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For you, thanks to you

作者:

まだ途中までで完成してません。

第一章


 「では、まずお名前だけでいいので自己紹介をお願いします」

「相楽真です、本日は宜しくお願い致します」

 あーあ、何か今日の面接官は感じ悪いな。ま、感じのいい面接官なんてあったことないのだけど。就活をやっていると、必ず「お名前はなんですか」と聞かれる。それが、テンプレなのだろうけど、名前なんてエントリーシートに載っている。幼稚園児じゃあるまいし、名前を答えられない就活生なんていない。こんな質問する意味あるのだろうか。なんて考えていると

「相楽さん、大学では首席なんですね。塾講師もやっているようだし、勉強が得意なんですね。勉強は小さい時から好きだったんですか?」と聞かれた。

 うーん。勉強は得意っちゃ得意かな。俺は、なぜだかわからないけど、常に成績が良かった。もちろんヤンキーだったわけではないけど、まじめだったわけでもない。塾に通ったこともなければ、家で勉強するのもテスト前くらいだ。でも、記憶に残っているテストの点数はどれも低くはない。

「えー、よく覚えてないですけど、小学校くらいの時から勉強は得意だとは思います。でも、好きかと言われるとそうではないかもしれないです」

 あ、やっちゃった。こういうのは「はい、好きです!」って答えるのがいいんだっけ。ましてや、これは学習塾の会社の面接だ。俺は、いつも馬鹿正直に質問に答えてしまう。

「好きじゃないのに、この成績は取れないでしょ。資格もたくさん取ってるみたいだし」

「ありがとうございます」

 俺は、なんて答えていいのかわからなくなって、とりあえず頭を下げといた。あれ、よく考えてみたら小学校の時って、俺本当に勉強得意だったけ。この間、ある会社から内々定を知らせる書類が届いたいたのだが、そこには「面接に虚偽の内容があった場合、内定は取り消されることがある」と書いてあった。嘘はいけない。俺は必死に小学校時代を思い出した。あの時は、なにもかもが楽しくて、毎日がキラキラしていた気がする。小学校のことを振り返って勉強の事なんて思い浮かんでこない。頭にあるのは、友達と服を汚して遊んだ日々である。あ、そうだ6年生の時に仲よかった高橋は俺よりずっと勉強ができた。

「あ、でも、すごく勉強が得意な訳ではないんです」

 俺は、嘘にならないようにやんわりと言い訳をしといた。



「さがしんて意外にあたまいいんだね」

「意外にってなんだよ」

 相楽真君。相楽のさがと真のしんをとってさがしん。うちの学校の生徒はみんなさがしんのことをさがしんって呼んでる。今年初めて同じクラスになったけど、さがしんのことは知っている。よく、うるさい男子とふざけているのを見るし、うちの学校では結構人気の男の子だからだ。

 そんなさがしんと席が隣なんだけど、返ってきた算数のテストでさがしんが90点をとっているのだ。さがしんがまさか、頭がいいとは思っていなかった。今朝だって、登校中に石けりをしてて先生に怒られてたんだ。

「だって、頭よさそうにみえないだもん」

「高橋って失礼なやつだな。てか、高橋も頭いいんじゃん。お前の方が点数高いし」

「だって私は、さがしんと違ってちゃんと勉強してるもん」

「なんだよ、それ。俺が勉強してないみたいじゃん」

 私は、石けりなんてして先生に怒られないし、よく先生から「いい子」「まじめでしっかりしている」と言われる。それに、中学受験をするから塾にだって通ってる。私はさがしんより間違えなく勉強しているのだ。そんなこと考えていると

「じゃあみなさん、次の時間は運動会の練習だから、体操着に着替えて遅れないで校庭に整列してくださいね」

 と先生の声がかかった。

 小学六年生はイベントがいっぱいだ。運動会では憧れの組体操。それに、修学旅行だってある。それで、最後には卒業式。こんな楽しいことが盛りだくさんの一年は初めてだ。でも、それと同時に勉強をしなくてはいけない。テストや模試で悪い点数を取ると、ママに怒られる。

「よっしゃ、早く外行こうぜ」

 さがしんがそう言うと、うるさい男子たちがいっせいにさがしんに続いた。こういうところがさがしんのすごいところなんだと思う。さがしんが何かを言うと、周りがそれに反応する。まだ、クラス替えをして少ししか経っていないのに、さがしんはもうクラスの中心的な存在だ。

 窓から、強い日差しが教室に差し込んでいる。まだ五月だというのに、まるで夏のような暑さだ。私は、96点のテストを机にしまって、渋々外に出る準備を始めた。


 運動会に向けての練習は、ハードだ。応援練習に入場退場練習。スポーツをやっていない私にとって、長時間炎天下の外にいるのは拷問みたいなものだ。美香ちゃんや麻衣ちゃんも顔が赤くなって、つらそうにしている。逆に、男子たちは「あちー」だの「だりー」だの文句をぶつぶついいながらも、楽しそうにはしゃいでいる。普段は先生に怒られていることが多いけど、こういうイベントごとになると彼らの力が必要だ。声は大きいし、時々変なボケをして笑かしてくるから雰囲気がよくなる。先生たちも「ちゃんとやりなさい」と言いながらも、楽しそうな顔をしている。

「あー、疲れたねー」

「そうだね」

 運動会の練習が終わると、美香ちゃんが寄ってきた。

「ねえねえ」

「どうしたの」

「さがしんってなんかかっこよくない?」

「え、そうかな」

 さがしんと席が隣になってから、彼をかっこいいと思ったことが私はない。でも、なぜか知らないけど、さがしいは結構女子に人気がある。

「なんか応援団長やってる姿見て、かっこいいと思っちゃった」

 さがしんは応援団長をやっている。声は大きいし、リーダーシップもありそうだから、彼にはピッタリな仕事だ。でも、だから「かっこいい」とはならない。

「えー、私はそんなにかっこいいと思ったことはないかな。でも、いいんじゃない」

「でも、今隣で仲よさそうじゃん。あ、この話は内緒ね」

 さがしんは明るくておしゃべりだから、さがしんと話すことはあるけど、めちゃめちゃ仲がいい訳ではない。

「ふつーだよ。わかったわかった」

 私はそういって、水筒のお茶を一気飲みした。今日は、塾の日だ。少しでも疲れをとらないと。


「じゃあお疲れ様、気をつけて帰ってね」

「はい、さようなら」

 外に出ると、肌を焼くようなじりじりとした暑さが私たちを襲う。塾の中にいると、ギンギンに冷えたクーラーのおかげで忘れてしまうけど、夏真っ盛りだ。

 私たちは、今小学生最後の夏休みを過ごしている。一生懸命に練習した運動会は大成功に終わった。何人か泣いている先生もいたし、そういうのを見ると頑張ってよかったなと思えた。通知表も◎が増えて、いいこと尽くしの一学期だった。これで、夏休みにもっと遊べたら最高なのだけど、塾の夏期講習がたくさん入っている。塾の先生もママも「この夏休みが勝負だから頑張ろうね」と言っていた。それでは、全く休みになっていない。でも、「今勉強を頑張れば将来幸せになれる」ってママから教えられているから、頑張るしかない。

「あっついね。そうだアイス買おうよ」

「いいね。アイスアイス」

 麻衣ちゃんも同じ塾に通っていて家も近いから、こうやって一緒に帰ることが多い。麻衣ちゃんとおしゃべりしたり、駄菓子屋でお菓子を買って食べたりしていると、暑さも疲れも忘れてしまうことが出来る。

「あ、あそこ。サッカーやっているの」

 麻衣ちゃんが指をさした先の公園で、十人くらいの同い年っぽい男子がサッカーをしていた。よく見てみると知っている顔である。

「浩平とかさがしんだ。こんな暑いのによくやるね」

 私の家の前には、ボールを使って遊ぶには十分な広さの公園がある。ここら辺に住んでいる友達がよく使う公園だ。今日は暑いからか、さがしんたちしか公園にはいない。それにしても、男子の元気さには感心してしまう。服は汚れて、汗もすごくかいてて、疲れてそうに見えるのに、みんなうるさい声を出して走り回っている。

「おーい」

 麻衣ちゃんは、サッカーが一区切りすると、男子たちに話しかけた。

「おー、高橋に神崎じゃん、何やってるの?」

 さがしんが少し息を切らしながら聞いてきたので

「塾の帰りだよ。なんかすごく疲れてそうだね。熱中症とかで死なないでね」

 と言うと

「そんなもんなんねーよ」

 とさがしんはまっすぐな笑顔で答えた。

「あ、お前らも少しサッカーやる?」

「バカ言わないでよ」

「そっか、じゃあせっかくだしちょっと見てけよ」

 そう言うとさがしんたちはチームを分けて試合を始めた。運動できそうな顔をしている男子が集まっているだけあり、サッカーにあまりなじみのない私にも迫力みたいなものが伝わってきた。激しく体をぶつけあい、力強くボールを蹴っている。その中でも、さがしんは特に上手くて、素人の私にも彼のすごさがわかった。それ以上に、なんて楽しそうな顔をしているのだろう。いつも、さがしんは楽しそうに日々を送っている。夏期講習に追われる私と、彼とではまるで違う世界に住んでいるようだ。ママは勉強を頑張っている私は将来幸せになれると言っていたけど、今はさがしんの方が充実した毎日を送っている。彼の笑顔を見ると、そんな気がした。


「へー、こんな家に住んでるんだ」

 私は麻衣ちゃんと浩平とさがしんの家に遊びに来た。この前、公園であったときに、さがしんに「夏休み暇だから遊びこいよ」と言われたからだ。私と麻衣ちゃんも、さすがに毎日塾に行っているわけではないから、暇な日はちょいちょいある。

 三年生とか四年生とかの時は、あまり意識しなかったけど、男子の家に入るのは少しどきどきする。あまり大きくはないけど、きれいに整理された清潔感のある家。おまけにピアノなんてものもある。あんなに服を汚して運動しているさがしんからは、少し想像しづらい光景だった。

「ママは今日いないの?」

 と聞くと、少し間をおいて

「まあね。俺の母さん海賊王だから今頃航海でもしてんじゃね」

 とさがしんはおどけて見せた。さがしんはどんな些細な会話でも、おかしくしようとする。たまにうっとうしく思うけど、今日は学校ではなく家にいるせいかつい笑ってしまった。

「とりあえずゲームでもしようぜ」

 浩平の声を皮切りに、私たちはゲームをやり始めた。勉強は少しやると、疲れてしまうのに、こうやってゲームを友達とやるのは何時間でもできる気がしてしまう。「目が疲れたなー」と思い、時計を見ると針は十二時ちょっとすぎをさしている。もう二時間も経っていて、お腹もぐっと減っている。

