【09-03】トロールオーク
トロールオーク
冒険者ギルドなどで閲覧可能な『魔物図鑑』という本によれば、種族を問わず女と見れば苗床くらいにしか思っていない、あのブタ顔の2足歩行する魔物。そう、ゴブリンに並び、おんなの敵でしかない魔物が、何らかの理由で種族進化した魔物である。
ここテラフォーリアにおけるトロールとは、巨人族が魔素の影響を受けて魔物化したモノであり、元は人間族故にとにかく集団で群れる特徴を持つ。
ちなみに、『魔素』と呼ばれる物質には、大きく分けて『陽性魔素』と『陰性魔素』に別けられ、実はどの世界にも存在している唯一無二の物質でもある。
魔素そのものは、無機・有機問わず、あらゆる物質を、その形に留めるための所謂接着剤的な物質であると仮定できる。この仮説は、私自身は論理的に説明が通っているため正解だと確信しているが、別の視点から見れば矛盾している部分もあるため、『遠からず近からず』といったところだろう。
この仮説を引用すれば、陽性魔素とは接着剤として使用されていない魔素の事であり、あらゆる気体の中に溶け込んでいる。生命体は、呼吸とともにこの陽性魔素を取り込み、様々な生命活動に利用しているという事になっている。
私のように生まれつき魔法(魔術)が使える人種は、この様々な生命活動を経ても有り余る陽性魔素を魔力という形に体内で変換し蓄積。変換された魔力を糧に、術者のイメージや科学的・非科学的法則に則って発動させる事ができるのだ。
魔力属性とは、詳しい事は割愛するが、基本的には先天的に有している術者の得意とする概念みたいなモノである。
よって、この陽性魔素を、うまく魔力として体内に蓄積できれば、誰にでも魔術が使用できるという極論に達するが、現実はそううまくいなないのだ。
話を戻して、ここでいう科学的法則とは、それぞれの世界にいる知的生命体が、様々な事象を論理的に説明したモノであり、非科学的法則とは、論理的に説明できない現象の事である。
そのため、(地球のある世界を含めて)この世界に存在するあらゆる事象は、すべて論理的に説明可能だが、実際はすべての事象のうち、半分も説明できていないのが現状でもある。
逆に陰性魔素とは、生命活動によって利用された陽性魔素が、呼吸によって生命体の体内から吐き出されたモノである。
呼吸によって吐き出された陰性魔素は、基本的に時間経過とともに分解されて、自然界を満たす魔素に戻る事になっている。しかし、どんな物質にも言える事だが、自然界において『溜まる場所』が存在するのが節理であり、説明不能な普遍的な理でもある。
この陰性魔素が溜まる場所(たいていの世界では、『魔素溜まり』と呼ばれている事が多い)に生命体が近づくと、体内に通常ならば取り込まない陰性魔素を強制的に取り込んでしまい、その結果この世界では魔物化してしまうのだ。
で、肝心のトロールオークについてだが。
元々(いろいろな意味で)脳筋一直線な魔物であるオークが、トロールの特性を持ってしまった、ある意味脳筋をこれでもかというくらい拗らせた魔物である。
もちろん、オークとしての特性も持っているので、あっちのほうも本能の赴くまま、女性と見れば種族関係なく襲ってくる。あれのサイズが大幅に違っているため、入れられた方はたまったものではないが・・・・。
外見的特徴は、体長3~5メートルほど。
トロール化した折に何かを捨て去ったらしく、服を着る事はなく基本的に常に全裸である。そのうえで、真っ赤に光る眼、鋭い乱食い歯、全身筋肉モリモリで、腕が長い。
ついでに凶悪なアレも、(羞恥心などの感情はないため)股間の間で惜しげもなく曝し、何故かいつも元気100倍の状態である。
肌の色は白みがかった灰色で、基本的には武器も持ってない。
そして何より、食料には一切ならない、ただの脳筋魔物である。
なお、基本的にオーク同様に男しかいない種族であるが、まれに女性が生れる事もある。
この場合、例外なく上位個体に進化し、周辺にいるトロールオークを支配下に置いてしまう。そしてコロニーを作って女王となり、自らの体を使用して繁殖をするのだ。
ちなみに、トロールオークの妊娠期間は約40日で、産まれてから成人するまで約100日ほど。唯一の救いとしたは、妊娠中は他のトロールオークと関係を結ぶ事はない事だけだ。
さらに恐ろしいことに、産まれてくるトロールオークは犬以上に多く(1回の出産で10~15匹産む)、その中の一体が必ず女性型のトロールオークなのだ。
また、トロールの特性も持っているためその再生能力が高く、ちょっとやそっとの斬撃や打撃ではすぐに回復してしまうらしい。地肌がとてつもなく硬く、並みの武器では歯が立たないとか。
