【06-10】ボスの討伐(その1)
今回、メニューザイの町のシベリアオス帝国側を襲った、魔物大暴走のボスであるギガントテラテクス。
ギガントテラテクスという魔物は、大地を歩き翼はあるが空を飛べないドラゴンである。見た目は地球に生息していた首長竜だが、その首が9本あるヒュドラだ。首の長さだけでも優に20mは超えており、尻尾まで合わせた全長となると100mを超える巨体である。
結局あの後、15分ほどして再起動を果たした(シベリアオス帝国側の)ギルドマスターは、自分が参加せずに進められていた討伐計画にいきなり乱入。わけのわからない理論を打ち出して、『最強戦力でもって討伐は論外。発生した国側が中心となった討伐隊でボスを討伐するべし!』という意見を押し切ってしまった。押し切ったというわけではなく、実際は押し切った形に(わざわざ)持っていかせたのだけどね。
押し切られた形に持って行ったのは、こういった人物は何を言っても聞かないからだ。つまり、自分の意見を最優先にもっていき、その意見が通らないと見るや訳の分からない理論を打ち出して、強引に自分の意見を採用させようとするからだ。
なので、全員の意見が一致し、今回の作戦と相成ったわけだ。
ちなみに、彼の意見を通すために付けた条件がこれだ。これだけは飲んでもらう条件で彼の意見を採用したに過ぎない。
ホンネとタテマエが、別なところにある事を悟らせずに・・・・・・。
1つ。討伐隊には、ギルドマスター本人は参加し、すべての指揮を執る事。
1つ。討伐隊への参加資格は、シベリアオス帝国に戸籍を持っている者に限る。
1つ。討伐隊への参加は、ギルドからの強制ではなく各人の自由意思に委ねる事。
1つ。討伐隊は、少なくとも明日の日の出までにはメニューザイを出立する事。
1つ。誰を討伐隊のメンバーにしても構わないが、その際のあらゆる交渉は、すべてギルドマスターが行い、その結果に伴う責任は、すべてギルドマスターが持つ事。
自分の意見が(条件付きとはいえ)採用された事で、意気揚々と会議室を出ていくギルドマスター。出ていくときの言葉が、「時間もない事ですし、俺が準備をしていきますゆえ、これで失礼」だったのは、彼が出ていったあとで皆で爆笑してしまったほどだ。
この条件、彼は理解できているのかな?
「名誉よりも、実利を取る男だと思ったが・・・・・・。彼も目の前にぶら下がっているニンジンには弱かったよだな。」
「そりゃそうさ。魔物大暴走が着たあの日、俺は彼に進言したんだよ。『コロラド王国側の戦力も、初期段階で組み込んでおけば勝てると』ね。その意見は、シベリアオス帝国側の元領主殿も賛同してくださっていた。元領主殿は、オークドカレッジで発生した魔物大暴走の功労者が、現在この町に滞在している事を知っていたからな。もちろん、その者たちの立場も含めてな。
あんなことになってしまったのは残念だが、彼はそれなりに優秀な人物だったんだ。」
現在、領主の座も、貴族の座もすべて剥奪されて初経を待つのみの元領主(そういえばなんて言う名前だったのか忘れた)にも、意外な一面があった事に驚く私。
あの姿しか見ていない私には、元領主を正当に評価できる材料がないので、彼の身体に対しての口出しは出来ないが・・・・・。
そういえばそろそろ・・・・・
「ただ今戻りました!ヒカリちゃん!」
いきなり会議場に現れたミオに、一瞬全員が警戒態勢になるが・・・・・。
「お帰り、ミオ。それで、観測結果はどうだった?」
「うん!バッチリっとは行かないけど、ここ3日間の観測結果で、ある程度はギガントテラテクスの行動予測は付いたかな?」
「ありがとう。そ・れ・か・ら!いつも言っているでしょう?部屋に入る時は、扉から入りなさいと!」
私と不審者との会話に、警戒を解く面々。
「それじゃあミオ、報告をお願い。」
「はい、かしこまりました。」
私の言葉で、今までのホンワカ雰囲気から、いきなりキリリとした雰囲気に変わったミオに態度で、会議場内に緊張が走った。
『3日間という短期間でのみの観測なため、ギガントテラテクスの行動予測には、あたしの私見が多々入っている事を先に謝罪しておきます。』という前置きを入れて配られた報告書を元に、報告をしていくミオ。
この報告書、何時作製したんだろうか?3日間の観測結果とはいうものの、ちょっとした薄い本が出版できるほどの厚さがあるんですが?
