021 脱出
☆
俺は決死の覚悟で水の中の洞窟を潜った。
敵は居ない様だ。
どうやらあの地底湖の水は絶えず浄化されている所為で邪悪な魔物も余り近寄ろうとはしないらしい。
試しに俺は水の中で息を止めても三十分でも何ともか無かったから多分大丈夫だろう。多分だけど。大丈夫だよねと自分に言い聞かせる。
『ゆう帝、今度から読み難いのでひらがなから呼び方を変更してみました』
『呑気だなおい!』
さすがバビロニアの幽子AIだ。人の心の機微には疎いらしい。
『あのな、このまま水死ループになるかもしれないんだぞ』
色々確認してみると、即死になったらその程度によりクールタイムが発生し、意識を取り戻すのに時間がかかるらしい。その時に再度攻撃を受けるとそこからまたクールタイムになるから、デスループになるそうだ。さすがにそうなるとバビロニア製のこの身体もお手上げらしい。それならいっそ吹き飛ばされて細胞からの復活の方が現実的だなどどほざく。
(水死ってわりと最悪だな)
その時、先行するオシリィの子分、通称コシリィ一号から吉報が入った。
『この先は滝壺でした!良かったですね、水死ループじゃなくて』
『ばかやろう!落ちた先から登れなったら一生闇の住人なんだよ!』
だが水の流れがどんどん加速していく。
『……あれ?』
『結構速いでしょ? あの空間から流れ出るんですからね~仕方ないですよね~』
その通り、必死で泳いでも元来た場所に戻るのは不可能だった。さすがのバビロニア製の身体能力も水陸両用では無いようだ。
加速する流れの中──俺は必死で考える。
『出口が滝──なら空間があるんだな?』
『そうですね~でも流石に飛べるかどうかは』
頭だけなら飛べるけど、完全に全てを喪失してから復活出来るかどうかはかなり怪しい。少なくとも劣化版の時は復活は無かった。
『再生と創造ではコストが段違いですからね~~呆れるほど豊富な魔力と生命力を盾になら出来ますけど』
今は足りんらしい。
この場合選択肢は二つか
一つ
必死で飛び出した崖にしがみ付く。
二つ
いっその事対岸に飛びつく。
ココは地底だから絶対に四方を壁に囲まれている筈だからな。
ドドドドドドドドドドッ
滝の噴き出す音が聞こえる。時間は残り少ない様だ。
どうする?
勘だ!飛び出して何か前に見えたら飛びつこう。見えなかったらまてよ?
俺はサッとスレイプニルブーツをZuWatchから取り出し装備する。
『あるじゃん──足場は』
更に加速する水の流れに揺られながら、俺は出口にまるでジェットコースターの様に翻弄されながら押し流されていった。
『意外と速いぞ!』
『あと百メートルで滝口です!』
ここから先は別エリア、ダンジョンマップにも表示されない未知の世界だ。つまりダイブだ!
徐々に速度が増し周囲の水が泡立つ様に振動する。バビロニア製の身体出なければ此処で失神してもおかしく無いだろう。そして押し流される足元に光の点が見えて来る。
『あと五十メートルです!』
更に激しくなる水の崩落する音
「よし、ここだ!」
俺は右手の捕食触手を最大で展開し、一つの大きな爪に変形させた。試してみたら触手の数を減らせば減らすほど膂力が増す事が分かった。今の俺なら車だって持ち上げられるかも知れない。
『あと三十メートル!』
失敗は許され無い。放出される水の量から判断してこの滝壺は桁違いの深さがある筈だ。俺はタイミングをはかりその時を待った。
『あと十メートル!飛び出します!』
「うおおおおおっ!」
俺は爪を排水口の天井に引っ掛けた。ガギギキッと岩を削る振動が爪を震わせる。止められなくてもいい!一瞬水圧のベクトルを変えられれば!
『排水口突破!自由落下に移行!エリアを超えました!』
その時水圧が一斉に崩壊し俺は慣性の法則で放り出される!その時引っ掛けた爪が中央から上に向かって凧揚げの凧の様に俺を跳ね上げた。
「今だ!」
一瞬俺の身体が落ちる水の中から飛び出したその瞬間──俺はその水の上をスレイプニルブーツの力で一回だけ飛んだ!
