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金色と鋼の剣士アイゼン  作者: 内田亨
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名無しの王国

もっと短い話にするつもりだったのですが、初めてなもので長くなりました。

分割するべきか悩みましたがまとめて1話にしてみます。

その人は突然やって来た。

やって来た、と言うよりは連れて来られた、と言う表現が正しいかもしれない。

少なくとも自分の意思で来たようには見えなかった。…まあ、自分の意思でここに来る人間なんてほんのごく少数だと思うけれども。

「ここが今日からお前の家だ!入れ!」

男二人に乱暴に担ぎ込まれてきた金髪の青年は、自分と同じ牢に放り込まれた。

「お前の後輩だ。ここのルールを教えてやれ。」

男たちはそう言うと、足早に消えていった。

「いてててて…」

綺麗な金髪だな、と思った。というか顔も整っていてまるでどこかの貴族みたい、というのが第一印象だった。

放り投げられた際に打ち付けたのか、尻を擦る青年に僕は話しかける。

「君、大丈夫?」

「ん?ああ、大丈夫だ、ありがとう。…ったく乱暴な奴らだな。」

「君はどこからきたの?何をしてここに?」

金髪の彼は立ち上がり、質素な服の埃を払いながら答えた。

「ルドニスの酒場街にいたんだが、酔っ払って路上で寝てしまってな。どうも寝てしまった場所がギャングの詰所の目の前で、朝起きたらここに運ばれてたってわけさ。」

 ギャング…、街を牛耳る不良の集まりのことかな。力を持ち組織化している所もあるって言うしね。

「そ、それは不運というかなんというか…ここがどういう場所が分かってる?」

そう問いかけながら僕はじろじろと彼を観察した。うん、おそらく僕より年上かな。

きっと彼はここがどういう場所か分かっていなさそうな気がしたので僕は恐る恐る訊いてみた。

「んー、奴隷商の倉庫か何かか?いやそれにしては広そうだな。」

奴隷と言う言葉に思わず身体が反応してしまった。

「ここはキリアス大森林の地下にある強制労働施設だよ。家族に売り飛ばされた人間とかがここに送られてくるんだ。」

ある程度想像はついていたのか、彼は特に驚くこともなかった。

「じゃあここにいるのはみんな奴隷なのか?」

彼はそう問いかけた。

「奴隷はいない、と思う。僕も奴隷じゃないよ。」

彼の眉間にしわが寄った。奴隷だと思っていたのだろう。

「なら逃げられないのか?奴隷でないなら契約者の強制力によって縛られているわけでもないだろ?」

問題はそこなのだ。僕は思わず出会ったばかりの彼に縋るような顔をしてしまった。

「奴隷ではないんだけど、ここに連れてこられる人間はみんな名前を奪われるんだ!君も杖のようなものを額に当てられなかったかい?」

「名前を…奪われる?…ん、ああそうだ!あれはそういう魔術だったのか。」

落ち着いていた彼も驚いたようだ。まさか自分の名前を奪われるなんて思ってもいなかったのだろう。

「名前を奪われたものは、逃げる、歯向かうといった思考ができなくなるんだ。おかげで僕も12の時に家族に売られて、それから多分3年くらい経つかな。」

そう、僕は家族に売られた。父が仕事で失敗してしまい、大量の借金を負ってしまったのだ。

そして父は僕を売った。母に内緒で。訳も分からず連れて行かれるときの母の驚き泣き叫ぶ顔は今でも忘れることができない。

道中で必死に逃げだせばよかったのだ。考えが甘かった。まさか逃げ出すという考えすら持てなくなってしまうとは思いもしなかった。

「そうか。そういうからくりだったのか。お前も大変だったんだな。」

慰めの言葉をもらっただけだが、目頭が熱くなってしまい、あわてて話題を逸らす。

「ここは木炭の製造工場なんだ!慣れるまで大変だと思うけど、これからよろしくね!」