「お昼ごはん買い行こう」

 麻衣ちゃんがそう言って私たちは外に出る準備を始めた。今日は、一日遊ぶからとママに言ってあるから、お昼代をもらってある。お昼ご飯を友達と買って食べるというだけで、心が躍ってしまう。

「お前ら、買い行っていいぞ。俺適当に作って食うわ」

 さがしんがそう言うので、私はびっくりした。いつもふざけているさがしんから料理なんて想像できない。

「え、さがしん料理できるの」

「料理っていうか、まあ、ほとんどチンするだけだどな」

「へー、すごいね」

「じゃあ、俺ら近くのコンビニで買ってくるわ」

「うい、いってら」

 私たちがコンビニでお弁当を買って帰ってくると、さがしんはテーブルの上に、チャーハンを用意してあった。台所には、フライパンが置いてある。さがしんがフライパンを使って作ったのだ。

「えー、おいしそう。すごいね」

 麻衣ちゃんが簡単の声を上げると、さがしんは照れ臭そうに

「ま、フラーパンに冷凍食品入れて炒めるだけだから」

 と答えた。

「さがしんサッカーできて、勉強できて、料理できるなんてせこいよな。そりゃモテるって」

「は、お前、この前春菜に告られてただろ」

「うっせーよ」

 女子に限らず男子も恋バナは大好きだ。特に、男子は嫌そうなふりをしながらも「お前モテルだろ」だとか「だれだれに告られただろ」とか言われると照れ臭そうにでも自慢げに笑う。

「高橋と神崎は好きな人いないの?」

 とさがしんが聞くのに、麻衣ちゃんは

「言いません」

 と笑いながら答えた。

「それって俺かさがしんのことが好きってこと?」

「違うから!」

 麻衣ちゃんはそう言うと、ご飯を一気に口に運び始めた。

「お前はどうなの?」

「私は本当にいない」

 私には好きな人が今いない。四年生の時に同じクラスの子を好きになったけど、その後クラスが別々になり、関わる機会がほぼなくなってしまった。

「でも、さがしんと由紀って仲いいよね」

「だよな、二人とも頭いいしお似合いのカップルじゃん」

 と浩平と麻衣ちゃんがおちょくってくるのを、さがしんは「勝手に決めんな」と止めて私も「そうよ」と同調した。

 確かに隣の席になってから、私たちは仲良く話すようになったり、一緒に帰ったりすることが増えた。でも、それは友達としてだ。それに、さがしんは明るい奴だから、私以外にも何人も仲のいい女の子がいる。

 ただ、さがしんを凄いなとは思っている。サッカーをやっていて塾なんて行ってないのに、ほぼ私と同じ点数をテストでとってしまう。おかげに料理もできるし、いつも明るくて友達が多い。私ができないことをやれてしまう、私が頑張ってやっていることを簡単にやってしまうさがしんはもしかして凄い人なんじゃないかと時々思う。


 六年生の一年間はあっという間に終わってしまう。夏休みが明けると、すぐに修学旅行があり、その後、合唱の発表やらなんやらで、もう卒業まで二か月もない。でも卒業式の前に、私には最後の大きなイベント、いや試練が待っている。中学入試が来週に迫っているのだ。冬期講習は、夏期講習よりも大変だった。塾に毎日のように通っていて、何時間も勉強した。時間以上に苦しかったのが、扱う問題で、訳の分からない問題に毎日向き合った。でも、その成果か、模試ではかなりいい点数を取れるようになり、過去問も自力で時間内にある程度解けるようになっている。塾の先生もお母さんも「本番でいつも通りできたら大丈夫」と何度も言ってくれた。

 私は入試までの一週間、必死に最後の追い込みをした。今勉強すれば、将来幸せになれるのだ。そう思うと、力がみなぎってきた。それに最近、私をやる気にさせる出来事が一つある。

 最近、さがしんが走っている姿を部屋から見ることができるのだ。六年生最後の大会は、もう終わったらしく、さがしんのチームがかなりいい成績を収めたと小学校で噂になっていた。なかでも、さがしんはチームのエースだったようで、エースにふさわしい活躍をしたらしい。学校で「サッカーの大会、なんか活躍したみたいだね」とさがしんに聞くと「うーんまあな。まあ、俺はここらへんじゃ日本のメッシって呼ばれているからな」なんて言っていた。

「メッシって何?」

「サッカー界のアインシュタインってとこかな」

 メッシを知らない私に彼はこう答えた。日本のアインシュタインって呼ばれるなんて相当活躍したんだろう。

 さがしんは、2日に1回くらい、真剣な顔をして私の家の前を走っている。いつもふざけて楽しそうなさがしんでもこうやって頑張っているんだと思うと、私にも力が湧いてきた。きっと、彼は中学でサッカーを続けて活躍すために走って体力をつけているのだ。私も将来のために頑張らなくては。

 迎えた入試当日。私は緊張することなくいつも通り問題を解くことが出来た。わからない問題もあったけど、先生に言われたように、飛ばしてほかの問題をきちんと解いたし、きっと大丈夫だ。あれだけ努力したんだから。

 合格発表日。見事、私は志望校に合格することが出来た。よく努力は必ず報われるって言うけど、本当にそうかもしれない。私は、すごく頑張ったし、その結果がちゃんとここに表れている。

 その晩は、家族で晩御飯を食べに行った。普段なら絶対に行かない高級そうなステーキ屋さん。ママも父さんも幸せそうな顔をしていて、私はすごくほっとした気持ちになった。ステーキも絶品で、私はよく食べる方ではないのだけど、パクパクと無限に食べれるような気がした。ママは「今頑張れば将来いいことがある」ってよく言ってきたけど、こうやって本当にいいことが一つ私に訪れた。

 それから学校生活は平穏に流れた。あと少しで小学校が終わってしまうことを悲しんでか、クラス全体で遊んだり、仲良く話したりすることが増えた。特に、私はみんなと違う中学校に進むことになったから、卒業式までの一日一日はすごく貴重に思えた。 

 でも、いざ卒業式の日を迎えると、あっという間に一日が終わってしまった。練習通り、卒業証書を受け取って、歌を歌ってそれでおわり。六年間も通ったのに、あまりにもあっけなく一瞬で終わってしまう。いつだって終わりはあっけない。中学入試の合格発表の時も、こんな感じだった。

 式が終わると、私たちは友達と最後の時間を過ごす。とは言っても、ほとんどみんな同じ中学校に進むから、ただおしゃべりしているだけのようなものだ。

「おーい、高橋」

「どうしたの?」

 仲のいい女の子たちとしゃべっていると、さがしんが声をかけてきた。

「お前、すげー頭いい学校行くんだろ。これでお別れだな」

 私が、中学入試に成功した噂は小学校に広まっていた。結構有名な学校だから、先生たちに褒めてもらったし、友達も「すごいねー」と言ってくれた。でも、あれだけ一生懸命勉強頑張ったんだから、合格していないと釣り合いが取れない。それに、きっとさがしんが本気で勉強すれば、きっと私と同じ学校に合格できた。

「まあね。さがしんも中学入試すればよかったのに」

「俺は無理だよ。そんな余裕ないし。それに、俺はやっぱり遊んでる方が楽しいから」

「だろうね。中学でもサッカー続けるの?」

 さがしんは悩むような顔をして

「そうだな、俺はここらじゃメッシと呼ばれてるからな。やめるわけにはいかないな」

「あー、その人、サッカー界のアインシュタインみたいな人だっけ」

「そうそう。でも、高橋は頭いいから本当にアインシュタインみたいになれるかもな。もし、ノーベル賞かなんかとったら、小学校時代の友達として俺の事を宣伝してくれ」

「なんでよ。そもそもノーベル賞なんて取れるわけないし」

「高橋でもとれないのか。難しいんだな。ま、中学でもいろいろ頑張れよ」

 そう言うとさがしんは、男子たちの輪の中に入っていった。私は、勉強を頑張って、中学入試合格という結果と、お母さん曰く幸せな将来を手に入れた。でも、さがしんは私が持っていないものをたくさん持っている。友達に、ユーモアに、料理に、運動。それに何より、毎日があいつは楽しそうだ。私とさがしん、どっちが良くてどっちが正しいかなんて小学生の私にはわからない。でも、ほんのちょっとでも、中学では、さがしんみたいにいろんなことが出来て、周りを楽しくできる人になりたい。男子の輪の中の中心で、ふざけているさがしんを見てそう思った。



 高橋は俺がふざけているときまじめに授業を受けていた。俺がサッカーをして遊んでいるとき塾に通って勉強していた。そうえば、俺がどうじようもなく、ひたすらランニングをしていた時も、あいつの部屋には明かりがともっていた。きっと、その時も勉強を頑張っていたのだ。俺は高橋にテストの点数で勝ったことがない。そんなの当たり前だ。小学校卒業以来あいつとは会ってないけど、きっとあの時一生懸命勉強をしていた高橋には明るい未来が待っているんだろう。それがあいつと俺との差なんだろうな。あいつには努力して手に入れた学力が残っているけど、俺には何も残っていない。おっといけない。面接中だったな。とにかく俺なんかが意気揚々と「勉強は好きで得意です」なんて言ったら高橋に笑われてしまう。




第二章


「相楽さん、成績いいから勉強ばっかりかと思ったら、スポーツもやってこれらたんですね。中学の時はソフトテニス部ですか」

「はい」

 中学の話をして、俺の何がわかるというのだ。というか、中学の部活なんてまともにやっていない。深堀されるとやばいな。と考えていると案の定

「部活では、どんな役割でしたか?」

 と聞かれた。俺は高校時代、部活に所属していないし、大学でもサークルとは無縁の生活を送っていた。だから、団体に所属している経験がほとんどない。しかし、就活ではよくコミュニケーション能力が求められると聞く。そんな能力を面接官が図ることが出来る経験が、俺には中学の部活しかないのだ。この時点で、俺の就職活動は絶望的である。

「えー、部活動では、部長でも副部長ありませんでしたが、えーっと、明るくふるまってペアが気持ちよくプレーできるよう意識してきました。」

 俺は苦し紛れに答えた。こんなの全く質問の答えになっていない。俺は中学時代レギュラーでもないし、何の役職も与えられていなかった。しかも、俺は金田君というお世辞にもうまいとは言えない子と組んでいて、部内では一番弱いペアだった。でも、それは俺が望んだことだった。部長のまっつんは、俺の事を気にかけてくれたり、俺のことを褒めたりしてくれたけど、俺は気にかけられるほどやさしい奴でもなければ、褒められるほど立派な奴でもない。



