【09-01】聖女様たちのお仕事
雪解け水で、川の水量が激増する3月。
町自体は少し高台に位置してるので影響は少ないが、それ以外の場所では雪解け水による大洪水で水没してしまっている場所もある。
ちなみに、私たちが暮らすここサクラピアスでは、城壁に囲まれている場所は洪水の影響はないのだけど、城壁に囲われていない港湾地区やスラム街では、ところどころ水没してしまっている場所もある。
それはいいとして。
サクラピアスを拠点にしているとはいえ、そろそろ他の場所も転移で行けるようにしておきたいところ。現状、私が自力で行く事ができるのは、サクラピアスからオークドカレッジ、その先にあるアサルト村と国境の町メニューザイとその道中の村々。あとは、何時も修行でお世話になっているあの滝と、この世界に始めてきたあの魔境の森。
後は、セイカちゃんが転移水晶を設置してくれた為、行く事ができるようになったプライムテニシア。
その関連で、ここコロラド王国ムハマルド辺境伯領の辺境伯御一家様方が自身の統治する町の神殿に設置してくれたため、ムハマルド辺境伯領にある領都カエデテラス。
カエデテラスを西へと進み、隣国のパトシュエム王国へと向かう街道筋にあるフタバモミジ。
サクラピアスを東へと進み、隣領のダーヴィン男爵領を東西に貫くダーヴィン街道沿いにある領境近くにある町イチョウザム。
ここで紹介した町には、町の中に存在する神殿経由で行く事が可能となっている。そのため現在では、聖女である私やコトリ、ぺニアやハルナ、あとそのとばっちりを受けたセイカちゃんが、転移水晶経由で簡単に行き来できる事をいい事に、これらの町にある神殿を回るお仕事が増えてしまった。
で、ムハマルド辺境伯領の主要都市にある神殿のみ、聖女様が頻繁に出入りしているのを面白く思っていないほかの領内にある神殿。ちなみに、私と同時期に3人の聖女(治癒神『メディサリーヌ』の聖女マナミ、魔術神『イシスアマト』の聖女マコト、生命母神『ウンディーネ』と氷神『へカテリーナ』の2柱の聖女テレサ)が現れたカスタード辺境伯領では、その3人の聖女様が領内の主要都市を順次巡礼しているらしい。ちなみにテレサという女の子は、私は面識がないので知らないが、ムハマルド辺境伯領を統治するガイハド=バル=ムハマル様の姪っ子さんらしい。そして、マナミっていう女の子は、たぶん地球でもリアル聖女様だった寺岡真奈美ちゃんで、マコトっていう女の子が、私の専属侍女であり専属執事だった男の娘松林真琴君だろう。マコト君は、こっちに来る直前にとある実験魔術をかけてあったので、無事に性別が男の娘から女の子になったみたいだ。
で、私たちの本拠地がムハマルド辺境伯領にある都市なので、ほかの領内の神殿はあきらめムードなのだが、1カ所だけそうではないところがある。
バティスティア聖国(バティスティア聖教)である。
私たち聖女様が所属する宗教団体は、何を隠そうバティスティア聖教であり、その本拠地でもあるバティスティア聖国には聖女様は1人も在籍していない。本来ならば、(私たち)聖女様が誕生したという報告を受けた直後に、(バティスティア聖国から見れば)辺境の地であるムハマルド辺境伯領やカスタード辺境伯領から招聘したかったんだろうと思う。
しかし聖女様とは、それを指名した神々の化身であり名代でもある。
例えハルナのように、町の住民から聖女認定されていようとも、『〇〇の聖女』と名乗る以上、何らかの神からの加護が存在しているのだ。ただの加護や神子あたりならばなんとかなるのだが、ハルナの場合は治癒神『メディサリーヌ』の寵姫である。(女性に与えられる加護では)聖女の1つ下の加護なので、人間の都合だけでおいそれと招聘する事が出来ないのだ。
ちなみにこのバティスティア聖国、コロラド王国の王都ロンドリアの中にある宗教国家である。立ち位置としては、地球にあるヴァチカン市国が最も近いだろう。
そんなこんなで、聖女様である私たちの自発的行動で王都に来てもらいたいのが(バティスティア聖国としての)本音なのである。そういった事を何度も手紙でもって伝えられているが、私にだって日々の生活があるのだ。
ここは地球ではないので、遊びに行こうという気持ちで即座に行動する事が、いろいろな意味でできない環境である。
