1周目 修学旅行その2
京都駅でバスの写真を撮った後、しばらく行ってなかった山越操車場に市バスで行ってみようと思った矢先、修学旅行の班別行動で、先にバスに乗っていった1班よりも早く金閣寺に行きたいという東雲 舞たちの班に急行バスが早いというアドバイスをしてしまったばかりに、同行させられることになってしまった市バスマニア、神崎。「急行 二条城・金閣寺EXPRESS」とはどんな路線なのか?
「二条城・金閣寺EXPRESS」は定刻で京都駅前を出発し、駅前ロータリーを左右に方向転換しながら抜けていく。当然、立っていると左右に体を振られて近くの人に倒れ込みそうになる。そのため、必死に手すりに摑まっているのだが、僕をこのバスに乗せた張本人である東雲と呼ばれた女子高生は、2人掛け席の窓側に座りながら「隣が空いてるよ」と手招きしている。
グループの他のメンバーは、それぞれ隣同士で「案内?」「どうゆう事?」「ていうか誰?」などと僕と東雲を交互に見ながら怪しんでいる。
そんな視線を無視してか東雲は続けた。
「良いから座らないと、他のお客さんに迷惑だよ。」
自称バスマニアとしては、やはりバスのお客さんや運転士さんに迷惑を掛けたくないので、素直に手招きされた東雲の隣に座る。するとこう切り出した。
「私たち、修学旅行で京都に来た赤岩県立鳳鳴館高校の2年生で、私は東雲 舞って言います。そっちの席の通路側の子が荒川 麻紀、|で窓側に座っているのが宮村 久美です。あとは男子です。」
紹介された女子2人が軽く会釈しながら「誰この人?東雲さんとどういう関係?」という視線を送ってくる。
「おい、男子は省略かよ。てか、だからそいつ誰だよ?」
最後尾に座っている男子3人のうち真ん中に座っている見るからにサッカー部のような日焼けとツンツン頭が目立つ男子が文句を言う。僕の事を初対面なのだがそいつ扱いだ。まあ彼らにとっては不審者でしかないので無理もないが。
「しょうがないなあ、今の失礼なのが栗田 豊、で私の後ろが喜多 公二、で、一番向こうが大江 知樹・・・だっけ?」
男子が紹介された順に一応会釈してくるが、最後の大江君だけ「だっけ?」と付けられて会釈したままガクッと前の席の背もたれに突っ伏した。
それにつられて東雲 舞の後ろに座っている喜多 公二が吹き出し、栗田 豊が笑いながら大江君の背中をたたく。それを見て女子もクスクス笑っている。不審者を見定める空気から一気にいつもの同級生グループの空気に戻ったようだ。
それを見て東雲 舞が続ける。
「今日は1班には負けたくないとか言ってたのに、いきなり大江君がトイレに行って205番に乗り遅れたよね。でもすぐにこの人が、もっと早いバスを教えてくれて今それに乗ってる。私が見た所、この人は京都に詳しいと思ったから少しの間だけ案内をお願いしたの。」
僕は一言も了承してないぞ。と思っていたら栗田 豊が反論した。
「先生が自分たちで考えたルートを自力で調べて行けって言ってたのに、案内役とか良いのかよ?」
もっともな意見だ、そして僕たち京都市民が満員のバスに乗せられる最たる理由だ。
彼らは事前に見学する場所を回るルートを、授業なりなんなりで下調べして来るのだが、どのグループも同じような時間に同じような場所を同じような工程で回る上、予め調べてきたルート以外のバスは乗らないので、同じ方向でも行先が違うバスが来るとガラガラなのに、彼らの目的地行きのバスは複数の班が殺到するためスシ詰め状態なのだ。
だが東雲 舞はこう返した。
「だから自分たちで地元の人に聞いて教えてもらうんでしょ。自力で調べるには地図を見るだけじゃなくて地元の人にも積極的に聞けって先生言ってたし。問題ないよ。」
この答えに栗田 豊だけじゃなく、全メンバーが目を丸くして納得した。
(なんだよこの子、説得力と行動力半端ねえ)
さらに追い打ちをかけるように栗田 豊が後ろから僕の背中を叩きながら言った。
「そういう事なら問題ねえ、とりあえず金閣寺に1班より早く行けるんだよな。見てろ、乗り遅れた俺らを見て笑いやがったアツシやケンジに一泡吹かせてやる。」
うわー、完全にタメ口だよ。しかもなんなの?このプレッシャー。
僕は今日は本当なら一人で山越操車場に行ってバスの写真を撮る予定だったのに。
「あ、あの、お菓子・・食べます?」
はい?