僕が手を差し出すと、少し考え込んでいた様子の彼も顔を上げ、応えた。

「こちらこそよろしく頼む。」

握手を交わした。硬い手だな、と思った。

このときの僕は、突然やってきた金髪の彼がまさかこの日常を壊してくれるなんて思ってもいなかった。


「あぢーーー」

彼が汗だくで帰ってきたところを見ると、おそらく今日は炭窯班だったのだろう。あそこは暑い。とにかく暑い。毎日1人は倒れる人間が出る。

「お疲れ様。僕は今日は薪割り班だったから君よりは楽だったな。」

薪割り班はひたすら薪を割る。疲れるが暑いよりはマシだ。

「明日は別の場所だと祈ろう…シャワーの時間ってまだ!?」

「順番だからもう少しじゃないかな?」

強制労働ではあるが毎日シャワーは浴びられる。食事も質素だが毎日出る。最近この最低限の生活で満足しそうになる瞬間があることに恐怖を覚える。

「毎日シャワーを浴びられるのはありがたいけど、毎日硬いパンと少しのベリーの果実だけってのは厳しいよなあ。腹減った〜。」

そう言いながら布団でバタバタし始める彼を見て、少し子供っぽい一面もあるんだなーと認識を改めた。

「肉とか魚も食べたいよね。ジューシーなやつ!」

布団からガバッと顔を上げた彼が言う。

「馬鹿!食べたくなるから言うんじゃねえ!」

そんなやり取りをしていると牢の入口が開く。

「シャワーだ。出ろ。」

監視官の男が告げると、彼は飛び起きた。

「待ってました!!行こうぜ!」

そう言って監視官の後についていく彼を見てふと気づく。彼が来てから自分の気持ちが明るくなっていることに。彼のことがまるでこの薄暗い地下に差し込む一筋の光のように思えてきた。

「どうした?早く行こうぜ。」

先に牢を出ていった彼がひょっこり顔を覗かせて心配そうに見つめてくる。

「うん、今行くよ!」

揃ってシャワーを浴びたあと、その日の夕食には珍しくスープが付いていて、2人で喜びを分かち合った。


彼が来てから2週間ほど経っただろうか。あれから彼とは色々な話をした。というより主に彼に話してもらって僕はひたすら聞いていた。

彼は一人で旅をしていたらしい。盗賊に囲まれて死を覚悟した話や森で大きな鹿の魔物と戦った話など、どれも聞いていて心が踊るような話ばかりだった。

「君は強いんだね!もし今君が剣を持っていればここの奴らみんなやっつけられるね!あ、でも名前がないから戦えないか…」

言い始めてから自分の発言が浅はかだと気づく。

「お前はここから出て、親の所に帰りたいか?」

ここから出られる訳がないのに。そう思ったが、彼が真っ直ぐ自分の瞳を覗き込んでいることに気づく。綺麗なエメラルドグリーンの瞳だなあとか思ってしまった。

「そりゃ出来るもんなら出たいさ。それで家族の元に…帰りたい。」

途中で思考に靄がかかったが、彼の瞳を真っ直ぐに見つめて僕はそう返した。

「そうか。よし。じゃあもし!ここから出られる日が来たら、この森の泉を探せ。夜にうっすら光るから見つかるはずだ。そこで強く祈りを捧げろ。すると泉の妖精が現れ近くに街を示してくれるはずだ。」

彼は突然そんなことを言った。

「え、急にどうしたの?泉?妖精?」

僕が混乱していると彼は念を押した。

「そうだ。泉を探し、妖精に会うんだ。案外その日は近いかもしれないぞ?」

正直何を言っているのかよく分からなかったけど、不敵に微笑む彼を見ていると、本当にどうにかなってしまう気がするから不思議だ。

「わかった。君が言うことだからね。信じてみるよ。」

そう言うと彼は満足げに微笑んだ。

「よし!じゃあもう寝ようぜ。今日も疲れた!」

「うん、そうだね。おやすみ。」

おやすみと夜の挨拶を交わすと、彼はすぐに寝息を立てて眠り始めた。早っ!と思いながらも僕も瞼が重い。

薄れゆく意識の中、彼の言った言葉が頭から離れない。彼は一人で何かするつもりなのだろうか。朝起きたら隣に彼の姿はないんじゃないか。そんな不安に駆られながらも僕の意識は深い眠りに沈んでいった。