そんな私たちの日々の行動は・・・・・。
「明日の朝の礼拝の配置は、ハルナはいつも通りオークドカレッジね。」
「それはいいけど、ヒカリちゃん。私だけ固定なの?」
ハルナだけは『〇〇神の聖女』ではなく、『オークドカレッジの聖女』という肩書なため、朝の礼拝時の配置自体は固定されている。ハルナ曰く、毎日同じ場所でも構わないのだが、たまには違う町に行きたいらしい。
理由は、礼拝が終了した後の自由行動にある。
基本的に、礼拝が終了した後の午前中は、町をぶらついてもいいし、何かの依頼を受けておカネを稼いでもいい事にしている。
街をブラブラするにしても、オークドカレッジはムハマルド辺境伯領内でも最北の町であり、カ町でもある。現在市域を拡大中だが、まだまだ人口が増えるのは数年後であり、それまではお店もあまりないのが現状である。
「・・・・そうだね。じゃあ明日はこうしようか。」
という事で、明日の朝の礼拝の配置はこうなったのだ。ちなみにこの巡礼?みたいなことは、セイカちゃんもお仲間に入っていたりする。セイカちゃんも、同じ町での礼拝は少し飽きてきているのだ。
サクラピアス・・・・・ぺニア(太陽神の聖女)
プライムテニシア・・・コトリ(6大神の黒巫女)
オークドカレッジ・・・セイカ(月光神の聖女)
カエデテラス・・・・・ハルナ(オークドカレッジの聖女)
フタバモミジ・・・・・今回はなし
イチョウザム・・・・・ヒカリ(6大神の白巫女)
本来は、もう1人くらい増やすのがいいとは思うのだが、『〇〇神の聖女』は、その名の通り神様が選ぶ者であり、いくら神の代理である聖女であっても勝手に選ぶ事ができない。『オークドカレッジの聖女』であるハルナの様に、何処かの町の聖女様と呼ばれるようになれば話は変わるが、なかなかとそういった人物がいないのだ。
・・・・・・・いや、ムハマルド辺境伯様の女性親族は、何故か光属性もしくは聖属性を持っており、保有する魔力もそこそこ多い。そういった家系なのかもしれないが、姪っ子であるテレサ様が生命母神と氷神2柱の聖女様であるので、ご先祖様にたぶん何らかの聖女がいた可能性もある。
なお現在、ムハマルド辺境伯様の女性親族の中で、特に回復魔術が使用できる人材は皆、何処かの神殿に修道女系統の神官として属していたりする。
そんなこんなで、ハルナみたいに、何処かの町の聖女と呼べる候補自体は、それぞれの町の領主様のご息女にいるのだ。だけど、そう呼ばれるためには、何らかの功績が必要となる。
ハルナの場合は、オークド村(当時)において、あの魔物大暴走の時にたくさんの人を回復させた事だろう。
その位の事をしないと、実際何処かの町の聖女様と呼ばれる事はないのだ。
ちなみに聖女になるには、遺伝自体は否定されてはいるが、神様の考えている事は下界に住まう者たちには理解不能な事が多いのだ。
この世界の創生から今までのすべてを記録している『創生記世界記録版』によれば、過去にはスライムが『生命母神の聖女』だった時代もある。人族全般に嫌われている魔物が『〇〇神の聖女』ある事だってあるのだ。
幸いなのかどうなのか知らないが、現在そういった事例は(知られている限り)報告されていないし、『創生記世界記録版』の記載されていない。
翌日。
日も昇っていない薄暗い中、私たちは転移水晶を使って担当する町に転移していく。
「いらっしゃいませ、6大神の白巫女様。時間もございませんので、早速ですが禊の間へとお越しください。本日、この神殿でのご予定は、禊の間へと向かう道中でお話しいたします。」
イチョウザムにある神殿に転移した私は、転移水晶が置かれている部屋から出た瞬間、出迎えの修道女にドナドナされていく。時間がないのも確かので、言われたとおりに禊が行われる泉のある部屋へと向かう。
「早朝の神事を終えた後は、聖女宮殿において枢機卿様との会食を予定しております。」
「枢機卿様と?珍しいですね。カエデテラスではよくある事ですが、ここの神殿では初めてではないですか?」
「はい。実は、隣領のダーヴィン男爵領から、領主様の名代となる使者がこの町に来ておりまして。本日はたまたま早朝の神事にご参加しております。そのため実際には、枢機卿様とその使者様との会食となっております。