通路を挟んで反対側の2人掛け席から荒川 麻紀がチョコレート菓子を差し出しながら恐る恐る言ってきた。高2というよりは中1みたいな幼顔、髪はショートカットとというより、おかっぱ頭だ。はじめはこの席に座っていたが東雲 舞が空けてくれと頼み込んで譲ってくれた子だ。
見ず知らずの地元民との親睦を深めるため勇気を振り絞って出したお菓子のようで、さすがに断るのも空気を悪くしそうなのでありがたく頂く。
「ありがとう、良いの?」
「はい、たくさんありますから。スゴイですね、京都に住んでるなんて。」
天然なんだろうか?京都に住んでスゴイなんて思った事はない。けれども、京都検定3級も取ったほど、京都の街も好きなので少し嬉しくなる。
「たまたま生まれたのが京都だけだっただけで何もしてないよ。」
と返したが、やはりこれで話が終わってしまった。その時ちょうどバスは右折をして、いよいよ片側3車線から4車線もある堀川通に入った。「京都駅前」を出て次のバス停は「西本願寺前」だ。このバスはここから「北大路堀川」まで約6㎞を一直線に北上する。途中この「西本願寺前」と「二条城前」にしか止まらないのだ。
「うわ、広っ!」
それぞれが窓の外を見ながら驚いた声を上げる。そして右側には漬物屋、左側には興正寺と西本願寺が見えてくる。
「でかっ!」
高校生にかかればどんな立派な門構えの寺でも感想は一言で片付けられてしまうようだ。
西本願寺前バス停には数人の待ち客がいたが番号も付いてない急行バスに戸惑っているうちにバスは発車してしまった。
すぐに「次は二条城前です」との放送が入る。放送の終盤には「二条城前を出ますと次は金閣寺道まで止まりません。」と流れ、またもや栗田 豊が雄叫びを上げようと、「よっ・・。」と言いかけたところで宮村 久美がすかさず、
「栗田、うるさい」
と一蹴した。宮村 久美は陸上部が似合いそうな運動部系で、髪はまさにショートカット。
程よい日焼け具合と厳しい部活で鍛えられてそうな目力が男子を圧倒するには効果的のようだ。
「で、あなたは?」
と、栗田 豊を叱りつける為にこちらを向いたついでに僕にこう尋ねた。
「あ、僕は神崎 良馬。一応、生まれも育ちも京都市で、市内のバスや鉄道路線なら大体わかります。あと、京都検定3級も持ってます。よろしくお願い致します。」
と、まるで就職活動というよりはバイトの面接のようで、おおよそ年下の高校生相手にしては丁寧な自己紹介になってしまった。すると背後から、
「えー、神崎さんすごい。京都検定3級持ってるなんて完全にガイドさんじゃない。」
と東雲 舞がお世辞見え見えで誉めてくる。さらに栗田 豊がまたもやタメ口で
「神崎やるじゃん、今日はもう勝ったも同然だな。」
と呼び捨てしてくる。確かに予定が有るわけではないので案内すること自体は嫌な訳ではない。むしろバスマニアとしての知識を披露する場でもある。が、そもそも御多分に漏れず内向的なバスマニアが観光案内などできるのだろうか?そう思っていたら、また東雲 舞が声を掛けてくる。
「この1日券なら市バス乗り放題なんですよね?」
と、修学旅行用と書かれた磁気カードを差し出して来た。
「いや、これは・・・」
と彼女から1日券を預かり裏返す。やはりまだ日付が入っていない。
市バスの1日券や2日券などの磁気カードは裏面に「有効期限」と書かれた赤枠がある。購入したてでは赤枠の中は何も記載がないが、1回目に降りるときに運賃箱にあるカードリーダーに通す。
すると赤枠の中に今日の日付(2日券の場合は明日の日付)が印字される。
これで、2回目以降はカードリーダーに通さず日付を見せるだけで良い。ここまでを東雲 舞含め全員に説明しておいた。
これなら降車時にどうすれば良いか分からず、もたもたしてバスを遅らせ運転士や他の乗客から白い目を向けられる事はなくなるはずだ。
バスは堀川御池の信号の先頭で止まるとちょうど左側には消防署があり、はしご車の訓練が行われている。やはり男子はそういう職業に憧れるからだろうか3人とも訓練の風景を憧れと感心の眼差しで見ている。
東雲 舞はすぐに視線をずらし、御池通北西側にある二条城に気付いた。
「あ、スゴい、二条城ですよね、あそこにあるの」
あとの女子二人は進行方向右側の席のため、座ったままかがみ込んで見ようとするが窓の開口部が低いため前方の交差点を走る車しか見えないようだ。
そのうちにバスが動き出し二条城の脇を通るが、ここから堀川通は片側2車線に減り、二条城に入るタクシーや観光バスで混雑する。二条城の入り口、大手門は最近修復され堂々たる姿で大勢の観光客を飲み込んでいる。窓側に座る東雲 舞や喜多 公二が喜びながらデジカメのシャッターを切っている。
ようやく混雑を抜けて二条城前バス停に着く。
