【プロローグ②】関越トンネル
15台の隊列を組んだバスが、関越道を北上して雪国へと向けて走行している。
自動車専用では日本一長い、関越自動車道にある『関越トンネル』を抜ければ、そこはもう雪国新潟県。
私たち鷺宮学園高等部2年生は、今日から5日間の日程で、越後湯沢にあるとあるスキー場で研修をする予定になっている。
今日は、学校をまだ日も昇っていない早朝に出立し、高速道路を乗り継ぎながら昼過ぎを予定に現地に到着するはずだった。
しかし、学校を出た時から降り続いている雪の影響で、100キロほどの道中で3か所ほど事故渋滞に巻き込まれてしまった。また、あちこちの大渋滞にも巻き込まれており、やっと関東地方を脱出する事ができる。
時計の針はすでに午後4時を指しており、本来ならば研修先のホテルに到着している時間なのだが・・・・。
事故の原因は、雪道でのスリップが原因の玉突きである。
最も大きかったのは、関越トンネル手前で起こっていた事故だ。上り車線で起こった事故車の一部が、中央分離帯を突き破って下り車線に飛び出して、走行中の車に追突、後続車がその事故に玉突きをした結果・・・・。
上り線は、数十台が玉突きしてすべての車線(本線と路側帯を含め)を塞いでしまっていた。
下り線、つまり私たちのいる方向は、分離帯を飛び出してきた数台の大型車に巻き込まれた車が十数台。こちらも本線はすべて事故車で塞がっていたが、登板車線は通行可能だったため、何とか通過できる感じだった。
一応、トンネル手前のパーキングでトイレ休憩を挟んでからトンネルに入ったのだが、事故渋滞の影響が残っているのか、はたまたトンネルの出口で新たな事故でもあったのか、トンネル内の車列は、ノロノロ運転で進んでいる状態だ。
幸いにも、私たちが乗っているバスは、トイレ装備の高速路線バス仕様なため、そちら側の心配はないので幾分楽なのだが。
そのため、未だに、関越トンネルを走行していたりする。
閑話休題。
「光莉ちゃん、今日からのスキー研修、楽しみだね。
でも、この渋滞にはウンザリだよ!
本当なら今頃はホテルの部屋でまったりしている頃なのに!
あっ!そろそろ光莉ちゃんの番だよ。」
私の横の席に座る女の子・・・天璋院寿李が、窓の外を眺める私に話しかけてくる。
すでに車内では、暇潰しがてら始まった大カラオケ大会で盛り上がっており、すでに3巡目くらいに突入している。私たちのクラスでは、こういうモノが始まると、何故か全員参加がデフォルテとなっている。
さらに言えば、1巡毎に何かのお題目が掲げられており、3巡目のお題は『ジュエットソング』となっており、適当に組み分けられた者同士で、適当に選曲くされた楽曲を歌うことになっていた。
「ありがとう、寿李ちゃん。やっぱりペアだと早いわね。」
「そうだね、光莉ちゃん。あっ!私の番だ。」
そうして流れてきた楽曲は、90年代の結婚式で持て囃されていた、愛が生まれたのであなたとならば生きていけるらしいと歌っているあの名曲だった。
どうでもいい事をあえて言うと・・・・。
私が所属する2年1組は、何故かクラス全体の歌唱力がいい。
1巡目に行われたアニメソング(採点付)では、全員が90点台をマークしていたのだ。2巡目は、初見の曲を歌う(これも採点付)事だったが、一番低い人でも70点台後半だったことを見るに、なかなかの音感が備わっている。
かくいう私も、1巡目は、私が大好きな声優さんの楽曲を歌い、なんと100点をたたき出す。2巡目は、昭和時代に発表された、鯛焼きが海で暮らすという名曲を歌い、これもまた95点をたたき出した。
そんなクラスなため、つい先日行われた鷺宮市(私たちが住んでいる町の名前)主催の合唱祭に、合唱部とともに出席するほどだ。
ちなみに私が歌ったのは、東京の繁華街の恋愛模様を歌ったあの名曲だ。お相手となった男性は、たまたまこのバスに同乗して、今回のこの企画に強制参加を食らっていた学園長だった。
こういった場合のデフォルテなのか、バスガイドさんも強制参加となっている。
再び、他人の歌声をBGMにしながら、ノロノロ運転をする車列を眺める私と寿李。
トンネルに入ってから結構時間は経っているはずだが、未だ出口に到達していないのは何故だろうか?というか、壁面に書かれている出口までの距離を見るに、まだ三キロほどしか進んでいない。
現在カラオケ大会は怒涛の六巡目に突入しており、今回のテーマは『演歌特集』らしく、大物御所と呼ばれている歌手の楽曲が流れてきている。今回もまた、選曲も(昨今のカラオケ機器は、ジャンル毎のランダム選曲が出来るようになっている)で行われているのにも拘らず、クラスメイト全員が、キーの高低による歌いやすさ、にくさはあるものの、全体的に言えば大きく音程を踏み外している者はいないのが不思議である。
そんな事を考える私もまた、音程を外す事なく歌い上げてしまうのだが・・・・。
私の番が廻ってきた。
流れてきた楽曲は、北の大地と本州を隔てるあの海峡をテーマにした曲だ。
私があの曲の、3回目のサビを歌おうとしたその瞬間。
不意に、トンネルの照明と、車のライトや室内灯など、すべての明かりが消えて真っ暗になる。その上、トンネル内にいたすべての車のエンジンが止まり、その場に急停止をする。
ノロノロ運転だったことが幸いして、大きな事故にはならなかったが、いきなりの事で全員に緊張と動揺が走る。
真っ暗闇の中で1分ほどが経過した時、突然潰されるかというほどの加速度が後ろ向きにかかる。その加速に、体全体がシートに圧着固定され、シート自体も加速度によってミシミシと音を立てている。固定されていない荷物は、加速度によって後ろ側に押し出されていく。
ふと窓を見てみると、窓ガラス全体が蜘蛛の巣状に罅割れ、その外側が真っ赤になっている。そして、前のほうから粉々に砕け散っていく。
それは、私たちの乗るバスだけではなく、ノロノロ運転していた周囲の車も含めてだ。
バイクに乗っていた者は、バイクから振り落とされてしまったようで、生身の体で真っ赤に染まりながら空中遊泳を行っており、そのまま空間の何処かへと消えていってしまっていた。
あのドライバー。死んでいないだろうか?
そんな、どうでもよくないが、割かしどうでもいいことを考えるあたり、すでに感覚がマヒしているのだろうか・・・・・。
そんな事を考えていると、突然周囲が白く輝く。
世界が真っ白に染まった瞬間、私の体内に何か途轍もなく、形容しがたい力が流れ込んでくる感覚に襲われ、私は意識を手放した。
意識を失った私たちを乗せたバスは、真っ白な空間を猛スピードで走り抜けていく。
そして、再び景色が漆黒の闇に変わる。
そのままのスピードで光の塊となり、何処かの空間にただ1つだけ存在している銀河の中へ光の帯を放ちながら突き進んでいく。銀河の中に突入した光の塊は、いくつかの恒星系を通過して、端っこあたりにある恒星系へと突き進んでいく。
光の塊は、恒星系の中にある青く輝く水を湛える緑の惑星へと、その進路を変えていく。
窓の外の景色が突然真っ赤に染まり、高温の熱気がバスの中を襲ってくる。
ボディ全体も高温に晒されているらしく、まるで重力に引かれて落下する隕石のように、何処かの惑星の大地へ私たちを乗せたバスが落下を始めていく。幸か不幸か、気を失っていたため、私たちに限って言えば、大きなパニックにはならずに済んでいたようだ。
隕石のように惑星へと落下した私たちを乗せたバスは、大地へむけ高速で飛行していく。
大気圏へと突入する際、いくつかに分解するが、分解されたのは乗員・乗客の座る座席のみで、バスの車体自体はそのまま大地へと不可思議な力に護られて軟着陸に成功する。
しかし、停止した場所がたまたま崖の上だったため、バスの車体は己自身の重量によって崖下へと転落していった。
さて、大気圏に突入する際に分解した乗員・乗客を乗せた座席は、大気圏内で燃え尽きることなく大地へと落下していく。
しかし、ここでもまた不可思議な現象が起き、分解されたそれぞれの座席が、席に座っていた者たちと同時に、燃え尽きたのではなく突然消えてしまったのだ。
まるで、何かの手によって、いずこかへと転移されたかのように・・・・。
そして・・・・。
消え去った座席が再び姿を現したのは、同じ惑星の上。ただし、出現した座席は、数時間から十数年のずれが生じていた。また、出現した場所も、大地の上空ならば運のいいほうであり、モノによっては、大海原のど真ん中という事すらあった。
そして、この事が原因による災害も各地で起き、これによっていくつかの村や町が滅んでしまった。滅びはしなくとも、大打撃を受けた場所も存在し、そういった場所では、座席に座っていた者に、すべての責任を擦り付けたといった事例もあるみたいだ。
ある日、上空に突如転移する際に使用される魔法陣が現れる。
その魔方陣からは、2人1組で在席に固定された者が現れ、地面に向けて拘束に落下していく。大地へ衝突する寸前、何かに護られるように、その速度を急激に落とし軟着陸に成功する。
しかし、その速度を殺しきれずに、大地の上を数十回バウンドさせて停止をする。その中の1つは、大地への落下を免れ、大森林に聳える大木にぶつかり、枝葉を利用して大木を渡り歩いていく。
数十回のバウンドを繰り返した座席は、大木の1つの遥か高みにある枝に安住の地を見つけ、その枝葉に護られるように停止する。
それから結構な時間が経過したころ、私は目を覚ました。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私の名前は、今宮武久。
今宮財閥の総裁であり、私が住むここ鷺宮市一帯を治めていた大名家の子孫でもある。
そして、各時代の権力者の武術指南役を務め、我が家の歴史を辿れば、古墳時代まで遡る事ができる。実際はもっと歴史があると思われるが、記録が残っているのは仁徳天皇の統治時代だというだけだ。
また、時の権力者の武術指南役となった原因でもある、『今津流格闘総合武術』の総本山でもある我が家は、代々この格闘武術の師範の家系でもある。
ちなみに、現在の師範を務めているのは、私の父である今宮徳久で、娘の光莉と長男の穐久は、師範代を務めるほどの腕前でもある。
鷺宮市は、関東地方の南のほうに位置する風光明媚な観光地でもあり、近年は、IT企業が集積する都市としても有名になってきている。
その理由は、わが今宮財閥傘下のIT企業が発表した、とあるVRMMOが起爆剤になっているのはいうまでもない。
このゲームは、世間に溢れているRPGモノだが、とある最新技術を搭載している事から、発表直後から瞬く間に世界一有名なゲームへと躍り出てしまったほどだ。
このゲームの事は置いておいてだ。
今日は朝から冷え込んでおり、関東地方の南のほうにあるこの町にも、珍しく大雪が降っている。昼を回った現在でも、雪は降り積もっており、町中の交通がすでにパンクしてしまっている。
そのため私は、経営している会社を臨時休業にして、部屋に引きこもっている。今日みたいな日は、会社を通常営業しても、従業員は出勤する事など困難だろう。
そんな状態で営業するくらいなら、どこかの休日と振り合えたほうが得策である。まあ実際は、VR空間を利用しての業務に切り替えているのだが。
そして、VR空間での業務が終了したのち、まったりと夕方のニュースを見ながら夕食を取っていた時、その不可思議な事件が報道された。
『今日午後4時ごろ、関越自動車道の新潟県と群馬県の間にある、関越トンネルの上下線で、走行中のすべての車両が乗っていた人たちともども、消失する事件がありました。
この影響で、関越道が現在、上下線ともに水上インターと、湯沢インターの間で通行止めになっており、首都圏と新潟県との交通に、大きな支障が出ております。
この通行止めは、警察による現場検証が終了するまで続くとみられており、現在通行止め解除の目途は立っておりません。』
そんなんーすが、まったりとした団欒の場に流れてきた。
確か、3時ごろに光莉から電話がかかってきて、その時まだ群馬県、正確に言えば、関越トンネル手前のパーキングエリアだと話していた。
まさかと思い、テレビの画面をかじりつくように眺める。
テレビに画面では、ちょうどトンネルに設置されているカメラの映像が流れている。そこに、わが町にあるバス会社の隊列が、トンネルに入っていく映像が流れていた。
「・・・・松林。」
「・・・・何でございましょうか、旦那さま。」
「・・・・あのバスの隊列。まさかとは思うが、光莉たちの乗ったバスじゃないのか?
