「冬祭りの夜、二人でこっそり街に抜け出そう」上
発情聖女小説版①の特典小説です。
再掲許可をいただきましたので、再掲いたします!
コミックス3巻が11月1日発売です。予約特典など公開されてますので、よろしくお願いします
温暖な帝都でも雪がちらつきはじめた冬。
一年の中で帝都に最も人口が集中する、貴族議会の季節がやってきた。会期に合わせて、王宮では昼夜を問わず社交の場が開かれ賑わっている。あちこちに引っ張り回されることを覚悟していた私だったが、意外にも私の予定表はスカスカだった。
リチャードが言うには、
「皇后陛下とお腹の子にいつ何時、なにがあるかわからないからね。モニカさんは無理なく好きにしていて欲しいな」
ということらしい。連日社交界に繰り出すのは平民聖女の私としては荷が重すぎるので、リチャードの配慮には心から感謝した。
そんなこともあって、私はときどき貴婦人のサロンに呼ばれたり、皇后陛下の話し相手をしたりすることはあっても、基本的には無理なくぬくぬくと過ごさせてもらっていた。
朝、身支度を整えていると窓の外の景色に惹かれた。外はうっすらと雪が積もっていて、朝日に眩しく輝いている。
商業地区では今、初代国王陛下の生誕日を祝う冬祭が行われているらしい。
きっと楽しいんだろうな。そんな気持ちがつい、口からもれてしまった。
「……祭り、行ってみたいなあ」
鏡越しにセララスと目が合う。私は慌てて笑顔を作った。
「なんでもないわ。ひとりごとよ」
しかし、うっかり漏らしてしまった一言を、セララスが主人に報告しないわけがなく。
午後、私が皇后陛下の診察の付き添いを済ませて部屋に戻ってくると、応接ソファでリチャードが書類を眺めながら待っていた。
「リチャード!?」
麗しの皇弟殿下は私を見るなり、パッと笑顔になり、組んだ長い足を解いて立ち上がる。
「モニカさん! 祭りに行こう! 今夜一緒に!」
「いきなり今夜!? 一緒に!?」
反射的にセララスを振り返れば、素知らぬ顔で目を逸らされる。リチャードは上機嫌だ。
「いやあ、嬉しいなあ、モニカさんがお祭りに興味を示してくれるなんて。服は隣の部屋にいっぱい用意しているから、好きなのを選んで」
「もう用意してるの!?」
「いや〜、こんなこともあろうかと聖女装以外も準備していてよかったよ」
「で、でも皇后陛下のこともあるし……私だけならともかく、リチャードあなたは忙しいんじゃ」
「僕にとって、モニカさんが最優先事項だよ」
「最優先事項って」
皇弟殿下としてあるまじき言動ですけど!?
「じゃあ夕方、迎えにくるからね♡」
有無を言わせぬ勢いで告げると、リチャードは長い足で颯爽と去っていった。
「あ、ああ……」
こうなるともうリチャードのペースに巻き込まれるしかない。脱力する私に、セララスをはじめとするメイドさんたちが手をかける。そのままするすると着替えに連れて行かれてしまった。
空が茜色に染まりかけた頃、リチャードが私を迎えにきてくれた。黒のロングコートを纏って帽子を被り、伊達眼鏡をかけた姿は、普段とも赤毛さんの頃とも違う印象だった。そこそこに身なりのいい、商人のお坊ちゃんという感じだ。
伊達眼鏡は魔道具なのだろう、眼鏡越しだと焔色の瞳が柔らかな茶色に見える。
お忍び用の馬車に乗って市街地まで降りながら、私は隣に座るリチャードをぼーっと眺めていた。
「どうしたの?」
「あ、ああ……ううん、ごめんなさい。リチャード、眼鏡も似合うのね」
「見惚れてくれてたんだ?」
「そりゃあ、リチャードはとてもかっこいいもの」
「嬉しいな。モニカさんも可愛いよ」
リチャードはにっこりと微笑む。なんだか恥ずかしくなって、私は目を逸らす。
私はいつもの聖女装とはがらりと趣を変え、灰色の帽子に灰色のドレスコートに身を包んでいた。コートのウエストと襟元は赤いリボンで絞られていて、裾から覗いたスカートとマフラーには花の刺繍が施されている。髪はサイドから全部まとめて、長いおさげ髪に結われていた。
リチャードの選んでくれた服はとても可愛い。でも、こんな可愛く装ったは初めてで落ち着かない。
「派手じゃないかしら」
「街は派手なくらいがちょうどいいよ。もっと飾り付けたかったけれど、これ以上モニカさんが可愛くなったら、変装の意味がないから」
長く垂らしたおさげの先を手に取り、唇を触れさせながら、リチャードは相変わらずの甘い言葉で私を褒める。
褒められ慣れてなくて顔が真っ赤になる私を見て、絶対面白がってる。
商業地区に入って馬車を降りると、私は目前に広がる光景にため息をもらした。
「綺麗……」
石畳の大広場は人も露店もいっぱいだった。煌々と輝く街灯はコッフェ王国の夜とは比べ物にならないくらい明るくて、夕方なのにまるで昼みたいだ。美味しそうな匂いがあちこちから漂ってくる。木彫りの道具屋さんや古着屋さん、ぬいぐるみ屋さんに変わった形の金物屋さん。老若男女、みんなが楽しそうに露店の間を通り抜けている。
まるで玩具箱をひっくり返したみたいだ。
「改めて思うけど、帝国って本当に豊かなのね……」
「冬祭は各領地の物産が集まるからこんな感じなんだよ。春季大祭はもっと神聖な感じのお祭りなんだけどね」
店先に飾られた物珍しい商品にきょろきょろしながら、私は心の底から感動していた。故郷のコッフェ王国も豊かではあるけれど、こんなに平民が賑やかに楽しんでいる場は見たことがない。
リチャードが、おのぼりさん丸出しの私を見て楽しそうに微笑んでいる。
「ちょっと、ひとまわりしてみようか。疲れたらベンチの場所に案内するからね」
「……バレないかしら。私とあなた」
「大丈夫。赤毛なんて帝国じゃよくいるし、モニカさんだって普段と全然違って見えるから。ああでも」
「でも?」
「手は離さないでね? モニカさん可愛いから、そっちの意味で心配」
「……こんなときも上手いんだから」
甘い言葉を囁きながらウインクするリチャード。
私は照れ隠しに唇を尖らせつつ、そっと大きなその手に手を重ねた。
明日も更新予定です







