第10話:凜…
どうして、俺なのだろうか。
どうして、好きだと言ったのだろうか。
どうして、寄り添ってきたのだろうか。
疑問は尽きない。
だけど、はっきりと分かっているのは俺は彼女に溺れていたんだ。
「渚音?」
「ん…?ちゃんと言ってきたよ。」
渚音が別れを告げると、志乃は気が済むまで怒鳴り散らした。
志乃の叫びは渚音に対してではなくどこかあの男への報われないおもいだった。
ただ、あの男が好きだったから別れたくなかった。
だから、渚音を利用した。
それが悪いことだって分かっていた。
それをどうしたらいいのか分からない子供のように怒鳴っていた。
渚音は哀れそうに、どこか愛おしそうに志乃を見つめていた。
志乃は好きなだけ怒鳴ると、「ん…。」と
小さくうなずき立ち去った。
それは別れを受け入れたという返事なのか、
ありがとうか、
渚音を恨むことなのか渚音は分からなかったが
悲しそうに笑った。
「多賀谷ってさ、ただ寂しかったんだろうな。
ちょうど俺がいたから俺を選んだだけなのかもな。」
もう『志乃』と呼ばない渚音を唯愛は見つめることしかできなかった。
寂しい。
寂しい。
別れたくない。
傍にいたい。
志乃の想いはそれだけだった。
「お前にも悪い事したな。ごめん。」
渚音はゆっくりと空を見上げた。
「ありがとう。」ありがとう。
傍にいてくれてありがとう。
渚音はそう呟いた。
「キザ!」
「あ?せっかく礼言ってやってるんだろ!」
いつも通りちょっとした事で言い合いをして、最後は笑い合う。
そんな当たり前な事が唯愛にとっては幸せな事だった。
簡単なものこそ難しくて、壊れやすい。
時間がかかって築いたものも、壊そうとすれば直ぐに壊れる。
それほど人は優柔不断で、バカな生き物なのかも知れない。
そんな所も含めて、人間は愛しいもの。
それを分かっている人間が一番強い。
「ねぇ…?人間てもろいものだね?」
渚音はじぃっと唯愛を見つめた。
「だな…。だからこそ面白いんじゃね?」
「ははっ!!そうだね!!」
渚音は携帯を取り出し、あの女の子らしいストラップを引きちぎった。
いろんな色のビーズが飛び散る。
「もう、いらねぇな。」
面白そうに笑う渚音は出会った頃とは変わらなかった。
「おらっ!」
渚音はストラップを窓から投げた。
そして、携帯をいじった。
「アドレスもぜーんぶ消したし、ストラップもないし
すっきりした。」
放課後だと言っても、もう遅く残っているのは
グランドにいる野球部くらいだった。
ふたりきりの教室は夕日に照らされて眩しく思えた。
「雨…。」
「え?」
「雨。降らねぇかな。」
「なんで…?」
雨なんか降る気配はなかった。
「なんででしょう?」
悲しいからだよね?
渚音は空が好きだから、自分色に空が変わってほしいんだよね?
唯愛はそう思ったが口に出さなかった。
次の日、唯愛が学校に行くと教室が騒がしかった。
「どうしたの?」
「転校生が来るんだって!
それもすっごく顔の整った男の子らしいよ!」
「この時期に?可笑しくない?」
「まあまあ。そんな事どうでもいいでしょ!」
唯愛は少し納得できなかったが気にはしなかった。
「はーい。転校生を紹介します。どうぞ。」
先生の声と同時に教室のドアが開いた。
女子を中心に、男子も『おぉ』と声を出した。
教室に入ってきたのは、
キレイな明るい金髪を肩より少し長い髪をした男の子だった。
小さな顔に大きな瞳。長いまつげに、どのパーツも
美しく並んでいた。
男の子と言わずに、制服でなければ女の子に見える。
それも、そこらのアイドルやモデルよりも可愛い。
「睦月真凜です。
こんな時期に転校してきて可笑しいですけど、
よろしくお願いします。…あれ…?」
真凜は自己紹介の途中に目を見開き渚音の方をじっと見た。
「渚音?」
「なんだ。浅木、睦月と知り合いなのか。
睦月、浅木の隣の席に座れ。以上!」
真凜は渚音の隣に座ると、懐かしそうに笑って話し出した。
先生の長い話が終わると、たちまちに真凜の周りには人が集まった。
別クラスの生徒達もどこからかぎつけたのか廊下から教室内を覗いていた。
その中で真凜はしばらく無邪気な笑顔で笑っていたが、
すくっと立ち上がった。
そして口元に笑みを浮かべながら唯愛の席に近づいた。
「天見さんだよね?」
別れを知って、出会いを知る。
それが人生、そして、運命。
笑顔でいても心の中は違って…。
どんな運命であろうとも、『私』は『貴方』と出会い
辛いことも嬉しいことも傍にいたいと願うのだろう。
それが運命だから。
そう信じたいから。
そんな運命を歩みたい…。