光莉からの最後の電話があったのが、午後3時過ぎだ。そして、この映像の時刻は、午後4時過ぎを示している。高速が大渋滞を起こしている事からも、時間的にはちょうど通過しているころだと思うが。」
「・・・・直ちに調べさせます。」
そういって一礼した、我が家の執事長である松林謙五郎は、部屋を退出していった。
1時間後。
資料を抱えた松林が戻ってきて、さっそく調査内容の報告に入る。松林の後ろからは、我が家で働いている使用人が十数人続けて部屋の中に入ってきた。よく見てみれば、全員が光莉と同じ高校に進学している子の親御さんたちだ。それも、多分あのバスの隊列に息子さんや娘さんが乗っていたのだろう。
一緒に部屋に入ってきたのは、松林独自の判断だろうと推察する。どうせ、何かしらの形で、彼らにも事件の顛末を報告しないといけない。そういった事なら、一緒に話を聞かせたほうが時間の無駄はならない。
こういう判断は、さすがといえるだろう。
「旦那さま。調査結果の報告をいたします。」
「わかった。前置きはいいから本題を話してくれ。」
「では、前置きをおかずに、本題をお話しします。旦那様のご推察通り、あの映像に移っていたのは、光莉お嬢様たちが乗っていたバスに間違いございません。
ついでに言えば、光莉お嬢様、わたくしの息子である真琴、鷺宮学園の理事長の孫娘である寿李お嬢様、栗池侍女長の長女の恵子さんを含めた、鷺宮学年高等部第二学年にいる子たちすべて、行方不明となっております。
これは、バス会社と警察に問い合わせた結果、事実であると断言できております。また現在鷺宮学園は、この行方不明事件を受け対応に追われている模様です。
続いて、わが今宮グループの対応をお話いたします。
わが今宮グループでは、傘下の調査機関総出で対応していますが、警察などの発表した内容以上の事柄を見つけ出す事ができておりません。なお、我々の調査内容は、警察に任意提出をしております。
これが、表の調査機関の調査内容です。」
ふむ、『表』の調査機関は、警察発表と同じ内容らしい。現地の独断だろうと思うが、現場に入る事を黙認する代わりに、調査結果を警察と共有したみたいだ。
この辺りは、臨機応変に対応するように言い含めているので、別に事後報告でも構わない。
わが今宮グループには、公に公表している『表側』の調査機関と、公には公表していない『裏側』の調査機関が存在している。これは、時の権力者についた時から、姿かたちを変えて脈々と受け継がれているものでもある。
たぶん、この裏の調査結果も、この国のトップたちには伝えられている事と考えている。表側の発表に乗せられていないのは、結果がある種オカルトじみているのだろう。
裏の調査機関は、そういった事に特化しているからな。あのゲームが世に出てから、ゲームを嗜んでいるこの裏の調査員たちの能力が上がっているという報告すらあるほどだ。
そして、今松林が問題にしているのは、この裏が調査した内容があまりにとんでもない内容だからであろうと推察する。その結果報告を行う前に、ここにいるメンバー全員に、ある種の覚悟を決めておいてほしいのだろう。
「では、裏の調査機関が行った、調査結果をご報告いたします。」
私たちの準備が整った事を察した松林が、話を再開した。
「まずは、世界中のあらゆるエネルギーを、科学的・非科学的に問わず、あらゆる手段で観測している機関からの報告です。
この機関の観測によると、事故発生当時、事故現場付近に不可思議なエネルギーが観測されているという事です。また、同様のエネルギーが、地球上の数か所でも観測されております。
また、別の機関の報告では、発表はされておりませんが、観測場所にたまたま居合わせた者たちすべてが、関越トンネルの事故と同様に突如行方不明となっております。」
そんな報告を皮切りに、裏の調査報告がなされていく。
その報告内容は、世間に公表されている事では、『原因不明の大規模行方不明事件』としている内容を、多方面から切り込み、実測や予測を混ぜ込みながら、一つの結論を導いていく。
『この不可思議な事件に巻き込まれた者たちは、総じて地球ではない何処かの世界・・・・。異世界に飛ばされた。』
・・・・・・異世界
それは、無数にある世界の事を言う宇宙についての論理の1つだ。
我々が暮らすこの宇宙は、ボールプールにあるボールのように、とある空間内に存在する無数の宇宙の1つに過ぎないという論理だ。
この論理によれば、ボール1つ1つがそれぞれ世界を構成している宇宙空間であり、プールが『次元の壁』と呼ばれる各世界同士を隔てているモノとなる。また、プールの中のボールが1つになったりしないように、普段の宇宙空間同士は、干渉する事無く空間を維持している。
しかし、ある時人為的・自然的問わず、何らかの干渉があると、そのボール状の宇宙の中身が引っ付き、相互の出入りが可能、もしくは一方通行での入り口が開くらしい。
どういった力が作用したのかは不明だが、関越トンネル内にこの次元の壁を超える穴が開き、たまたまそこにいた者たちが運悪く巻き込まれたという事だ。世界中に同じようなものが出現したのは、その際発生した余剰エネルギーが、地球上の数か所に飛び火したのだろうと結論付けられていた。
裏の調査機関が結論付けた結果が、・・・・これだ。
「・・・・つまり、光莉たちは、地球ではないどこか違う異世界へと旅立っていったと、そういいたいのだな?」
「さようでございます。
また、例のゲームで、特殊な能力に目覚めた者によれば、異世界へと旅立っていった際、無数に分裂して流されていったという、不確定な観測結果を話しております。もしそれが事実だとしたら、運が悪ければ、光莉お嬢様たちは、無数に存在する別々の異世界、もしくは、同じ異世界であっても、違う時代もしくは違う場所に、単身飛ばされた事になります。」
報告を聞いて私が発した疑問に、不確定要素を追加しながら答える松林。
「それが事実ならば、せめて乗っていたバスごとに、同じ世界の同じ時代へと飛ばされていった事を祈るのみだな。」
もう二度と会う事は出来ないだろう息子・娘たちの安寧を祈る事しか、私たちには残されていなかった。