ただし、火で焼かれた場合は再生能力を著しく制限され、さらに硬い地肌も炭化した影響で脆くなるため戦いやすくなる。
脆くなるといっても元が元だけに、普通の鉄の武器では歯が立たず、なんらかの魔法を付与した武器か、上位の素材で作られた武器しか、硬い皮膚を貫く事は困難である。
さらに、火で全身をくまなく焼かれても、その強大な生命力故死ぬ事はなく、10分も経たないうちに焼かれた皮膚が再生してしまうのだ。
そのため、トロールに出会った場合は、基本的に前衛の仕事は始めのうちはなくなり、もっぱら後衛である魔術師が矢面に立って戦う事になる。
そんな特性上、トロールの討伐は時間勝負となるため、戦力に不安がある場合は迂回してやり過ごすのが常識となっている。しかし今回のように、主要街道の近くに陣取られている際は、その限りではなくなるが・・・・。
もちろん、目の前にいるこのトロールオークも、同じように短期決戦が望ましい。
素材として考えるならば、トロールの皮膚は、軽くて丈夫な防具の材料になる。ただし、火で焼かれていない皮膚はとても固く、刃物が通らないため加工できない。そのため、加工する際には、錬金術の出番となるわけだ。
トロール(トロールオークも含める)の皮膚を剥ぐには、錬金術を用いて解体をする事になる。ただし、死後2日以内にその作業を終えないといけないため、たいていの場合は別の方法を取って解体をする。
ちなみにこのトロール(トロールオークも含める)は、生前は鉄を一瞬で溶かすほどの高温で炙らないといけない。しかし、死後5時間ほど経つと、焚き木程度の火の温度でも簡単に解体する事が可能になる。
何が言いたいのかというと、本日はトロールオークを討伐した場所近辺での野営が決定したという事である。今回は、【アイテムボックス】持ちであり、さらに錬金術師でもある私がいるので、この場所で野営しなくてもいいのだが。
ちなみに肉は(先ほども話したが)、筋肉質で筋が多いため食べる事は出来ない。
しかし、内臓・・・・特に肝臓と心臓は、滋養強壮によく効く成分が詰まっているため、『ヒーリングポーション』の重要な素材となる。
また、魔核と呼ばれる、魔物化した際に、体内に存在する魔力が凝固した物質が、魔力を回復する『マナポーション』の素材になる。こちらについては、すべての魔物に言える事となる。
また、こういった他種族を襲って繁殖させる魔物の睾丸は、男の精力剤の素材としての価値もあり、トロールのそれは最上級の素材として珍重されているという話だ。
特に、貴族連中に、とても人気があるらしい。
なお、内臓系統の素材は、火で炙ったところで表面の皮膚が防御して、生肉のままの状態で維持している。
そんな何から突っ込んでいいのか解らないような生態をしているのが、トロールという巨人族の成れの果ての魔物なのであり、トロールオークでもある。
閑話休題。
さて、目の前にいるトロールオークの集団は、女性型が支配するもっとも最悪な集団と化している。とはいえ、女王?が支配する故、他種族の女性を襲わないだけいいといえばいいのだが。
「では打ち合わせ通り、まずは殲滅部隊の武器に魔法をかけて武器を強化します。その後私が、【ファイアーウォール】と【ファイアーボール】を併せたオリジナル魔術【ファイアートルネード】で、トロールオークをある程度殲滅します。【ファイアートルネード】の炎が収まったら、他の方々は突入して生き残りを殲滅していただきます。」
私は、トロールオーク殲滅作戦の概要を、一応この団体の冒険者たちのリーダーとして選任している、『トンビの囁き』というパーティのリーダーであるガイストさんに確認する。
「ああ、それでいいぞ。武器に強化魔術をヒカリちゃんにかけてもらった後、前衛陣があいつらを袋叩きにする。その間ヒカリちゃんには申し訳ないが、商隊の護衛をヒカリちゃんのパーティに任せる事になる。
あとは、10分も経たないうちに皮膚が再生するから、ヒカリちゃんの魔術の後は、本当に時間勝負となる。いいな!野郎ども!」
「「「「おうっ!」」」」
「「了解しました!」」
グラニカさんの掛け声に合わせ、それぞれの武器を天高く掲げる面々。私とコトリも、その場のノリで、みなと同じ行動をする。
では、トロールオークどもを殲滅いたしましょうか。
「ではいきます。【ファイアートルネード】!」
私は各々の武器に強化魔術をかけた後、無詠唱で【ファイアートルネード】という、所謂炎の竜巻をトロールオークの集団の中心あたりにぶち込んだ。
天に掲げた右手からは、黄色く輝くバスケットボール大の炎の玉が現れる。
