003 プロロロローグ
003 プロロロローグ
『それでは、幾つか質問させて頂きますね』
光の奔流の中、俺は神の使いを名乗る携帯ショップのセクシー店員、エレクトラさんと対峙していたはずだが、いつの間にか目の前には光の珠がフヨフヨと浮かんでいる。もはや手遅れ感半端無いが──それでも聞かねばならない。
「お前は何者なんだ!」
今更だけどね。だって、もはや光の奔流の真っ只中なんだからな。タダほど怖いものは無い──婆ちゃんの言った事は本当だった様だ。今更だけどな。
『私は貴方の契約されたスマートウォッチ専属である双方向音声インターフェースアプリ、オシリィです。これから宜しくお願いしますね。因みに絶賛異世界へのダイブ中です。終了まであと僅か、それまでに準備を終えなければ丸腰でサバイブになりますから質問は殆ど諦めて下さいね』
「解約は?」
『無理です。このまま異世界に放逐されたらそれこそ一貫の終わりですよ? 契約通り、ちゃんと異世界冒険譚で無双出来るように手配させて頂きますからご心配なく』
まさか本当に俺が異世界転生させられるとは。スマートウォッチの無料モニターじゃないのかよ!
『私達はそこまでブラックでは有りませんから! ちゃんと十年モニタリングさせて頂ければ、元の世界の、元の時間に、報酬付きで帰還出来るんですよ? アイルビーバックなんですから!』
何だこいつ? さっき迄とはノリが違い過ぎ無いか? てか、釣った魚には餌をやらねとでも言うのか、いつの間にか美女じゃなくて単なる光の珠に変身してるし。
「ちゃんと元の世界に戻れるんだな!」
『もちろん! そこはお任せ下さい。て言うか、貴方は元の世界から微動だにしていませんよ? 引っ張って来れたのはあくまでも幽子と呼ばれるモノだけですからね。肉体はそのままなのです!ご心配無く!』
「心配だらけだ!」
ただ、どうせ俺に確かめる術は無い。ならば、少しでも早くこの状況を終了させる他無いのだ。
「話を聞かせて貰おうか!」
俺はファミコン黎明期から異世界ロールプレイングゲームに人生を捧げて来たんだ。こんなトコで詰むわけにはいかないんだよ! せめて秘蔵のエロゲだけでも処分しなければ──死んでも死に切れん!
『そうこなくちゃ!』
そう言って、エレクトラと名乗るインターフェイスアプリは、スマートウォッチとスマートフォンを幾つかテーブルの上に並べた。
『その昔、リンゴ好きなマニアが、ある世界で、Microsoftですら不可能だと断言した携帯電話とウルトラモバイルパソコンを融合させる事に成功し、奇跡的はビッグヒットとなりました』
「……何処かで聞いた事のある話だね。その発表がMicrosoftが不可能だと発表した翌日に狙い澄ました様に発表されたのには、よほどの恨みがあるんだなと感心したもんだよ」
『ええ、彼はオリジンと呼ばれる、独創的なモノを生み出すユニークスキルを転生した時に与えられていましたからね。その特性故に、許せなかったかったのかもしれません。血の通わぬ大企業のエゴが』
「……えっ? あの人転生してきたの!」
『でなければあそこ迄の能力はそう簡単には手に入りませんよ?』
おいおい、地球にも乗り込んでき来てたのかよ! なら青いダイオード造った人なんかも怪しいんじゃないの?
