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詠み人知らず  作者: 鳥飼泰
番外編
7/11

小話:鳥たちの主張するところの物忌み

Twitter(@torikaitai_yo)に上げていた小ネタに、加筆修正したものです。

そろそろ本格的に暑くなろうかという、南山の朝。

いつもは出かけているはずのカナメが珍しくまだ屋敷に居て、支度をする様子もない。


「カナメ?今日は仕事に行かないの?」

「ああ、今日は物忌みだ。お前も外に出るなよ」

「……ものいみ、とは?」

「身を慎む日のことだ。俺たちの上司である神が決める」

「え、カナメの上司って、神様なの……?」


それがどうしたと言うようにカナメは首を傾げているが、シキミにとってはびっくりな事実である。

目を見張る飼い主を放置して、鳥は説明を続けた。


「この日は外に出ず、他者にも会わないようにする。だからお前も外に出るなと言ったんだ」

「私もなの?」

「これは俺たちの習わしだが、お前は俺の錫杖の輪を持っているからな。身内扱いだ」

「飼い主だものね」

「…………」


なぜかカナメが不満そうなため息を吐いて黙り、耳輪のあるシキミの左耳にふにふにと触れてくる。あまり触られるとくすぐったくなってくるのだが、シキミはひとまず物忌みの事情を理解した。


「じゃあ、今日はうちで大人しくしていればいいのかな。何かするべきこともある?」

「特には、」


そこでカナメが言葉を切り、じっとシキミを見つめてきたので、今度はシキミが首を傾げる。

なんとなく、何か思案しているような気がした。


「…………いや、待て。そうだな、まず風呂だ。身の穢れを落とす必要がある」

「なるほど」


シキミが頷いたところで、カナメがひょいっと抱き上げてきた。


「よし、行くぞ」

「え、待って。なにこの体勢」

「洗ってやる」

「ひとりで入浴できるよ」

「俺が洗う方が効果がある。穢れに触れないようにしないとならないからな」


抵抗してみたが、けっきょくシキミはカナメに洗われることになり、いつも以上に磨かれた。



「なんだかもう疲れた……」


入浴を終えて、朝からぐったりしてしまったシキミが呟く。

すると、ご機嫌でシキミの髪を梳いていたカナメが櫛を置いて言った。


「疲れたなら、昼寝をするか」


敷物の上で、カナメはそのままシキミを後ろから抱えてごろりと横になった。

掛け布がなくても、カナメの羽毛に包まれていれば寒くはない。

せっかくなので、シキミはくるりと体の向きを変え、カナメと向き合う。目の前の白い羽毛からは風呂上りのいい匂いがして、自然と頬が緩んだ。


「一緒に寝るの?」

「物忌みの日は、なるべく離れない方がいい。俺がお前の穢れを払えるからな」

「ふうん」


そう言われれば、そういうものかなと思い、シキミはカナメの首元に顔を埋めて目を閉じる。

さりさりと頭を撫でる手の感触に安心して、そのまま睡魔に身を任せた。




昼寝から起きた後、二人で昼食を取った。

食事はいつも一緒に取るので、ここは変わらない。


カナメを飼うことになったとき、そういえば食事はどうすればいいのかと、シキミは少し悩んだものだ。

だが心配は無用で、カナメは人間と同じものを食べた。むしろ自分で食料を調達してシキミに与えてくるくらいだ。初心者な飼い主にとても優しい生き物で安心した。



食後、シキミとカナメは縁側に並んでお茶を飲んだ。

こうしてカナメと共にまったりとした時間を過ごすのが、シキミは好きだった。

きれいなものが側にあるだけで心が和むが、そのきれいなものは自分の鳥なのだ。もうずっと一緒だと、石を渡して約束もした。


心のうちで満足げに笑って、シキミは隣を見上げた。

南山は、カナメが管理しているだけあって、清浄な空気に満ちている。その澄んだ陽の光を浴びてカナメの羽が艶やかに輝いていた。

カナメは、普段はこの人間の手を持つ二足歩行の鳥姿だが、たまに完全に鳥の姿になっていることもある。それもまたきれいな鳥なのだが、そのときは全身が真っ黒だった。

二足歩行の鳥姿のときはなぜ白い羽毛になるのかは分からないが、それでも背中に負う羽だけは見事に黒い。


その黒がきらきらしている様を見て、シキミはうずうずした。


「カナメの羽、きれいだね」

「……そうか」


声の響きが満更でもなさそうだったので、もう少し押してみる。


「……触ってもいい?」

「構わない」


許可を得たので、さっそくカナメの後ろにまわる。

背中から生えている美しい両翼をじっくりと眺め、その右側の羽に、そっと手で触れてみた。


「っ、ん……」

「あ、ごめん。痛かった?」

「いや…………」


びくりと息を詰めた体に、敏感な部分だったのだろうかと慌てて手を離したシキミへ、カナメは大丈夫だと返す。


いきなり触れたから驚いたのかもしれない。

次はびっくりさせないようにと、シキミは触れる前に声をかけた。


「触るね」

「ああ…………」


先ほどよりも気を付けて、指先で触れる。


(思ったよりも、しっかりした手応え……)


空で風を切る羽は、首元や胸元の羽毛とはやはり違うようで、意外にしっかりとした感触をシキミの手に伝えてきた。


しばらく触っていると、指先だけでは物足りなくなってくる。

カナメもそろそろ慣れただろうと、シキミはもう少し大胆に触ってみた。


「っ、」


一瞬、カナメが息をのんだような気がするが、シキミは手を止めなかった。

ふわふわの白い羽毛とは違うが、これはこれで、なかなか癖になる手ざわりだったのだ。


「背中の羽も、いいさわり心地だねえ」

「……そうか」


シキミはそれからしばらく撫で続けたが、しびれを切らしたらしいカナメに腕を掴まれ、縁側に戻された。



そうして午後の時間も、シキミとカナメはずっと共に過ごした。

ゆったりとした時間ではあったが、何をするにもカナメと一緒でなければならないと言われ、少しばかり大変だった。

さらに夕方になって、再び一緒に入浴して洗われもした。




その日、ずっとカナメは上機嫌だった。

カナメは南山の管理者としてそれなりに忙しいので、普段はこのように終日屋敷に留まっていることはない。

だから今日のようにカナメがずっと隣にいるのは、シキミにとってもなんだか新鮮で。少し大変ではあったが、たまには悪くないと思えた。


だが、一緒の入浴など、あのすべてが本当に必要だったのかは、いくぶん疑わしい。

次にヤマキが遊びに来たとき、本来の物忌みとはどういうものか聞いておかなければと、シキミは心に決めたのだった。




(おまけ)

「ヤマキ、この前は物忌みだったね」

「おー。そうか、お前もカナメの輪を持ってるから、物忌みだったのか」

「うん。それでね、物忌みって何をするものなのか聞きたいのだけど」

「あ?カナメと過ごしたんだろ?」

「ずっと一緒だった。でもちょっと過剰じゃないかと思った。本当に、そこまでする必要があるのかなと」

「……ちょっと、詳しく話してみろ」


「…………ああ、うん。間違ってないぞ」

「本当に?」

「ほんとほんと。輪を持った相手との過ごし方としては何も間違ってない。次の物忌みのときも、同じようにしてやれよ」

「ううーん」

「まあ、お前の意識が変われば、あいつも落ち着くだろ」

「ん?」

「気にするな。ほら、これ食っとけ」


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