外国人観光客が数名降りた他、乗車する人がいないので早々にバスが出発する。
「次は金閣寺道、金閣寺道です。」
と放送が入り、男子たちに不安が広がっていく。
「神崎よう、もう次が金閣寺って言ってるけど、そんなすぐなら追い付けねえんじゃないのか?どうよ?」
と栗田 豊。もうこいつ完全に呼び捨てタメ口だなあ。
もう半ば諦めてそのまま答える。
「このバスは急行で通過するバス停が多いから次がもう金閣寺なだけで、まだ20分近くかかるし、京都駅から金閣寺までは205で43分、このバスだと31分で行けるねん。で、205は5分先に出たから、一応、7分先につくはず・・。」
というとみんな納得し、栗田 豊なんかは205系統を抜くときに1班のやつらをからかってやろうと左窓側の席に座る喜多 公二と席を替わっていた。この急行と205系統は全然違うルートを走るから抜くことはないんだけどあえて黙っておく。
バスが堀川下立売交差点で信号待ちで止まったと思ったら、東雲 舞がまた何かを見つけた。
「ちょっ、ちょっと神崎さん、和菓子屋さんで魚も売ってるの?」
「え?そっち?」
僕はてっきり堀川下立売交差点北西角にあるスーパーマーケットの事だと思ったら、南西角にある和菓子屋の店前に掲げられた「あゆ」と一言書いた看板だった。
「あゆ」は手焼きの生地に、白玉粉や餅粉に砂糖や水飴などを練り込んだ「求肥」というものを挟んだ初夏限定の和菓子のことだ。形は細長く、魚の目や鱗のように焼き印があり、ちょうどこの時期くらいにアユ漁が解禁になる事もあってか「あゆ」という商品名になっている。
店の前には「あゆ」とだけ書かれた看板が出ていれば知らない人は魚が売ってると思うのだろうか?
東雲 舞にそう説明し、さらに有名な餅アイスに入っている餅というか餡みたいなのがそうだと説明すると、家族へのお土産第一候補にランクインしたようだ。
そのついでに、同じ交差点北西にあるスーパーマーケットも紹介しておく。
京都市には景観条例というものがあって、建物の外観や看板の色彩、電飾など京都の町並み景観を維持するためデザインを事細かく制限している。
例えば屋根は必ず勾配屋根で日本瓦やを使うか金属屋根でも日本瓦風のデザインにしておかなければならない、色彩も明るいものはダメなどがあり、コンビニやハンバーガー店など有名な全国チェーン店なんかも店舗や看板の色が京都市内と市外で違うものになっていて、市内中心部ではカラフルなはずのコンビニの看板が完全に白黒だったりする。
特にこのスーパーは最たるもので、一見すると江戸時代の土蔵付き商家にしか見えない徹底ぶりで、入口が自動ドア、さらにその奥にはエスカレーターも見える。れっきとしたスーパーマーケットなのだ。
これも写真を撮ろうとしたようだが信号が替わりバスは容赦なく加速して行くので写真に撮る暇がなかったようだ。
左手に銀杏並木と商店街、右手には堀川とその堤防に柳並木が見事な堀川通をさらに上がって行く。いよいよ例の名所が近づくので早目に伝えるべきだろうと東雲 舞の方を見ると、当の本人は他に面白いものがないか窓の外を見ている。
「もうすぐ左側に晴明神社が見えてきます。あ、でもその前に右側に一条戻り橋があるから、そっちを先に見た方が・・・。」
と、東雲 舞に慣れない市内ガイドをしようと思ったものの、二条城前を出てからバス停に停まっていないので車内客の動きが無く、いつの間にか誰も話をしていない。
エンジン音以外聞こえないようなこんな状況では、どのように切り出して良いか困惑しながら口を開いても、まともにガイドできるわけがなかった。
東雲 舞は、話こそ聞いてくれているようだが、どれから見ていいか困ってしまったようで目を丸くしている。そんな中、意外にも通路を挟んで反対側に座っている荒川 麻紀から助け舟が飛んできた。
「晴明神社って、陰陽師の安倍晴明ですか?え、映画じゃなくて本当にいたんですか?」
と、荒川 麻紀から質問が返ってきた。確かに映画もあったけど実在してましたから。
一条戻り橋は伝説から逸話までネタは多すぎるのだが、安倍晴明が絡むなら使役していた式神を隠していたというのが有名どころ。他に有名人として千利休が豊臣秀吉に処刑され晒し首にされた場所とも言われる。
などと、助けてくれた恩?を返すかのように、京都検定を取るときに勉強したことを惜しげもなく披露していると、当の一条戻り橋も晴明神社も通り過ぎてしまっていた。
「急行 二条城・金閣寺EXPRESS」はほとんどのバス停に停まらないものの、沿線には京都ならではの見所がたくさんあった。しかし、肝心の1班が乗る205系統とは道が違うため、どのくらい差があるのか見当もつかない。本当に京都駅で5分先に出発したバスよりも速く金閣寺に着く事ができるのか?