「さがしん本当にいいのか」

「何が?」

 さがしんは本当に何ことかわからないようで、首をかしげている。

「いや、ペアだよ。ペア。お前本当に金田君とペアでいいの」

「あー。いいよ。俺下手だし。金田君と組むの気が楽でいい」

 三年生が引退して、今日は新チーム体制のペアを決めることになった。この部活に二年生は十人いる。それなりにちゃんとやっているせいか、みんなある程度の実力を持っていて部員間でその差はほんとんどない。金田君を除いては。金田君は、いかにも君付けが似合うおぼっちゃまのような子だ。その見た目の通り、スポーツは全くできなく、ソフトテニスもはっきり言ってずば抜けて下手だ。でも二年生が十人ぴったりだから、誰かが金田君と組む必要がある。みんな金田君と組むのを嫌がった。そんななか、さがしんが「俺金田君と組むよ」と言って、さがしんと金田君のペアが誕生してしまったのである。

「まあ、お前がいいならいいけど」

「全然いいって。それよりまっつん次の大会頑張れよ。マジで優勝行けるって」

「いや、さすがにきついっしょ」

 さがしんに褒められるのは、ものすごく照れる。小学校の時も、さがしんとは同じ小学校だったけど、あんまりさがしんと関わることはなかった。さがしんは頭もいいし運動もできるから人気だった。それにサッカーがうまいって有名だったから、俺はさがしんのことを知っていた。というか、多分あの小学校の奴はみんなさがしんのことを知っている。そんな彼と、今同じ部活で、彼から応援の言葉をもらえるなんて。人生何が起こるかわからないとはよくいったものだ。

「また、明日な」

 そう言って、走っていくさがしんの後ろ姿は、ブレがなくて軽やかだ。九月の夕方は、まだ暑さが残りながらも、夕日が赤く映えて独特の心地よさと雰囲気がある。そんな景色の中で消えていくさがしんの後ろ姿はただただ美しかった。


 「よし、じゃあ今からリーグ戦やるか」

 来週の秋季大会に向けて、練習にも熱が帯びてきた。みんないつも以上に、声を出してボールを懸命に打っている。そりゃそうだ。三年生がいなくなって俺たちが最上級生の初めての大会だ。それに向けた校内リーグ戦なんて、気合が入ってしまう。

 二年生全5ペアでのリーグ戦。俺は最近調子が良く、三試合を終えて全勝の一位だ。それ以外のペアは勝ったり負けたりで似たり寄ったりの結果だ。あ、でも、さがしんと金田君のペアは全敗だ。

 最後の試合は、さがしんのペアとだ。金田君を狙えば余裕で勝てる。でも、俺はそれではつまらなかった。調子が良くて気分がいいからか、全勝しているからか、さがしんと勝負してみたくなった。

「なあ、この試合、金田君狙わないで、さがしんと打ち合おう」

 俺は、試合前にペアの隅田に提案した。隅田は負けず嫌いな性格だから断られるだろうなと思っていたけど、俺と同じで全勝して余裕があるからか「そうだな」と承認してくれた。

 審判のコールを合図に「ウエーイ」と相手を挑発するように声をだす。それがソフトテニスの試合のスタートだ。いつものように隅田がでっかい声を上げるのを無視するかのように、さがしんはサーブを打った。力の抜けた、でもコースを狙ったいいサーブだ。俺は予定通りさがしんにボールを返した。さがしんも、全く同じように俺にボールを返す。ここらで攻めてみるか。俺はコートギリギリをめがけて強いボールを打った。よし、いいコースだ。しかし、さがしんは軽快なフットワークでボールに追いつき、くいっと腰をひねってボールを打ち、俺も隅田も手が届かない絶妙なコースへエースを決めた。あの瞬発力と体幹。やはり、さがしんは特別な才能を持っている。テニスを始めたのは中学からだから、小学校からテニスをやっている俺と比べて基礎は劣るけど、センスと運動神経で驚くようなショットをさがしんは打ってくる。さがしんと真っ向勝負するのは他の誰と勝負するより面白い。

 俺たちはさがしんと勝負をして試合を続けていたが、気づくとかなり接戦になっていた。いくら金田君を狙わないとはいえ、負けることはない。俺はそう思っていた。でも、さがしんのセンスとマジで負けるかもという焦りでかなり苦戦を強いられていた。すると、隅田が金田君を狙うようにショットを打ち始めた。金田君は、それに対応するには実力不足で結局あっさりと試合に勝ってしまった。俺は、最後までさがしんと勝負したかったと思いつつも、隅田が金田君を狙い始めたことに少し安心していた。大会前に負けるのは、勢いが乗らないし縁起が悪い。それに結果を残すことは大事だ。

 俺の家庭は平和な家庭だ。貧乏でもないし、親も厳しくない。両親は、俺の事を期待してくれている。きっと、他の人から見たら天国のような家庭だろう。でも、それ故にどこか息苦しさみたいなものもある。俺には十個上の兄貴がいるんだが、兄貴は厳しく育てられたと言っていた。兄貴は学生の頃ぐれることが多く、親ともけんかしてばっかりだったらしい。今となっては親と兄貴が連絡をとっていることもない。そんな兄貴を見て反省したのか、兄貴と比べておとなしくて小さいからかわいくみえるせいか、俺には親がなぜかすごく優しい。きっと、両親は兄貴の子育てに失敗したと思っているから、俺に必要以上に愛情を注ぎ、それなりにまじめな俺に期待しているんだ。でも、俺にとってはそれが重荷だった。親から愛情を受けている分、その期待にこたえなくてはと思ってしまう。だから、必要以上に、そしてどんな些細なことでも結果にはこだわった。何にせよ俺がいい結果を出せば、親は喜ぶ。それで、俺は重圧から解放される気がした。

「あーあ、まけっちゃたな。ま、あたりまえか」

さがしんが試合後、全く悔しくなさそうにそう言ってきた。きっと、さがしんはペアが金田君じゃなかったら大会でもそれなりに上位にいける。でも、さがしんはそんなこと少しも気にかけていなさそうだ。

「危なかったけどな。よし、片付けるか」

 部長をやっている俺は、みんなに指示を出してコート整備を始めた。来週には大会だ。人のことを考えるより、自分のことが大切だ。


 迎えた秋季大会地区大会予選。空はかっらと晴れて、時頼吹く風は涼しさを感じさせつつも、ほんのりと温かい。食欲の秋だとか読書の秋だとか芸術の秋だとか言うけど、この空気を吸うとどっからどう考えてもスポーツの秋だ。

 俺は、シードだから二回戦からの登場。試合が始まるまで、チームメイトの試合を見て回った。一年生は初めての大会ということもあり、緊張が見て取れる。練習通りに全くプレーできていないし、今何体何かわかっていなくておろおろしているやつもいる。二年生は、順調に勝ち上がっているようだ。試合会場をうろうろしていると、遠くのコートにさがしんと金田君が立っているのが見えた。俺は急いで、足を運び、さがしんの試合を見た。なかなか接戦になっている。きっとさがしんが頑張っているのだろう。そう思っていると、次々とボールが金田君にとんでくる。金田君は、時々何とかボールを相手のコートに返すものの、ほとんどミスショットをして失点しまっている。これではさがしんはどうしようもない。さがしんも、これだけ金田君が狙われて自分が何もできずに負けるのは頭にくるだろう。そう思っていたけど、さがしんは金田君がミスをするたびに「どんまい」だとか「大丈夫」だとか声をかけている。しかも笑顔でだ。なんて優しいやつなんだろう。なんていいやつなんだろう。俺は、さがしんが少しでも報われるように、神様に「さがしんたちを勝たせて」、そして金田君に「実は左利きで本気を出すかとでも言って本領を発揮してくれ」と心中で頼んだ。でも、そんな漫画みたいなことが起こることもなく、さがしんたちは負けてしまった。

 結局その大会で、俺は準決勝まで勝ち進み県大会に出場することができた。その帰り道さがしんに「やっぱ、まっつんすげーな。俺準々決勝の試合興奮しちゃったよ」と話しかけられた。

「まあ、優勝はできなかったけどな。さがしんも惜しかったな。一回戦」

 さがしんの試合もことなんて聞かなくてよかったのに、俺はつい口に出してしまった。

「俺は全然だよ。でも、確かに次は一回戦くらい勝ちてーな」

「ペアが金田君じゃなかったら勝ててただろ」

「いや、そうでもないって。意外にあいつうまいんだぜ」

 いや、そんな訳はない。なぜさがしんは金田君をそんなに気遣っているのだろう。いくらいいやつとは言え、さすがにおかしい。というか、それ以前になぜソフトテニス部なんて入ったのだろう。もしサッカー部に入っていたら、今頃チームのエースとして活躍しているはずだ。

「ていうかさ、前から思ってたんだけど聞いていいか」

「何?告白?」

 さがしんはそういって笑いながら俺を見つめた。

「いや、さがしん、なんでソフトテニス部なの?普通、サッカー続けるだろ」

 さがしんは「うーん」と少し考えるそぶりをして

「俺さ、小学校の時にずっとサッカーしてたから、何か手より足の方が器用に使えるようになったんだよな。でもさ、授業中足でノートとる訳にもいかないし、足で箸使って食べるのも行儀悪いだろ。だから、そろそろ手を使わないとと思って」

 確かに、さがしんは足で物を扱うのがうまい。テニスボールでいとも簡単にリフティングしてしまうし、地面においてあるペットボトルをヒュイって足で浮かせてキャッチする。でも、今日だってちゃんと手を使ってスコアをつけて飯を食っていた。全く正当な理由とは思えない。

「他には?」

「あと、サッカーって十一人でやるスポーツだから、個人種目やってみたかったんだよね。ほら、テニスって個人種目の王様って感じだろ。それで硬式テニス部がないからソフトテニス部に決めたんだ。でも、ソフトテニスが基本ダブルスなのは知らなかったな」

 ソフトテニスはダブルスの試合がメインだ。確かに個人種目なら、さがしんの運動神経があればどんなスポーツでもある程度結果を出せるかもしれない。金田君とペアのソフトテニスなんて、さがしんには似合わない。そんな俺の気持ちを察してか

「でもさ、俺ソフトテニス部入ってよかったよ。練習は楽しいし、まっつんみたいなうまい奴と打ち合うのはすげー気持ちいい」

 とさがしんは言った。本人はそう言うけど、このままではさがしんの才能がもったいない。俺はそう思った。


 秋季大会が終わると、部活動は落ち着きを見せる。リーグ戦や練習試合とかはあるけど、公式戦はないから、モチベーションがあがらない。寒い中、布団から出て、朝練や冬休み練に行くのは参ってしまう。

