発売記念番外編/聖女と屋台と硬いもの。
ご無沙汰してます。
出版にあたって、私が福岡県民ということで特製POPを作っていただきましたので、それに併せた番外編を書きました。蘊蓄部分はあくまでふんわりファンタジックにご覧ください!
よく晴れた潮風が気持ちいい午前中。
うみねこがにゃあにゃあ鳴くのを聴きながら。私、モニカはリチャード・イル・ベルクトリアス皇弟殿下ーーリチャードと一緒にベルクトリアス帝国唯一の商業港、ランイン港の波止場を歩いていた。
「風の抵抗、大変そうだねモニカさん」
「ええ……聖女装って生地が多いからね……押さえてないと風に飛ばされちゃいそう」
頭を覆うウィンプルに生地ふんだんに使われた聖女装束だと、とにかく風でバサバサ、バサバサ、すごい。それでも頬を撫でる風は心地よくて、太陽も明るく眩しくて、活気にあふれた港を眺めるのは良い気分転換になる。
サイエンドの魔法霊薬工場で仕事にカンヅメだった私を、リチャードが「今日は海に行くよ♡」なんて攫うように港の視察に連れ出してくれたのだった。
リチャードが弾む声で先を指差す。
「モニカさん見て。あそこ、屋台がたくさん出ているよ」
「屋台?」
波止場そばの真新しい公園の周りに、小さな露店のようなものがたくさん連なっているのが見えた。リチャードが説明する。
「この辺り、まだ開発したてでしょ?」
「ええ」
私はあたりを見回して、頷く。
ランイン港はどこもかしこも真新しい煉瓦造りの建物だらけで、今も、港を拡充するための工事があちこちで行われている。
実はベルクトリアス帝国は、海棲魔物の影響で海運がほぼ壊滅的だった。
リチャードの騎士団と私が力を合わせて、帝国南方天領サイエンドにて海棲魔物討伐を達成してから3ヶ月。
ついに安全になった海を今後はもっと活用していこうと、国をあげて帝国各地の港が急ピッチで大整備をされているのだ。
「港の大整備の影響で、最近はこの辺で商売を始める飲食業が多いんだ。帝国全土から集まった労働者たちの胃袋を狙ってね。まだ港もできかけだし、あちこちで商売ができた方が便利だから、移動式の店がほとんどだね」
「へー……」
リチャードに案内されながら出店が立ち並ぶ方に向かうと、あちこちから威勢の良い、野太い男性声が聞こえてくる。お客さんも店の人たちも筋骨隆々で逞しい。
彼らの好みに合うようにだろう、どの店から漂う匂いも、濃いめのガツンとしたボリューミーな匂いだ。
太陽に眩しく輝く赤毛を揺らし、リチャードが私を見た。
「モニカさんお腹すいたでしょ? 何か食べてみようよ」
「私たち、場違いじゃない?」
港町の逞しいおじさんたちの視線が、私たちに無遠慮に注がれているのがわかる。私はこの国では誰も着ていない聖女装だし、リチャードは明らかに高貴な騎士の姿をしているし。
「大丈夫大丈夫♡ あ、あのお店ちょうど席が空いたよ。行ってみよう」
「あ、ちょっとリチャード……!!」
リチャードは私の手を引いて、長い足で颯爽とご機嫌に屋台へと向かう。
椅子がぐるりと設られた狭い場所にリチャードと一緒に座ると、店主のおじさんがジロリとこちらを見る。
いかにも強面の頑固親父って感じの人だ。
「麺二人前、よろしく」
リチャードはにっこりと、常連のノリで指を二つ立てて注文する。そのノリで大丈夫なのかと思ったけれど、おじさんは「あいよ」と注文の準備をしてくれる。
それからすぐに、どんと目の前に大きな器が出される。
並々と注がれた熱々のスープ。表面には浮かんだよくわからない海藻のようなものと、刻んだ香味野菜とローストポークの薄切りが何枚も並んでいる。周りのお客さんに倣って、フォークでスープの中をかき分けると、金髪みたいな細い麺がすらりと姿を現した。
ますます強く香る豚の匂いは、討伐後に焼いたオークの肉にすごく似てる。強い匂いが辛いと思ってもおかしくないはずなのに、美味しそうにずるずると食べるおじさんたちの熱に押されて、ものすごく美味しそうに感じる。
「おいしいよモニカさん」
すでに食べていたリチャードがローストポークを齧りながら言う。
ーー皇弟殿下ともあろう人が、なんでこの人、こういうとこでご飯食べてるのが妙に似合うんだろう。
「い、いただきます」
私も一口口にする。濃い。すごく濃い。宮殿では絶対食べられない味がする。私はコッフェ王国の前線基地で一介の聖女として働いていた頃を思い出した。狭くてうるさいところで、味がガツンとした食事をリチャードと一緒に食べる、あのホッとしたひと時。荒々しい強烈な味覚にあの感覚がリアルに蘇ってきて、空腹も相まって、私は夢中になって麺を平らげる。
「姉ちゃん上品な顔しといて、気持ちよく食うじゃねえか」
店主のおじさんが私を見て少し唇を歪める。きっと笑ってるんだろう。
「おいしいです」
私が笑って答えた、ちょうどその時。
近くでガチャン、と盛大な音がなり響いた。
「ーーッ!?」
私とリチャードは、反射的に立ち上がり、音のした方へと緊張を走らせた。
男性の絶叫が聞こえたのは、それからすぐのことだ。
「う、……うわあああああ!!!!」
「海棲魔物だッ……! 海からいきなり、飛び出してきやがった……!!!」
屋台の頭上に躍り出たのはーー空を覆うように触手を伸ばした大蛸だった。
「海棲魔物の、生き残りだわ……!!!」
私とリチャードは顔を見合わせる。
周りの人々は恐怖と驚きのあまりに硬直して、逃げ場がない。
時間がない。お店とおじさんたちを守らなければ!!!
