初仕事
「......飽きました」
「......これまた唐突な。とりあえず、何に飽きたのか聞いていいかな?」
カイトは手に持っていたソレを一郎太に見せつけるかのように掲げる。
カイトの持っていた「ソレ」は
「......厚揚げの味飽きました」
「だよねぇ。やっぱこの短時間に死ぬほど食べてたらそりゃ飽きるよね。でも、この過程がないとうまく出来ないというか」
事の顛末はこうだ。
かの幽霊列車に乗って第一世界入りを目指した新生復讐課の3人。無事第一世界に入ることに成功したが、下車の方法がまた雑だった。客車ごと蒸気機関車から切り離され、そのまま置いていかれたのだ。一郎太曰く「呼べばちゃんと来る」との事だったので、客車が切り離された時に肝を冷やしていたカイトが安堵で腰を抜かしそうになったのは本人だけの秘密だ。
さて、第一世界に入ったからといってもそう易々と目的の霊が見つかるわけでもないので、アスカが情報を集めている間にカイトの「能力」について双方が詳しく知る為にその発現の仕方を模索することにした。
やはり狐らしく油揚げを食えば出来るんじゃないか、という適当極まる一郎太の発言を信じやってみると、本当に狐の亜人になれたのだから2人共ビックリだ。だがその姿を保つのにもコツがいるらしく、最初はものの10秒で人の姿に戻ってしまった。そして、そこで一つ問題が発覚する。
カイトが、油揚げが好きじゃない、ということ。
ならば代替品を、ということで油揚げの前身である厚揚げを食べさせてやってみたところ、難なくクリア出来た。そして、カイトと一郎太の能力開発プログラムは果たして開始された。
......のだが。
ここで冒頭につながる。
「でも、他に代替品なんて思いつかないしねえ」
「......大豆製品ならいいのでは」
「じゃ、試してみよっか」
納豆、豆腐、醤油、味噌......
割愛して結論だけ言うと、ダメだった。
「ま、まあ発現は出来た訳だし、取り敢えず第一段階はクリアってことにしよう。じゃあ次。その懐に入ってるお札、『呪詛札』について僕が知ってる事を話そう」
簡単に言えば、『呪詛札』はカイトの霊に対する対抗手段そのものだ。札にはそれぞれ「役」があり、その役に応じて相手に攻撃したり防御したり。いわば万能なお札。
「でもこの札、縦にビーっと血を付けないと効果が発動しないんだよねえ」
それが一種の鍵の役割を果たしているのだという。
「だから、血を出す必要がある。けど、痛そうだから今日はしない。本番でその威力を体感するといいよ。さて、そろそろ......」
一郎太がカイトの後ろの方を見て口角を上げる。
振り返ると、どうやらアスカが戻ってきたようだ。
「そろそろ、お仕事始めますかね」
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「対象はこの裏街道で暮らしているとの事。相談者の保険金が手に入った為、調子に乗ってパチンコ三昧の日々を過ごしていたらしいけど借金を作ってしまいそのまま極貧生活に突入した、と」
アスカが手早く説明を済ませる。
「うん、典型的なおバカさんだね。彼」
一郎太が流れるように結論づける。
まあカイトも同意見だけども。
「あ、補足するとこの一連の流れ、この人に取り憑いてる悪霊によるものだって」
「まあ、だろうね。こういうのには十中八九関わって来るからね」
アスカの補足を一郎太が肯定する。
そもそもこの情報はどこから仕入れるのだろうかと疑問に思ったが、聞いても教えてくれなさそうだと直感で感じカイトは黙って聞く。
「対象が今いる場所は把握してる?」
「うん、今はアパートで昼寝してる」
「してる暇があるなら仕事探せばいいのに」
一郎太はそうぼやきながら、
「じゃ、行こうか」
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「と、いうわけで到着」
何が「と、いうわけで」なのかイマイチよく分からないカイトだったが、とにかく対象が住んでいるアパートの一室の前に復讐課の面々はいた。
「じゃあ作戦の確認をするよ。僕とアスカくんで対象に憑いた霊を引き剥がす。どうせ暴れて逃げ出すだろうから、カイトくんは『呪詛札』でそれを阻止。そして第二世界送りにする。OK?」
アスカとカイトは同時に頷く。
人生初仕事。失敗しないようにしなきゃ、とカイトは気を引き締める。
「では、始めます」
一郎太はそう言って、迷わず玄関ドアに自分の身体を押し付けすり抜ける。不法侵入もいいところだが、第一世界で「幽霊」にカテゴリーされてるカイト達は物に触れる事自体が基本難しい。
なのでそこは、幽霊の特権を利用して不法侵入は目をつむる。
部屋に侵入したカイト達は対象が居間で眠っているのを見つけ、側に跪く。
「じゃ、いくよ。カイトくんは準備」
一郎太の指示で、カイトは懐から呪詛札を取り出し、構える。
一郎太はカイトの姿を見ると、再び対象と向き合い、右手を身体に突き刺した。
「......ッ!」
話には聞いていたが、やっぱり光景が光景だけに怖くなって来る。
一郎太の右手は確かに対象に突き刺さっており、中にいる霊を探り当てるように弄る。
しかし、
「おかしい......」
一郎太が呟く。
「どうしたの?」
「見つからない。どれだけ探っても、何も手応えがないんだ......もしかして.........ッ!」
その時、カイトの側を風が通り過ぎた。
後ろを振り返るとそこには......