『いえいえ、あの程度ではまだまだですよ。可能性もゼロではありませんが、転生者とは神をも味方に付けるのですから、まさに世界改変を起こす存在なのです。もう一押し足りませんでしたね』
青いダイオードでも足りんだと! 転生半端無いな。
『リンゴ好きなマニアは、この世界で役割を終え、元の世界に戻りました。その功績により──新たなる神として!』
「マジかっ! 神! 神になったの!」
そ、そうか、皆んながお布施だとか、香典がわりだとか言ってたのは、あながち間違いじゃ無かったんだな。てか、転生者がいたなんて、宇宙人や地底人が居たよりビックリだ。マイケルなんかも怪しいよね。
『いえいえ、あの人は未来──そ、それはさて置き!』
「えっ! み、未来? 時を駆け込んで来たの! だから世界初と言われるミュージックビデオを──」
『いやいや! えっと、コレが彼の遺作です!』
何かを誤魔化そうとするオシリィは、まだ他にも深い秘密をもっていそうだった。
慌ててゴッソリと机の上に並べられた数々の有象無象なギア達は、見た事が有るものと、見た事が無いものの、境界を辿る様な造形をしているモノが多かった。
『コレは彼が開発しようとしていた遺作なんです。残念な事に、転生したとは言え人である事に変わりはありませんから、時間が──足りなかった』
「……割と早く死んだんだったよな」
そうか、コレが噂になっているリンゴ屋の百年の遺産、聖遺物と呼ばれる開発途上のギア達なのか。モノづくりに捧げた男の魂の残骸が、目の前にはあった。
『彼は神になってからも、幾つかの革新的なアーティファクトを創り出してきました。そのスマートウォッチも、名称や仕様は違いますが、これから行く世界では本物のマジックアイテムとして存在しているのですが、残念な事に──』
「……やっぱり人気が無いんだ?」
コクリと、光の珠が頷いた──ような気がした。
『あの世界は剣と魔法の命懸けの世界、新しいモノを受け容れる余裕が無いのです。それ以外にも幾つかのアーティファクトを勇者や聖者に神託と共に渡しましたが──』
『……元々の勇者の装備があるから利用しようとする人が殆どいないのです。流石に今ある勇者の装備を全部壊そうとしたら上級神に怒られたそうです』
「この世界も基本的に保守的なんだね」
『でもそれで諦めるあの男ではありませんからね~~最後は魔王にまで提供したんですよ』
「マジかっ! それって人類への裏切り行為なんじゃ無いの!」
『いえいえ、勇者も魔王も共に神の赤子、対立によって成り立ち、調和によって保たれる存在ですからね、別段おかしくは無いのです』
嫌な世界の本質を聞いちゃったよ
「で、俺に一体どうして欲しいんだ? まさか笛に太鼓で宣伝して回る訳にもいかないんだろ?」
『貴方には、新たなる伝説を創り出して欲しいのです! それこそ、勇者や魔王、それに連なる王家や眷族達もぶっ飛ばして、神話をユグドラシルにもたらして下さい! そしてのスマートウォッチが世界を塗り替えるスタンダードになる様に世界改変を成し遂げて下さい! それによりユグドラシルの未来が大きく変わるのですから!』
「いやいや、あの人みたいな転生者ならいざ知らず、ただの寂れた三十代独身で微妙に高血圧高血糖高脂血漿な俺には不可能だから!」
無茶振り過ぎる!チートで無双位ならいざ知らず!
『……でも、貴方は絶賛転生中なのですが?』
「確かにっ!!!」
てか、あの人、異世界に神として生まれ変わっても、性格変わってないのね。
どうあってもスマートウォッチを広めるつもりなのか。てかスマートフォンですら無いんだろ? そんな世界でどうやって?
『あるんですよ』
「へっ? あるって……まさか」
『剣と魔法の世界に、形と仕様は違えど、彼は創り出したのです!』
「もう世界改変しとるのかっ!」
ドヤ顔のオシリィが見えた──様な気がした。
『その名も【ZuMaphone/ズマホン】!』
「やっぱりそれかっ!」
『そして【ZuWatch/ズウォッチ】!』
「よく考えたら光の国から来た人の掛け声みたいだなっ!」
『更に続々と開発されるZuシリーズ!』
「少しは省みろよ!」
いや、このこだわりで彼は神になったのだから──これも天啓だと皆んなが諦めるしか無いんだろう。
そして、光の奔流が終わり、俺は草原の中に立っていた。
吹く風は何処までも澄んで、生命の息吹を感じさせる。元の世界の煤けた大気とは違う匂いに、俺は異世界での冒険譚の始まりを意識させられた。
『あっ! 何にも加護を与えてませんでした!』
「!!! こらぁあああああっ!」
そう、俺の異世界冒険譚は──命懸けの丸腰スタートになったのだった。