あの頃の僕ら
あたしは海のない、山と川ばかりのこの町に生まれた。
あたしが生まれたその日はとても暑い、夏真っ盛りだったらしい。
マンションの7階に家族3人で暮らしていたあたし達は、お隣に住む長谷川さんと仲が良かった。
そこの3人目の子ども。
それが湊だった。
湊はあたしが産まれて数週間後に生まれた。
同い年だったこともあり、あたしと湊は物心つく前からずっと一緒だった。
そしてひとつ上の階に住むアカネと、5階に住むアキトとはマンションの前にある小さな公園で出会った。
そしてあたし達は小学生になっても、飽きずに毎日のように一緒に遊んだ。
◇
「さーいしょはグー!じゃーんけーんポンっ!」
湊の声で一斉に手が出る。
グー。グー。チョキ。グー。
「じゃあオニはあーちゃんね!」
あーちゃんこと、倉橋茜はうんっ!と笑って数を数え始めた。
「いーち、にーい、さーん、…___。」
小学生になって初めての夏休み。
雲ひとつない青空があたし達の頭の、ずっとずっと上に広がっていた。
「___…じゅう!いくよー!」
そう言って茜は勢いよく駆け出した。
かけっこではいつも1番。
この前、小学生になって初めての運動会でも1番だった。
「はいっ、タッチ!あっくんオニね!」
あっくんこと、瀬戸秋人はあーあ、と声をもらした。
「あーちゃん、足はやすぎっ!」
そう言って秋人ははにかんだ。
「アキ、おんなに負けてやんのー!」
そう言って指差したのは湊で、すぐさま秋人は湊を追いかけた。
「ぜったいミナトつかまえる!」
「オニさんこちらー!」
そう言って湊はあっかんべー、っと舌をだした。
「まーた始まったね、2人のおいかけっこ。」
汗だくになった茜があたしの隣に並んだ。
「うん。どっちが勝つかなぁ。」
そう返したあたしに茜は、
「ミナトくんじゃない?足はやいもん。」
そう言った。
「んー、でもあっくんもはやいよー。」
あたしがそう言った時、公園の隅の方で湊が転んだ。
「「あっ!」」
あたしと茜の声が重なった。
「はい、タッチ!ミナト大丈夫?」
秋人は覗き込むようにしゃがんだ。
「いってぇー!」
そう言った湊の目は涙がこぼれそうになっていた。
それでもこぼすもんかと、一生懸命こらえていた。
「はい、タオル!水であらってこよ!」
あたしは湊にハンカチを差し出した。
立ち上がった湊のズボンについた砂を、秋人がポンポンっとはらった。
一緒に遊んで笑って、ときに喧嘩して涙して。
ケガした事さえもいい思い出で、ひとつひとつが大切だった。
公園にある水道の蛇口をひねった。
太陽の光が反射してキラキラと輝いていた。
水で擦りむけたひざを洗って、砂を落とした。
「まだ痛い?」
タオルで水を拭き取りながらあたしは湊に聞いた。
「ぜんぜん!」
すっかり痛みもなくなったようで、さっきより元気になっていた。
「ねーねー!誰か見てるよ!」
茜があたし達の住むマンションを指差した。
そちらを見れば3階のベランダからこちらを見る人影があった。
ベランダの手すりからやっと顔半分が出るくらいの、自分達より小さい子だった。
「男の子?」
「女の子じゃない?」
あたしの言葉に茜がそう返した。
「そんなことよりはやく鬼ごっこのつづきしよーぜ!」
男か女か、そんなことに興味はない、と言わんばかりに湊が口を開いた。
「足大丈夫なの?」
「こんなくらいなんともねーよ!はい、タッチ!マリがオニな!」
あたしの肩をバシッ!っと叩いた湊はそう言って走りだした。
「さっきアキにタッチされたから俺がオニだったんだよーだっ!」
湊が走りながら、顔だけこちらを向いて叫んだ。
「なにそれズルい!!!」
茜も秋人も走りだしている。
あたしもみんなのほうへ、駆け出した。
◇
それから夏休み最初の1週間、毎日のように公園で遊んだ。
鬼ごっこにかくれんぼ、すべり台に砂遊び。
いろいろな遊びをした。
そんなあたし達を毎日毎日、飽きもせずじっとみていた子がいた。
それは夏休み初日、茜が指差した"あの子"だった。
「あの子またみてるねー。」
あたしの声に木の枝で地面に落書きしていた茜が顔を上げた。
「ほんとだー!」
「あいつ、俺らとあそびたいんじゃね?」
湊がそう言うと、よしっ!と秋人が立ち上がった。
「あの部屋行ってみよーぜ!」
「え?知らない子の部屋行くの!?」
茜がそう言った時にはすでに、湊は走りだしていた。
「だって、気になるじゃん!」
そう言ってどんどんマンションの方へ走って行く湊を、あたし達は慌てて追いかけた。
◇