「危ない!」
アスカがカイトに覆い被さり、霊の放った攻撃を躱す。
カイトの後ろにいたのは、カマイタチの姿をした霊だった。カマイタチは自分の攻撃が躱されたと見るや、外に飛び出した。
「追うんだ!」
一郎太の指示が飛び、とっさに反応したのはアスカだ。カイトも一瞬だけ遅れてアスカの後に続く。
カマイタチは軽快に飛んで、屋根に飛び移った。アスカも驚異のジャンプ力でそれに続く。アスカはカマイタチを追いながら下にいる2人に向かって指示を出す。
「イチさんはカイト君を連れて突き当たりの廃ビルまで行ってください!カイト君はそこで呪詛札の準備を!」
アスカはそう指示するや否や、姿が建物の陰に隠れて見えなくなる。一郎太はその指示を受けてカイトの手を取り「行こう」と言って駆ける。
「......アスカ...ハァ......さんは......ッ?」
カイトは息切れしながら尋ねる。
「アスカくんの事は心配いらない。それより、僕達は僕達の仕事を果たそう」
カイトを横目に見ながら一郎太は冷静に返す。
廃ビルの中は凄惨としていて、紙やらゴミやらが散乱していた。閉じられているドアをすり抜けながら屋上までなんとか辿り着いた2人は、そこからアスカとカマイタチの霊の姿を探す。
アスカの姿は無かったが、カマイタチの霊が屋根の上を伝いながら2人のいるビルに入っていくのが目に移った。
「カイトくん、君の出番が来たよ。呪詛札でカマイタチを潰せないか」
「......でも、相手は屋内に」
「あ、僕達の攻撃は基本すり抜けるから大丈夫。だって幽霊なんだもの」
言われてみればその通り。
カイトは懐から呪詛札と厚揚げを取り出し、食い飽きた厚揚げを一口齧る。
『変幻』
その一言でカイトの姿は狐の亜人へと変わる。身体がどこから発生しているのか分からない煙に包まれ、耳が飛び出て尻尾が生える。ついでに何故か衣服までも巫女装束のような格好に早変わりする。手で煙を断ち切り、その姿を顕にすることで「狐人カイト」は誕生した。
発達した犬歯で親指の先を少し切って、そこから出てきた血を呪詛札に思いっきり付け縦断させ、その札を前に掲げる。
『其の実は光、其の役は狙撃、相対する者の元へ飛びその罪を断罪する弾を我が指先に顕現させよ』
側から聞いていれば厨二臭いことこの上ない文言を吐き、掌に意識を集中させる。
するとそこに、赤、青、黄、白、黒の光を放つ小さな弾が顕われる。
その弾はカイトの人差し指の前で円を描き、放たれる時を今か今かと待っている。
カイトは手を銃の形にし、床に狙いを定める。
そして手首を軽く捻り、撃った。
色とりどりの弾は順番に放たれていき、床に沈んでいく。
しばらくすると、下から「ボンッ」という音が響いた後、黒い靄が空に溶けていった。
「お疲れ様。よくやったよ」
一郎太が朗らかな表情を向ける。
カイトには、いまいち実感がなかった。
「......本当に?」
「うん。だってさっき、黒い靄が出たでしょ?あれがカイトくんに撃たれたカマイタチの言わば抜け殻みたいなものだね」
「......そうなんだ」
その時、フッ、と身体全身から力が抜けてその場でカイトは崩れ落ちてしまう。
「......あ、あれ...?......なんで......」
「慣れない『変幻』で力を使い尽くしちゃったんだろうね。暫くしたら体力は戻るから、そこで寝ていなさい。本当お疲れ様」
カイトはその言葉を聞いてホッとし、そのまま目を瞑る。
カイトの初仕事は、これで終了。
結果は、大成功。