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詠み人知らず  作者: 鳥飼泰
本編:飼い主編
3/11

3. いきなり嫁かと尋ねられ、

カナメから耳輪をもらって数日後。

左耳に金の輪を光らせて、シキミは気兼ねなくお山を散策していた。

それでもあまりひとりでは出歩くなと言われているので、左耳に意識を集中して、少し散策に行ってくると囁いておいた。きっとカナメに伝わっただろう。




「お前があいつの嫁か?」



そこへ、ばさりと聞き慣れた音を立てながら、見慣れない鳥がやって来た。


目の前に降り立ったのは、カナメと同じ、二足歩行の鳥姿で白い装束を着た生き物。ただ、瞳はカナメのような深い赤色ではなく、鮮やかな緑色だ。

もちろんシキミの鳥がいちばんだが、この鳥もきれいだなと思った。


「どちらさま?」

「俺は西山の管理者ヤマキ。カナメとは腐れ縁だ。あいつの錫杖が五輪になったと聞いてやって来たが…………」


カナメの持つ錫杖は、もともと輪が六つ、杖部分を中心に三つずつ分かれて付いていた。そこからシキミにひとつ渡したために、今は五つになっている。

三つと二つでバランスが悪くはないかと聞くと、カナメはシキミの耳輪を楽しそうに触りながら、これでいいのだと言った。

シキミに耳輪を渡してから、カナメはよく耳に触れてくる。


「お前を見るに、本当だったみたいだな」


シキミの左耳に視線を向けながらヤマキが言った言葉に、首を傾げる。


「たしかにこの輪はカナメがくれたものだけど、私は嫁ではないよ」

「はあ?錫杖の輪は、俺たちが生涯を共にする相手に渡すものだ。嫁じゃないはずがない」

「え、そんなに大事なものだったの…………?」


生涯を共にする相手に渡すとは、初耳だった。

この輪を渡してきたとき、カナメも迷子札以外の用途は言わなかったはずだ。

しかし、ヤマキは嘘を言っているような雰囲気ではないし、その声にも悪意は含まれていないようだ。人間ではない生き物は無駄な嘘をつかないものだし、きっと本当のことなのだろう。


であれば、シキミは嫁ではなく飼い主なのだから、ずっと飼ってほしいという意味でカナメはくれたのに違いない。もちろんシキミは、一度飼ったものは最期まで面倒をみる気であるから、このカナメの意思表示は吝かでない。


これは、照れ屋な可愛い鳥の、精一杯の表現方法だったということだ。

では、シキミも飼い主としてきちんとその思いを返してやらなければならない。



「わかった。そんなに大事なものなら、お返しをするべきだね」

「…………ああ?まあ、受け入れるのであれば、扇の留部分に付ける石を返すものだが」


重々しく頷いたシキミに、ヤマキは返礼の品を教えてくれた。

この鳥はあの甲斐甲斐しいカナメの友人というだけあって、なんだか世話焼きの気配がする。


「その石は、どこに行けば手に入るのか知っている?」

「この山であれば、一の滝だな。清らかな水が落ちる落差のある場所で、その石は生まれるんだ」


一の滝は、シキミも行ったことのない場所だった。石を探しに行くとしても、心配性の鳥が戻るまでに帰って来られるだろうか。言えば絶対に一緒について来るだろうが、どうせなら、シキミだけで手に入れてみせたいところだ。

シキミの居場所は耳輪によってカナメに伝わるようになってしまっているが、ひとりの時間も大事にしたいご主人様であるので普段は位置を探らないようにと、カナメには申し付けてある。カナメがお勤めに行っている間に戻って来れば、気づかれないはずだ。


行き方をどうするべきか悩んでいると、なんとヤマキが同行を申し出てくれた。


「ふーん……。面白そうだから、俺が連れて行ってやってもいいぞ」

「え、本当に?ぜひお願い!」

「ただし、石を探すのは手伝わないからな」

「それはもちろん。これはカナメへの愛を伝えるためのものだから、自分で手に入れないとね」


拳を握って宣言するシキミを、ヤマキは少し首を傾げて鳥目をぱちぱちと瞬き、興味深そうに見てくる。

友達にこんな素敵な飼い主がいて、うらやましいのかもしれない。だがシキミはカナメ一匹で手一杯で、もう一匹飼う余裕はないので、諦めてもらおう。


「そういえば嫁、お前の名前はなんていうんだ?」

「だから、嫁じゃないよ。シキミと呼んで」



一の滝は遠いので、ヤマキが抱えて飛んでくれるという。

ありがたいが、そこまで触れてしまうと匂い問題に敏感なカナメにまた浴室に放り込まれるだろう。

その懸念を伝えると、あー、と何かに納得したような仕草をしたヤマキは、帰って来たときに不思議な力で匂いを消そうと言ってくれた。

やはり、匂い問題は種族的に常識なのだろうか。




ヤマキの抱え方はカナメと同じで片腕の上に座らせる方式だったが、実際に抱えられるとその違いが実感できた。

やはりカナメはシキミを抱え慣れているので、抱えられている側としては座りがいいのだ。

ヤマキは、なんというか、人間に対する力加減がよく分かっていないようだ。人間と接することがあまりないのかもしれない。だが好意で連れて行ってもらっているので、シキミは座り心地について不満を言うのはやめておいた。


