濱 一郎太の秘密
「あ、今日これから第一世界に行くから」
まるでドライブに誘うかのように軽く言う一郎太。
3日前にカイトの初仕事が終わったばかりだというのにまた現われたのか厄介なのが、という心の声を見事に顔に表わしているアスカは、
「また何か出たの?」
「いや、実はね......」
つまるところ、第一世界には悪霊が溜まりやすいスポットのような場所が存在していたらしく、その場所がご丁寧にも地図付きでタレ込まれたというわけらしい。
「今まで僕たちが見てきた対象は、殆ど全員がこの場所に立ち寄った、或いは付近を歩いていた、という事が判明したらしい。だからそこに行けば一気に危険な芽を潰せるかも」
「らしい、って誰から聞いたのよ?」
「そのうちに、ね」
一郎太は自分の得た情報は皆に開示するが、その情報源だけは例えアスカであろうとも決して教えない。おまけに少し頑固な面もあるのでこうなったら絶対に口を割らない。
はぐらかされたアスカは、追求を早々に諦め、
「その情報は確かなんですか?」
「もちろん。ちょっとだけバラしちゃうと、この情報を持ってきた人物は信頼できる人だからね」
それだけ言うと一郎太はいそいそと準備を始める。
アスカは一つ小さく溜息すると
「カイト君、私達も準備しよっか」
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第一世界、リターンズ。
前回と同様、幽霊列車に乗ってそして客車ごと置いていかれた3人は、もらった地図を頼りにスポットを目指す。
地図を見て先頭を行くのは一郎太だが
「ええっと、次の角を左に曲がって、それから二つ目の信号を右に進んで......」
先程からクネクネと行ったり来たりしている感が否めない。
本当に着くのだろうか。
そんな不安に、先に音を上げたのはアスカだ。
「もー!イチさんそんなで本当に着くの⁉︎さっきから行ったり来たりしてる気がすごくするんだけど!」
「だ、だだだ大丈夫だよ?だって地図あるし?この通りに進んでいるし?」
動揺しまくってるじゃないですかイチさん。
ちなみに今更だが、「イチさん」というのは一郎太の別称だ。
名前が原因でこの世界に来た一郎太は自分の名前を毛嫌いしていた為、アスカがあだ名として名付けたのが始まりとなる。
カイトも一郎太の事はイチさんと呼んでいる。
「あ、あそこだ!ようやく着いた......良かった......!」
一郎太が歓喜の声を上げる。
彷徨っていた時間は実に1時間。地図によれば到着予想時刻は15分。
「......45分、僕達は」
「やめてカイトくん!僕の心が容赦なく折れていくからそれ以上は!」
ボソッと皮肉を言おうとしたらそれが聞こえていたらしい。地獄耳だ。
「と、とにかくなんとか着いたから良し。そこの角を曲がればいるはずだから、油断は禁物です」
気を取り直す様に言う一郎太。
無言で気を引き締めるカイト。
......白目向いて疑ってやらないでよアスカさん。
三者三様に各々気持ちを抱えて曲がり角を目指す。
簡単に言えば、裏路地の更に奥にある人気が全くない通路に霊がいるというだけの話だ。
さっさと3日前のように片付けて第三世界に帰ろう。
するとアスカが
「スポット、って言うくらいだからどれくらいいるんでしょう?一体くらいならいいけど」
「アスカくんアスカくん。それ、俗に言うフラグって奴だからあまり言わないで?」
そんな軽口を叩きながら角を曲がると、
霊がメチャクチャ大量にひしめき合うように漂っていた。
「「「ちょっ、多⁉︎」」」
類義語を大量に使ったのはそれだけたくさんいたのだとご容赦頂きたい。
見事にフラグ回収を果たした3人は深呼吸しながら後ろへバックする。幸いにも霊には気づかれていなかったようだ。
まあもちろん、
「多すぎでしょ!なんであんなにいるの溜まりすぎでしょ現世でなんか怪しげな霊能者って輩偶にいるけど本当に霊能あるなら感知できるだろあの量じゃってかなくても感知出来そうだわあんなの!」
それ以外は全て幸いにじゃないのだが。
「と、とにかく皆、一旦落ち着こう」
全員とりあえずその場に座る。誰も見ていないし、というか見えないし、躊躇なく腰を下ろす。
「僕がさっき見た限りだと、個々の力はそこまでな気がする。アスカくんは1人で大丈夫だね。カイトくんは僕と行動しよう。危険だと判断したらすぐに逃げて。これだけは守ってくれ。約束だ」
カイトとアスカは共に頷く。
「よし、では行こうか」
3人は立ち上がり、再び霊の群れに対峙する。相変わらず数の暴力でこちらの心を折りにくるが、今はそんな場合ではない。この霊達を倒さなければ、第一世界にいる人々に被害が及ぶ。
「『変幻』」
カイトは懐から厚揚げを取り出し、それを口に放り込む。途端にまたどこから出て来ているのか分からない煙に包まれ、衣装も変わり、頭から尖った耳が飛び出てくる。
煙が開けると、霊達が一斉にこちらを向いている。どうやら先の煙で気づいたようだ。
アスカの姿はいつのまにか隣から消えていた。
「さ、ぶちかましてやれ」
一郎太の合図の後懐から呪詛札の一枚を取り出し親指から滴る血を縦断させ、厨二臭い文言を詠唱する。
「『其の実は光、其の役は槍。相対する霊供を断罪する聖槍を我が手から射出せよ』」
