転校生は自称悪役令嬢
見たこともないような転校生の美少女。まるで小説の世界から抜け出してきたかのような圧倒的存在感を放つ彼女に、同級生は一人残らず目を奪われていたのですが……
「この学校に転校してきました伊座辺 ラミですわ! 平民の皆様、ごきげんよう!」
……教室の空気が固まりました。時間も数秒止まっていたかもしれません。
奇抜な転校生デビューを目論んでいたのでしょうか。あるいは掴みの一発ギャグだったのかもしれません。どちらにしろ、あまり関わり合いにならないほうが良いタイプの女子かもしれないなどと失礼なことを考えていたのですが。
……何故か彼女はこちらを凝視しています。えっ、怖い……もしかして心の声が聞こえていらっしゃいますか?
「……え、ええっと、じゃあ伊座辺さんは、田中君の隣の席が空いているのでそちらに座って下さいね」
気を取り直した先生が僕の隣を指差しました。成程、これから横に座ることになる生徒を見定めていたのですね。相変わらずこちらの様子をチラチラと伺いながら席に着く伊座辺さん。顔はこちらが心配になるくらい、真っ赤に染まっています。それはそうでしょう。もし僕が彼女の立場なら、確実に体調を崩して早退するはずです。
「あの……ど、どうでしたか?」「えっ……」
どうと言われましても……突然伊座辺さんから漠然とした問いを投げかけられ戸惑います。先程の強烈な自己紹介に関する意見を求められていることは明らかですが、転校生との初めての会話にしては難易度が高すぎます。
しかし僕の返答次第で、彼女の暗黒歴史が薄墨歴史程度に緩和されるかもしれません。
「……うーん……個性的かつ独創的な挨拶で素晴らしかったと思うよ」
「ほ、本当ですか!!!」
目をキラキラと輝かせて素直に喜ぶ彼女。先程から普通の口調ですし、あのキャラを演じるのはもう止めたのでしょうか。非常に賢明な判断です。そもそも一体どういう設定なのかもよく分かりませんでしたが。
「すごく嬉しいです!!! では、これからも悪役令嬢でいきますね!」
悪役令嬢……よく存じませんが、彼女が演じていた役柄の名前なのでしょう。そしてこれからもそのキャラクターで通すつもりのようです。彼女の今後の健全な学校生活のためにも、これ以上僕の共感性羞恥が悲鳴をあげないようにするためにも、軽率に褒めるべきではなかったのかもしれません。
◇
「おはようございます亜蘭様! 今日もいいお天気ですね!」
「亜蘭様、戯れに庶民が好む焼き菓子など作ってみたのですが、お一ついかがですか?」
「王太子教育でさぞお疲れでしょう? たまにはお散歩でもご一緒に致しませんか、亜蘭様?」
それからも、彼女は僕にしばしば話しかけてきました。例の悪役令嬢キャラで。容姿はアイドル並みの美少女なだけに、より一層残念感が増しています。
彼女の台詞や振舞いだけは、その美しさも相俟って、まるで名作映画のワンシーンのようですが、衣装、俳優、舞台など彼女以外の要素が全て場違いなので、ラジー賞不可避の迷作に違いありません。
彼女は転校初日から一切の躊躇なく僕を名前で呼び始めました。両親に申し訳なく感じながらも、所謂キラキラネームのような響きを苦手に感じていたはずなのに、彼女の口から聞こえるというだけで心地よく感じてしまうのはとても不思議です。『様』を付けるのは止めてほしいですが。
伊座辺さん手作りのカップケーキはどんなお店で売られているものよりも美味しかったですし、見慣れているはずの校庭の風景は、彼女の隣で眺めると輝いて見えました。
有り体に言えば、僕は彼女に夢中になってしまったようです。こうやってすぐに誰かを魅了してしまうから伊座辺さんは悪役令嬢なのでしょうか。
一度、思い切って「なぜ悪役令嬢なの?」と尋ねてみたことがあるのですが、彼女は何とも複雑な表情をして考え込んだ挙句、あからさまに話題を変えたので、それ以上追及しないことにしました。
あの自己紹介のせいで他のクラスメイトはしばらくの間、彼女から数十歩ぐらい精神的距離を置いていました。転校してきた可愛い女子から一人だけ特別扱いされている冴えない男子なんて、普通なら激しいやっかみの対象になりそうなものですが、実際は同情の込められた同級生の視線をただ感じるだけでした。