朝目が覚める。朝日が差し込むことのない薄暗い朝だ。僕は恐る恐る隣を見た。そこに彼の姿は…あった。というかまだ寝てた。少しホッとしながら彼を起こす。

「朝だよ。起きないとまた叩き起こされるよ。」

ここでは時間に起きないと叩き起こされる。文字通り太い木の棒で叩き起こされる。あれはけっこう痛いのだ。

なんかむにゃむにゃ言ってる。ハムとか肉とか。食べたいのかな…?少し経つと彼は起き上がった。

「わり。起こしてくれてありがとう。助かった。」

「いいってことよ。今日も頑張ろう。」

そう言いながら毎朝牢に放り込まれる固形食料を1つ彼に渡す。ボソボソしているがほんのり甘い。

「これなあ、味は悪くないけど喉が乾くんだよな。」

ボヤキながらも2口で食べている。

「これ水でふやかして食べたらどうなるんだろ。美味いかな?」

「あ、それ僕試したけど不味かったからやめたほうがいいよ。」

そう考えたくなる気持ちも分かる。僕も通った道だ。実際あれは水でふやかして食べるなら別々で食べてから水を飲んだほうが絶対いい。

「お前ら、仕事だ。」

牢の扉が開き1日の始まりを告げる。

「ほいほいっと。ところであんたらは普段何食べてるんだ?まさか俺達と同じなんてことはないよな。」

ぎょっとした。僕は監視官達に話しかけたことがなかった。話しかけてはいけないものだと思っていたからだ。

「…」

さすがに監視官は答えてはくれない。

「話しかけても何もなしっと、物理的な接触の影響はあるのか確認するか…」

彼はボソボソ呟いている。何だろう。

「付いて来い。」

今日の仕事に向かうべく牢を出る。出て少し歩いたところで僕の背後から声が聞こえた。

「おっと!!」

「え?うわっ!!」

僕は後ろから勢いよく押され、よろけた拍子にそのまま前を歩く監視官に突っ込んでしまう。

「す、すみません!!」

「…」

監視官は不機嫌そうな顔で振り返るが喋らない。

「接触は問題なしだな…話しかけることも可能っと。悪い躓いた!大丈夫か?」

後ろから謝罪が飛んできた。その前に何か呟いていた気もするが。心臓がバクバクしている。

「う、うん。大丈夫。気をつけてね。」

そうこうしている間に受付に着く。受付かどうかは知らないが僕はずっとそう呼んでいる。

受付の男は僕たちを一瞥し、黒板を確認する。ここでどの作業の人員が足りてないかを判断し、割り当てられる。

「お前らの今日の作業は、薪割り班…いや、梱包が少ないな。お前らは梱包班だ!」

ひとまず炭窯班じゃなかったことに安堵する。しかも珍しいことに2人一緒だ。

「今日は梱包か!よろしくな!」

彼も少し嬉しそうだ。炭窯班じゃなくてホッとしているのだろう。

「よろしく!あれでも君梱包苦手じゃなかったっけ?」

そう言うと彼は苦笑いしながら作業場に向かっていってしまった。前回下手すぎて怒られてるの隣から見えてたんだけどな。言わないでおいてあげよう。


梱包作業は完成した木炭を4本の3列で12本セットにして大きな葉っぱで包み、蔓で縛って完成だ。僕は割と得意な作業なのだが彼は苦手らしい。両手を真っ黒にしながら悪戦苦闘している。

「なあ、名前を奪う魔術をかけられたときの杖って覚えてるか?」

彼は作業を止めることなく小声で話しかけてきた。

「え、杖?うーん、オレンジ色の石が付いていたような…」

「そうだ、オレンジの石。あれは魔石だ。名前を奪うなんて魔術の割には小さな杖だったと思わないか?」

そう言われてみると杖自体はそれほど大きくなかった気がする。大きさも関係あるんだろうか。

「小さい杖に小さい魔石。あの杖は本体じゃないと見た。」

僕は黙って続きを促す。

「となると本体の魔石がどこか近くに設置してあるはずなんだ。もっと大きなサイズの魔石が。その魔石を破壊できれば名前が戻ってくる。つまりここから逃げられる。」

作業中だったのでポーカーフェイスを貫いていたが彼の言葉を聞いて思わず彼の方を向いてしまった。きっと口が開いていたに違いない。

作業の監督官が近づいてきたので慌てて作業に集中する。

「まさか、君は…」

僕はその続きを言葉にすることができなかった。


その日の作業はいつもよりあっという間だった気がする。牢に戻るなり僕は彼を問い詰めた。

「君は!魔術を食らっていないのかい!?」

彼は両手で僕を制しながら履物の裾を捲くって左の足首を見せてくれた。そこには銀色に輝くアンクレットがあった。赤と黄緑の小さな石がはまっている。

「子供の頃からしているものなんだけどな、妨害系の魔術避けとは聞いていたんだけど…こいつが防いでくれたらしい。」

つまり彼は名前を奪われていないのだ!