「何処かに──あった!」
俺は飛び出した崖に触手を伸ばし上に飛び上がる。
「獅子の顔!?」
そこは巨大な石で出来た獅子の顔が岩を削り出して造られていた。
だがこんな場所にいつまでも張り付いては居られない。そのまま一瞬その顔の鼻の上に飛びつき、再度確認する。
そこはまるで景勝地の様に美しい石造りの橋と神殿が見えた。どうやら此処は巨大な地下空間の亀裂の中だ。やはり底は見え無い。滝壺と言うよりこれは奈落/アビスの方が正しいな。
丁度排水口と石の橋が交差する様に交わり、位置関係は此方が上だ。
「届くか……」
距離的にはギリギリっぽいが、行くしか無い。
俺は飛び出す水の奔流に向かってスレイプニルブーツの力を借り突撃を掛ける。
『ま、マジですか──!』
「大マジだよ!」
俺は水の瀑布による飛沫を弾きながら落ちゆく奔流に飛び乗り──その上を駆け抜ける!
「どりゃああああああああっ!」
まるで弾かれるように走り抜ける ──が何処かで限界が来る──その前に飛び出し──目の前の橋に飛びつくのだ!
(欲を出したら奈落!足りなかったらヤッパリ奈落!酷いチキンレースだ!)
俺は水が飛沫になる先端を狙い──跳ねた!
「届けええええええええっ!」
俺の身体が宙を舞う。
流石のバビロニア製の不死身の身体でも空は飛べない。頭だけならいけるけど。
(やべっ!足りん!)
だが──失速する。
あと十メートルは届かない!
「頼む!羽根プリーズ!」
バサッと羽根が出る!
大分慣れて来てるな。
それでもこの身体を浮かせる程では無い。あと五メートルは足りん。
「触手伸びろ────!」
最後の勝負だ!
乾坤一擲
俺は羽根を閉じ全ての肉体を──触手に賭けた!
ヒュンっと鞭の様にしなる触手
その先端の爪が──ガギンッと石橋に喰らいついた。
ブルーンッと振り子の様に俺は石橋の裏側に辿りついた。
「せ──────ふっ!」
……死んだかと思った。
……少しちびったかも。
ジッと石橋の下で上の様子を伺う。
「…………」
『…………』
さて、どうするか。
そっとZuMaPhoneをtapしダンジョンマップを開くと、どうやら新しいエリアだと判断している様だ。
「……【神域】……かなり……深く迄入り込んだのか?」
俺が警戒しているのはモンスターアラートだ。重要エリアへ手順を踏まずに乗り込んだ時に、危険な排除モンスターが召喚される事が多い。しかもエリア移動を封鎖されデッドエンド狙いの凶悪な奴が多いんだよな。
息を潜め──敵を探る。
「オシリィ、コシリィ総動員で索敵を頼む」
『了解です!』
オシリィは情報だけの存在だ。結界にかかり難い──と言うより殆どかからないだろう。魔法探知にも生命探知にも検出されないのだ。
フヨンフヨンと六体のコシリィが様子を探る。画像だけが俺のZuGlassに送られて来るのだ。覗き魔の心境が良く分かるよね。命懸けならなおさら興奮するわ。
『・・・・異常無し──何も検知できません~』
これだけの場所に何も無いのは不自然だな。取り敢えずダンジョンマップで確かめてみるか。
マップを丹念に確認して見ると──どうやらここは行き止まりらしい。
奥に見える巨石の上に神殿を造り、石橋を渡したんだな。画像からは人の手が入った気配はかなりの期間無さそうだ。いわゆるドロー型なのだろうか?キーアイテムをドローする迄はチャンネルが開かないってヤツか?
気配は全く感じ取れ無い。
「…………良し上がろう」
俺は地底湖から脱出し──さらにややこしい場所に飛び込んだようだった。
石橋の上から神殿らしき物を見上げる。やはり地底なのに光りが照らしているのは魔法の力だろうが、それはまだこの遺跡が稼働状態にある可能性を示唆している。
「……【神域】か…………」
『これで投稿出来ます!』
「それまだやってたんだ!」




