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6 無自覚なので

 今日は休みなので、アランは庭の椅子で本を読んでいた。

 軍出身の用心棒という武骨な仕事をしているが、実は恋愛絵物語が好きだ。大好きだ。大きな声では言えないし、小さな声でも言いたくはないが。


 きっかけは上官だったグンネルに恋愛絵物語を押し付けられて、感想を求められたことだった。

 絵物語だから、やたらと挿絵が多い。

 しかも至近距離で見つめあったり(互いに目にゴミでも入ったのを確認してるのか? それとも相手の吐く息を吸う特殊性癖でもあるのか? と最初は思ったものだ)とか。

 お姫さま抱っこでヒロインを抱き上げるヒーローとか(そんな細腕で軽々と抱えるなんて無理だろ、王子、鍛え直して来いと何度もツッコミを入れた)

 まぁ、要するに最初はまったく興味がなかった。


 だが、いつの間にかはまっていた。不思議なものだ。

 とはいえソフィに見つかると、さすがに恥ずかしいから、革のカバーをかけて隠しているのだが。


「う、嘘だろ。なんでヒロインを捨てるんだ。こんなにも健気に愛されてるのに。お前、男の風上にもおけないぞ」


 絵物語に夢中になったアランは、身を乗りだして本に顔を近づけた。


「そうかよ。あー、そうですか。お前はそういう奴なんだな。結局地位が一番なんだ。愛情とかどうでもいいんだろ」


 下衆なヒーローに悪態をつきつつ、アランは舌打ちをする。


「なぜ、ヒロインを冷淡に扱わない、温和で優しいヒーローを描いた絵物語がないんだ?」

「そういう恋愛ものはドキドキがないし、需要ないと思います」


 突然声をかけられて、アランは固まってしまった。


 見られた? 恋愛絵物語を読んでいる姿を?

 恐る恐る顔を上げると、眼前には見覚えのある赤毛の少女が立っていた。ソフィの友人のクラーラだ。

 うちに遊びに来ることも多いし、不本意ではあるが書店で何度か出会ったこともある。


「それ、この間買ってた『偽りの花嫁』ですよね」

「……なんのことだ?」


 アランは平静を装った。クラーラは帽子をとりながら、本を覗きこんでくる。それまで帽子で押さえられていた赤毛が、ぼわっと膨らんだ。


「大丈夫。ハッピーエンドですよ、ヒロイン幸せになりますから。それからソフィには黙っておいてあげます。あの子、夢見がちですからね。おじさんのそんな姿、見せない方がいいですよね」

「……君は何をしに来たのかな?」


 ソフィを育てるまで、アランは子どもと接する機会があまりなかった。ソフィは年齢の割にませていると思っていたが、実はそうでもないのだろうか。


「こんな紙が貼ってあったんで。まぁ、関係ないとは思いますけど。一応」


 クラーラが差しだした紙は、土ぼこりで汚れたのかざらっとした手触りだった。

 記されているのは『エルヴェーラ・キルナ嬢の情報を求む』だ。しかも情報提供者には、謝礼を与えると書かれている。


 心臓を鉤爪で鷲掴みにされたかと思った。一瞬にして、額に冷や汗が浮かぶ。

 落ち着け。動揺を悟られるな。

 己に言い聞かせ、瞬時に心を鎮める。もう十三年間も忘れていたことだが、軍人だった頃は感情を押し殺すことは得意だった。


「キルナというと辺境伯だな。隣国カシアに我が国の機密を流して、一族が滅ぼされた」

「学校で習いましたよ。なんでも赤ん坊だったエルヴェーラだけが見つかっていないって。だからどこかで生き延びているのかもって先生が言ってました」

「ふーん」


 興味なさそうにアランは振る舞った。

 大丈夫だ。この貼り紙はきっとプーマラだけではなく、ウェドの国中に貼ってあるだろう。ここにエルヴェーラがいると、ばれたわけではない。


「おじさん、用心棒なんでしょ。ほら、お尋ね者とか見つけないんですか?」

「あのな、クラーラ。おれは賞金稼ぎではないぞ。しかもこのエルヴェーラ嬢は罪人ではない」

「私もそう思うんですけど。テオドルが『裏切り者の一族の生き残りなら、こいつも犯罪者だな』って鼻息を荒くしてましたよ。もしプーマラに潜んでいるのなら、地主の名に懸けてエルヴェーラを捕まえるって」

