008 水晶の少女
「こちらにどうぞ……えっと、この世界ではゆうていで良かったんだよね?」
俺は謎のノーパン美少女に、巨大な塔(彼女曰くバベルの塔)に案内された。抱き抱えようとするのを丁寧に断り、多少不便だが、俺はこの世界で一人の力で生きる事を誓ったのだからと、多少不便だが上を見上げながら、多少首が疲れるが──てか首は無かったな。そう、触手が疲れるが、ペタペタとその後をついて歩いて──いや這いずっていた。
不可抗力だよな?
その時、背後から背の高い女の人が現れた。振り返るとそれは──
「エレクトラさん!」
此処にもエレクトラさんが!
「私は神の使徒である存在、エレクトラの呼ばれる者の一人です」
どう言う事だ?
『神の使徒はどの世界にも存在するのですが、肉体を移動させるのは莫大なコストが掛かるので、予め依代を用意して置くのですよ』
そうオシリィは言った。
つまりこの世界のエレクトラさんと言う事になるのか?
そのエレクトラさんは後ろからパッグを持って付いて来る。
てか軍団なのか?
少しボンデージめいた皮の鎧に身を包み、俺の魔石を大切に守ってくれているようだ。
このまま売りに出したりとかやめて下さいね。
信用は出来んが疑ってもどうしようも無い。俺は諦めて行くとこまで行ってみる決断をしていた。前門のバベルの塔に後門の二匹の竜か。
塔の入り口には、巨大な金色の林檎のレリーフが飾られている。見覚えのあるマークだが、まだ誰にも齧られてはいないようだ。そして足元にも林檎のマークがある。こちらは魔法陣の一部に流用されており、何らかの意味を持っていそうだな。
「トライフォースのマークみたいなもんかね?」
「そう、これはこの世界にあちこちに散逸しているバビロニアの遺産を起動する認識票みたいなものかな。そしてその全てがほぼ起動出来る状態にあるんだ」
そう言うと美少女はそっと手を翳し、塔の門を事もなげに開き、俺を招き入れる。
「……これが神の怒りをかったバビロニア王国の聖地か」
顔が映るほどツルツルとした大理石の様な床を──いや壁一面が同じ様な光沢のある石で埋め尽くされている通路を抜けると、そこには巨大な円形のコロシアムの様な広間があった。
「……でかい。東京オリンピックのメイン会場A案みたいだ」
ゆうに数万人が入れそうな程の空間
頭上も数百メートルはありそうな程高い天井にステンドグラスの様な物がはめ込まれ、明るい光を届けている。
「……てか、広過ぎねえか?」
そう、確かに大きな塔だったが、どう考えても中はその数十倍はあるぞ?
「多少空間を歪めてあるからね。この塔を構成する巨石に細工をして、圧電効果を元に魔力を生成しているんだよ」
それは凄い!
て、でも神の怒りをかって破壊されたのに、何で機能してるんだよ? おかしく無いか。いや、全部おかしいけれどな。それでもおかしいだろ?
「神の怒りをかって、私達はそうね、完全には破壊はされなかったのよ。いえ、出来なかったのね。既に神の力の一部に辿り着いていた私達は、強力な結界を創り上げ、崩壊寸前で守り通したの。でも、それがかえって神の怒りをかった」
「破壊されなかった?」
「そうだよ。その代わり、神は代理を、神の啓示を受けた奇跡の子──君の世界で言う所の勇者を送り込んできたの」
「勇者を? てかそれじゃ?」
「そう、我々バビロニアはその時世界を一つの言葉で統治していたの。しかし、それを圧政だと反乱が起き──」
「それを勇者が率いて来た?」
「そう、彼等はある事と引き換えにその力を得て、この塔を封印したわ」
「そう、この塔を破壊出来ないと知った神は、永遠の牢獄にこの塔を幽閉したのよ」
呆れる様に塔の管理者である美少女はそっと指を翳した。
「あの、少女の魂を拠り所としてね」
その指の先には、水晶に封印された美少女がいた。その美しいツインテールの美少女──ツインテール? この世界にもそんな髪型があるのか?
