【プロローグ③】とある調査機関の報告書より
数多に存在する世界と世界を渡る術は、その原理と、それを行う力さえあれば、誰にでも可能である。これは、世界が創造された瞬間から存在する理の1つである。また、遍く世界に存在する、すべての生命体が持つ、普遍的な権利でもある。
しかし実際は、それを可能とする組織・個人は、その使用する際の力があまりに膨大なため、実行に移せるだけの力を持っていない。
たとえ、それが実現可能だとしても、その力を蓄えるためには、その世界において、数十年から数百年の時を有する事がある。
なぜ、強大な力が必要なのか。
それは偏に、それぞれの世界の間には、通常考えられる方法では越えられない物質で構成されているからである。
仮にこの物質を、『次元の壁』と呼ぶ事にしよう。
この次元の壁を越えて、別の世界へと続く門のような構造を構築するために、膨大な力は必要となるのだ。我々の試算では、現在地球上にあるあらゆる武器を同時に使用しても、実現不可能なほどの力であると推測する。
この見解は、我々が住まう、この宇宙の在り方を考える学問上で提唱された、仮説の1つである。
また、現在検証作業が進められているため、絶対ではないが、我々調査機関は、この仮説をもとに今回の事件の検証を行っている。
そのため、ほかの仮設でもって検証すれば、違った結果も出てくるだろうと予測できる。そのため、そちらに関しては、別の調査機関に委託して検証をしてもらっている。
別の視点からの調査報告に関しては、その視点で検証している調査機関の報告をもって代えさせてもらう。
地球上では、過去に世界をわたる実験を行ったという証拠が各地に残されているが、実現したという報告を探し出す事はできなかった。よって、現時点では、地球上ではそういった現象を起こす事ができないと結論付けている。
ただし、我々のグループ会社が発表したVRMMOを進めていけば、いつかは世界をわたる技術を、身に着ける者が現れるだろうと想像できる。ただし、現状において、その技術に最も近かった【今宮光莉】は、件の事故の犠牲者であるため、技術が世に出るまでの時間が・・・・・・・・。
閑話休題。
数多に存在する世界と世界を渡る術は、大きく分けて次の五通りに分類されていると思われる。今回の事故に関し、これらの方法で多角的に検証を行っている。
その結果我々は、今回の事件の原因は、5つ目の方法が妥当だと判断した。
その考えに至った根拠として、それぞれ提唱されている方法を簡潔に述べたいと思う。
1つ目の方法は『召喚術』。
世界に住まう生命体が、異世界に住まう者を、その者の意思を問わず己の利益のみで、己の住まう世界に呼び寄せる方法。
どんな理屈が働くのかは知らないが、呼び寄せられる者は、呼び寄せた者の種族に近いものになり、また、元来持っている力も、その世界の基準では、最上位の力を有している者が多い。
もちろん、集団で呼び出された際は、まったく力のない者も中には存在する場合もあるみたいだ。
この方法では、本命となる者だけが呼び出される事は珍しく、たいていの場合は近くにいた者たちが、まとめて呼び出される事が多いのも、この方法の特徴でもある。その数は、数人から数百人規模にまで膨れ上がる事もあるため、呼び出し側にしてみれば、一種のかけでもある。
理由としては、呼び出される者の数が多くなるほど、使用する力も比例するからだ。
今回の事件では、この方法で世界を渡ったという事はないと断定できる。
それは、この方法での場合、我々の世界に何らかの繋がりを創らないといけないからだ。その何らかの繋がりは、視覚的・物理的に我々の世界に顕現させないといけないため、少なくとも関越トンネル内では、この現象を記録されていない。
2つ目の方法は『転移術』。
とある生命体が、己の欲望のため、自身のすべてを使って行う方法。
この方法の場合は、事前に転移する者が、専用の陣ないし装置を設置しておかないといけない。そして、それらを起動させるためには、やはり膨大な力が必要となる。
この方法もまた、事前準備が地球側で必要であり、その痕跡や準備風景画、トンネル内のカメラに写っていなかったため、真っ先に排除された方法でもある。
この2通りの方法は、どちらも人為的に発動させる方法であり、ある程度は予測可能な方法でもある。また、将来的には、我々地球人が、異なる世界へ旅立つ際にとられていく方法でもあるわけだ。
また、この2つの方法では、呼び出されるほうの(転移しようとする)世界を指定する事もできない。それは、それぞれの世界の相対座標を知らないからだといわれている。仮に、座標を知っていたとしても、地球がある世界のように、それぞれのポイントは、『常に移動している』のだ。
当然、世界の中のポイントが移動しているという事は、世界自体も何らかの方法で移動している事になる。
この事から、転移術もしくは召喚術を行う際、どこの世界に繋がるのかも全く予測不可能になる。また、特定の場所を指定して2つの方法を行うことは、基本的に不可能である。
