1周目 修学旅行その5
金閣寺から北野天満宮へは直接行くバスは急行バスしかない。しかし、僕たちは先に来た205系統に乗る事にした。金閣寺へ行くときは205系統の1班を急行バスで追い抜いているのに、今度は逆に1班が急行バスに乗る。果たしてこれで連勝するのか?それとも1勝1敗に持って行くのか?
北野天満宮は正面に大きな鳥居があり、ここを入口とするならば1班との勝負はここがゴールだが、今回も速く着いていたとなると、境内入口がゴールだとかなんとか言い出しかねない。そこで大江 知樹と宮村 久美が鳥居前で、参道を通って境内入口「楼門」に残りのメンバーが待機する事で文句無しの勝利とする事にした。
懸念していた次の予定はやはり「昼食」でその後に定番中の定番、「清水寺」となっていた。
栗田 豊たちはコンビニなどでおにぎりやパンを買い、バス車内で食べる事で少しでも早く清水寺に行く算段だったが、やはり女子たちが異を唱え京都らしいものを食べたいだの、お店でゆっくりしたいだの要望を出している。
ならばと僕は、いっそのこと1班との勝負は一旦休戦して、みんな一緒にお昼ご飯を食べよう。なんだったらその後も勝負をやめて、まとめて僕が案内すれば1班の2敗、こちらの2勝で決着だし、より京都を堪能してもらえるだろうと提案した。
これには栗田 豊以外全員が賛同した。栗田 豊は勝負にこだわろうとしたものの、多勢に無勢である事と、こちらの2勝で終了できるという事で渋々納得した。
境内入口に着くと東雲 舞たちは皆、中を覗いてはおみくじ引こうとか、お守り買おうとかソワソワしている。
待ち始めて5分も経たずに大江 知樹や宮村 久美らが、少し足取りの重そうな1班を連れて来ているのが見えた。
栗田 豊が勝ち誇ったように1班を挑発するが、やはり男子だけが悔しそうに悪態をついたり、リベンジがどうのと言っている。女子はというと男子の遊びに巻き込まれたというか迷惑そうに宮村 久美に愚痴をこぼしながらおみくじの話で盛り上がっている。そこへ東雲 舞が、次の勝負とか言い出している栗田 豊を肘で小突いて終戦の提案はどうしたと催促した。
僕という案内役を紹介するとさすがにブーイングが出た。そして、もう勝負をやめて一緒にじっくり回るという提案にはやはり、1班の男子2人の猛反対ぶりが凄まじい。勝負が班対抗というより、栗田 豊対アツシとケンジ(その2参照)だったから終戦の提案が栗田 豊らの班からでは勝ち逃げの様で許せないのだろう。しかし、2班合わせて12人もいれば、少数での反対票は太刀打ちできるはずもない。結局、宮村 久美が勝負するのは勝手だが私たちを巻き込むなと言い切ったので男子たちは黙るしかなくなった。
無事に仲直りというか、終戦になったので改めて北野天満宮へのお詣りとなる。礼儀的に先ずはお清めということで楼門を入ってすぐの手水舎へ行く。男子たちは、作法も関係なく柄杓をゆすぐとそのまま水を飲もうとしたため、宮村 久美がすかさず大声で諫める。
「ちょっとあんたたち、お清めの作法わかってるの?ちゃんとしないとバチ当たるわよ。」
との声に思わずビクついた男子たち、まあ「バチが当たる」という言葉より「宮村 久美の怒気」に恐れているようだ。かくいう僕自信も宮村 久美の迫力に圧倒されていたら、東雲 舞がそっと僕の袖を引っ張って囁いた。
「久美の家はね、お寺だからこういうのしっかりしてるの。お父さんもお母さんも厳しくはないんだけど、その分しっかりしなきゃって思ってるんだと思う。スゴいよね。」
ああ、なるほど。と返そうと思ったら宮村 久美は振り返って言った。
「あんたも京都なんたらっての持ってるなら礼儀くらい知ってるわよね。ちゃんと初めに言っときなさいよ。もう少しで柄杓で水飲むとこだったわよ。」
不意に矛先がこっちに向いたので、思わず背筋を伸ばしてからしっかり腰を折って謝ってしまった。
そして、改めて手水について僕が実際にやりながら説明する。
先ずは右手で柄杓を持って左手を洗う。次に柄杓を持ち替えて右手を洗う。その次にもう一度右手で柄杓を持ち、左手に水を受けて口をすすぐ。そしたら左手を洗い、そのまま柄杓を立てて流れてきた水で柄を洗う。
宮村 久美は腕を組ながらその様子を見ていたが、説明が終わると矢継ぎ早に男子たちにやるように促す。そして、女子たちも手水鉢を囲むようにして皆一斉に清めたところで僕は思わず聞いた。