 年が明けて初めての練習。正月は、もちをたらふく食ったから、歩くだけで体が重いのを感じる。そんな体を無理やり動かしてコートにつくと、さがしんと金田君が練習しているのが目に入った。練習が始まる前に、ボールを打つ部員は結構いるけど、さすがに今日は正月明けでまだみんな寝ぼけているのか、二人以外にはだれもいない。そもそも、さがしんと金田君が二人で、ボールを打つところなんて初めて見た。


 俺は、秋季大会後のミーティングでペア替えの提案をした。何人かの部員が、ペアを変えたいと言ってたし、大会までしばらく時間が空くからちょうどよい機会だった。何より、さがしんと金田君のペアを変えられるかもしれない。そう思った。

 だったら、俺がさがしんと組めばいいじゃんと思うかもしれない。でも、そうはいかない。ソフトテニスでは、後衛と前衛という役割があり、後衛の人と前衛の人がペアを組むのが普通なのだ。残念ながら、俺もさがしんも後衛なのである。

 先生、部員で話し合いながらペアを決めていく。俺と隅田はそのまんま継続。そして、何人かはペアを入れ替えた。しかし、さがしんと金田君はお互いにこのまんまがいいと、ペアを変えることを譲らなかった。

「後輩と組んでもいいんだぜ」

 後輩には、金田君よりうまい奴が何人もいる。だから、俺はさがしんに提案したけど

「俺、弟だし、年下と組むのは苦手かもな。それに、俺と金田君のゴールデンペアを解体するわけにはいかないだろ」

 と断られてしまった。さがしんは、本当に金田君と組むことに抵抗がないらしい。

 ミーティングの後、俺は金田君を呼んで話

「お前さ、さがしんと組んでて申し訳ないとかないの」

「え?」

 お坊ちゃまみたいなやつは、たいてい自分に甘い。金田君には自分が足を引っ張ている感覚なんてないのかもしれない。

「だから、ほら、前の試合もお前のミスが多くて負けただろ」

「あー、はい」

「どうにかしようとか思わないわけ」

「そりゃ、上手くなれればいいですけど」

「なんか、もっと練習するとか、一緒に組むの申し訳なく思うとかないの」

「あー、練習は自分なりにはちゃんとやっていると思っていますし。相楽君優しいし、楽しそうにしてくれるから。申し訳ないとは思っていますけど」

 そうだ。金田君が練習をまじめにやっているのは知っている。彼には、さがしんと違って絶望的に才能がないのだ。それに加え、彼には、自主練をしようという気がない。自主練を強制することはできないし、才能もない。俺は、これ以上金田君にかける言葉が見当たらなかった。


 二人の練習を見ていると、どうやら、さがしんが球出しをして、金田君が打ち返す練習をしている。さがしんは金田君の打つ1球1球に「ナイスボール」だとか「もっと膝を曲げるといいかも」だとか声をかけている。金田君もその声に反応して、返事をしている。

 金田君は、練習中、「下手くそだな」と笑われることが多い。決して、いじめとかではなく、自然にそう言われてしまうのである。そのせいか、金田君は練習中、楽しそうにしていることが少ない。

 でも、今さがしんと練習している金田君には、何か、充実感が漂っているように見えた。そんな金田君、そして一切嫌な顔をせず、球出しをするさがしんを見ていると、いいペアだと錯覚してしまう。試合で勝つことよりも、金田君にやる気をださせること。きっと、そっちの方がずっと難しい。さがしんと金田君、どっちが練習をしようと提案したかはわからない。でも、そんなことはどうでもいい。今、俺の目の前で、練習している二人は、確かにゴールデンペアの名にふさわしいのかもしれない。いや、さすがに言いすぎか。


 冬は、イベントが少なく、なんとなく空がどんよりしているせいか時間がたつのが長く感じる。でも、冬を超え、ほのかな温かさが春の到来を告げたかと思っていると、あっという間に、夏が始まる。

 春季大会では、俺たちはベスト8どまりだった。でも、内容は悪くない。最後の大会に向けて、希望が持てるようなプレーを俺も隅田もすることができた。

 そして、さがしんと金田君も1回戦を突破した。2回戦もかなりいい勝負だったが、結局いつも通り、金田君のミスが目立ち、負けてしまった。俺は、あと少しで勝てたのになと思っていたけど、さがしんは「やっと、1回戦勝てたわ」と喜び、金田君は、自分のせいで試合に負けたのにも関わらず、満足げな顔をしている。

 さがしんと金田君は、正月以降、時々二人で自主練をしていた。その成果がちゃんと結果に表れたのだ。俺らたちは、希望を胸に最後の大会を迎えることとなった。


 夏の大会当日。まさに、夏って感じの快晴だ。でも、そんな快晴の下、アップに励む俺は緊張しているのかふわふわしている感覚だった。周りを見てみると、他の奴も表情が硬い。無理もない。これが最後の大会なのだ。緊張してしまうのは当たり前だ。

「あーあ、今日突然ソフトテニスのルールが変わって、ラケットじゃなくて足を使うとか、テニスボールを一番多くリフティングできたやつが優勝になったりしないかな」

 さがしんが、急にそう言って、ポケットからテニスボールを1個だし、リフティングを始めた。いつも、よく見ている光景だ。休憩中やボール拾いの時、さがしんはこうやってボールを蹴って遊んでいた。

「アホなこと言ってないで、アップしろ。あと、足でボール扱う暇あったら、素振りでもしたらどうだ」

 顧問に言われて、さがしんはリフティングをやめて「すんません」とペコっと頭を下げた。その様子を見て、みんな「そしたらさがしん優勝できるのにな」「そんなルールになったら俺確実に1回戦負けだわ」と笑った。いつのまにか、みんなの表情は硬くなくなっている。

「ま、ルールが変わるわけでもないし、今日急に俺らがうまくなるわけでもないんだから、いつも通り頑張れよ」

 さがしんはそう言って、再びアップを始めた。みんなも「そうだな」とさがしんに続いてせっせとアップを再開した。俺も心の中で「お前も頑張れよ」とツッコミながらも、「いつも同じプレーをしよう」と心を落ち着かせた。

 俺にとって一二回戦はアップみたいなもんだ。丁寧にボールを打ってその日の感覚を確かめる。いつも大会で上位に入ってくる奴は淡々と試合をこなし、そして勝つ。みんな上での対決に備えているのだ。

 とは言え、最後の大会ということもあり、一回戦から白熱した試合が何試合かあり、二、三回戦になると会場は緊張と熱に包まれる。やんちゃっぽいいかにもふざけてそうな奴でさえ、必死にボールを追いかけて真剣な表情を見せる。当たり前だけど、みんな負けたくないのだ。

 そんな中、さがしんたちも一回戦、二回戦をギリギリ勝ち進んでいた。自分の対戦相手の偵察をしていて、ずっと試合を見ることができなかったけど、あの金田君が吠えるように声を出して喜んでいた。さがしんはいつも通り、センス抜群のプレーで相手を圧倒していた。この調子で、勝ち上がってほしいけど、次の相手は優勝候補でもあるペアだ。そのせいか、さがしんも金田君ももうやり切ったような顔をしているように見えた。

 迎えた三回戦。俺と隅田ペアは、多少苦戦したものの、順当に勝ち進むことが出来た。試合が終わってコートを去ろうとすると、さがしんと金田君がコートに入ってきた。

「まっつん、三回戦突破おめでと」

「おー、サンキュ。さがしんたちここで試合?」

「ああ。ま、勝てないだろうけど頑張ってみるよ」

「頑張れよ」

 そう言ってさがしんの顔を見ると、どこか自身がみなぎっているような表情をしていた。相手が強いから、わりきっているのか、相当調子がいいのか。なんかやってくれそう。俺はそんな気がした。ただ、視線を金田君に移すと、ぼーっとした顔をしていて、俺の期待はどこかへとんでしまいそうになった。ただ、その瞬間

「俺らが勝つなんて誰も思ってないし、俺らですら勝てるなん

て思ってないだろ。だから、リラックスして楽しんでやろうぜ」

 さがしんがそう言って金田君の肩をポンと叩いた。

「そうだね」

 金田君もコクっと頷いて、優勝候補の相手との握手へと向かった。

 

 勝ったペアが大会本部へ結果報告へ行く。それが大会の決まりだ。俺はそのついでに、トーナメント表を確認した。三回戦の試合は始まったばかり。俺らの試合が一番最初に終わっている。次の相手の偵察はもうできている。俺はさがしんと金田君の試合へと足を急がせた。

 

 コートに戻るとちょうどさがしんがサーブを打つところだった。パコーン。鋭い打球音が響き渡る。パコーン。相手もレシーブを厳しいところに返す。パコーン。パコーン。さがしんと相手とのラリーが何本か続いた。みんなテニスと聞くと激しいラリーの応酬をイメージするけど実際にはそうではない。基本的にぽポイントは2,3球で決まってしまう。ましてやこれは中学生の大会だ。さがしんと相手の壮絶なラリーにみんな注目している。すると突然、相手がしびれを切らしたのか、金田君めがけてボールを打った。まずい。金田君にこの鋭い打球を打ち返す技術はない。しかし俺の予想に反して、金田君は見事、ボールを打ち返してエースを決めた。とは言っても半分まぐれのようなものだ。ラケットの端っこにたまたまボールが当たってたまたまボールが相手コートに入っただけだ。それでも、金田君は「よっしゃ!」と叫んで喜んだ。さがしんも「ナイス」と金田君を称えた。あのお坊ちゃまの金田君がこんなに気持ちを前面に出すなんて。俺は、少し鳥肌が立っているのを感じた。その後も、さがしんの素晴らしいプレーが続き、金田君の時々まぐれショットが入り、接戦となった。あの優勝候補のペア相手に、対等にやりあうさがしんはただかっこいい。試合を見ている奴らは、今は善戦しているけど、最後には力尽きて負ける。そう思っている。相手ペアの応援団も顧問もまだ余裕な表情が残っている。

 しかし、試合は一進一退の攻防を繰り返したまま、ついにクライマックスへと突入した。最終ゲームのポイント5-5。ここからは、どちらかが二転連続でポイントをとるとその時点で勝敗が決まる。相手ペアは、ここまで苦戦するとはと表情を強張らせている。明らかに焦っているのが見て取れる。その顧問も「しっかりしろ」「ここが勝負だ」「こんなところで負けていいのか」と全く何の解決もなっていない精神論的なアドバイスを送っている。優勝候補ペアの苦戦に観客も増え、会場の中でこのコートに注目が集まっていた。コートの周辺は、優勝候補ペアが負けるかもという緊張と、さがしんと金田君という無名のペアが善戦を繰り広げている驚きに包まれた雰囲気になっている。