かといって、彼女が皆から避けられたり、嫌われたりしているわけではありません。何故か僕以外の生徒とは普通に会話をしているので、最近は徐々にですがクラスにも馴染んできました。
そのことを本来喜ぶべきだと分かっているのに、ほんの少しだけ残念に感じてしまっています。自分自身の狭量さをとても恥ずかしく思います。これが、所謂独占欲というものなのでしょうか。そのような感情を抱く理由について思いを巡らせる度に、つい鼓動が早くなってしまいます。
◇
「亜蘭様、あまり他の女性と馴れ馴れしくなさらないようにしてくださいね!」
「えっと……特にそんなことをした覚えはないんだけど……どうして?」
キャラ作りと分かっていても、彼女の返答に仄かな希望を抱いてしまっている自分が情けないです。「惚れたら負け」という金言の正しさを身に染みて実感しています。
「私達は婚約者同士なのですから、当たり前でしょう?」
「こ、ここ婚約者!?」
予想外の返しに動揺を隠せませんでした。そういう設定を演じているだけだと頭ではちゃんと理解しているはずなのに、声が裏返るぐらい動揺してしまうなんて……我ながらかなりの重症みたいです。でも、伊座辺さんも僕の反応に釣られたのか、頬がほんのりと赤くなっています。きっと僕ほどではないと思いますが。
「そ、そうですわ! 両家の間で結ばれた婚約は絶対なのですから! わ、私達の愛を邪魔することなど、誰にも許されません!」
「そ、そうなんだぁ……」
愛、だそうです。恥ずかしながら僕はまだ恋というものの実体さえ、掴めていない恋愛初心者なのですが。少なくとも彼女の言葉を聞いた僕の心臓は喜びのあまり暴れ回っているようです。
「今のお聞きになりました、奥さん?」
「ええ、アツアツすぎてもう夏が訪れたのかと早合点してしまいましたわ」
冷やかす女子達の言葉も、体の中で演奏されている激しいビートのせいでほとんど耳に入ってきません。ただ顔を真っ赤にしてプルプルと震えている彼女の瞳から目を離せなくなってしまいました。
取り敢えず、今日家に帰ったら、文学少女である姉に彼女が気に入るような気障なプロポーズの台詞でも尋ねておこうと、熱に浮かされた頭で考えていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
転校前に資料として渡された書類の束に含まれていた、クラスメイトの名簿を何気なく眺めていたところ、私の目は一人の生徒の名前に釘付けになった。
『田中亜蘭』
えっ……えええええ!!!
……いやいやいや、まだ焦っちゃ駄目だ、私。同姓同名なだけという可能性も十分あり得る話だから。
……でも、もし、万が一、憧れの田中亜蘭先生と同じ学校、同じ教室で過ごすことが出来るのだとしたら!!!
おおおおお!!! 生きていて良かった!!! あの敬愛する大先生と同じ空気が吸えるなんて夢みたい!!! 何より先生が私と同い年だったことに驚きなんだけど!!! てっきり大人の方だとばかり思いこんでた……
小説投稿サイトで初めて先生の短編を読んだときに一読惚れして、それから投稿作品全てを10回以上読み耽ったけれど、本当に泣いて笑って感動する素晴らしい小説ばかりで、あっという間に先生が紡ぎ出す物語の虜になってしまった。
もし出来ることなら……先生とお近づきになりたい! 一緒に学生生活を送るというだけでも恐れ多いのに、ちょっと欲張り過ぎかもしれないけれど。だって、こんなチャンスもう二度と巡ってこないだろうし! だけど、どうすれば……
……そうだ! 自己紹介の時に先生が書く小説に登場するような、エキセントリックな悪役令嬢の台詞を真似すれば、気に入ってもらえるかも!?
よし!!! そうと決まれば練習あるのみ!!!
◇
「この学校に転校してきました伊座辺 ラミですわ! 平民の皆様、ごきげんよう!」
うあああああああ……想像していたより滅茶苦茶恥ずかしい……
同級生全員にドン引きされただろうなあ……肝心の田中先生の顔を見ても、一体何を考えてるのか分からないし。でも、ここまで来たなら覚悟を決めるしかない!
「ど、どうでしたか?」
「えっ……うーん……個性的かつ独創的な挨拶で素晴らしかったと思うよ」
やったああああああ!!! 憧れの先生に褒められたあ!!! 毎晩遅くまで練習して良かったあああ!!!