「……またあいつかよ」

「なにか?」


 思わず洩らした言葉に、クラーラが食いついてきた。


「いや、何でも。ところでなんでこの貼り紙を俺に?」

「おじさんにっていうか、ソフィに持ってきたんですけど。エルヴェーラ嬢も、ソフィみたいな銀髪だったっていうじゃないですか。テオドルに絡まれないように気をつけてって言いたくて」

「なるほど。ありがとう」


 用事は終わったはずなのに、クラーラはまだ立ち去ろうとはしない。ああ、そうか。ソフィが帰ってくるのを待ってるんだな、とアランは気付いて彼女を家に招き入れようとした。

 だが、クラーラは応じない。

 若葉のような色の瞳で、アランをじっと見上げてくる。


「ソフィが、おじさんの話ばかりするんです」

「そうか。あいつは親離れというか……保護者離れができていないからな」

「そういうのじゃないと思います。だってソフィはおじさんに恋してるもの。私には分かるわ」


 はらり、と手にした紙が地面に落ちた。


「大人をからかうものではない。それにソフィは学校で好きな奴がいるんだろ」

「……いたら、どうします?」


 窺うようにクラーラが問いかけてくる。

 なんだ、この駆け引きめいた会話は。十三歳って、もっと幼いんじゃないのか? 

 アランは混乱して手で額を押さえた。


 自分が十三歳の頃は何をしていただろう。ああ、今のソフィみたいに教会学校に通ってたな。だが、そんな色恋沙汰めいたことは何もなかった。


(時代の差か? それとも俺が疎いだけなのか?)


 恋愛絵物語をたくさん読んでいるはずなのに。あれはあくまでも物語であり、自分のこととして考えられない。

 そんなだから、三十を過ぎても独身なのかもしれないが。


 ああ、でも俺よりもソフィのことを一番に考えてくれる女性でなければ、結婚などしたくはない……って、それはそれで相手の女性に失礼か。いや、ソフィを置いて結婚とかありえないし。


 無駄にぐるぐると考え込んでいるアランの足下に落ちた紙を、クラーラが拾い上げて手渡してきた。


「詳しいことはソフィ本人に聞けばいいですよ。あの子、素直だからきっと教えてくれます」

「好きな男子がいたら祝福もするし、応援もするぞ。もちろん相手次第だが」

「本当に?」

「当り前だ。テオドルみたいな奴は、やめておくべきだけどな」


 声がかすれているのを、気取られないようにするので精一杯だった。


 何なんだ、この気まずさは。学校に通っていた頃は男子ばかりとつるんでいたし、軍も男だらけ。グンネルは性別と趣味が女性というだけで中身は雄々しかった。しかもソフィも見た目はともかく、女らしさからは程遠い。


 クラーラのようなタイプに、アランは慣れていないのだ。


「まぁいいでしょう。それからこの国では銀髪って珍しいんですよね。ソフィは髪の色も年齢もエルヴェーラ嬢と同じですから。あらぬ疑いをかけられないように気を付けた方がいいですよ。おじさんとはれっきとした血縁で、伯父と姪なんですよね」

「なるほど。忠告しに来てくれたわけか。感謝する」


 探りを入れる湿っぽい話し方だが、クラーラは彼女なりにソフィの身を案じてくれているのだ。


 アランはクラーラの手をとって、自らの額の近くに持っていき、静々と頭を下げた。

 ウェドの軍人が相手に敬意を払う作法だ。アランの目を縁取る睫毛は意外と長く、伏し目がちにすると黒い瞳が愁いを帯びて見える。

 頭を上げると、なぜかクラーラは頬を染めていた。アランは顔にかかる黒髪をかきあげながら、首を傾げる。


「君も熱があるのか?」

「な、ないですよ」


 クラーラはアランに掴まれた手を、慌てて引っ込めた。アランが逞しいせいで、クラーラの手が華奢に見える。


「おじさん、無自覚だから困りますね。色気を振りまかないでくださいよ」

「なに言ってんだ。俺に色気なんかあるわけないだろ。ソフィなんか、伸びかけのひげが痛いってうるさいぞ」

「……触らせてるんですか」

「あいつが勝手に触りに来るんだよ、頬とか顎とか。まったく俺なんか撫でても楽しくなかろうに……おい?」


 クラーラは今度は顔ばかりか耳まで真っ赤にしていた。これは本格的に発熱だ。学校では風邪が流行っているのかもしれない。


「か、帰ります」


 上の空で呟きながら、クラーラがよろよろと歩きだす。


「送って行こうか」

「へ……平気です」


 右によろけては木の幹で頭を打ち、左によろけてはまた別の木で肩をぶつけている。

 本当に大丈夫か? あの子。


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