 パコーン。相手ペアがサーブを放った。さがしんはそれをいとも簡単に返球した。それを相手も返球する。バシュ。相手の打ったボールがネットに突撃した。

「あー」

「おー」

 会場にため息と歓声が混ざる。さがしん達がマッチポイントを手にしたのだ。相手ペアは、落胆の気持ちを隠しきれず、天を仰いだ。対照的にさがしん達は、「よし!」と握りこぶしを作っている。さあ。次の点を取れば勝ちだ。さがしん達を応援する俺らも

「いつも通り」

「ラストだぞ。気持ち」

 と、声援を送った。ため息、歓声、声援がすべて収まり、その代わりに「ファイブ、シックス」と審判がポイントをコールする声が会場に響き渡る。相手サーバーは、少し間をとって、「ふっ」と息を吐いて覚悟を決めたようにサーブを放った。レシーバーは金田君。金田君はでたらめにラケットを振って返球した。全く、ジャストミートできていない。それでも、ボールは相手コートの、浅い所へ向かった。相手ペアはそれを必死に追いかける。そして、ぎりぎり追いつき、なんとか返球してきた。しかし、そのボールは金田君に吸い込まれるように、金田君の頭上へと飛んで行った。よし。スマッシュチャンスだ。金田君はラケットを振りかぶった。そして、振り下ろしてボールを捉える。バシュ。無情にもボールはネットに阻まれた。6-6。相手に追いつかれてしまったのだ。「あー」ため息がコートを包む。金田君は最高のチャンスを逃して頭を抱えている。

「おい、まだ追いつかれただけだぞ。こっからだ」

 重苦しい空気の中、さがしんの声が響く。金田君はそれに反応してコクっと頷いた。そして、さがしんはそんな金田君の肩をポンと叩いた。

 さがしんだってマッチポイントを逃したんだ。相当悔しいはずだ。それなのに、切り替えて金田君を励ました。俺はこんな強い選手今まで見たことない。さがしんは凄いテニスプレーヤーだ。

 

「準優勝おめでと。すげーな」

 閉会式が終わるとさがしんが声をかけてくれた。試合をやっているときはあんなにも暑苦しく盛り上がっていた会場も、大会が終わるとしんみりしていて、かすかに夕日が俺たちを包む。

「ああ。ありがと。さがしんも惜しかったな」

「まあな。ま、結局負けちまったらどんなに惜しくても意味ないけどな」

 そう言ってさがしんはまっすぐ俺を見て笑った。結局、さがしんたちは三回戦で負けてしまった。金田君がスマッシュをミスった次のポイントで、相手のきれいなストロークが決まり、6-7。そして、相手のマッチポイントでは、相手のスマッシュがネットにあたったものの、そのボールが無情にもさがしん達のコートへと吸い込まれてゲームセットとなった。金田君のスマッシュはネットにあたって相手コートへ帰らず、相手のスマッシュはネットにあたってさがしん達のコートへ入った。勝敗を分けたのはほんの少しの運だ。差さがしん達を破ったペアはその後、快勝を続け、決勝戦まで勝ち進んだ。俺も決勝ではあっけなく、負けてしまった。あのペアを苦しめたのは、さがしんと金田君だけだ。

 あんなに善戦したさがしんが三回戦敗退で、あっけなく負けた俺が準優勝。俺は自分で全くあてにならない順位だと思わず笑ってしまった。明らかにさがしん達の方が準優勝にふさわしい。いや、それだけじゃない。

 さがしんは、あの金田君と組んであの善戦をしたのだ。試合だって明らかに金田君ミスが多かったし、金田君がもっと上手ければ本当に優勝できた。

「そんなことないよ。明らかにあの試合がベストマッチだったよ」

「準優勝にそんな褒められると照れるな。まあ、金田君も頑張っていたし、勝たせてあげたかったな。でも、最後にいい試合できて楽しかったろ。金田君」

 さがしんはそう言って金田君を見つめた。金田君は

「うん」

 と照れ臭そうに答えて見せた。あんなに試合では、叫んでいたのに今ではすかりお坊ちゃま金田君である。

 さがしんには、「金田君のせいで」という考え方は全くない。それがさがしんの強さなのかもしれない。金田君のミスを優しくフォローするさがしん。金田君の練習に付き合うさがしん。きっと、そんなさがしんがペアだから、金田君はやる気を出してプレーできたのだ。だからこそ、この大会で、金田君は叫んで喜んだりガッツポーズしたり、まぐれショットを決めたりできたのだ。ペアの力を引き出して気持ちよくプレーさせてあげる。それは、きっと優勝したり準優勝したりするよりずっと難しくて大切なこと。なんとなく、俺はそんな気がした。

「よし、帰ろうぜ」

 そう言うとさがしんは金田君に近づき「お疲れ。ありがとな」と声をかけて金田君のの肩をポンと叩いた。

 結局、さがしんは三回戦敗退という結果に終わった。結果は必ずしもいい形では表れない。でも、成果は色んなところにちゃんと表れている。俺は、さがしんと金田君の後ろ姿を見てそう思った。



 中学時代の部活。俺はとにかく、小学校の経験を繰り返したくなくて逃げていただけだ。でも、中学生なんて、心のどこかで負けず嫌いな部分がある。だから、金田君のやる気をださせようと頑張っていたのだ。でも、結局最後の大会も結果を出せなかった。そんな俺の中学時代に興味がないのか、面接官は「ムードメーカーみたいな感じだったんですね」とお門違いなことを言ってズカズカと次の質問へと移った。



第三章


「では、ご自身の長所はどんなところだと考えていますか」

「はい。継続力が私の長所です。私は、大学時代、継続して学習に取り組みました。その結果、学部では首席になることができました。また、塾講師のアルバイトも大学一年生の時から、継続して行っています」

「それは素晴らしいですね。どんなことでも継続して行うことができるのですか」

「いえ、今まで継続できなかったことも幾つかあります。しかし、やるべきことはしっかり継続して行う努力をしてきました」

 継続力。俺とは全くつながらない言葉だ。そもそも、継続力があれば、俺は今でもサッカーを続けている。もしくは、ソフトテニスをやっている。でも、高校時代、俺はサッカーやソフトテニスどころか部活にも所属していない。学校に行って、バイトに行って、友達と遊んだり彼女と遊んだりする。そんな適当な生活を三年間も繰り返していた。



「生物の片桐の声って、なんであんな眠気を誘うんだろうな。あいつの声を聞かせれば、不眠症のやつだって、三秒で眠りにつけるよ」

「ほんとだよね。まあ、どの先生の声も眠くなるんだけどね」

「間違いないな」

 たわいない会話。でも、こうやってさがしんとどうでもいいことを話しながらゆっくり帰るのは幸せな瞬間だ。

 よく雨って「悲しみの涙が降ってきたもの」だとか「寂しさを表すもの」みたいに言われる。なぜかネガティブなイメージがついているのが雨だ。私も、小さいときは雨が嫌いだった。雨の中、傘をさしてぴちゃぴちゃと歩くのは疲れるし、靴や服が濡れて気持ち悪くなる。やっぱり晴れるとテンションがあがるから、晴れが一番好きだった。

 でも、真と付き合い始めてからは、雨が大好きだ。私たちの学校は、駅から少し離れているから、自転車を使って通う人が多い。私も真もいつもは自転車を使って登校している。でも、雨が降ると、そういうわけにもいかず、電車を使う。学校から駅までは十五分くらいあるけど、真と一緒にいる時間が増えるから大万歳だ。私は、学校へ行くときに雨が降っていてもなるべく折りたたみ傘を使う。それで、真と下校するときに「折りたたみ傘開くのめんどくさいから、入れて」と真の傘に入るのだ。どんより重そうな雲に雨のにおい。自転車で登校する生徒が多いわが校では、梅雨を毛嫌いする人が多いけど、私は今年の梅雨はずっと続かないかなとひっそり願っていた。


 真とは、高1のクラスで一緒になった。明るい奴で、ふざけた奴。そんな印象だった。でも、そういう男はは運動ができたり、頭がよかったり、コミュニケーションが上手だったりする。真もそうだ。帰宅部なのに運動がそこそこできて、授業なんてほとんど聞いていないのに勉強がそこそこできる。一番最初の席が近かったこともあり、私と真はまあまあ仲が良かった。その時から一緒にいて楽しいなとは思っていたけど、好きというわけではなかった。真のことをはっきり好きになったのは文化祭の時だ。

 文化祭の日、私はクラスのシフトと部活のシフトの時間がかぶっていることに気づいた。どうしよかなっと迷っていると、真が「どうした。なんかあった?」と聞いてきた。そんなに私おろおろしてたかなと思いつつも「部活とクラスのシフトの時間被っちゃって。10分後に、部活の方行かないと」と言うと「は、バカだな。早くいって来いよ。俺が変わりやっとくから」と言ってくれた。

 真は協調性のないふざけた奴だ。文化祭の準備だってほとんどやらず、友達と遊んでばっかだった。文化祭当日も、シフトの時間に遅れてきてはスマホをいじったり、友達を見かけて飛び出したりととにかくやんちゃだ。

 でも、そういうふざけた奴に優しさを少し魅せられてしまうと、意識してしまう。きっと、私だけじゃなくて他の女の子もそうだ。全く、不公平な世の中だ。きっと、まじめな男の子に真と同じことを言われても「ありがとう」それで終わりだ。それでは、一生懸命文化祭の準備をしてくれた男の子が可哀そうだ。でも、しょうがない。そんなことで、私は真を好きになってしまったのだ。

 それから、ラインでやり取りしたり、一緒に遊んだりすることが増えたけど、「付き合おう」ということはできなかった。初めから友達としてまあまあ仲が良かったから、なんとなく恋愛関係になるのが反則なきがしたのだ。

 一年生が終わり、クラスで打ち上げに行ったとき、好きな人の話になった。高校生になってもみんな打ち上げとか恋バナとかは大好きだ。私はクラスが盛り上がっているのを眺めていると「瀬奈は?」と突然聞かれた。

「え?」

「だから好きな人とかいないの?」

「いや、いないよ」

「じゃあ、うちのクラスだったら誰がタイプ?」

「えー」

「あ、真は?仲いいし」

「え!?」

 普通、「ありえないよ」とか「ないな」とか「まあ、ありかな」とか適当に答えるところを、私はあまりにピンポイントで聞かれたから驚いてしまった。よっぽど、焦っていたのか顔が赤くなっていたのか「え、まさか真のことを好きなの??」とみんなに問い詰められてしまい、思わず「うん」と答えてしまった。すると、真が遠くの方から

