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1話 流れ星、ぶつかる

 平べったい屋根の上。頭上に広がる満天の星空を私は今日も、見上げない。

 だって手が届かず見分けもつかない星々なんかより、街中を飛び交う流れ星の方がずっと綺麗でかわいいんだもの!


 ◇


 そこは1年中涼しく穏やかな風が流れる北の土地。そこはいくつもの星々と大きな天の川に抱かれた、小高い丘のてっぺん。そこは星を愛し、星に愛された者が集う街。


 ――満天の街プラネタ。


 そこは星と共に生き、星から魔法を引き出す『星遊びの魔法使い』の街である。ゆえにこの街の生活や文化の多くは、星を中心にして成り立っている。


 例えば、この街の家屋の屋根は基本的に平たい。しかも大抵の屋根にはそこに登れるよう天窓と梯子がワンセットになっている。夜になればその平たい屋根に登って星を見るのが、プラネタの人々にとってごく当たり前の習慣だからだ。


 そんな街の片隅で、今日も夜空に続く窓が開いた。天窓から屋根に上がってきたのは、1人の少女であった。


 星明かりをはじく金のショートヘアはちょっぴり癖っ毛。少女らしいスカート姿に少女らしくない黒マントを羽織り、肩からカバンを――なにやらパンパンに膨らみ、中から棒のような物がはみだしている――掛けている。その鞄を屋根の上にどんと下ろして、少女は声を張り上げた。


「今日こそ!」


 少女は鞄の口を開くと、そこからはみだしていた棒状のなにかを引っ張り出す。

 鞄の中からずるりと抜けだしたそれの先端は丸く平たく膨らんでいて、さらには蓋がついていた。少女が蓋をかぱっと外すと、現れたのは鏡であった。

 その道具こそ水面杖(みなもつえ)。星遊びの魔法使い御用達の魔法の杖である。その杖を、少女は両手でぐっと握りしめる。

 少女の名はスピス。この町に住む星遊びの魔法使い……の卵である。

 スピスは水面杖の先端、鏡の部分を夜空へと向ける。すると鏡には天の川が映り込んだ。それを見ながらスピスはふらふら後ずさる。1歩、2歩、3歩。


「天の川の上の方。黄金と白銀の星。ここら辺かしら……?」


 適当に位置を調整してから、片手だけ杖から離して自分の髪を1本ぷちっと引き抜いた。それを鏡に乗せて、唱える。


「帳とばりより生まれし黒鷲よ。その黄金の眼まなこをもって我が求る獲物を探して! お願い!」


 ……なにも起こらなかった。


「お願い!」


 起こらない。


「お願いったらお願い!!」


 起こらないったら起こらない。


「ほんと、星の神様ってば白状ね!」


 スピスはあっさり諦めた。水面杖を半ばぶっ刺すように鞄へと戻して、さらには羽織っていた黒マントを肩から外す。

 ぶんと黒マントを大きく振り上げれば、露わになったのは眩しいオレンジ色のスカート。そしてスピスは黒マントを地面に敷いて――星遊びの魔法使いにとって黒マントは夜を象った伝統的な衣装であり、天体観測の際の即席敷物や毛布としても使うことも想定されている――その上に座った。さらに鞄からスケッチブックを取り出すと、自らの膝を立てて太ももをカンパス代わりにスケッチブックを立て掛けた。

 それから目線を空、ではなく街へと向ける。するときらり。“流れ星”が早速一筋流れていった。


「ふふっ、今日も元気に飛んでる飛んでる!」


 スピスが見ているのは、彼女が現在座っている自宅の屋根と同じような平たい屋根がいくつも立ち並ぶ住宅街……の中を飛び交う、いくつもの白い光である。例えば屋根から屋根へ。窓から空へ。街灯から街路樹へ。


「あの子なんかちょうどいいかも」


 スピスは鞄から双眼鏡を取り出した。すぐに構えて覗き込み……発見。街路樹の枝に留まった、1羽の星を覗き見た。星は小さな鳥だった。

 ぽてっと丸い体に丸い顔。羽毛は夜空のような黒一色で、小さな顔の半分ほどの大きさもあるくちばしだけが真っ赤に染まっている。そのくちばしには、1通の封筒が咥えられていた。

