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1話 隣人が死のうとしていた

「え、何してるんですか」

「なにって……自殺だけど?」

「そんな軽い言い方で自殺する人は初めて見ました」

「自殺を止める人がそんなに落ち着いてるのも初めて見たけどね」


 彼女との出会いは強烈だった。

 忘れたくとも忘れられない。そんなものだった。


 天井から吊るされたロープに首を引っかけようとしている姿。

 艶やかに流れ落ちる彼女の髪はいまにも死にそうな人とは思えないほど美しく、ショートパンツのために露わになるそのみずみずしい太ももは、やはり死ぬ間際の人間のものとは思えないほど生気を放っていた。


 この遺体を最初に見た人は、不謹慎ながら性欲が湧いてくるかもしれない。

 いやさすがに僕は死体相手にはそんなものこれっぽちも湧かないだろうけど。


「で、君は何をしに来たの?」

「隣に引っ越してきたのであいさつに」


 彼女がそんな中で大して意味の無いことを聞いてきたので、手に持っている紙袋を見せた。


 すると彼女はなんだか僕に興味を持ったのか、それとも供物の中身を確認したかったのか、はしごから降りて僕の方へとやって来た。


 それから無造作に僕の持っていた紙袋を奪い取る。


「あっ……」

「なに、なんかいやらしいものでも入ってるの?」

「いえ、つまらないものですが……」

「……ふふっ」


 そう言うと彼女は笑う。

 その笑顔は僕が今までに見てきた中で一番かわいい笑顔だった。今までに見てきた女性の中で、という意味だ。


 だがその彼女の笑顔は、紙袋の中身を見ると途端に消失した。


「なにこれ?」

「路傍の石です」


 怪訝そうに尋ねる彼女に僕は正直に答えた。


「本当につまらないもの……というかありあわせのものじゃない」

「すみません、貧乏なので……」

「あら、それはごめんなさい……」


 道端に落ちていた石ころを持ってきただけだったが、意外なことに彼女は僕の経済状況を把握すると素直に謝った。

 それがとても意外で思わず目を丸くしてしまった。


「……何よ」

「いえ、石ころを渡されても怒らないんだなって」

「お金がなくちゃしょうがないからね」


 すごくいい人だった。

 だから同時に、なんでこんな寛容な人が自殺をしようと思うのだろうと不思議になった。


 だがそれを聞くのも野暮な気がしたので、黙って帰りを告げる。


「それでは僕は帰りますから」


 すると再び彼女が怪訝そうな顔で尋ねる。


「……本気?」

「本気、とは?」


 質問に質問で返すと、彼女はやれやれと肩をすくめながら話す。


「自殺をしようとしている人がいるのに、何もしないで帰ろうとする人がいるの?」


 まるで僕が非常識の人間みたいな言われ方をされた。

 どう考えても非常識なのは、自殺をしようとしている彼女の方なのに。


 そのことを不満に思う気持ちはあったけれど、顔に出さず質問に答える。


「じゃあ逆に見ず知らずの男に自殺をするなと説得されたとして、あなたはその決意を曲げるんですか?」

「うん、曲げるね」

「……ほんとですか」


 多分今日の中で一番驚いた。

 まさかのそこで曲げちゃうんですかあなた。そんな簡単に折れるような決意で自殺を考えてたんですかあなた。


 こうして会話を重ねる中で、僕の中にはたしかな予感があった。


 この女性はヤバいと。どこかねじが外れているし、それも1本や2本ではない。

 ねじが外れすぎてガンダムを組み立てていたのに城になっちゃった、というくらい外れている。この例えもよく分からないけど。


 とにかくこの女性とは関わってもろくなことにならないという自信があった。


「じゃあ、自殺はやめといた方が良いと思いますよ。その容姿があればどっち方面にでも活躍できそうですし」


 と、そんなことを言うと彼女の顔が曇った。

 まるでその容姿をコンプレックスにしているのだといわんばかりに。


「ごめんなさい」


 さすがに罪悪感が宿り謝ると、今度は彼女が意外そうな顔をする。

 表情のバリエーションが多い人だ。


「……あなたって意外と人の心の機微が分かるのね」

「そんな、まさか」


 彼女の言葉を鼻で笑う。

 まさか、そんなはずがあるわけない。

 もし僕が人の感情の動きに敏感だったとするならば、今のように家族からも友人からも孤立するようにはなっていないし、自殺をしようとしている人を放置するなんていう選択肢を取っているはずがない。


 彼女の指摘は的外れのはず、だった。


 だが。


「ふうん……面白そうな子ね」

「そんなに歳は離れていないと思いますが」

「あら、若く見積もってくれるとか、嬉しいわね」

「……喋り方は年取ってますね」


 このままでは彼女のペースになってしまいそうだったので、すぐに嫌味を言っておいた。

 自殺しようなんていう人に嫌味を言うとか、どうやら僕の性根は腐りにくさっているらしいな。


 しかし、彼女にとってはどうやらお気に召したらしい。


「君、本当に面白いね」

「あなたは全く面白くない冗談を言いますけどね」

「決めた」


 すると彼女は急に天井から吊るしていたロープを片付けてしまった。

 どこから持ってきたのか分からないはしごも適当に片づけて、持ってきたのは――お金。


 どれほどの額かはパッとじゃ分からなかったが、白い帯で結ばれているのを見る限り一束100万円だろうか。

 ということはそれを10持っているから、1千万円。


 それをぞんざいに持ってくると、彼女は楽しそうな顔で突拍子もないことを言った。


「あなたの家に住むわね」


 不遜に、大胆に、彼女はこう言ったのだった。

 その瞬間、風が部屋の中を吹き抜ける。


 なんだ、彼女は今何と言った? 家に住む? 僕の家に住むと言ったのか?


「~~♪」


 言った張本人に視線を送っても、ニコニコとした顔をしているだけで何を考えているのか分からない。

 冗談なのか、それとも本気なのか。ふざけて言っているのか、それとも真剣に言っているのか。


 答えがどっちにもつかないので、 僕もそれなりに考えてからきちんと答えを出した。


「すみません。お断りさせていただきます」

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