「金閣寺でもうやって来たんじゃないの?」
すると宮村 久美はまたもや僕の方へ振り返りつつ、離れてしゃべっている栗田 豊達を睨み付けながら言った。
「あいつら、黄金だ黄金だとか叫んで走っていったからお清めしてないのよ。本当にバチが当たれば良いのに。」
僕は苦笑いしながら立ち尽くしていたら、宮村 久美は
「さ、あまり時間も取れないんだし、お昼ご飯の時間もあるんだからさっさと行くわよ。」
と、気持ちを切り換えている。宮村 久美のお昼ご飯という言葉で、この近くで清水寺へ行く道中で京都らしいお昼ご飯はないかなと頭の中で考えておくことにした。
手水舎から左寄りに進みながら一際輝く中門、「三光門」へ進む。月、太陽、星の三つの光の彫刻があることから三光門と言われているが星の彫刻はないとも言われているので、「星欠け三光門」とも呼ばれている。年末年始にはこの門に巨大絵馬が掲げられている、という所まで説明したがそこまで聞いてくれたのは女子だけで男子たちは門の向こうでこちらを急かしている。女子たちは半ば呆れ顔で歩きだし中門をくぐる。男子たちは右側の授与所にある御神籤がどうのと言っているが、やはり礼儀上先ずは参拝からと正面の本殿へ促す。
本殿の鈴の前まで来たものの、宮村 久美のお叱りを恐れてか男子たちは女子を先にお詣りさせようと後ずさる。お構い無しに宮村 久美は先陣を切って鈴を鳴らし二拝二拍手一拝を済ます。何人かまとめて出来るので、僕も他の女子も続いて同じようにお詣りする。その様子を見ていた男子たちがギクシャクした動きでお詣りする。お詣りを終えるといよいよ御神籤だが、ここで提案する。
「あの、お昼御飯なんだけど、珍しいうどんと、僕のお気に入りのラーメンと京都老舗の親子丼とどれが良い?」
いきなりの提案にびっくりするものの、男子たちはラーメンと叫びだし、女子はうどんか老舗の親子丼かになっている。そこへ1班も同行していいのか聞いてきたので、皆がもちろんと言いながらラーメンだよなと男子が薦める。
結局、ラーメンが男子6人、うどんが荒川 麻紀と1班の女子二人の3人、親子丼が後の女子3人となった。見事に別れたので、御神籤で決めようと提案する。各3人ずつで御神籤を引いて大吉が一番多いグループのメニューにする。これには皆が賛成したので早速御神籤を引きに行く。六角柱の御神籤ケースから棒を1本出してその番号を授与所で伝えて御神籤を貰う。
ラーメン組は6人いるので、代表3人の御神籤で決める。しかし、代表3人は最高でも中吉だったが、代表ではないあとの3人全員が大吉という残念な結果になった。
うどん対親子丼では大吉が1対2という僅差になるものの親子丼に軍配が上がる。全体としては小吉や末吉が多かったが、栗田 豊だけが大凶を引いてしまい宮村 久美が大爆笑していた。
時間的にはそろそろお昼御飯に移動したい頃合いだが、北野天満宮では修学旅行生向けに特別な拝観プランが用意されている。本来はご祈祷ではそれなりの額の初穂料がかかるが、修学旅行の班別昇殿参拝祈祷ならば班単位で1人1000円で学生向けのご祈祷してもらい、勧学札、由緒書、合格鉛筆などが貰える。まさに至れり尽くせりなので時間があれば彼らに薦めたいところだ。その他に一願成就のお牛さん、宝物殿やこの時期緑紅葉が見事な御土居など北野天満宮の見所はたくさんある。しかし、スケジュールが決まっている彼らにあれもこれもはなかなか難しい。
時間は11時30分を過ぎたところなので見所の説明だけして北野天満宮を出ることにした。大鳥居を抜けて今出川通に出た所でもう一度振り返り全員で一礼する。僕を入れて13人の大所帯で一礼するもんだから他の参拝客も思わず連られて一礼する。ゾロゾロとバス停に向かう途中、荒川 麻紀が珍しいうどんってどんなのかと訪ねてきた。
一本うどんと呼ばれるそのうどんは、築350~400年と驚きの歴史を誇る老舗のうどんで、麺の太さは1cm以上ありそうな超極太麺。通常のうどん一玉をまとめて一本にしたような麺だ。それだけ太いと中まで火が通っていないか外側だけ煮すぎて溶けてそうだが、弱火でじっくり1時間煮込み続けるらしく、麺の外から中までほぼ均等に茹で上がっているうえ、しっかりツルツルのうどんになっている。重さも相当なもので箸でつかむというよりは持ち上げるといった感じだ。あまりの重量感と長さのため途中で切ってあり、実際に頼むと椀には半玉分ずつ2本入っている。