この報告書には、ギガントテラテクスの1日の行動パーターンが、観察と予想を交えて、おはようからお休みまでおおよその時間ごとに書かれていた。
その中には、『9本の首は、それぞれ食べる餌が異なっている』と書かれており、その中には、観測した範囲内での好き嫌いも詳細に報告されていた。当然食べるモノがあれば、出るモノもあるわけで、それすら詳細に報告されている。
そして、何時聞いてきたのか知らないが、長命種で知られるエルフ族や妖狐族などから聞いてきたと思われる口伝や伝記なども、何故かシレっと報告書に書かれており、ミオの情報収集能力のすごさを物語っている。
「ところでヒカリ君たちは、毎回このような観測を行っているのかい?」
報告書を詠んだ後、コロラド王国側のギルドマスターが素朴な疑問を聞いてきた。
「いえ、ここまで行うのは、(あのゲームの中も含めて)初見の魔物だけですよ。ああ、ダンジョンの中にいる魔物は、初見でもぶっつけ本番ですが。」
「まあ、ダンジョンについては、データー云々の前にいきなり現れるからな。」
「はい。ダンジョンの事は置いておいて、外にいる魔物は、当然生きていくためには生活サイクルがあるわけです。すでに見知った魔物ならともかく、初見の魔物は、討伐できる確率を少しでも上げるために、可能な限り魔物の生態をまず観察します。できる事なら、調査攻撃を仕掛けて、弱点を探し出しますが・・・・・・、そういえばミオ、調査攻撃は行ったの?」
「えっ!あっ!そうそう!調査攻撃ね。いろいろとやって、サンプルもちゃんと確保しておいてよ。で、これがそのサンプル品。」
そう言ってミオが、自身の【アイテムボックス】から、いろいろなサンプルを取り出して地面に並べる。私たちはその並べられたサンプル品を検分するために、席をいったん立ちあがった。
いろいろと有用そうな素材も数多く発見できましたよ。
あと、さすがドラゴンというべきなのかなんなのか・・・・・。
何故か回収されて、サンプルとしてここに並べられている固形物の排泄物と、液体の排泄物。
その2つも何故か、とっても有用な素材になる事が判明。
特に、固形物の方は乾燥させて壁などに塗り込むだけで、ドラゴン種以外(ギガントテラテクスよりも格下のドラゴン種を含む)の魔物を排除する効果があった。
それも(乾燥する前後で)悪臭も発生せず、さらにはその場から5㎞程度離れたところまで効果を発揮している。たぶん、今回の魔物大暴走の発生原因も、排泄物が大いに影響していると判断されたほどだ。
これが解ったのは、この排泄物がサンプルとしてこの場に取り出された瞬間、この町を散発的に襲撃していたすべての魔物が、一目散に何処かに退散していったから。
これには、魔境のど真ん中にあり、周辺にダンジョンが存在しないこの町(や他の町や村や集落等)にとって有用な素材だという事で、可能な限り回収対象となった。また、今後ギルドにおいても、ギガントテラテクスを含め、上位のドラゴン種の排泄物の回収依頼が始まるらしい。
閑話休題。
「ところで、この報告書は、ギルドに提出してくれるんかい?」
「別に構いませんが、これは私たちパーティのために集めている資料ですよ?当然、それなりの対価はいただけるんですよね?」
「ああ、ギルドからの調査依頼で集めたのではなく、各冒険者が独自の判断で集めている資料だからな。当然それを買い取るわけだから、対価を支払うの事になる。実際は、試験が多々含まれている現状の資料ではなく、討伐時の状況も含めた報告書を買い取る形になるがな。」
なお、今回の魔物大暴走のボスであるこのドラゴンの名称『ギガントテラテクス』は、私が万能透過鑑定で鑑定した結果表示された名前を伝えたら、それが正式登録されているだけだ。理由は、ギルド側でも記録のない初見の魔物だったから。私がそう呼んだのを仮で名付けていたら、いつの間にか正式登録されていただけだ。
まあ、それはいいとして。
「となると、先発隊で出撃する討伐隊には、この報告書の情報は知らない事になりますね。」
「ああ、そういえばそうだな。しかし、事前の下調べは、冒険者としての鉄則だろ?いくら初見の魔物だからと言って、『誰もその詳細や一部の情報すら知らない』と、決めつけて行動するのはよくない事だ。現にこうやって、『正確ではないがある泥土調査できている報告書』が上がってきているんだからな。