枢機卿様からのご依頼により、本日の担当が白巫女様だった場合は、解職に参加できないかとお伺いを立てておられています。」
「そういう事ですか。朝食を一緒に取るくらいなら構いませんよ。」
「ありがとうございます。そのようにご用意させていただきます。」
そんな会話をしながら禊の間に到着。
その後は、日の出とともに始まる神事を執り行い、そのまま朝食会場となる聖女宮殿のメインダイニングへと足を向ける。なお、神事においての進行補助は、私の侍女であり、また修道女でもある、シスターアサミとシスターメルシーである。
私が何処の神殿にいようとも、神殿内での補佐役のリーダーはこの2人となっているのだ。ちなみに、他の聖女様たちもそれぞれ侍女役の修道女が付いているので、私と同様に神殿内での補佐役のリーダーとして、それぞれの人事や日常の雑事に従事している。
ちなみに、コトリの侍女は、シスターアカネとシスターフローラ。
ハルナの侍女は、シスターミサキとシスターアンジェリカ。
ぺニアの侍女は、シスターハルカとシスターエリシア。
セイカの侍女は、シスターイマリとシスターテニシアである。
閑話休題。
「お初にお目にかかります。わたくしは、ダーヴィン男爵領領主・エルキュマス=ハイド=ダーヴィン男爵の名代として、ムハマルド辺境に来ましたアシアナ=ベルド=ダーヴィンと申します。肩書としては、ダーヴィン男爵の第2令嬢です。どうぞお見知りおきを。」
優雅に淑女の挨拶をしながら、私に対して自己紹介をするアシアナ様。
「私は、6大神の白巫女・ヒカリと言います。こちらこそ、お初にお目にかかります。急な会食場所の変更でしたが、どうかお許しください。」
「いえ、わたくしがムハマルド辺境伯領に来ました目的の1つに、白巫女様との面談がございました。こちらこそ、わたくしの日程の都合で、急な会食のご予定を組んでいただき、至極光栄にございます。」
そんな当たり障りの挨拶をした後、朝食を食べながら私との会談の理由を聞き出す。
サクラピアスを東へと進み、隣領のダーヴィン男爵領を東西に貫くダーヴィン街道沿いにある領境近くにある町がここイチョウザム。そのままさらに街道を進むと、小さな峠道を越える事になる。
この峠こそが、ムハマルド辺境伯領とダーヴィン男爵領の領境である。なお、当然人里からは結構離れているため、この峠を越える際には魔物や盗賊等の襲撃には警戒する必要はある。
細かい事は割愛するが、この領境の峠を越えて5日ほど馬車で山道を進めば、ダーヴィン男爵領の領都・コートダビエンチに到着する。ちなみに、ダーヴィン男爵領には、領都の他に10個ほどの村があるだけの貧乏な領地である。領地の広さ的に言えば、コロラド王国内で(60近くある貴族領の中で)20番目くらいには広いのだが、そのほとんどが魔境を含めた山岳地帯である。ちなみに、一番広い領地を持っているのは、ここムハマルド辺境伯領である。
まあこの傾向は、山岳地帯を抱えているすべての辺境の領地に言える事だけどね。
そんなダーヴィン男爵領からやってきたアシアナ様は、腰まである長い金髪を持つご令嬢である。
ちなみに、アシアナ様の随行員の中には、ダーヴィン男爵領の領都・コートダビエンチにある神殿から数人の神官がおり、現在はここイチョウザム神殿の神官さんたちと交流という名の朝食に参加していたりする。
本題に戻るが、アシアナ様たちがわざわざ峠を越えてムハマルド辺境伯領にやってきたのは、2つの理由がある。
1つ目の理由は、最近開発された除雪魔導具の優先販売のため、カエデテラスにおいて折衝をするため。
実はあの魔導具、特許自体は私が持っているが、設置や製造に関しては辺境伯様の許可がいるんだよね。メニューザイで倒したあのドラゴンの糞についても同様で、こちらは売買するのに双方の国家の国王様と、メニューザイを管理する双方の領主様、合計4人の許可がいる。
こちらについては、(魔導具を製作する以外は)政治的なお話になるので、私には関係のない事である。
2つ目の理由は、私を含めた聖女様御一行がムハマルド辺境伯領以外に巡礼の旅に出る際、是非ダーヴィン男爵領を通過してほしいとの事。
こちらに関してはお願いという事であり、旅の日程や立ちより先等については、すべて私たち聖女様の胸先三寸で決定するので、強制はできないんだけどね。