「俺の名前はアイゼンだ。黙っていて悪かった。」

「アイゼン。ほんとに奪われていないんだね!でも装飾品類は最初に取られるよね?どうやり過ごしたの?」

そう尋ねると彼はニヤリと笑った。

「このアンクレットにはロックがかかっていて、俺が呪文を唱えないと外れないんだ。取れないんですって言ったら最初は粘ってたけど奴ら諦めたよ。」

僕は心臓が高鳴るのを感じた。彼は名前を奪われていない。つまり彼は反抗できるのだ。

彼は真面目な顔で僕に訊ねてきた。

「昼間の話の続きだ。魔石の本体がありそうな場所見当つかないか?」

僕は少し考えてから口を開く。

「中央の監視塔わかる?あそこ上階はガラス張りの監視施設になってるけど、その下、塔の真ん中辺りにここで一番偉い人の部屋があるらしいんだ。」

彼がパチンと指を鳴らした。

「そこだな。よし、今夜だ。今夜そこに攻め込んで魔石を壊す。だがそれにはお前の協力がいる。手伝ってくれるか?」

彼が真っ直ぐ僕を見つめる。どうも僕は彼の真っ直ぐな眼差しに弱い。できる事は限られるが、手伝えることならなんだってやってやる。僕は大きく頷いて答えた。

「作戦を教えて。」


シャワーの時間。普段と変わった様子は何もない。体を拭き服を着たら牢に戻されるのだが、シャワーの部屋は監視塔の隣にあり、行き来する際には広場を横切るのだ。そしてある程度まとまった人数でシャワーに行くのだが、帰る際に広場で次のグループとすれ違う。僕はそこで騒ぎを起こすのだ。

次のグループが向かってくるのが見える。端にいる柄の悪そうな男に狙いを定めた。正直めちゃくちゃ怖い。狙いを定めてすれ違いざまに肩を思いきりぶつけた。柄の悪そうな男はよろめき、自分は転んで尻もちをついた。想像していたのと違う。痛い。

男は怒りの形相で近づいてきて胸ぐらを掴まれそのまま起こされる。

「てめぇ今わざとぶつかってきたよな?なんだ、やんのか!?」

当たる人を間違えたと後悔しかけたが、震える声をおさえて小声で男に囁いた。

「ごめん、喧嘩の振り、協力して。」

なぜここで僕はウィンクをしたのだろう。敵意が無いのを示したかったのかもしれない。

男は一瞬キョトンとしたが、ニヤリと笑った。きっと分かってくれた。助かった。

「ふざけんなよ、てめえ!!」

「そんな怒らなくてもいいだろ!!」

なかなかの演技力だったと思う。取っ組み合いになり、周りが野次を飛ばし、監視官達が集まってきた。

「何をしている!!」

監視官達が集まってくるが周りの野次馬共が邪魔でなかなか近づけない。反抗したり危害を加えたりはできないが、進路を邪魔することくらいは出来るらしい。

視界の端に監視塔に向かう金髪の青年の姿が見えた。

「あとは頼んだよ…アイゼン!」


〜アイゼン視点〜

あいつがうまいことやってくれた。想像より騒ぎが大きくなり、監視官達が集められたのが好都合だ。

監視塔からも数人出てきたのを確認してから、隙を見て侵入する。

「侵入成功っと。」

読み通り監視塔は施錠されていなかった。1階の詰所の様なスペースはもぬけの殻だったのでそのまま2階に向かう。2階に上がるとテーブルを囲んで2人の男がカードゲームに興じていた。そのまま気づかずに、というわけにもいかず、アイゼンと目が合うと立ち上がり近寄ってきた。