少し過剰気味な温度だが、下手に低温で攻撃して炭化できないといけないので、たぶんちょうどいいくらいの温度だと思っている。炎の玉の温度は、ぶっちゃけ私のイメージ次第なので、その気になれば鉄をも一瞬で気体にできるほどの炎の玉も作り出す事は可能だ。今回はやらないが・・・・・。
まあ、それはいいとして。
私の手から離れた炎の玉は、ありえないほどの高速でトロールオークの集団の中心あたりに着弾。着弾した瞬間、直径50mほどの円に広がり、集団をすべて包み込む。その後回転を始めて100mほどの高さの竜巻に変化する。
「あの竜巻が収まるまで、5分くらい時間があります。その間に、皆さんは攻撃の準備を行っておいてください。」
「了解だ、ヒカリちゃん。野郎ども!準備を怠るなよ!」
こうして、トロールオークの殲滅作戦が開始された。
「グラニカさん、そろそろ竜巻が霧散します。」
「了解、ヒカリちゃん。では野郎ども、打ち合わせ通りトロールオークの周囲にを取り囲め。
竜巻が霧散したら、すぐさまヒカリちゃんが冷却魔術で冷やしてくれるから、その後殲滅態勢に移行。1匹足りとも逃がすな!」
「「了解しました!」」
指定された位置に展開していく冒険者の皆さん。
竜巻が霧散した後、そこには地肌が炭化した50匹のトロールオークがいた。私が放った冷却魔法で瞬間冷却・・・・どころか、うっすらと霜さえ張ったトロールオークの集団に突っ込んでいくグラニカさんたち御一行。
属性付与された武器を振るう度、鋼のように固いと評判のトロールオークが、バターのように細切れにされていく様子は、ある意味滑稽で笑えてくる。そして、再生させる事無く、5分ほどで50匹のトロールオークの集団があっけなく部位ごとのブロックと化し殲滅されたのだった。
「それにしてもあれだね。ブロックとなって命の灯は無くなっているはずなのに、なんでこの状態で再生しているんだろうね。」
殲滅完了後、護衛対象であるランドフルさんとともに、ブロックと化したトロールオークの元に来た際、真っ先に発したコトリの言葉だ。
その言葉の通り、一部のブロックは、炎に焼かれて炭化していた部分が再生を始めており、本来の白みがかった灰色に戻りつつある。ブロックの一部のみがそうした反応をしている事から、再生しているブロックは、元は上位種の一部だったと推測できる。
グラニカさんたちは、その切れ味最強の武器でもって、トロールオークの解体を積極的に行っており、次々と各種素材へと変化していっている。
件の再生するブロックに至っては、素材として切り分けられた後でも何事もなかったかのように再生しており、再生していない通常種の素材と比べて、その異常さが際立っている。
ただし、ブロックごとが再び結合して1つの個体になるとか、再生していく過程で各ブロックが1つの個体として、五体満足な状態に再生していくといった事がないのが唯一の救いだ。
これで命まで吹き返したら、それこそチリも残さずに完全消却しないといけない。
閑話休題。
「では、先ほどの確認通り、トロールの素材は、内臓以外すべて我々が買い取るといった方向でよろしいですか?」
「ああ、討伐証明部位と内臓以外は、すべてランドフルさんの商隊で買い取ってくれて構わないぞ。
素材があっても、加工賃でぼったくられて赤字になるからな。それを考えると、すべて売り払って現金化しておいたほうが、こちらとしても結構な儲けになる。」
私もグラニカさんの意見に同意である。
「一応アイテムバッグはありますが、この量はさすがに入りませんね。先ほどのお話し通り、ヒカリちゃんがこのすべての素材を運んでくれるという事でいいですか?」
「はい、【アイテムボックス】なら、この位の量は余裕で入りますからね。」
ちなみに、私たち『ご主人様とメイドさん』のパーティメンバーは全員【アイテムボックス】を持っている。私が1人1人付与したからね。そのため、私たちに限って言えば、これと言った荷物自体持ち歩いていなかったりする。
こうして、解体したトロールオーク50匹の素材を、すべて私が持つ【アイテムボックス】に格納する。
もちろん運搬賃として、それぞれの魔物の買取金額の一割を貰う事になっている。今回のトロールオークの場合は、上位種の素材もあるとの事で、50匹分で約20万テラの臨時収入になった。
トロールオークの殲滅及び事後処理がすべて片付くと、トロールオークに攻め込まれて滅んでしまった村へと足を運ぶ。事後処理とは、各種素材として使用しない部位などを1カ所に集めて、すべてを灰にしてしまう事である。こうしておかないと、死霊系の魔物の魔物が発生していへとなってしまうからだ。滅んでしまった村へと向かうのも同じ理由であるため、そういった事案を発見した場合は、冒険者や移動商隊などの義務として、すべて灰にしてしまうのだ。