「何、俺の話?」

 と覗いてきた。周りの子たちが「瀬奈がね」とクスクス笑うのを見て真は

「まさか、俺のこと好きなの?じゃあ、付き合う?」

 と言って、私たちは大っぴらに恋人になってしまった。


「それじゃあな」

「うん、バイバイ」

 そう言って、真と別れた私は駅の改札で雨を眺めた。雨は降っているけど、これから来る夏がちょこっと顔を出しているのか、暑さを感じさせる。雨の中、真と密着してゆっくり歩くのもいいけど、夏、秋、冬と季節は流れていく。きっと、どの季節だって真といれば、楽しむことが出来る。高2は、高校生活に完全に慣れて、進路の不安も感じることなく、最も遊べる学年だ。私は心をわくわくさせながら、電車に乗り込んだ。


「ねえ、別にダンスやってもいいんだよ」

「なんでだよ。いいよ。めんどくさいし。それよりお前もいいのかよ」

「私はいいの」

 六月中旬の昼休みは、教室に人が少なくなる。不登校が増えている訳でも、風邪が流行っている訳でもない。みんな体育祭の練習に励んでいるのだ。

 わが校の体育祭では、誕生月によって春組、夏組、秋組、冬組に生徒が分けられ、この四組で、様々な種目をして順位を競い合う。中でも、ダンスはほぼ全校生徒が参加する一大イベントだ。男女でペアを作って踊るから、みんな新学期早々から、かわいい女の子、かっこいい男の子を狙うのに必死だ。私は冬生まれで、真は夏生まれだから、私たちは別の組だ。私たちみたいに組が違うカップルの中には、恋人とは別の人とペアになって踊る人も結構いる。でも、私も真もそうしようとはしなかった。私たちは、ダンスが好きな訳でもないし、イベントに全力を注ぐタイプの人間でもない。めんどぐさがりやな私たちは、お互いにそう決めたわけではないけど、ダンスには参加しないことになったのだ。

 窓から外をのぞくと、中庭でたくさんの子たちがダンスの練習をしている。まさに、「高校生活」「青春」って感じの光景だ。対照的に、教室の中では、本を読んでいる子、ダンス練習をさぼって遊んでいる子がぽつぽついるだけで閑散としている。お昼ご飯はいつも、クラスの友達と食べるか、部室で食べるかしている。真とは二年生になってクラスが別になったし、わざわざ昼まで一緒にいることもない。でも、体育祭が近づいて、クラスの友達も部活の友達もダンス練に行っちゃうから、こうやって真とお昼を食べることが増えた。たくさん人がいる教室で一緒にいるのはなんか恥ずかしいけど、人が少ないから都合がいいのだ。

「ねえ、夏休みどこ行く?」

 みんなは今、体育祭の事で頭がいっぱいだけど、私は夏休みどこに行くか常に考えている。真と付き合い始めて気づいたけど、高校生って意外にも時間に制約がある。平日は毎日、学校があるし、土日は部活がある。小さいときは、高校生って毎週カップルで買い物をして、毎月カップルで遊園地に行ってみたいな生活をしていると思っていたけど、現実はそうでもない。だから、夏休みは名いっぱい遊んでやるのだ。

「どこいこっか。ハワイ行きたいな。芸能人ってみんなハワイ行くだろ。だから、俺も行きたい」

「真って芸能人になりたいの?」

「いや、全然。瀬奈はどこ行きたい?」

「そうね。ハワイもいいけど、高いし高校生二人じゃ行けないしな」

 普段は「ここ行きたい」とか「あそこのあれが食べたい」とかって思うけど、こうやっていざ本当にどこかに行くとなると意外にもこれって案が出てこない。

「ていうか、瀬奈部活は?夏休みどれくらい休みあるの?」

「うーん、まだわからないな。去年は結構部活あったな。連休になるのはお盆くらいしかないかも。でも、一日休みとかはちょいちょいあるよ。真のバイトは?」

「俺は、基本ほぼ毎日バイトあるけど、休もうと思えば休めるよ」

 真は、一年生の時からバイトをしている。真は部活をやっていないから、さぞ毎日暇なんだろうなと思ったけど、意外にもバイトのせいでそうでもないのだ。これも真と付き合い始めて気づいた。

「そっか。まあ、急いで決める必要ないし、夏休みの予定はゆっくり決めよっか。あ、私次の時間、古典の小テストだ」

 そうだ。夏休みまで時間はたっぷりある。急ぐ必要はない。私は、机から出した古典の教材にぺらぺらと目を通した。


 光陰矢の如しとはよく言ったものだ。部活の大会が終わって体育祭が終わると、期末テスト。そして、別にわざわざ返されなくてもいい期末テストの点数に「やっちゃった」と後悔をしている内に一学期は終わっている。授業を受けている時は、なんて時間が進むのは遅いんだろうと思っているけど、時間って結構高速で進む。

「お疲れさまでした」

 夏休みに入り、私の所属するバレーボール部は練習試合をすることが増えた。夏休みの体育館は、サウナかと思うくらい暑い。それに、夏休みの練習や練習試合では、気温に合わせてか、顧問の先生の熱も上がるから、どんと疲れてしまう。これが後1ヶ月続くかと思うとうんざりだ。

「ねー、瀬奈最近どうしちゃったの?調子悪くない」

「えーそーかな。私冬生まれだから、夏になるとダメになっちゃうのかも」

「そんなの関係ないよ。真とイチャイチャしすぎてるからじゃないの」

「まさか。留美は最近調子良さそうだね」

「まあね。私は夏生まれだから」

 そういうと留美はニカッと笑った。留美は我がバレー部のキャプテンだ。キャプテンにふさわしい実力の持ち主だしし、部員から慕われる人格者でもある。そして、よく部活全体を見ていて、些細なことに気付く。そう、瑠美の言う通り私は最近確かに不調なのだ。その理由ははっきりしている。

 自分で言うのもあれだけど、留美と私はバレーがまあまあ上手いから、先輩に混じって試合に出ることが結構あった。先輩達とは仲が良かったし、そんな先輩達と、バレーをすることはすごく楽しかった。それに、私達は、ここら辺の地区じゃそれなりに強い方だったから試合に勝てる充実感みたいなものもあった。とにかく、私は先輩達も先輩達とするバレーも大好きだったのだ。

 先輩達の引退がかかった大会でもそれなりに勝ち進むことが出来たし、その中で私も活躍することができた。でも、先輩達の引退を決定づけてしまったのは私だった。

 この試合を落とすと、県大会出場が絶たれてしまうという大事な試合。その試合の相手のマッチポイントで私はアタックを相手のブロックに引っ掛けてしまったのだ。先輩からの完璧なトス。「よし決めてやる」と思って思いっきり振り抜いたアタック。それは無情にも相手のブロックに当たって、私達チームのコートに跳ね返ってきた。ボンボンボンと私のすぐ横でバウンドするボールの音。悔しがる先輩達の姿。アタックをする直前の、相手選手のブロックの動き。負けと先輩達の引退が決まったあの瞬間の光景は、思い出したくもないのに、しっかり私の脳裏に焼き付いてしまっている。

 練習では、大丈夫。でも、試合になってアタックをする瞬間。特に、大事なポイントの時。あの光景がフラッシュバックしてくる。それで、私は相手のブロックを避けるコントロール重視のアタックとかフェイントとかに逃げてしまう。最近、私のアタックの決定率が良くないのはそのせいだ。

 それに加えて、顧問の先生が私に凄く厳しくなった。元々、厳しい先生なんだけど、先輩達が後少しのところで県大会を逃したのがよっぽど悔しかったのか、より一層厳しさが増した。ヘナチョコなアタックを打とうものなら、試合中でも「何だそれは」「やる気あるのか」と怒り叫んでくる。新チームを引っ張っていく存在らしい留美と私には特にお怒りの声が飛ぶ。それで、練習が終わると、優しいふりして「俺いい先生だろ」感を醸し出して、フレンドリーに話しかけてくるのが余計ムカつく。先生のせいで気持ちよくプレーできていないのだ。

「お昼ご飯でも食べて帰る?」

「ごめん、今日は真と遊ぶんだ」

「そっかじゃあまた明日」

「うん。ばいばい」

とにかく、モヤモヤするから真と会ってスッキリしよう。私は急いで着替えて部室を飛び出した。


 夏休みに入って真と毎日のように遊んでいる。と言いたいところだけど、そうもいかない。私のバレー部の練習は午前で、真のバイトは基本午後。お互いに1日中休みという日は少なく、意外にも会えない日が続いていた。今日の午後はたまたま真のバイトが休みだから遊ぶことになった。

「ごめんお待たせ」

 校門のところで真は待っていてくれた。

 真は、時々私の試合を観に来る。私は「恥ずかしいから来ないで」って言ってるんだけど「瀬奈のバレーしてる姿が1番好き」と私の主張を無視する。初めは、真に見られてると意識していたけど、それは2回目くらいまでで、今となっては真が見てようが見てまいが全く関係ない。

「どこいこっか」

「とりあえず、お腹減ったからご飯食べよ」

 幸運なことに、私の学校の近くには、飲食店がたくさんある。本当はデートなんだから、ちょっとおしゃれな店でランチとかにしたいんだけど、学生の私たちにはちょっと難しい。結局、少し、高めのファミレスに行くのが私たちのルーティンだ。

「あーあ、大西顧問やめてくれないかな」

「バレー部以外の生徒には人気なのにな。大西先生。お前ら部活でセクハラでもされてんの?」

 真は、テーブルに肘をついて私を見つめて聞いてきた。真は態度が悪くて、授業中や先生の説教中に、肘をついたり、腕を組んだり、ポケットに手を突っ込んだり、足を組んだりして、よく注意されていた。真曰く、話を聞いていないのではなく、楽な姿勢の方がむしろ話が頭に入るらしい。先生は納得しないだろうけど、ちゃんと私を見て聞いてくる真を見ていると「そうかもな」って思う。それに、こうやって真に見つめられるとドキッとしてしまう。

「セクハラなんてされないよ。あ、でも、たまに体触られて、気持ち悪い」

 ちょっと若くて、フレンドリーな先生は生徒に好まれやすい。先生って、年寄で、地味で、堅苦しい人が多いから、そういう先生は目立って見えるのだ。でも、ちゃんと関わってみると、先生は先生で、やっぱり好きになれない。