◇
あれからも結構話しかけてみたけれど……
……やっぱりただの偶然の一致だったのかなあ……これだけアプローチしても全く作品についてお話なさらないし……それとも作家であることは絶対に誰にも秘密にしていらっしゃるのかな……
亜蘭君に「何で悪役令嬢なの?」って尋ねられた時はびっくりして固まった。『なぜ様々な登場人物がいるなかでその悪役令嬢を選び、演じることにしたのか簡潔に答えなさい』という先生からの試験なのかと勘繰ったけど、そもそも私の勘違いかもしれないし、結局強引に話題を逸らしてしまった。
……でも、今気になっているのは、そんなことじゃなくて……
……私、亜蘭君のことが好きになっているのかもしれない……
どうしよう!? 最初は激推し作家先生に対しての敬愛だと思っていたけれど、なんだかご本人かどうかは関係なく彼のことが気になっちゃっているし。
普段はクールなのに、内心ビクビクしながら初めて名前を呼んだ時の、驚いて少し恥ずかしがっているような意外な反応とか。
私が作ったケーキをとても喜んで食べてくれて、どれだけ美味しかったか心を込めて説明してくれている姿とか。
校庭を散歩しながら、私が疲れていないか時々振り返って確かめてくれる何気ない素振りとか。
その一つ一つがとても嬉しくて温かくて、気付いたら常に彼のことを目で追うようになってしまった……
はあああ。田中先生! あなたの小説に出てくるヒロインは余りにもトリッキーすぎて、恋愛ガイドブックとしては使えないのが唯一の欠点ですよ! 大変失礼ですが、もう少し現実に活用できるラブコメも書いてほしかったです……
こうなったら、このまま悪役令嬢として勢いに任せてガンガン攻めていくしかない。それしか私に方法は残されてない!!!
◇
「私達は婚約者同士なのですから、当たり前でしょう?」
「こ、ここ婚約者!?」
引かれるかと思いつつも勇気を出して言ってみたら、亜蘭君、トマトみたいに真っ赤になってる……これって、もしかして脈ありってことかな……なんだか、そんなこと想像してたら私も顔が火照ってきた。
……ていうか小説の台詞として捉えていたから、完全に感覚が麻痺してたけど、私とんでもないこと言ってない!? 何だかプロポーズみたいに聞こえる気も……ええい、ここまで来たらなるようになれ!!!
「そ、そうですわ! 両家の間で結ばれた婚約は絶対なのですから! わ、私達の愛を邪魔することなど、誰にも許されません!」
「そ、そうなんだぁ……」
わああああ!!! 勢いで愛とか言っちゃった!!! まだ付き合ってもないのに!!! 心臓が口から飛び出しそう!!!
「なあ、俺、何故だか無性にブラックコーヒーが飲みたくなってきたよ……」
「ああ、奇遇だが俺もだ」
男子達のぐったりした声で交わされるやり取りも、鳴りやまない鼓動の音にかき消されて聞こえません。ただ私を真っ直ぐ見つめる彼の瞳から目が離せなくなってしまいました。
取り敢えず、今日家に帰ったら、田中先生の作品を読み直して、可愛いヒロインの告白の仕方でもちゃんと学ぼうと、ぼ~っとした頭で考えていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんな二人のやり取りを教室の扉の陰から、じっと眺めて何やら興奮している一人の女子生徒。
(うわあああ!!! 滅茶苦茶面白そうなことが現在進行形で起きているのですががが!!!)
(何やら弟のクラスに不思議系美少女な転校生がやって来たと聞きつけ、気になってきてみたら……)
(お姉ちゃん、途轍もないすれ違い系ラブコメの波動を感じますよ!!!)
(……完全に把握した! 伊座辺ちゃん、私が書いた悪役令嬢モノのネット小説読んでるでしょ!? しかも結構熱烈な読者様だと推察します。まさか、ヒロインのセリフを一言一句そのまま丸暗記して喋ることが出来るガチ勢様に現実で出会えるとは、作家冥利に尽きますよ!!!)
(しかも、彼女は弟のことを作者だと勘違いしているというパターンでまず間違いないでしょう。何故ならば私が初投稿から今までずっと、弟の本名を無断でペンネームとして使用しているからだ! あははははは!)
(……堪忍してくれ、弟よ!!! でもそのおかげで最高に可愛い女子と仲良くなれたんだからむしろ私に頭を垂れて感謝するべきでは!? 恐らく伊座辺ちゃんは、ファンである『田中亜蘭』と親密になるために悪役令嬢のキャラを演じていたけれど、次第に亜蘭本人に惹かれていったということですね)
(結果的に見れば伊座辺ちゃんにとっても悪くない勘違いだったということかな。亜蘭の方もまんざらではなさそうだし。やけに最近浮かれていると思ったらそういうことだったのか。私、これからは『恋のキューピット田中♡アラン』と名乗ろうかな!?)
(……しかしまあ、こんな貴重で愉快痛快なネタを放置しておくなんて、アマチュア作家の名が廃るというものでしょう! はい、ということで勿論彼らには内緒で、がっつりそのまま現代恋愛小説として書かせていただきますとも! いやあ、この短編読んだときに伊座辺ちゃんがどんな顔をするのか楽しみだなあ……)
(……伊座辺ちゃん、本当にごめんよ!!! つい出来心で!!! あと弟には黙っててね!!! 普段は温厚なのに怒ると全米が涙するくらい怖いから!!! とりあえず、いつかサイン書いてあげるので許して下さい(๑´ڡ`๑)テヘペロ 未来の小姑より)
(さてとBANは怖いから、最後にお決まりのアレを書いておけば問題ないよね)
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません




