【09-04】カエデテラス
「今日はここらへんで野営しましょう。当初予定していた村は、トロールオークの襲撃で壊滅してしまっていますからね。」
商隊の最高責任者であるランドフルさんの号令で、街道沿いの割かし広い野営地に停止した商隊。今晩の野営地は、この広場に決定である。
まだまだ日は高いが、あと2時間もすれば夜の帳が降りるだろうという時間である。ちなみにこの先、この規模の商隊が寝泊まりできる広場は、ここから1日程度移動した場所にしかないそうだ。
宿屋がある次の村までは、何事もない事を前提にしても3日ほどかかる。つまり、最低限3日間は野宿をする事になっているわけだが。
今回のように魔物や盗賊の襲撃があった場合は、その分だけ日程が延びていく事になる。
街道沿いにある広場に馬車を止めて、野営の準備を行っていく。
私は、仮で付けた名称がそのまま正式名称となってしまった『簡易安全区域設置具』を用意。野営地の中心付近に設置して作動させた。これで、魔物の襲撃に備えた不寝番は置かなくても大丈夫である。暴走状態の魔物すらも、引き付ける事がなかった魔導具である。
今晩の野営地となったこの広場では、野営の準備に入る人と周囲の警戒の人に別れ、慌ただしく準備が始まっていく。
テントなどの野営具はなく、地面に大きめの毛皮を焚き木を囲むように敷いていく。その上での雑魚寝が、隊長であるランドフルさん以外の人たちの寝床となるのが基本みたいだ。
しかし、私たちには専用の馬車を持っているので、その中で就寝する事になっている。この専用の馬車は、外ずら破小さめの過去馬車なんだけど、中は小さめの一軒家がすっぽりと収まっている、所謂魔導具になっているのだ。
私たちの馬車の事はともかく、周囲の警戒に当たる男衆を視界の端っこに納めて、私は【アイテムボックス】から食材と調理器具を取り出す。
総勢約50人前後の大所帯。
そのすべての料理を、カエデテラスまでの野営時に作る事になっている私。方々から流れている情報で、私の料理の腕を知っていたランドフルさんからの提案で、私が道中の朝と夕方の調理を担当する事になったのだ。この料理を作る事については報酬は発生していないが、食材等の購入費は商隊持ちとなっている。
さて、大所帯の料理を製作するため、私だけでは手が足りない。
そのため、他の人たちにも手伝ってもらう事にする。もちろんコトリは強制参加として(というか、すでに私の隣で手伝っているが)、あとは暇をしている男衆を何人か捕まえて、簡単な事を指示して手伝わせていく。
そんな予定を、頭の中で立てていく私。
これまでの野外の食事は、とてもまずい携帯食をお湯で溶いたモノと、硬く焼しめたパン。そして、場合によっては、そこらへんで狩ってきた獣の肉を焼いたモノだけだ。これが普通の野営料理であり、私が作るような手の込んだ料理は、そもそも機材が足らないため作る事が出来ないのだ。
この世界の携帯食は、材料は知らないが粉状になったモノを適量水かお湯で溶いたモノで、中華の餡掛けみたいなおいしそうな見た目をしているくせに、実際は乳白色をしたケーキやパンの生地を混ぜ合わせたような独特のまずさがある。
これはこれで、何かの料理の下味や隠し味程度には使えそうであるが、そこらへんは要研究として今回は一から料理を製作していく事にしよう。
という事で、サクラピアスで購入した食材を、即席で作ったテーブルに取り出し夕食の準備を始める。
1日目の夕食という事で、あまり豪勢なモノを作る事は控えようと思う。
そんな事を考えて、野菜たっぷりのクリームシチューと、キュウリくらいの太さのあるソーセージを挟んだホットドック、あとは適当に盛り付けたサラダという献立にした。
まずはクリームシチューから。
先ほど誰かが狩ってきた角の生えたウサギ(ホーンラビットという魔物みたいだ)を解体して、塩コショウで下味をつけて、熱した鉄板に並べて軽く炒めていく。
解体した際、このウサギを狩ってきた人に、肉以外の換金部位と討伐証明部位を渡してある。肉については、おいしい食事に化けるため無料で提供を受けている。
軽く焼いたウサギ肉と大きめにカットした野菜を、沸騰した鍋の片方ににぶち込んで、灰汁を取りながらコトコト煮込んでいく。
灰汁を取り終えたら、フライパンに弱火でバターを溶かし、小麦粉を加えて混ぜながら馴染ませる。バターと小麦粉がよく馴染んだら火からおろし、冷たい牛乳を注ぎ入れ、泡立て器でかき混ぜる。よく混ざったら再び弱火にかけ、フツフツと煮立った灰汁を取り終えた煮汁に、クリームソースを流し込んでトロミがつくまで味を調えながらコトコトと煮込んでいく。
ちなみに、焦げ付かないようにかき混ぜる役目は、・・・・男衆の仕事だ。
男衆にシチューを任せたら、ホットドックを作っていく。
コッペパン(過去に来た先輩たちが広めているため、酵母菌を使った白くて柔らかいパンが市販されていた)を、100個近く用意し包丁で真ん中を切っていく。その傍らでは、鉄板の上でソーセージを塩コショウで味付けをして焼いていく。
ソーセージが焼けるまでの間に、レタスなどの具材を用意して、パンの表面を軽く焦げ目がつくまで焼いておく。
ソーセージが焼けたら具材をパンに挟んで完成。火にかけていたシチューを下して深めの木皿とともにホットドックの横に並べる。あとサラダには、特製のドレッシングを振りかけておく。
「簡単だけど、晩ご飯出来たよ。シチューは鍋から好きな分量、自分でよそってちょうだい。」
私の言葉とともに、野営食にしては少し豪華な夕食が始まった。
「これ・・・・。今まで生きてきた中で、母ちゃんの食事の次においしい料理だ。パンにソーセージを挟んだだけなのに・・・・、それも、材料はすべて市販されている奴なのに・・・・・。なんでこんなにおいしいんだろう?」
ホットドックを瞬殺という速度で食べ終え、おかわり用の2本目を手に取った冒険者の1人が、ホットドックを見ながらこんな事を呟く。それに答えるかのように、あちこちから同じような意見が飛び出し・・・・。
「男としてはだ。かわいい女の子の作った手料理を食べる行為は、何を差し置いてでも達成させないといけない義務であり、・・・・崇高なロマンでもある。その女の子の手料理が、とてもおいしいときた。
これだったら、時間がたっぷりとある時の食事が楽しみで仕方がない。」
そんな事を言いながら、さりげなくハードルを上げる発言も織り込んでいる。
閑話休題。
サクラピアスを出立して7日目の昼、ようやく最初の中継地点である『ラピス村』に到着する。
この間の道中、3回ほど魔物に襲撃されて時間を食ってしまい、予定していた3日を大幅に越えてしまったのだ。ちなみに、目的地であるムハマルド辺境伯領領都・カエデテラスまでは、まだまだ半分も行程を進んでいない事になる。
いつものように集落に立ち寄れば、3日くらいの休憩が私たち護衛組には与えられる。この3日間は自由時間になるので、何をしていても構わない。
なので私たち『ご主人様とメイドさん』のメンバーの内、この村で聖女様として神殿関連のお仕事をこなしながら、楽しくデートなどをする予定である。
3日後の早朝、私たちは領都・カエデテラスへ向けて出発する。
最初の休憩地では、私とコトリは簡単な昼食を作るのだが、昨日村にいる時から1日分程度の下拵えは終了しているので、実はあまり忙しくはない。私とコトリガ忙しくなるのは、たぶん2日目の夕食からだろう。
そんなこんなで、10日ほどかけて、私たちは領都・カエデテラスに到着する。
カエデテラス
ムハマルド辺境伯領のほぼ中央部にある人口約30万人の大都市(ここテラフォーリアでは、人口が10万人を超えていれば立派な大都市として認知されている)で、ムハマルド辺境伯領の領都である。
周囲から集まる貴金属の原石や各種鉱石、魔境と呼ばれる大森林地帯から採れる各種天然素材や、魔物由来の素材を売り買いする市場が町の経済を支えている。そんな土地柄故、鍛冶を含めた金属加工が非常に盛んであり、コロラド王国で流通する武器や防具の約半分は、ここカエデテラス産と言われているほどだ。
また、アマトラス大陸を東西に貫く大街道『アマトラス縦貫道』と、南北に貫く『ヒルガノス縦貫道』とが交差する街でもあり、交易の中継点としての顔も持っている。
そんな大街道が交差している町なので、大陸中からあらゆる物資が町の市場に溢れ、そして日々取引されてここコロラド王国中に流れていくのだ。
そんな流通の町には、『カエデテラスにないモノは、ここコロラド王国中を探しても、何処にも存在しない』と言わしめるほどなのだ。
人の往来も非常に激しく、王都ロンドリアに次いで発展している街でもある。
カエデテラスは、領主の住む武骨な城が建つ小高い丘を中心に、周囲約20㎞四方を街道を境に4つの区画に区切った城塞都市でもある。また、町の中をナルスト川の支流であるシャムション川が流れており、この川を中心に無数の運河で町が区分けされいるのも1つの特徴である。
町の中心には、2つの大街道が交わる交差点で、その場所は直径50mほどの運河に囲まれた小島になっている。その小島の中心には、町のシンボルの1つでもある大噴水を称える広場となっており、市民の憩いの場所として親しまれている。
そんなカエデテラスの北の城門を潜り、町の中心にある大噴水広場へと馬車は進んでいく。
何処の町も造りだいたい同じなので、大噴水を取り囲模様に行政府・神殿・各種ギルド、そして学校が建てられている。まあ、ここカエデテラスは、水都とも謂れているので、その建物の周囲には運河が張り巡らされているのだが。
「本日はありがとうございました。これで護衛依頼は終了です。こちらが依頼完了書となりますので、これを持って冒険者ギルドへと完了報告をしてください。」
商隊代表のランドルフさんが、そう言いながら各冒険者パーティのリーダーに、ランドルフさんのサインが入った依頼完了書を手渡していった。