?」


 さらに鏡に映る星々を、光の線が結んでいった。やがて象られたのは漆黒の黒鷲。光点が光線となり、光線は骨となり、光の肉を纏い、鏡の中で膨れ上がり――破裂!


「っ!」


 杖を揺らして、飛沫を上げて、白く光る鷲が鏡の中から飛び出した。そのまま空へ登りゆく魔法の鷲を、スピスは呆然と見送りながら呟いた。


「黒鷲って言うわりに、めっちゃ白く光るのね……」


 ところで今飛び出した白い黒鷲。その正体は『追跡の魔法』である。

 狩り神の使いという伝説になぞらえて、魔法の鷲は使われた触媒に応じた獲物を追いかける。そして今回使われたのは星文鳥の羽だった。ならば、鷲が追いかけるべき獲物とは。


「あ」


 スピスが自らのうっかりに気づいたそのとき、魔法の鷲はすでに狙いを定めていた。一方で星文鳥は自らを狙う視線に気づかぬまま、ゆるりとUターンをして……


「ピ」


 魔法の鷲と目が合った。その直後、鷲が一気に加速した。光のくちばしを大きく開けた強面は、鳴き声を発しないことだけを除いて完璧に鷹であった。ちなみに大型の鳥類は、星文鳥の天敵なのであった。


「ピー!?」


 星文鳥が悲鳴を上げたその直後――ものの一瞬で鷲は星文鳥の体を覆い、すり抜けて、パッと消えた。

 あとに残ったのは1本の光の軌跡だけだった。追跡の魔法である鷲は、術者があとを追うための道しるべを残すのだ。

 一方で星文鳥は、鷲が消えたのと同時に空から姿を消していた。もとい、空から落ちている最中であった。羽を広げて固まったまま、ぴゅーっと無抵抗で落ちていく。スピスはぎょっと目を見開いた。


「うわー! ごめーん!!」


 スピスは必至の形相で走りながら両手を伸ばす。狙うは落ちてきた星文鳥。果たして半ば抱きとめるようにキャッチ! そのまま滑って尻餅!


「あいたっ!」


 悲鳴を上げて、我に返って、慌てて懐を覗き込む。


「だだだ大丈夫!?」


 手と胸で作られたかごの中では星文鳥が黒目をぎょっと見開いて、赤いくちばしから舌をだらりと垂らして固まっていた。


「ぎょえ!?」


 びっくり仰天。その大声で星文鳥の目が覚めた。舌がぴゅっと引っ込んで、つぶらな瞳がぱちりとまばたく。


「ピ?」


 きょとんとした顔であたりをきょろきょろ見回して、首をくりくり傾ける。無事な姿を目の当たりにして、スピスは腰をがくりと抜かした。


「よ、よかったぁ~!」


 一度だけ空を仰ぎ見て、それからは頭をペコペコ何度も下げる。


「ほんっとうにごめんなさい! 思いつきとテンションでついやっちゃって、すぐに魔法を消せば良かったんだけどそれもうっかりっていうか初成功でびっくりしてたっていうか! とにかく本当にごめん! どうしよう人様の星文鳥にストレスとか与えたらせっかくアドバイスまで貰ったのに恩を仇で返すような――」


 ばさりっ。不意に星文鳥が羽ばたいた。そして軽やかにジャンプ。その場から飛び立ってスピスの肩へと乗り移り。それからまるで人間が片手を上げるように、左の翼を持ち上げた。


「ピ!」


 スピスはぽかんと驚いて、それからやっと理解した。星文鳥の肝の太さを。


「はぁ~~~良かったぁ~~~!」

「ピ?」

「あなたって、見た目よりもずっとタフなのね!」

「ピ!」

「良かった~!」


 3度目の安心と共に、へたりこんだまま夜空を見上げた。星空には未だに光の軌跡が残っている。初めて成功させた追跡の魔法。その証は見上げている今この時にも、少しずつ消えていく。スピスの口に笑みが浮かんだ。


「私、星が好きじゃなかったの」


 その言葉は、肩の上の星文鳥へと向けられていた。


「だってみんな同じ点だし、触れもしないし、描きがいがないったらありゃしない」


 そう言いながらスピスは探す。黄金の眼と白銀の爪。空に描かれた黒鷲を、今はもう簡単に見つけられる。


「でも見えないから描けないってわけじゃない。昔の星遊びは星空をキャンパスに、想像力を筆にして絵を描いていたの。それが分かったら、なんだかちょっとだけ近づけた気がした……」


 スピスは星文鳥へと顔を向けた。そこにはワッと喜びが溢れていた。


「あなたの主人ってすごい人ね!」

「ピッ!」


 元気な返事がスピスの笑みをにんまり深める。


「それにあなたもすごい子よ!」

「ピ?」

「私が追跡の魔法を成功できたのはあの冊子の……手紙に応えてくれたあなたのご主人様のおかげだけど、でもそのきっかけをくれたのはあなたよ。それに星文鳥とこんなに長い間一緒にいたことだって初めてだった。この2日間とても楽しかったわ……」


 と、そこでスピスの顔からは笑みが消えた。彼女はその表情を張り詰めて、緊張まで滲ませて。


「この一度きりで終わらせたくない。そう思うくらいに」


 スピスはぐっと息を吸う。迷いは一瞬だけだった。


「だから星文鳥さん! 私と、友達になってください!」

『…………』

「…………」

「…………ピ!?」

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