『菜の花畑のピクニックに抜け出して』上
毎日毎日毎日毎日往復往復往復往復!!
「やることが!! 多い!!!」
午前。私にあてがわれた執務室に入り、机に積もった山積みの書類を前に私は叫びながら突っ伏した。
隣で手伝ってくれているダリアスが笑う。
「あはは、ストレス溜まってますね〜」
「ごめんねダリアス、手伝わせちゃって」
「構いませんよ。モニカ様と一緒に仕事をした日はリチャード殿下に報告でお会いできますので」
「相変わらずね、あなたも」
白い歯を輝かせて爽やかに言うダリアスに力なく笑って返していると、隣にリチャード本人がいた。
疲れのあまり幻覚が見えたかと、思わず二度見する。幻覚じゃない。
「リ、リチャード!?」
「はぁい♡ モニカさん」
手をひらひらと振って返すリチャード。
「いつの間にいたの!?」
当たり前のようにそこに立っているけれど、さっきまでいなかった皇弟殿下に、ダリアスは全く動じずにビシッと心地よい敬礼をする。
「殿下! お疲れ様です!」
「今日の報告はいらないよ。これからモニカさんは僕とピクニックに行くんだから」
「承知いたしました!」
困惑するのは私だ。
「は、初耳なんだけど!?」
「はいはい。全くもう、勝手にどんどん仕事背負い込んじゃうんだから」
リチャードは私の机に近づくと、トントンと勝手に書類をまとめ始める。そしてダリアスを見て指示を始めた。
「これは研究所に。これは女官で対応できる仕事だから、あっちに割り振って」
「かしこまりました。こちらの案件は俺の方で処理しておきます」
「頼んだよ」
「ちょ、ちょっと……」
勝手に仕事を仕分け始める二人に慌てていると、リチャードは真面目な目をして私を見た。
「モニカさん。誰にだってできることは周りに少しは振らないとだめ」
「は、はい……」
それは自分でも良くない癖だと自覚している。周りに頼られることは慣れているけれど、頼ることに慣れていないし、自分が上司として周りに仕事を振るのも苦手だ。
肩を落とす私に、リチャードは顔を傾けてにっこりと笑う。
「僕とピクニックに行くのはモニカさんにしかできないんだから」
「……仕事と同列の話なの? それ」
「僕の精神安定に必要不可欠な、モニカさんにしかできない役目だよ。じゃ、後の処理はダリアス、適宜配分しといて」
「承知いたしました! いってらっしゃいませ!」
ダリアスは私にテキパキと上着を着せ、手荷物を渡し、笑顔で送り出す。妙に手際が良い。
「もしかしてダリアス、さっきから手伝ってくれてたのはもしかして」
歯を見せてピースするダリアス。
リチャードに背中を押され、私はそのまま外に連れ出されることになった。
ーーー
なんとリチャードは馬車ではなく馬でそのまま私を連れて城を出た。馬で。
私たちが同乗する馬の後ろから、ぞろぞろと騎士が馬でついてきてくれている。
横抱きにした私がいなければ、どう見ても騎士の遠征だ。
「大掛かり過ぎない?」
「公務予定としては『近隣詰所の巡回』だからね」
「こ、公私混同!」
「あはは。大丈夫、仕事はやるから」
私の言葉もどこ吹く風。リチャードは赤毛を靡かせ馬を軽快に走らせる。
「馬、私も乗れるから同乗しなくていいのよ」
元気に走ってくれている馬は、帝国特産の中間種の白馬だ。コッフェで騎乗によく用いられる軽種の子よりもずっと大柄で逞しいから問題ないとは思うけれど。私の気分問題だ。
そんな私をしっかりと引き寄せ、リチャードは甘い声で囁く。
「大切なモニカさんだから、こうして一緒にいないと落ち着かないんだ」
「ええー」
「それにモニカさん一人にしたら、そのまま仕事気にして逃げちゃうかもしれないし」
「……信用ないわね?」
「使命に駆られたモニカさんのワーカホリックっぷりは、僕が一番知ってるから」
キッパリ言われてしまえば言葉の抵抗すらできない。
そして、そのまま馬を走らせて小一時間。
揺れにも風にもすっかり慣れてリチャードに体を預けて半分微睡かけていたところで、優しく声をかけられた。
「顔をあげてみて、モニカさん」
ハッとして顔をあげれば、そこは一面鮮やかな黄色の海。整備された街道、その土手の下が一面菜の花畑だ。
「すごいわ……満開ね……!」
「菜種油はこの辺りの主要な産業なんだ。収穫の前にモニカさんを連れてきたかったんだ」
馬の速度を緩めたリチャードが、菜の花畑を見下ろしながら説明する。花の終わりの前に、私を誘いたかったらしい。
「強引だったのは、そういう理由だったのね……」
馬の向かう方法に目を向けると、土手の向こうの高台に石造りの堅牢な詰所が見えた。公務として巡回することになっているのは、あの詰所なのだろう。
そのまま、私たちは菜の花畑がよく見える高台に位置する詰所へと向かった。
詰所の騎士に馬を預けると、私とリチャードは少数の護衛を伴って花畑がよく見える原っぱに向かった。青々とした草の上にそのまま腰を下ろすリチャードの隣に私も座ると、従者の人たちがお茶や荷物を運んできてくれた。
「ランチボックスあるよ、モニカさん」
「準備してくれたの?」
「姉さんが故郷から連れてきたキッチンメイドに作らせたんだ。メニューは姉さん考案だよ。本当は自分で手作りしたかったらしいけど」
「……あなた当たり前のように言うけど、皇后陛下が自らキッチンで弟のピクニックのランチボックス作りたがるって……」
「あはは。変わってるよね、姉さん」
姉さんーーリチャードの義姉にあたるツンディカ皇后陛下は、どこかそういう皇后陛下らしからぬ性格だ。周囲からはたまに気さくすぎると言われる人だけど、私はそんな皇后陛下の優しさや「らしくなさ」が好きだった。
「産後すぐの大変な時期なのに、気遣ってもらって悪いわね」
「姉さんは本当はモニカさんと一緒にお散歩したかったみたいだよ。甥が大きくなったら、公務がてらどこかでのんびりしたいよね」
「そうね。きっとお喜びになるでしょうね」