なんとか落ち着きを良くしようともぞもぞしていると、飛行移動に飽きたと思われたのか、ヤマキが話しかけてきた。


「しかしお前、俺に簡単について来たな」

「ん?」

「初対面の相手を信用しすぎると、痛い目を見るぞ」


わざわざそう忠告してくれるのだから、やはりこのカナメの友人はいい鳥だ。カナメの飼い主がうかつな人間であるならと心配してくれたのだろう。

大事な鳥が良い友人を持っていることが嬉しくなって、シキミは笑って答えた。


「心配してくれてありがとう。でも、私はそういうことにはわりと自信があるの。詠み人だから、口から出す音には敏感でね。人間でない生き物は、悪意を持っているとわりと分かりやすいしね」


シキミにとっては、人間の悪意の方が見抜けないことが多かった。だから、このお山で人間以外の生き物たちと暮らしている今はとても心穏やかだ。


「詠み人…………あれか、口から発した事象を実際に引き起こすとかいう。まじか。久しぶりに見たな」


どうやらヤマキは、どこかで詠み人に会ったことがあるらしい。


「まえに会ったのはいつだったか…………、ああ、珍しく髪も瞳も黒の女だったな」

「…………もしかして、水の扱いが得意だったり?」

「そうそう。枯れた田畑になんでか洪水を起こしたりしてな、あれはすごかった!……なんだ、知り合いか?」

「それ、たぶん私の師匠…………」

「へえ!あれの弟子か。じゃあお前も洪水とかできるのか?」

「いや、私がそれをやったら、たぶん消耗して死ぬかな。師匠は火力がすごいからね」


驚いたことに、ヤマキの知っている詠み人はシキミの師匠だったようだ。

詠み人は多くないとはいえ、世間は狭い。

師匠とは、独り立ちして以来会ったことはなかった。行方不明になったという噂を聞いたことがあるが、定かではない。

縁があれば、またどこかで出会うこともあるだろう。



「しかし、そうか、詠み人か」


しげしげとつぶらな緑の鳥目がシキミを見てくる。


「じゃあ、あいつを捕まえたっていうのは本当なんだな」

「ん?カナメのこと?そうだよ、詠み人の力で捕まえたの」

「……俺たちは、そう簡単に捕まるものじゃないんだけどな」

「うん、カナメを捕まえるのはかなり苦労した」

「まあ、それだけ望まれたら、あいつも捕まっても仕方ねえか。錫杖の輪まで渡したなら、そういうことなんだろうな」




そんな話をしているうちに、一の滝へ着いたようだ。


一の滝は、滝口から滝壺までほぼ垂直の断崖を一気に水が流れ落ちる、一段の滝だった。

下から見上げると、滝口付近は霞んで見えるほどにその落差は大きい。南山は水を豊かに蓄えたお山であることから水量も申し分なく、ごうごうと轟音を立てて流れ落ちるその様は、一の滝の名にふさわしい威風堂々たる姿だ。流れ落ちる水も、飛沫も、音も、滝壺も、すべてが激しかった。



近づきすぎると水流の音で何も聞こえなくなりそうなので、滝壺から少し離れたところに降ろしてもらう。


「ふむ。ここに、カナメにあげる留石があるということ?」

「ああ。水の落ちる場所にあるということだから、滝壺のことだろう。俺もどんな石かは知らないが」

「なるほど。外見の手がかりはなし、と。ありがとう、探してくるからちょっと待っていてね」


そう言って滝壺へ向かったシキミだが、なぜかヤマキに服の首元を引っ張られた。シキミは思わずぐえっと呻いてしまったが、やはりこの鳥は、人間に対する力加減が分かっていない。

だが、振り返ったシキミの恨みがましい視線はお構いなしに、ヤマキが怒鳴る。


「馬鹿か!なんで滝壺に突っ込もうとしてんだ!?」

「ん?石は滝壺の中にあるのでしょう?とりあえずのぞいてみようと思って」

「あの水量を見ろ、下手に近づいたらのみ込まれるだろうが。よく知らねえけど、人間ってのは溺れたら簡単に死ぬんじゃないのか!?」


なんと、ここでもこの鳥はシキミの心配をしてくれているらしい。

口から出る音に若干の焦りがうかがえることから、これは作った言葉ではなく、素のヤマキの言葉だ。

さして関係のない人間のことにここまで親身になってくれるとは思ってもいなかったので驚いたが、それだけカナメと仲が良いのかもしれない。その飼い主にまで心を配るとは、相当だろう。

本当に良い友人だと、シキミは再び嬉しくなった。


だが、その友人をあまり心配させるのも忍びない。

であれば、滝壺に近づかずに石を探す方法を考えなければならないか。


シキミはむむむと腕を組んで、激しく流れ落ちる滝を見やったのだった。


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