「そうえば、今日、めっちゃ怒鳴られてたな。瀬奈うまいのにお前ばっか怒られてかわいそう」

「でしょ、私のことばっか言うんだよ。ちゃんとやれとか、集中しろとか。そんな指示じゃなんの解決にもならないよ」

 中学では気づかなかったけど、案外顧問ってしょうもないばっか言っている。しっかりやるべき、集中すべき。そんなことみんな思っているし、そうしようと頑張っている。だから、そんな精神論的な指示をされたところで、プレーはよくならないし、試合に勝てるわけでもない。

「まあ、あれだな。好きな好きな女の子に男の子がちょっかいだすのと一緒でさ、期待している生徒には強く当たっちゃうんだよ」

「じゃあ、真は私にちょっかい出さないから、私の事好きじゃないの?」

「そんなことないよ。俺は、男の子って年齢でもないし、先生でもないから」

 真にこうやって話していると、すごく小さいことに愚痴を言ってるんだなと思ってしまう。真は、ちゃんと私の話を受け入れてくれるけど、重くなりすぎないように適当に冗談を言ったり流したりしてくれる。これだけで、真と付き合ってよかったと少し思える。

「ねえ、真は部活やらないの??サッカーとかテニスとか出来るでしょ」

 私は、話題を真に変えた。

「部活やっても金にならないからな。それに引き換え、バイトをやれば金になる。一回バイトしちまうと、部活なんてやる気にならないよ」

 真は、この質問にいつもどこか逃げるように答える。何回聞いても同じような答えが返ってくる。きっと真には、部活をやらない、もしくはお金が必要なちゃんとした理由がある。でも、聞いても無駄だから私はいいことにした。

「ふーん。ま、いいや。それより真さ、来週の水曜暇じゃない??私部活休みなんだよね」

「来週の水曜か。まあバイトはないな。暇っちゃ暇だけど暇じゃないっちゃ暇じゃないんだよな」

「どういうことよ。暇ならどこか遊び行こうよ」

「いや、それはできないんだよな」

「何でよ」

「いや、なんて言うかさ。じゃあ、俺んち来いよ」

「え??」

 親のいない時に、私のうちに真が来たことはあったけど、真の家には行ったことがなかった。それは是非とも言ってみたい。でも、何で遊び行けないのに、家には行っていいのだろうか。

「家に行くのはOKなの?」

「まあな。家でやんなくちゃいけないことがあるから。でも、お前が来てくれた方が助かるわ。てことで、決まりな」

「やんなきゃいけないことって??」

「それはお楽しみ」

 そう言って真は、頬杖をつきながら笑った。


「お邪魔します」

「あら、いらっしゃい」

 私は、びっくりしてしまった。てっきり真は、家に誰もいないから私を家に呼んだのかと思ってた。「お邪魔します」とは言ったものの誰もいないと思ってたのに、綺麗なお姉さんが出てきたのだ。真の家に行くからと、ドキドキしていた私は拍子抜けしてしまった。

「もしかして彼女。可愛いね。真とは同い年?」

「はい」

 私は、照れ臭くて少し俯き気味に答えた。

「そんな緊張しなくていいのに。もしかしてお母さんに見えた?」

「え?」

「失礼ね。私は真の姉よ。ま、26歳だから、高校生から見ればおばさんか」

「いや、そんなことないです。若くて綺麗だなって思ってたけど…でも、真にお姉さんがいるって知らなかったから」

「そうよね。そんなに焦んないでよね。本当可愛い子じゃない」

「うっせーよ。今日仕事は?」

 真がそう聞くとお姉さんは、「今日からお盆休み」と嬉しそうに答えた。お姉さんは、目がくっきりしてて、髪の毛をふんわりと巻いていて、楽な格好をしてるけどどこか清潔感を感じさせる綺麗な方だ。

「ねえねえ、お姉さんいるなんて聞いてないんだけど」

 私は、真にひそひそと話しかけた。

「言ってないからな。あれ、俺の姉貴。今、近所で美容師でやってる」

 私は、お姉さんの綺麗に巻かれた髪を見て納得した。

「ていうか、何やらの??」

「そろそろ来る頃だな」

「なに?次は、10歳下の弟でも登場するの?それとも、飼ってるアルマジロとかが帰ってくるの??」

「さすが瀬奈。いい勘してる」

 ピンポーン。

「ほらきた」

 そう言って真は玄関行くと小学生らしき男の子と女の子を連れてきた。

「これ、うちと同じマンションに住んでる梨香と大輝。えっとお前ら小学何年生だっけ?」

「3年生だよ」

 女の子が、胸の前で指を3本立てて答えた。

「お姉さん、真兄の恋人??」

 私がドギマギしてると真が「そうだぜ。凄いだろ」と答えた。それを聞いて子供達は目を輝かせている。この年頃にとって、恋人は憧れの概念みたいだ。

「ねえ、ピアノ弾いていい??」

 女の子は真が「おう、いいぞ」と答えると、慣れた様子で鞄を置き、お姉さんに「美雪さん、こんにちは」と挨拶し、ピアノの前の椅子にひょこっと座った。男の子も鞄を置いて、床にずかっと座って、その様子を見ている。

 「びっくりした?」

 お姉さんはそう言うと、おいでと私をテーブルに座らせた。

「私もよくわからないけどね、真がうちでピアノを弾いてるのが外に漏れてるみたいで、それをこの子達が聞いてたんだって。それで、その話をこの子達の親から聞いてたら、成り行きでたまに子供達にピアノを弾かせることになったんだって。最初は空いた時間にピアノを弾かせてただけなんだけど、最近は夏休みにもなったし、親がいない間、面倒見るようになったらしいよ」

「え!?」

 私は色々と驚いてしまった。まず、真が子供の世話をするほど、子供好きだと知らなかった。それに、このご時世に、同じマンションの人に子供を預けるなんて習慣が残っていることにも驚いた。いや、そんなことはどうでもいい。

「真ってピアノ弾けるんですか?」

 私が聞くと、お姉さんは目を点にして、腑に落ちない表情をした。お姉さんは少し考えてから、あっと思い出したように

「弾けるっちゃ弾けるみたいよ。小学生の時、少しだけ習ってたし。まあ、きっと自分のことあんま口にするタイプじゃないから、彼女さんでも知らなくておかしくないか」

 とクスッと笑った。笑った表情が人を癒すのは、真もこのお姉さんも一緒だ。真がピアノをやってるなんて聞いたことないし、そんな姿は想像できなかった。いくら、要領がいい奴だからといって、楽器を弾ける訳ではない。

 テーブルでお姉さんと話しながら、真と子供達の様子を見ていると、女の子が

「なんか弾いて」

 と真にお願いしていた。真は「しゃーねーな」と言って女の子に変わってピアノの前の椅子に座ると、指をポキポキっと鳴らしてから、ピアノを演奏し始めた。

「あ、この曲あれじゃん」

 真のピアノを聞いて、男の子が嬉しそうに踊り始めた。

 私も、音楽には疎いし、流行にも乗っからないけど、この曲は知っている。CMかなんかで聞いたことがある。確かなんだっけ。パプリカとかいう曲だったっけ。とにかく最近若い人たちを中心に人気の曲だ。

 それにしても真は上手にピアノを弾いている。人の弾くピアノをちゃんと聞くのは意外にも初めてかもしれない。小学校や中学校の合唱で、伴奏をやっている子のピアノは聞いたことがある。でも、それはあくまで伴奏だから、ピアノに注目している訳ではない。

 真の紡ぎ出す音は、淀みなく流れて、一生懸命弾いている感じがなく、余裕を持って弾いてる感じが伝わってきた。私は音楽に関してはちんぷんかんだけど、とにかく聞いていて心地の良い音だ。

 真が弾き終えると、子供達が「カッコいい」「すごい」と声を上げた。と思うと、次は「教えて教えて」の合唱。子供達は好奇心旺盛だ。

 真は、子供達に弾き方を教え始めた。女の子も男の子も、覚えが早く、真の弾くのをまじまじと見ては、コピーしてあっという間にワンフレーズ弾けるようになっていた。真は教え慣れてるのか、子供達が弾けるようになるたび、「上手」だとか「そうそう」だとか言って、たまに頭を撫でてあげていた。真に褒められて子供達は嬉しそうな顔をしている。

「真って音楽できたんだね」

 真のピアノレッスンが一区切りし、子供達がお姉さんの入れてくれたお茶を飲んでる際に、私は真に話しかけた。

「できるってほどじゃないけどな。びっくりした?」

「うん、びっくりした。今年1番びっくりしたかも。ねえ、なんか他にも弾けるの?」

「まあな。そうだ、いつかお前に聞かせようと思ってた曲があるんだ」

 真はそう言って、ピアノへ向かい、ある曲を弾き始めた。さっきとは違うけど、私がよく聞いたことある曲。ああ、これは私の好きなアニメのOP曲だ。最近、バレー部では、バレーを題材にしたあるアニメが流行ってている。アニメの放送日の翌日の練習では、必ずそのアニメの話題に触れる。サッカーとかバスケとか野球を題材にしたアニメはたくさんあるけど、バレーのアニメは少ないから、私もそのアニメに夢中になっていた。そんなアニメの、爽快感のあるOP。疾走感溢れる音の粒に、私はOPの映像を自然と頭に思い浮かべるとともに、バレーをしたくなった。

 「知らないけど、かっこいい曲」

 真が弾き終えると、私より先に子供達が感嘆の声を上げた。私も

「まさかこの曲を真のピアノで聴くなんて思わなかったけど、凄く良かった」

 と真を褒めてあげた。すると、真は恥ずかしそうに一瞬私を見て「だろ」と答えてみせた。いつもはデカい態度を取ってるけど、真は褒められるとすぐ照れる。真のかわいいとこである。

 よくよく考えてみると、真は一世代前の曲が好きで、私の好きなバレーのアニメも見ていない。きっと、子供達のパプリカも、OP曲も、子供達と私のことを思ってわざわざや練習して覚えたはずだ。そんな真の姿を想像すると少し笑えてしまった。真は何でも要領がいいから簡単に色んなことをこなしてしまう。そんな真が、子供達や私のために曲をわざわざ覚えたっていうのは、すごくいじらしい。だから、私は真に近づき意味もなく、真の頭を撫でてあげた。


 「楽しかったな、今日」

 真の家から駅へと向かう道で私はボソッと口を開いた。もう夕方だというのにまだ辺りは明るい。そのせいか、暑さがまだ残っているけど、不快な暑さではなく、スカッとした心地よい暑さだ。