「聖女異能よ、増幅を!」
私は自分の胸を叩いて自分の魔力に『強化』をかけ、両手を空に向けて翳した。
「……災いを弾き飛ばす加護をッ!!!!」
叫んだ瞬間。
透明な膜が屋台全体を包み込み、大蛸が弾かれて飛んでいく。
ぱちんと膜が弾けたと同時、リチャードが剣をすらりと抜いて駆け出す。体が痺れた大蛸を、そのまま一閃で真っ二つにした。
静まりかえった公園。
ーー魔物が息絶え、土色になってぐちゃぐちゃの塊になったところで、野太い歓声が響き渡った。
「「おおおおおおおおおッ!!!!」」
割れんばかりの歓声。熱狂的な叫び声。
「騎士の兄ちゃんすげえな!!!! よくやった!!」
「姉ちゃんの魔力もすげーな!!!!」
「ありがとう!!!」
「屋台も無事だ!!!! ありがとう!!!!」
「兄ちゃんも姉ちゃんももっと食え!! サービスしてやるよ!!!」
「酒呑むか!!!」
「肉もあるぞ!!!」
大興奮の彼らに、片手を上げてニコニコで答えるリチャードと、その隣で苦笑いで応えるしかない私。
この人たち、絶対リチャードのこと皇弟殿下ってわかってない。
いや、普通、皇弟殿下が護衛もつれず、女と二人でその辺の屋台で麺を啜ってるわけないんだから、彼らの反応は至極当然なんだけど。
「モニカさん、大丈夫? 防御壁ファインプレーだったね♡」
「ええ……ありがとう、私は傷ひとつないから大丈夫よ」
私の返事に、リチャードはファイアオパールの瞳をぱちぱちと瞬かせる。
そしてにっこりと笑った。
「そのことじゃなくて」
「え?」
「モニカさん、さっき自分に強化かけてたでしょ?」
「………………あ」
その瞬間。
私はくらりとした熱を感じる。
公園にいる人たちが一緒になって手分けして、ドロドロの肉塊になった蛸を片づけていのが目に入る。
「うわあ、ドロドロのぐちゃぐちゃじゃねえか」
「粘液がすごいな……」
どろどろ。ぐちゃぐちゃ。
「ひいいいいい」
私はその音に耐えられず、耳を塞いで屋台の方へと戻る。
「だ、だめ、いやらしい音は聞いてはだめ。食欲とニンニクと豚骨の匂いで全てを誤魔化すのよ私」
「あはは。あれにいやらしいって言えるのモニカさんだけだよ」
楽しそうについてくるリチャードと一緒に、さっき食べかけだった屋台へと戻る。
「お、戻ってきたなお二人さん」
麺はすっかり伸びているかと思ったけれど、案外伸びていなかった。
「あ、おいしい」
私の反応に店主のおじさんはがははと笑う。
「スープを吸っても柔くなりすぎねえように、硬めに茹でてたからな。ここいらの野郎どもはせっかちな奴が多いからな、麺が短時間に茹で上がるように麺は細めに作ってるんだが、逆に細い麺だとさっさと汁を吸ってふやけやすいから、少し硬めに出すようにしてるんだ」
「へえ……そんな工夫が」
いろいろな工夫があるものね、なんて思いながら啜っていると、変に熱くなってた頭が落ち着いてくる。雑学と食欲で、このまま沈静化いけそう。
真面目に話を聞く私が嬉しかったのか、おじさんがさらに饒舌に語る。
「もっと硬い方がいいか?」
「え」
「もっと棒みてぇなガチガチの硬いので食べるやつもいるんだが、どんな味か試してみるか?」
「………………」
「南方の商人がなんて言ってたっけな、そうそう、硬麺のことをバリカタって言ってたな、バキバキに硬くてバリカタ、なるほどねえって思ったよ。ガハハハ」
「モニカさんモニカさん、手が止まってる」
リチャードが隣で苦笑いしている。
「あはは、姉ちゃんには硬麺は無理か。他にも茹で時間を気にしなけりゃ、汁が絡みやすい太いやつもあるんだが、それはここじゃなかなか出番がなくてなあ。その代わり時間に余裕がある夜の店じゃ大人気よ」
「…………おーい、モニカさん、大丈夫?」
私は今茹でダコみたいな顔になっているかもしれない。
おじさんは親切心で色々語っていくれているというのに、私は、私は……おじさんの真面目な説明に、なんということを考えてしまっているのだろう。
「バリカタ……って……なんか……」
「モニカさんモニカさん、それ以上はダメだよ♡」
聖女しんどい。
とにかく頭を食欲で一杯に満たすために、私は器を抱えて濃い目のスープを一気に、喉に流し込んだ。
「はあ……完食……ご馳走様でした……」
「姉ちゃん顔が真っ赤だけど、無理してねえか?」
「ああ、彼女は大丈夫。美味しくて夢中になってるだけだもんね? モニカさん」
ーーまあいっか。この国ならば発情聖女なんて罵られることはないんだから。
自分の難儀な聖女異能は恨めしいけれど。屋台の平和が守られたし美味しくお昼が食べられたんだから、よかったと思おう。よかった探しをするっきゃない。
「ふふ。モニカさんと一緒だと退屈しないなあ」
隣で私を眺めるリチャードは、心から楽しそうに目を細めて笑うのだった。
お読みいただきありがとうございました。
5/6発売です!よろしくお願いします……!