「おいおい、下が騒がしいと思ったらお前の仕業か?何の用だ。」

アイゼンは目線だけで周囲を見渡す。

「全員分の名前を、返してもらいにきた!!!」

言い終わると同時に、置いてあった袋の中身を左手で鷲掴み、寄ってきた男の顔目掛けてばら撒いた。掴んだ感触からしておそらく塩だろう。

アイゼンは塩を左手で投げたと同時に右手で積まれてあった木炭を1つ拾い上げ握る。

「うわっ!!」

男の目に塩が入り思わず目を瞑る。

目を押えて一歩後ろに下がる男に一瞬で間合いを詰めたアイゼンは木炭で男の側頭部を思いきり殴った。

想像より甲高い音を響かせながら木炭は割れ、男は気を失って倒れ込んだ。

「てめえ!!」

後ろにいた男はここまでの出来事のスピードに付いてこれていないようだった。

右手を振りかぶりアイゼンに殴りかかるがアイゼンはそれを難なく受け流す。

ふとアイゼンは先程まで男たちがいたテーブルの上に懐中時計を見つけた。男の攻撃を避けつつ懐中時計を手に取ると、チラッと男に見せつけてから男の頭上に放り投げた。

「なっ!?」

男は驚愕すると同時に思わず両手を頭上に伸ばし懐中時計をキャッチしてしまう。

アイゼンはそれを見逃さなかった。狙い通りとばかりに男の懐に潜り込みアッパーカットを男の顎に叩き込んだ。

「がっ!!」

男は少し吹っ飛んで床に落ち、そのまま気を失った。

アイゼンは1つ息を吐くと呼吸を整えた。

「体は鈍ってないな。」

部屋をぐるっと見回し、魔石が無いことを確認すると3階に向かった。


3階に魔石はあった。オレンジ色に光り輝く大きな魔石が。木の幹に埋め込まれているような形だ。というかこの監視塔自体が木のようだ。正確には木の根か。それをくり抜いて塔にしたのだろう。気が付かなかった。

アイゼンが分析をしているとやや高めな男の声が響いた。

「今まで一度たりとも労働力が歯向かったことは無かった。これはそのための魔術だからね。」

魔石の影から細身の男が現れた。同時に男の左右から屈強な男が2人現れる。細身の男がここのボスだろう。

「お前は何者だ?何故反抗の意思を持てる?」

「俺にその魔術は効かない。」

アイゼンは答えながらも周囲を観察する。

この上はおそらく監視フロアだと思うが、そこから人が降りてこないことを見るとすでに人がいないか、戦闘要員でないかのどちらかだろう。どちらにしろ好都合だ。

取り巻き2人の腰に差さっているものはおそらく剣だろう。さすがに武器を持った相手が2人に素手だと分が悪い。()()()()()()()、ね。

アイゼンが短い時間で周囲の観察を終えると上がってきた階段から足音が聞こえてきた。

一瞬身構えるが、よろけそうな足音のリズムを聞いて敵ではなさそうだと判断する。

息を切らしながら現れた足音の主は同室の彼だった。


〜同室の彼視点〜

下である程度騒ぎを起こしたあと、こっそり抜け出して監視塔に忍び込んだ。昔からこそこそと忍ぶのは得意なのだ。

2階に上がると男が2人伸びていた。かなり驚いたがアイゼンが倒したのだろう。アイゼンの闘う姿は見たことないがきっと強いのだろう。

階段を上がっただけなのに息が上がる。先程の陽動で体力を消耗したらしい。我ながら情けない。

3階に上がるとアイゼンが3人の男と対峙していた。

「アイゼン!!」

アイゼンの姿を僕は見て思わず彼の名前を叫んだ。

「来たか。」

アイゼンは振り向くことなく言った。

奥にいた細身の男の表情が歪む。

「なんなんだお前たちは!!お前も私に歯向かうのか!?」

男に指を刺された途端に心に靄がかかった。

「いえ…」

駄目だ。僕には何もできない。

男は不思議そうな顔をして頭を捻った。

「ん?お前は効いているのか。では金髪のお前だけだな!お前を始末してしまえば元通りだ!!」

男がアイゼンに指を指すと同時に、取り巻きの男たちが剣を抜きはなった。

「まずいよアイゼン!!奴らは武器を持ってる!」

焦る僕とは裏腹にアイゼンは呼吸一つ乱していなかった。

「大丈夫だ。少し下がってろ。」

アイゼンが構える。まるで騎士のような構えだ。

一つ大きく息を吸い込むと目を見開く。

「我が名はアイゼン!!アイゼン・ドリスディア!父オーゼンと母アイナスより授かりし名だ!!」

彼は臆すことなく高らかにそう叫んだ。

やはり彼は名前持ちだった、それもフルネームだ。

「名前とは自分の存在をこの世に証明する為の武器だ!相棒であり、誇りである!!」

そう叫ぶと同時にアイゼンの手元が光り輝き、剣の形を成していく。眩しい程の装飾が施されている訳でもなく、鍔もない。真っ直ぐ伸びたシンプルな長剣に見える。だがまるで鏡のように輝く刀身を持つその剣は、素人目に見ても手入れの行き届いた物だとわかる。

