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3話 隣人がトランプを持ってきた①

 次の日、彼女は性懲りもなくやって来た。


 ……トランプを片手に。


「なんですか、そのトランプは?」

「何って、トランプはトランプよ」


 違う。何のために持ってきたのか聞いているのだ。

 しかもこんな朝っぱらに。


「仕事は?」

「さすがに土日はないよ。ブラック企業に働いているわけじゃない」

「そうでしたか」


 てっきり自殺したいというのだから過労か何かだろうと思っていたが。

 過労というわけではないらしい。過労なら日曜にわざわざ隣人に会いに来るはずがない。


「というか、何時だと思ってるんですか……」

「いつもは昼に寝るんだけどね。今日はちょっと元気に行こうと思って」

「昼に寝るとか聞いたことないんですが……」


 夜行性の人間がここにいるらしい。

 そういう奇天烈な行動も合わせて彼女がだんだん珍獣に見えてくる。


「というわけで、トランプ! やろうよっ」

「はぁ……」


 まだ起きたばかりであまり気乗りしないのだが、いつまでもここに居られても困るので適当に何回かやれば満足して帰っていくだろう。


 彼女を何もない家に上げると、ちょっと待ってくださいと言って待ってもらう間に歯磨きを済ませる。

 その間彼女は手持ち無沙汰でトランプのジャックをずっと見つめていた。

 なんだかそういうところも少しずれているなと思う。普通はクイーンかキング、それかジョーカーだろう。


 まあそんなどうでもいいところはいいのだが、とりあえず早くお帰りいただかなければ。


「すみません、お待たせしました」

「……ん? ああ、おっけ」


 意外にもカードのイラストに没頭していたようだ。


 見せてもらうとたしかに普通のものとは少し違う。

 ジャックのくせにちゃらちゃらしていたし、クイーンは顔が死んでいた。


「これ、どこでもらったんですか?」

「んー、よく会う人かな」


 僕の質問に曖昧に答える彼女。

 たぶん一言で言い表せない相手なのだろう。もしかしたら彼氏かもしれないしもっと複雑な関係かもしれないけど、さしたる興味はなかった。

 彼氏だったとするなら、僕とこんなことをしていていいのかとは思うけど。


「で、なにやる?」

「持ってきておいて決めてないんですか?」

「まあ二人だからねえ。スピードとか神経衰弱とか、ババ抜きとか?」

「最後のは2人でやっても面白くないと思いますよ」


 二人でやるならまあスピードか神経衰弱か。

 朝から頭を使うのは嫌だから、そうなるとスピードくらいならできるかな。


「じゃあスピードにしましょう」

「おっけー」


 そう言うと彼女は手早くカードの中身をハートとダイヤの赤色のトランプと、クローバーとスペードの黒色のトランプに分けた。

 新品のままだったのか、マークと数字が順番に並んでいるようで苦労はしていなかった。


 彼女は僕に赤色のトランプ群を渡すと、自分は黒色のトランプを持っていった。


「普通は逆では?」

「普通って何よ」

「だいたい女性が赤色の方を持つことが多いと思いますが」

「そんなのどうでもいいでしょ? 私は黒が好きだから黒がいいの」


 子供っぽい言い方に、不思議と納得させられてしまう。

 たしかにこれはいわゆる男女差別と言われるやつかもしれない。というかそもそも色のことなど大したことではないような気がした。


 僕が好きな色も黒なんですよと言う機会はついに訪れず、そのままスピードが始まった。



 *



「なんか、飽きたね」

「こうなる未来は見えてましたけどね」


 それから3戦くらいやった僕たちはもう既にお腹いっぱいでだらっとしていた。

 一応負けた僕がトランプをシャッフルして色分けをしていたのだが、それも一応やっているという意味合いが強い。


 彼女は春の陽気に当てられて、だらーっと手を後ろに延ばして床を支えにして伸びていた。

 そうなると大きな胸が無防備に露わになっているのだが、彼女は警戒する様子を見せない。だがもちろん僕はそこに意識が向いてしまっていて、おっきいなあと小学生みたいな感想が心に浮かんでいた。


 だが、あまりにも僕が胸をずっと見ていたからだろう、彼女はにこっと笑って冗談めかして言う。


「どうしたの? 胸なんか見て」

「いえ、別に」


 胸なんかと女性は言うが、男にとっては胸は憧れの聖域の一つである。

 だからもう少し胸を張ってほしい。下心はない。


「じゃあ、ちょっと退屈してきたし……賭けをしない?」

「はい?」


 なにが「じゃあ」なのか、疑問に思っていると彼女は説明をしてくれた。


「君が勝ったらそうだね……胸を揉ませてあげるよ」

「そ、そんな、べ、べつに、かけになってない、で、ですよ。ぼ、僕はそんな、ものに興味ないですか、ら」

「動揺しすぎて面白いね」


 全く同様などしていない。胸に視線が行くようにもなっていない。

 僕は自制心の塊である。


「……冗談ですよね?」

「本気だよ? 君になら胸を触られてもいいかな、って」


 そういう勘違いする言葉は本気でやめてほしい。

 彼女がその言葉をにやけ顔で言っていなかったら、僕はすでに恋に落ちていただろう。


「まあとりあえず、僕が勝った場合はそうなるとして」

「とりあえずで条件を確定させたね」

「あなたが勝った場合はどうするんです?」

「うーん、そうだねえ」


 まさか、僕の胸を触るとか……? いやそれ何のメリットがあるんだよ。アホか。


 彼女は人差し指を唇に当てて、ゆっくりと考える。

 その間に僕は勝つ確率を少しでも上げるようにイメージトレーニングをする。


 やがて彼女は答えが決まったらしく、口を開いた。


「じゃあ、私が勝ったら、君の名前を教えて?」

「僕の名前、ですか?」


 拍子抜けてしまった。

 それでは僕が勝ったら嬉しいムフフのご褒美があるだけで、負けてもノーリスクだ。

 彼女が背負っているリスクに比べたら、僕のは別に何でもなかった。今おしえてもいいくらいだ。


「そんなのでいいんですか? あなたが負うリスクが大きすぎるように思いますけど」

「大丈夫大丈夫。どうせ君が勝っても、私の胸に触れないから」


 なんだか自信がありそうな答えだった。

 だが、残念。彼女は僕をただの草食男子だと勘違いしているようだ。人畜無害だと思い込んでいるらしい。


 これは勝って恐ろしさを教えなければならない。

 ついでに胸も触らせてもらおう。うんそうしよう。


「その言葉、後悔させてあげますよ」

「それ、負けフラグだよね」


 お互いに大事なものがかかった勝負、いざ尋常に勝負ッ!

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