と説明すると、荒川 麻紀よりも男子たちが盛り上がり、それこそ早食い競争だとか大食い競争だなどと息巻いている。そうこうしているうちにバス停に着くとちょうど50系統のバスがやってきた。13人も乗れば窮屈かと思ったが、バスは都合よくいわゆる「ラッシュ型」だった。
入口の中扉からステップを上がった後部側の座席が、ここまで乗ってきた2人掛けが並んでいるのではなく、1人掛けが並び通路が広くなっている。なのでドアが開くなり僕はとりあえず全員後ろへ行くように声を掛ける。座席は埋まっており前側には立ち客数人いるほどなので、すぐ降りるとはいえこの人数を前側に立たせると迷惑この上なさそうだったので後部が広いのはありがたい。
バスが走り出すと「次は上七軒」と放送が入る。上七軒は、京都の花街では最も古く、室町時代に北野天満宮の造営に使った残木で、7軒の水茶屋を作ったのが起こりとされている。毎年春、上七軒歌舞練場で芸・舞妓たちによる北野をどりが催される。女子たちはそれを聞くやいなや、芸・舞妓たちが歩いていないか探しているのが面白い。
上七軒バス停を出ると、東雲 舞がお昼ご飯候補のラーメンについて聞いてきた。東雲 舞本人は親子丼を希望したがやはり一本うどんのインパクトからラーメンも奇抜なのかと期待したようだ。
確かにうどんは「珍しいうどん」と紹介したが、ラーメンの方は「僕がお気に入りのラーメン」であって奇抜さも何もない・・はず。
とは言え、京都のラーメンの定番らしい(誰が決めたんだか)豚骨醤油、背油の入ったコクとトロミのあるスープにストレート細麺がよく合う。またチャーシューは大判でトロトロなので箸でつまもうとしても崩れてつまめない程。北野天満宮からは今出川通を走るバスで5分、バス停を降りて路地を北に少し入るとお店がある。と説明すると、空腹も手伝ってか全員、目がチャーシューになっている。
しかし、今回は残念ながら?御神籤の結果、親子丼になったのでお預けとなった。とりあえず、次の「千本今出川」で降りるので降車ボタンを押す。東雲 舞たちはバス一日券の使い方はもう大丈夫だが、心配なのは1班だ。本日3本目のバスではあるが、日付を見せるだけで良い事に気付いているかどうか確かめておかないといけない。案の定、全員気付いていないため一通り説明する。
女子に至ってはご丁寧に自分の定期入れに入れていたが、せっかく透明になっているのに見えているのは日付を書かない表面で、降りる時に出して機械に通すつもりだと言うので今のうちに裏返しさせておく。
信号待ちもあったので余裕を持って準備できたしこの人数でも意外にスムーズに降りる事が出来た。
さあ、いよいよお昼ご飯。老舗の親子丼だ。僕も久しぶりに食べるのでだいぶテンションが上がっている。というのは、ラーメンやうどんならば一人でも簡単に入る事ができるが、この親子丼は、店自体が厳格な鶏料理の老舗なので、気軽に入れるように設定された昼ご飯メニューとは言っても、一人で入るには敷居が高い。しかし、この人数で入って大丈夫なのか?さすがにうるさ過ぎると追い出されそうな気もするが、やはり京都、西陣の代表格の店なので行っておいて損はないはずだ。
欲を言えば今出川通を直進して今出川浄福寺というバス停まで行きたかったのだが、北野天満宮前バス停のバス接近表示器では千本今出川で右折する50系統しか来ている様子が無かったため1バス停分歩く事にした。千本今出川交差点を北へ渡り、さらに1本北の路地へ入る。その時点で京都の町屋らしい旧商店などが立ち並ぶ。ここら一帯を西陣と呼び、1467年の応仁の乱で山名宗全がここに西の陣を置いた事に由来し、乱の後は、避難の為に各地に離散していた織物職人らがここに戻り織物業を再開した。
また、西陣は日本初の映画館が出来た場所でもあるらしい。
そんな話をしながら鶏料理の老舗へと13人の大所帯で歩いて行った。
1班との終戦契約も完了し、ようやくゆっくり京都観光出来る事になった僕たちは、ひとまず腹ごしらえという事で、北野天満宮付近で僕が知っているお昼ご飯、「1本うどん」「ラーメン」「親子丼」の3択を御神籤で決めた。京都西陣と言えば高級織物西陣織。そんな有名なこの場所で食べる親子丼とは?