右の掌を霊達に向けて札を指で挟んで詠唱すると、札が淡い光に包まれその形を崩していく。その光は掌の真ん中で凝縮され、球体になる。「射出せよ」の文言を言い終わると同時に、その光は尾を引いて真っ直ぐに、まるでレーザービームのように発射された。
その光に胴体を貫かれた霊達は、
「━━━━━━━━━━━━━━ッ!!」
と、言葉にすらならない悲鳴を上げて黒い靄に変わる。
今の攻撃で、大量にいた霊の半分が消し飛んだ。
「やるねぇ!すごいよホント」
一郎太が称賛の声を上げる。
「じゃあこの調子でどんどん......ん?」
一郎太は違和感を感じて上を見上げる。
そこには、今消し飛ばした分の靄が一箇所に集まり、そこで混ざりあっている光景が広がっていた。
「......あれは...?」
「よく分からない。注意して」
その靄は段々と大きくなっていきそして、その靄の中から新たに霊が誕生した。今までいた人間サイズの霊よりも遥かに上回る身長の霊で、何やら上半身は人間、下半身は植物で覆われたモンスターのような形をしていた。
「まさか......霊の死骸から霊が.........ッ?」
どうやら一郎太も見た事がない新手のようだった。
「......イチさん」
「......できる限りの事はやってくれ。この現象は僕も見た事がない。でも相手は霊。しくみは同じはずだ」
その一郎太の言葉に応えるように、先程と同じ詠唱を繰り返し、モンスター型の霊に向けて放つ。
しかし、
「.........ッ!」
「なッ......貫通しなかった......っ⁈」
そう、カイトの手から放たれた光の槍は霊に直撃はしたものの、かすり傷が付いた程度で大したダメージにはなっていないように見えた。
「━━━━━━━━━━━━━━ッ!!!!!」
モンスター型の霊は咆哮すると、下半身の根っこの部分からツルを伸ばし、カイトを壁に叩きつける。
「ガ...ハ......ッ⁉︎」
「カイトくん!」
ツルはそのまま一郎太の元へ向かい、身体に巻きつき、地面にしたたか叩きつけられる。
「グ......ッ...」
こんな事は初めてだ。
今までは霊達が反抗してきても能力の力で潰せばよかった。そのくらい弱い奴らでしかなかった。だがコイツは違う。まさに、さっきカイトくんが倒した霊達の力の集合体のような......!
コイツに勝る力。あることにはある。でもカイトくんの前でこの姿になるのは得策ではない。でも、そのカイトくんを助けてやる為には。
......予定より早いけど、しょうがない、かな?
怖がらせるかもしれない。隠し事をしていたのかと責められるかもしれない。でも今はこの状況の打破、つまり、
カイトくんを大人の僕が守り通す事が先決。
ならば、何を迷う事があろうか。
一郎太はなんとか立ち上がると、一言呟く様に言う。
「『変幻』」
一郎太がそう言うと、彼の身体の部分部分が黒い靄に包まれる。
顔の半分、右腕、右手、左脚、左肩、背中。
その黒い靄が晴れるとそこには、禍々しいまでの装甲が身につけられていた。顔の半分はそれを隠すマスクに覆われ、腕や脚には獣の鱗のようなプロテクターが付けられ、腰にはホルスター、背中には超大型の鎌を背負っていた。
カイトは自分の目を何度も疑った。
確かに一郎太が能力持ちじゃないとは聞いていない。だが、あの禍々しい雰囲気を醸し出しているあの装甲や武器。それはまるで
死神。
変貌した一郎太を見た霊の反応は目に見えてわかるようだった。
息を呑み、何かに怯えるように呻き声を上げて、攻撃の手が止む。
その隙を逃さず、一郎太が動いた。
背中の鎌を取り出し肩に担ぎ、霊に向かって走り出す。
霊もすかさずツルで応戦しようとするが、鎌の前に応戦もなにもない。一本も残さず切り落とされ、あっという間に距離を詰める。
「━━━━━━━━━━━━━━⁉︎」
一郎太は霊の前で突然高く飛び、鎌を大きく振りかぶって構える。
「ソォラ、ソノクビヲサシダセくそショクブツ!コノカラダトかいとニテヲダシタツミハオモイゾ!」
いつもの一郎太とは似ても似つかない話し方。
どこか相手に恐怖を植え付ける声。
乱暴な言葉遣い。
全てにおいて一郎太とは真逆の「能力」。
一郎太は大きく振りかぶった鎌を躊躇せずにそのままモンスター型の霊に振り下ろす。肩に刺さった刃はそのままその身体を分断せんと下へ下へジワジワと進んでいく。
「——!——ッ‼︎」
霊は痛みを感じているのか甲高い音を発する。
だが、それを聞いても鎌の分断せんとする速さは衰えない。
「キサマノオカシタツミハ、死ヲモッテツグナエ。アガナエ」
遂に鎌は霊を真っ二つに分断する。
だが霊も意地があるのか、往生際悪く倒れようとはしない。
だがまたそこに、死神の無慈悲が降り注ぐ。
「テイコウセずに楽になりなさい」
ホルスターから取り出したレトロな雰囲気の銃で切り口に銃弾を埋め込む。
それがトドメとなり、霊は霧散して消えた。
カイトはこの一連の流れをただ黙って見ていた。
一郎太がこちらに近づいてくる。先程まであった装甲はいつのまにか消えている。
「......怖かった、かい」
一郎太のその不安そうな声に、カイトは思いっきり、
「ううん。かっこよかったです!イチさん」
首を横に振って素直に感想を口にする。
一郎太は驚いた表情をして、けれどすぐにホッとしたように、
「そうかい。なら、よかった。どこか、ケガはないかい?」
いつもの優しい濱 一郎太に戻った。