まあ、この報告書の内容を知りたい場合は、誰であろうと『ギルドが定めた情報料』を貰う事になるけどな。どんな些細な情報も、誰かが命懸けで集めてきた情報だ。その者に対し、何らかの報酬が発生する事は多々ある事だ。今回は、まだギルドが買い取っていないから、お情報の所有権はヒカリ君たちにある。貰った情報料は、すべてヒカリ君たちのモノになる。」
私の呟きに、ギルドマスターがシレっとそう答えた。
そして、先遣隊が、何らかの情報を求めた場合、情報料を支払えば、この報告書の閲覧を許可してほしいと依頼してきたので快く了承しておく。そして、先遣隊が、命懸けで得た新たな情報があった場合、その情報を買い取ってもらいたいとの依頼も、快く了承しておいた。
情報の売り買いには、何らかの対価が発生するのは当たり前の事である。その対価がおカネの場合もあれば、別の何かである事もあるからね。
地球では、半分ほど裏の世界に足を突っ込んでいた私だ。情報の売り買いは、日常茶判事だったんだよ・・・・・、これでも。
(シベリアオス帝国側の)ギルドマスター率いる、ギガントテラテクスの先遣討伐隊が出立したのは、その日の夕刻、日が沈むちょっと前の時間帯だった。そうも、真夜中の戦闘か、明日の早朝当たりの戦闘を想定しているみたいだ。
討伐隊の編成は、剣士だと自負しているギルドマスターと、どうもシベリアオス帝国で著名らしい魔術師であるシベリアオス帝国側の前領主。そして、おカネと名誉と称号に目がくらんだ、シベリアオス帝国に戸籍があるの冒険者(話によるとBランクが2人、Cランクが10人、Dランクが10人)の計24人にも及ぶ大所帯で出立していった。
ミオが、事前に集めていたギガントテラテクスの情報を入手すらせずに。たぶん、『初見の魔物だから、(どんな些細な)情報は1つもない』と決めつけていたんだと思う。現に何処に住んでいるのかは知らないが、エルフ族や妖狐族などから聞き出した内容もあるので、その気になれば埋もれた情報がわんさか出てきそうであるのだが・・・・・。
まあ、いいや。
夕刻に町を出立していった彼れには、観察者としてミオが後をついていってくれている。本人曰く、『戦闘時の情報がないので、ついでだから報告を充実させてくる』らしい。
その後、日付が変わるかどうかと言った時間帯に、遠くの方から戦闘音が聞こえてくる。2時間ほど戦闘音が鳴り響いた後、突如としてその戦闘音が鳴りやんだ。
その後、追加の報告書と携えてやってきたミオから、『先遣隊は全滅した』という報告を聞いた。
ミオが作成した報告書には、こんな一文は記されている。
『ギガントテラテクスは、観察の結果夜行性と見受けられる。月光の下では、その力を最大限に発揮できるみたいだが、太陽の下では、その力の半分も発揮できていない模様。よって、ギガントテラテクスととの戦闘を想定するのなら、太陽が最も力を発揮している正午前後を狙うのが得策と考える。』
このように記した理由も詳細に書かれているため、仮にギガントテラテクスを戦闘をする場合は、夜中よりも真昼間に行った方がいいのだ。
人対人の戦争においてでも、人対魔物との戦闘においてでも、矜持だ何だと綺麗事を抜かす奴は、真っ先に負けるのだよ。
綺麗事が通用するのは、ルールの上で闘う試合のみ。
戦争するのなら、相手の裏をかくのは常識である。退魔者戦に至っては、どれだけ相手の不利な条件に持ち込むかが、勝敗の決め手になる場合もあるのだ。
さて。
初めから決まっていた事だが、先遣隊が全滅した場合は、芳名である私達『ご主人様とメイドさん』8人が出る事になっている。先遣隊を使い潰した状態にはなってしまったが、本来ならば私たちを出して終了する予定だったのだ。
おカネと名誉と称号に目がくらんだ先遣討伐隊や、その親類縁者には申し訳ないが、恨むのならばこれを押し切った(シベリアオス帝国側の)ギルドマスターを恨んでほしい。
さて、そんな事を考えながら私達『ご主人様とメイドさん』8人は、報告のあった夕方に、のんびりとギガントテラテクスのもとに向かったのだった。
なお、戦闘を始めるのは、翌日の正午ごろになる。
わざわざ、相手の特異な時間帯で闘う必要はないからね。なお夕方ごろに出立したのは、到着後即座に戦闘ではなく、現地でゆっくりと英気を養いたかったからだ。