 封筒は鳥の体長ほどもあったが、鳥はその重さを気にする様子すらなく、くりくりと頭を動かしてみせた。ぬいぐるみのような体。つぶらな瞳。愛くるしい動作……。

 しばらく観察しているうちに、鳥は枝から飛び立つ。小さな翼が激しく羽ばたき、その体が木陰から出て月と星に照らされた――するとその直後、黒い翼がちかちかと輝きだした。まるで星の光を吸い取るかのように、やがては全身が白光に染まる。

 星の光を纏った鳥は、翼を広げて優雅に空を滑る。そのまま一定の光度と高度を保ち、やがてはとある一軒家。その窓へとたどり着く。屋根の影に体が入った途端、纏う光はふっと消えた。といっても鳥がそれを気にする様子はなく、彼は封筒をくちばしに咥えたまま、小さい足で器用に窓をノックする。コツ、コツ、コツ。

 と、ほどなくして窓が開いた。中から現れたのは恰幅の良い中年男性。そんな光景をスピスはレンズ越しに眺めて呟く。


「タウルおじさんってばまた星占い? ここのところ毎日ね」


 スピスが呆れている間にも男性は鳥から手紙を受け取って、代わりにビスケットをひとかけら、手のひらに乗せて差し出した。すると鳥は空いたくちばしでそれをパクり。咥えて、飲み込み、それからすぐにどこかへ飛んでいく。スピスはその後ろ姿をしばらく追いかけて、追いかけて……ほどなくして、双眼鏡を顔から離した。


「は〜、かわいい……」


 呟いてから双眼鏡をカバンにしまい、入れ替わりに取りだしたのは、使い古したブリキの筆箱。すぐに蓋を開けて、中に入っていた鉛筆を1本掴むと、膝に立て掛けていたスケッチブックへと衝動を描く(ぶつける)

 やがて描かれたのは先ほど見た鳥であった。丸い体はより丸く。ふわふわの羽毛はよりふわふわに。手紙を咥えた大きなくちばしはより大きく。つまるところ現物よりも、小さじいっぱいの愛嬌デフォルメがプラスされていた。


「うん、今日もかわいい!」


 描かれた成果に自画自賛。それから再び双眼鏡を手に取った。それを覗く……その前に、スピスはまず観察すべき対象を探す。街の中を右から左に見渡して……やがて1羽の流れ星をその目は捉えた。瞬間、スピスは表情を変える。


「あの子は……!」


 その流れ星は、他のそれとは違う光り方をしていた。ちかちかと不規則に瞬いて、瞬間ごとに移り変わる光度。それが否応なしに目を惹く。その1羽はなぜか街の上空を緩やかに旋回している。


「あの当てのない感じの飛び方、それにちかちか光る翼……」


 スピスは双眼鏡を構えて、その“ちかちか”に焦点を合わせる。レンズの中に捉えたのは、やはり翼を光らせて飛ぶ小さな鳥であった。


「たまーにここら辺飛んでるけど、やっぱり綺麗な光よね。でもどこの子かしら。手紙を咥えてるところを見たことないし、気づけばどっかにいってるし……」


スピスはそのまま双眼鏡で追いかける。追いかける……


「あ」


 スピスはぽかりと口を開けた。次におそるおそる、双眼鏡から目を離す。

 彼女の視線の向こうには、1件の建物が建っている。それは基本的に建物の背が低いこの街においては数少ない背高の建物。ドーム型の屋根を持つそれは天文台であった。

 そしてその天文台に、先ほどの鳥の姿は……なかった。ただし、見失ったわけでもない。


「今、ぶつかったわよね」


 スピスはばっちり目撃していた。不思議な光り方をする、小さな流れ星の行き先を。彼が頭から壁にぶつかって、そのままぴゅーっと地面に落ちたのを。


「大丈夫……じゃないでしょどう見ても!」


 スピスは鞄を置いたまま、急いで天窓へと飛び込んだ。

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