基本的に途中着を付けたのは、基本的にこの2つの方法を起動させるための陣ないし装置に、双方間の世界と繋ぐ次元トンネル(仮称)を固定化させるプログラムを組み込んでおけば可能という話だ。ただし、次元トンネルを維持するにも、膨大な力が常に必要なため現実的には不可能に近い話になる。
3つ目の方法は『転生術』。
この方法は、現状完全に他人任せの方法である。
他人というか、神の気まぐれで行われる方法ともいえるので、今回の報告は触りのみに留め、次の方法に移る事にする。
ただし、遠い将来には、己の意思でこの方法を使用して、異世界へと移り住むものが現れるだろう。
4つ目の方法は『世界間衝突』。
仮説の話になるが、世界同士が何らかの原因で、次元の壁を突き破ってぶつかった際にできる衝撃で、一時的に世界同士が繋がり、たまたまその空間にいたモノが世界を渡る方法。
世界が水面に漂うボールのように、不確定な移動を繰り返している。この時、それぞれの世界がボールであり、水面が次元の壁という考え方だ。
波に漂うボールが、不規則に移動してぶつかったり離れたりするように、世界も常にぶつかり合い、また離れたりしているらしい
そして、衝突した際、その衝撃は表面にのみ発生する事はなく、安定していると思われる内部にも伝わるのだ。この時、内部の空間の何処かに大きな歪を生みその歪に引きずり込まれて世界を渡ると考えられている。
その歪こそが『ブラックホール』であり、出口となっているのが『ホワイトホール』だといわれている。そしてこの出入り口となるブラックホール・ホワイトホールは、各世界の何処かとリンクしているため、遠く離れた世界同士が繋がっている場合もある。
もしくは、世界とは、無限に広がっている薄い紙のようなものが無数に積層して構築されており、その1つ1つが、まるで風になびく旗のように波打っているという考え方。
衝突した世界同士が、その衝撃で一時的につながり、世界観を行き来できるという考え方になっている。
ただし、この場合は隣り合っている世界同士の話であり、隣り合っていなければ、当然行き来できるようにはならない。また、隣り合う世界は、その発展度合いも大して変わらないため、それぞれの世界の生命体が渡ってきたとしても、大きな違和感なく暮らす事ができる。
そして、最後の5つ目の方法は『次元の裂け目』。
これまで考察してきた世界を渡る行為は、どの方法をとったとしても次元の壁を超えるには莫大なエネルギーを必要とする。
たいていの場合は、使い切れずに双方の世界に残ってしまう。そして、使い切れず残ったエネルギーが蓄積していき、ある日突然世界の何処かに穴のようなものを創ってしまう。この穴のようなものが、『次元の裂け目』と呼ばれている物体である。
この次元の裂け目は、蓄積されたエネルギーを解消するためだけに存在するそれぞれの世界が持つ『セーフティガード』のようなものである。
つまり、残されたエネルギーを何処かに逃がしてあげないと、世界自体が崩壊するという考え方からきている仮説であるが、過去の事例を検証すると、この仮説自体が信憑性を持ち始めてくる。この事は、宇宙のような壮大な空間における話だけではなく、日常的に使われずに残ったエネルギーを逃がさないと、どんなものでも壊れてしまうからだ。
そのため、それぞれの世界は、残されたエネルギーを逃がすため、定期的に次元の裂け目を創りだしていると考えられている。また、裂け目を通って繋がる場所は、構築されているそれぞれの世界ではなく、どの世界とも行き来ができない場所に創られた、異質な世界に繋がっているといわれている。
そして、次元の穴に引き込まれた物体は、どんな存在であろうとも、元の世界に戻る事ができないとされている。
この考察結果に基づき、我々は5つ目の方法である『次元の裂け目』が関越トンネル内で偶然発生したものと断定する。そして、たまたまトンネル内にいたすべての車両に乗っていた者たち全員が、何処か我々とは違う次元にある異世界へと旅立って行ったものと断定する。
なお、この断定は我々が調査した結果に基づいているので、違った視点から行われている調査結果によっては、当然ながら違った見解があるものは当たり前である。
そのため、我々は、それらの調査結果について、肯定も否定もしない事にする。また、この調査結果を呼んだ者たちにおいても、多角的視点を持ってすべての調査結果を受け入れてほしいと、我々は考えている次第である。
それを踏まえて、我々の仮設をここで発表したいと思う。
次元の裂け目を通過した時間によっては、同じ異世界へと旅立ったとしても、現地に着いた時の時間は当然違っているものと思われる。また、現地に到着する場所も、当然ながら違っているものと思われる。
この仮説を立証する証拠はないが、それぞれの世界は当然ながらその世界を構成する時間軸が違っていて当たり前であるからだ。