「まさか……」
「そのまさかよ。この世界で最初に召喚されたのはあの──女子高生よ。ゆうていの居た地球とはまた違う世界の、確か地下アイドルで、ビラ配りをしている所を召喚された筈よ」
「時間も空間も歪めちゃってるじゃないか!
「何でか知らないけど、ゆうていの時代って、召喚されると変な力を発現する人が多いらしいわね。何かメタ情報でもダダ漏れしてるのかしら?」
何か分かる気がするわ
「特に日本からの召喚がトレンドよ。老若男女を問わず」
「限りなく拉致っぽいのが気になるが、心当たりはあるよ」
日本のサブカルチャーは異世界すらも巻き込むんだね。
俺はジッと水晶の中で微動だにしない美少女を見上げていた。ずっとあの中なのか。トイレとかは──
「心配しなくてもあの中は時間が止まっているからね。過ぎ去れば一瞬だよ。そしてゆうていと同じ様に元の世界に何事も無く帰還するのさ。このバベルの塔も無限にはもたないからね」
杞憂だったか。
てかもたない? この塔が?
「ここで朗報があります!」
「……朗報だって?」
「そう、首だけになったゆうていに、良いお話があるんだよ」
嫌な予感しかし無い。
「でも首だけじゃ困るだろ?」
「そりゃ困るさ!」
そこで、塔の管理者がニコリと笑う。
「ゆうていの身体は確かに不死身なんだけど、劣化版だから無くなった部位までは再生出来ないんだ──けど──」
劣化版? 劣化版だと? 神様に引き込まれたのに劣化版を俺にだと!
「本当なんですか! エレクトラさん!」
すると、少しくぐもった表情でエレクトラさんが答える。
「残念ながら、オリジナルと比べると、しかもハイエンドの素体と比べれば、劣っている事は間違い有りません」
「でも、再生能力自体ばあるから、死なないけど、首だけだから、手も足も出ないよね」
「羽根と触手は出たけどな」
死ねない──死ねないのか──死ねない!?
それってもしかして、このままって事なのか?
「だから、私に任せなさいって!」
そう言って塔の管理者である美少女は、魔法陣を開くと、俺を誘う。
「私達はこの塔の一部だから、この神の封印空間から出る事は出来ないけど、君は違う。異世界からの来訪者だからね。あの美少女の封印要件に引っかからないんだ」
俺は誘われるままに、その魔法陣に入った。すると一瞬だけ視界が揺らいだと思うと、今度は暗い、研究室の様な場所に転移しているらしい。目の前には幾つもの巨大な透明なさい容器が並んでいる。そこには、竜や、巨人、獣人など、様々な生き物が収められている。
そして、時折蠢いていた。
「……生きて…るのか?」
「ううん、生きては──いない」
美少女はそう言って、俺を中央にある、一際大きな機械の前に案内した。
「我々はね、神かしたもうたように、塵から、人を、命を創造しようとしたのさ。一切の制約を課せられてい無い、無限の霊質と可能性を秘めた新たなる人を、産み出そうとして──成功した」
「成功したのか?」
「だが失敗だった」
「何故に?」
「肉体は創造出来ても、肝心の霊魂、精神が宿らなかった」
「……つまり?」
「ただの人形さ」
恐ろしく儚く美しい──と付け加えた。
「失敗だったけど、成功だったんだ」
「何の謎々なんだよ!」
「意外な使い道があったんだよ」
「使い道だって?」
そうして、その美少女は、陰鬱な表情でこう言った。
「魂の器さ」
「それってまさか」
そう、古代バビロニアは、この時、道を誤ったんだよと、悲しげに、俺に語り始めた。
それは
一つの頂点を極めた文明の、終焉を伝える物語だった。
神をも退ける力を手に入れた、栄華を極めた文明の顛末
「聞きたいかい?」
「人の失敗をほじくり返すのは大概に悪趣味だが是非に」
「では、この最後の塔の管理者が、異世界からの来訪者に、その物語を語らせて貰おうか──」