「自身の誇りを奪い、自由すらないこの地下空間で人々を労働力として使い潰すお前たちを、俺は決して許さない!!」

アイゼンの剣を見て一歩後ずさった細身の男は、取り巻きに何か指示を出そうとした瞬間にはもうアイゼンは動き出していた。

取り巻きは慌ててアイゼンに向けて剣を振り下ろす。

アイゼンは剣で攻撃を受ける、と思いきや相手の剣を受け流し攻撃をいなした。

そのまま前につんのめった男の後頭部を剣の柄で強打した。男はそのまま倒れ込み突っ伏した。

息をつく間もなくもう一人の男が剣で真っ直ぐにアイゼンを突いてきた。

「うおっ!?」

突きは意外だったのかギリギリのところで避けるアイゼン。そのままクルリと一回転し体制を立て直す。男は不意をつく突きで決めるつもりだったのか、次の攻撃動作に移るのに時間がかかる。

アイゼンは回転の勢いそのままに剣を振り抜き、突かれたままの剣を横から一閃。相手の剣を折ることもできたが、アイゼンは相手の剣に衝撃を加え、相手の利き手を痺れさせた。

「くっ!?」

男は剣を取り落とし、右手を押さえた。

「さあ、諦めろ!」

アイゼンが投降を促すが、男は左手で殴りかかってきた。

アイゼンは剣を捨て、攻撃を避け男の左腕を掴んだ。

「セイッ!!」

そのまま勢いを利用し男を投げ飛ばした。男は壁に打ち付けられて、そのまま気絶した。

「そ、そこまでだ!!」

細身の男がアイゼンの剣を握り、アイゼンに向けている。

「この剣で斬りつけるぞ!!」

アイゼンはじっと男を見つめると、溜め息をついた。

アイゼンが手を掲げると男が持っていた剣は光の粒子となって消え、アイゼンの手元に剣が現れた。

「ちくしょう!!」

男は拳を床に叩きつけると、がくっと項垂れた。

すると、アイゼンが振り向きこう言った。

「どうする?一発殴っとくか?」

いつものニヤリとした顔だ。僕は呆気に取られていたが答えることができた。

「い、いや、名前が戻ってくればそれでいいよ!」

アイゼンは頷くと、光り輝く魔石の前に行き、剣を構えた。

「これで、おしまいだ!!」

アイゼンが剣を振り下ろすと魔石は真っ二つに割れ、そこから連鎖するように粉々に砕け、光が散らばり、サラサラと砂になった。

すると光の一つが僕の中に入ってきた。暖かな気持ちが心のそこから湧いてきて、大切なことを思い出したような感覚に包まれ、涙が溢れた。

「よし。改めて自己紹介しよう。俺はアイゼン。アイゼン・ドリスディアだ。」

歩み寄ってきたアイゼンがもう一度自己紹介してくれた。

「僕は、僕の名前は!キリナ!キリナだよ!」

僕の名前を聞いたときのアイゼンの笑顔を、僕は一生忘れないだろう。


これが後に巷で話題となる、アイゼンという一人の男が、キリアス大森林の木炭製造工場を壊滅させた日であった。


「ありがとう!!本当にありがとう!!」

捕らわれていた人たちに事情を説明して解放し、何百回目かわからないお礼を聞きながら、森へ逃げる人たちを送り出していた。

この地下工場は魔術の力に頼ってたところが大きく、警備は杜撰なものだった。おかげで魔術を崩してしまえばあとは簡単だった。

「よし、じゃあそろそろ行くかな。警備隊が来ると事情聴取だなんだで面倒だからな。」

そう言いつつアイゼンが立ち上がる。アイゼンは捕まる前の持ち物を取り返していたが、それでもかなり身軽な出で立ちだった。

「行くんだね。旅を続けるの?」

少し寂しさが出てきて僕はそう尋ねる。

「ああ、俺はまだ弱いからな。世界の広さを知って、修行して、あと美味しいもの食べたい。」

そう言って笑うアイゼンを見て、憧れに似た感情を覚える。

「僕もいつか旅をして、強くなってまたアイゼンに会ったら、一緒に旅してもいい?」

そう言うとアイゼンは少し驚いたような顔をしたが、ニコリと笑った。

「ああ!待ってるからな!」

そう言ってお互いに握手を交わすと、アイゼンは行ってしまった。

僕は小さくなっていくアイゼンの背中を見つめていた。彼にはいくらお礼を行っても足りないくらいだ。いつかまた会ったら美味しいものをご馳走してあげよう。

「アイゼーン!!!ありがとーう!!!」

アイゼンは振り向かず手を上げて振ってくれた。


「よし!僕も頑張るぞ!!」

僕はキリナという自分の名前を二度と忘れない。誰にも奪われないように、強くなろう。

いつか、あの人のように。

アイゼンの旅はこれからです。

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