「それは良かった。でも、俺は少し疲れちゃった」

 ピアノをした後、私と真は梨花ちゃんと大輝君をを近くの公園に連れて行き、一緒に遊んだ。公園には、知り合いがいたみたいで、大勢で遊ぶ羽目になった。久しぶりに鬼ごっこをしたり、ボール遊びをしたりする自分におかしくなったけど、楽しそうにしている子供達や真の様子を見るとこっちまで楽しくなってしまった。最後に真の提案で、バレーボールのようにみんなでボールを落とさず20回繋いだら帰ろうってことになった。私は、20回なんてすぐに終わるだろうと思ってたけど、子供達はバレーに馴染みがないらしく、苦戦していた。でも、誰が失敗してもみんな嫌な顔せず、むしろ楽しそうな顔をしている。それどころか、ミスした子が1番笑ってるくらいだ。そんなこんなで、大変だったけど、私と真が、子供達が明後日の方向へ飛ばしたボールに必死にくらいついて、なんとか20回繋がることができた。たった20回ボールを繋いだだけだけど、私は凄い達成感を感じた。こんな気持ち久しぶりだった。

 最近、バレーがつまらなくなっていた。先生には怒鳴られてばっかだし、思い通りのプレーもできない。夏休みに入ってから部活に行くのがだるくて、「体調が優れない」と言ってサボることもあった。でも、バレーって苦しいものじゃなくて本来楽しいものなのだ。じゃなかったら、バレー部なんてやってない。一生懸命ボールを追っかけて、ボールをみんなで繋ぐ。ボールが腕に当たる時の、心地よい感覚。綺麗に高くボールが上がるようにするレシーブ。体中を使って飛んで打つアタック。どれもこれも、初めは楽しくて仕方がなかった。子供達が楽しそうにバレーをしているのをみるとそんなことを思い出した。小さい時はやりたいことを楽しくやるけど、少し歳をとるとやるべきことを苦しんでやるようになる。だから、きっと最近バレーがつまらなかったのだ。もっと、子供達みたいに、いちいち楽しんでプレーできたらな。先生にはまた怒られるかもしれないけど、もっとがむしゃらになって自分のやりたいプレーを楽しくやろう。きっと、うちの部員はみんな優しくてふざけてていい奴だから、子供達みたいにどんなプレーをしても受け入れてくれる。私は、疲れているからかすごくポジティブな気持ちになっていた。

「また、子供達と遊びたいな」

「瀬奈、そんなに子供のこと好きだったんだ」

 真はそう言って笑うと、バイバイと手を振ってくれた。私も「じゃあね」と答えて改札へと向かった。頭の中には、真が私にピアノで弾いてくれた曲が流れている。明日は部活か。バレーができる。私は少し胸をウキウキさせていた。


 夏休みが明けると、私達は待望の二学期を迎える。2年生の2学期には、文化祭そして修学旅行がある。学生生活で一番楽しい時期なのだ。

 それなのに。少しばかり困ったことがある。部活でもなく、恋愛のことでもない。勉強だ。

 私はお世辞にも真面目な生徒とは言えない。授業中は、だいたい携帯をいじってるか漫画を読むか友達と話している。まあ、私だけじゃなくてほとんどの子がそうなんだけど。それに塾に通ってる訳でもないから、学校以外で勉強することもない。そうしているうちに、成績が順調に下がっていってしまった。2年生になると、高校受験で少し蓄えた学力も底をつき、本格的に成績がまずいことになってきた。

 成績なんてどうでもいい。そんな風に思っていたけどそうもいかない。私は、これでも一応大学に行くつもりなのだ。周りの子達みたいに専門学校に行ってもいいかなと思ったけど、残念ながら私にはやりたいことがないのだ。それで将来を決めてしまうのは、なんとなく違う気がした。とは言え、受験勉強なんてやる気はさらさらない。そう。推薦だ。推薦なら学校の成績だけで、受験勉強せず、大学に行ける。こんなお得な話に乗らない手はない。

 1年生の時は、平凡な成績。二年生の1学期になってちょっとまずい成績。二学期からは頑張ろうと思って少し授業に耳を傾けるけど、何を言ってるかさっぱりわからない。高校の勉強は、1度サボった人には厳しい作りになっているのだ。

「私、塾通おっかな」

 真と自転車で帰っている時、真にそう告げてみた。真も私がバカなのはよく知っている。

「塾なんてもったいねーよ。あ、そうだ俺が教えてやろうか勉強」

「真に教えられたくらいで成績上がるのかな」

「上がるよ。梨花や大輝にだって勉強教えてんだよ、俺」

 夏休みに梨花ちゃんや大輝君と遊んでから、何度か私も真と一緒に彼らの世話をすることがあった。と言っても、ピアノができるわけでもない私は、ほとんど様子を見ているだけだ。時々、真は梨花ちゃんや大輝君の宿題を手伝っていた。「こうするんだよ」とか「そこはこうだろ」とか丁寧に優しく教えていて、梨花ちゃんも大輝君も納得している様子だった。 

 でも、小学生と高校生に勉強を教えるのは別問題だ。計算はずっと複雑だし、教科書には訳の分からない横文字や、なんて読むか分からない漢字が平気ででてくる。そんな私の心配を無視して真は「放課後は、瀬奈が部活で俺がバイトだからな。瀬奈の朝練がない火曜の朝にでもやるか」と勝手に決めてしまった。


 朝の学校は、穏やかに時間が流れている。いくつかの部活が体育館やグラウンドで練習をしているけど、放課後ほど活気や熱量がなく、なごやかな雰囲気だ。鳥の鳴き声が響き渡り、ほんのり太陽が植物を照らす。まさしく平和って感じがして心が落ち着く。

 校舎に入ると、生徒はほとんどいなくて、先生も少ない。普段はうるさい廊下も静寂に包まれ、違う場所に来たみたいだった。朝練があるとしても、体育館で練習するバレー部は校舎に入ることがない。朝練がないときは、登校時間ぎりぎりに学校に来るから、朝の人の少ない校舎は新鮮だ。

「おはよ。早いね」

 教室に入ると、真がもういた。

「おはよ。まあな。こんな早く学校着いたの初めてだよ」

 そう言って真は笑った。私は自分の机から教材を適当に取り出して机の上に並べてみた。英語に数学に国語に日本史に・・・。何からやろうかな。時々、家でも机の上で教材を開いてみるけど、結局それで満足して終わってしまう。何からやればいいのかすらよくわからないのだ。

「まあ、とりあえず英語からやれば。てか、今授業で今何やってるんだ英語って」

「さあ、わからないよ。そんなの」

 授業で使っている英語のノートを開いてみる。どうやら分詞とか言う範囲をやっているらしい。私は、とりあえず、学校で配られた問題集を解いてみた。

「ああ、訳わかんない」

「見せてみ」

「これ」

 真は、問題集を見ると、私ができなかった問題の解説をし始めた。

「どう。わかった?」

「うん。真ってすごく教える才能あるんだね。ものすごくわかりやすい。将来、先生にでもなれば」

「先生かー。俺、他人にあんま興味ないからな。てゆーか、こんくらいできるだろ」

「こんくらいできなくてすみませんでしたね」

 私は、そう言ってまた問題に取りかかった。その間、真は携帯をいじったり、たまに教科者をパラパラみたりしていた。でも、私が質問をすると、真はすごく丁寧に解説をしてくれた。他人に興味がないという真が、私に優しく教えてくれるこの瞬間はすごく幸せな気がした。教室には私と真の2人だけ。勉強が一区切りすると、私は真にキスをした。


「瀬奈ちゃんの髪の毛、クセがなくて切りやすい。それに顔ちっちゃいから、どんなスタイルでも似合う。美容師として切りがいがあるわ」

「ほんとですか。うれしい」

 私は真の家に行って以降、美雪さんに髪を切ってもらうようになった。安くしてもらえるし、美雪さんみたいなおしゃれな人に髪を切ってもらうのはテンションが上がる。

「そうえば、最近、朝真と勉強してるんだってね」

「はい。といっても、真は私が勉強しているの見てるだけなんですけど」

 私と真は週二回くらい、朝に集まって勉強する習慣が付いている。私は、そのおかげか、授業を聞いていなくても、小テストとかで悲惨な点数を取ることがなくなった。真は、もともと勉強ができるやつだから、テストの点数に困ることはない。私がせっせと問題を解いていても真は隣でぼーっとしてて時々、私に勉強を教えてくれるだけだ。

「真って、家で勉強してるんですか?」

「うーん、あんま家にいないからな。バイトとか遊びで。でも、テスト前とかはやっているみたいだよ。あ、あと瀬奈ちゃんと勉強し始めてからは、机に向かう時間が増えたかな」

「え、そうなんですか。はじめて聞きました」

真は、まじめに授業を受けている訳でもないのに、普通にテストでいい点数を取る。やっぱり、いくら要領のいいでもテスト前は勉強してるんだな。それに、真はああ見えて優しい奴だ。きっと私に勉強を教えれるように勉強しているのだとと思うと、真のことがいとおしくなった。

「はい、できたよ」

「うわー、完璧です。ありがとうございます」

 私は、セットされた髪の毛を見て、嬉しくなった。

「きっと、真も褒めてくれると思うよ」

 美雪さんは微笑みながらそう言って、私を送り出してくれた。


 「ねえ、真なんで??」

 「なんでって何が?」

 「修学旅行の班よ」

 今日、修学旅行の班決めをしたんだけど、真が仲の良いグループからもれて、すごく地味な男たちと班を組むことになったのだ。

 「しょうがないだろ。1人どうしても余っちゃうし。別に大したことじゃねーよ。あいつらとはいつでも遊べるしな」

 確かに、大したことじゃないんだけど、修学旅行中には男女の班が一緒に行動することもある。真が、変な男の子たちと班になっちゃたから、私たちの班は真とは違う班と組むことになってしまったのだ。真が一緒の班になった男の子は、いつもまじめに勉強している眼鏡の谷岡君と、全くしゃべらない滝君。そんな班と組もうとするほど、今どきの女子はお人よしでもなければ母性本能に溢れている訳でもないのだ。

 「あーあ。修学旅行の楽しみこれじゃ半減だよ」

 「それはわるかったな。でも、自由行動とかあるだろ」

 「そうだけど」

 真は、平気で自分を犠牲にできるやつだ。へらへらしていてふざけているけど、困っている人がいたり助けを求められたりしたら、ほっとけないやつなのだ。だから、私は真の事が好きになったし、真と一緒にいると幸せに感じる。でも、それと同時に少し痛い気持ちにもなる。真の優しさを見ていると自分が小さい人間に見えてしまうのか。真の優しさが私だけに向いていないからか。そんなことを考えてしまう自分がちっぽけに思えてしまうからか。理由ははっきりとはわからない。

 「とりあえず、来週ぱーっとどっか遊び行こうぜ」

 真はそう言ってポンと私の肩をたたいた。



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