プロローグ
もう駄目だ。せめてあの夜強がるのではなく、女子を抱けば良かった。
敵戦艦が目の前に迫る。この爆撃機は想像していたよりもずっと早い。お陰で出撃前あれ程憎たらしかったメリケンの国旗が、今では金剛様よりもデカく見えやがる。
くそ、ハッキリと手の震えが、馬鹿でかい鼓動が感じ取れる。こんなにキツイのか、死とは。全身の毛穴から汁が出てる。漏らすものはとっくに出切っている。身体中の水分が抜ける感覚。せめて火薬を湿らせるなよ。
ああ、故郷に残した父よ、母よ。愚息、神童典行シンドウノリユキはお国の為に鬼畜の畜生を沈めて参ります。ええ、この命に代えてでも。
父よ、母よ、先立つ不孝をお許し下さい。手紙には勇しきことを書き連ねましたが、今は死の恐怖に完全に食われ申した。
あの世で待ってるとは申しましたが、叶わぬかも知れません。あの艦を沈めれば一体何人殺せるか。それとも失敗するか。何れにせよ地獄に違いありません。
敵艦は目前に迫る。俺が死ねば平和に近付くはずだ。いや、こんな作戦をしている時点でこの国はもう間もなく負けるのかもしれ無い。
せめて、大和民族が、大東亜の民が、連合軍の畜生どもから虐められぬよう願うばかりだ。
敵艦に俺の爆撃機が突き刺さり、次の瞬間目の前が真っ白になった。
ああ、せめて女を抱いてから死ぬのだった……