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002 プロロローグ

後ほどもう一話

002 プロロローグ


 カランッカランッカランッ


 そっとショップの扉を開くと、恐ろしくアナログな鐘が鳴った。最新の電子機器を扱うにしてはあっぱれな心意気というのだろうか、中に入ると──


「コレは……香の匂い…なのか?」


 室内には、何処か鼻の奥を擽る、不思議な匂いが充満している。

 これはアロマってヤツか?

 生来そんな事に縁の無い俺は、少し薄暗い店内を見渡しながら、一番奥にある大きな木の一枚板の上に置かれている(ご丁寧に台座の上にディスプレイされている)腕輪に視線が吸い寄せられた。そして、その後ろに立つ、美女に、視線が釘付けになりそうになるのを、意志の力でねじ伏せる。


(な、なんだ!すげぇ美人だ!)


 透ける様な白い肌に、蒼い瞳は、何処か浮世離れしていた。そして金色の髪が、薄暗い室内でありながら、光を放つ様に、妖しく揺らめいている様に見えた。


「いらっしゃいませ、無料モニターのご希望ですか?」


 タイトなミニスカートは、質素でありながら、まるでモーターショーのキャンペーンガールの様な形状だ。思わず凝視しそうになるのを歯を食いしばり耐える。おのれ!なんの踏み絵だ!明らかに携帯ショップの店員としてはオーバーキルだと思われるその立ち姿は、ある意味メーカーの気迫が実体化したかの様に、俺のハートを鷲掴みにした。


(くっ!悔しいが胸が高鳴る!早鐘のように!)


 優しく微笑むお姉さんに、笑顔を返し、俺は大人の対応を行使する。独身三十男を舐めんな!


「ええ、スマホが水没したんで、買い替えようと見て廻ってたら、表の旗が目に付いたんで」


 ニコリと微笑み返してくるその瞳は、まるで狙いすましたかの様に、俺を引き寄せる。俺に惚れて──いや違う! 何度その勘違いで苦しめられたことか! 俺は限りなく自分の心をフラットにさせるべく、静かに深呼吸をして、さらに言葉を連ねる。


「手に取っと見ても構いませんか?」


「どうぞ、ご自由に」


 と、ニコリと笑って手招きする。

 あれ? 取って手渡してくれるんじゃないんだ? 彼女はそっと手を翳し、優しく誘うものの、決してスマートウォッチを取ろうとはしない。どうぞご自由にとでも言わんばかりに立っている。微妙にモデル立ちなのが気になるな。

 まあいいか

 俺はゆっくりと木の一枚板に近づくと、先ずは形状を確認する様に、スマートウォッチを注視する。

 形状はこないだ発売されたリンゴマークのとは違い、腕輪の様だ。某国民ゲームのFF7に出て来たバングルに近い印象だ。全体が液晶に覆われていて、幅は三センチ程で、恐らく、最新の折り畳める液晶ディスプレイってヤツなのかも知れない。

 そっと触れると──当然の様にタッチディスプレイが起動し、文字が浮かび上がり、スクロールし始める。


【ZUPPLE】


「……(色んな所から突っ込みが入りそうだ)」


 Aでは無くZか。コレが最後とでも言いたげだな。

 水晶で出来た人の手に取り付けられているそのスマートウォッチは、明滅を繰り返しながら不思議な音を響かせている。うむ、何か最新型っぽい。それはまるで、何らかの意思があるかの様に見える。じっと見ると、スクロールも明滅も発する音も一定では無く、ゆったりと揺らいでいる様だった。単なる機械とは違う感覚を与える演出は見事だな。単なる機械の性能をいくら上げようとも、辿り着けない領域に作り手が立っていると思わせられる。

 そう言えばあの有名な男も、表示する文字のフォントにこだわったと言うから、その辺のツボは押さえられているのかもしれんな。


「どうぞ、お手に取ってご覧下さい。我が社の開発した最新型のスマートウォッチ【ZuWatch】の真価は、お手に嵌めてこそ解るものですから」


 語感悪いっ! だが、ネーミング的にいかにも水陸両用っぽいのは完全防水への自信の表れなのだろうか? とはいえ、やはり嵌めてみなければ解らないのは間違い無い。俺はそっと手を伸ばす。

 不気味な水晶の手のオブジェから取り外して見て分かったのだが、ある程度伸縮性もある様だ。表面はツルツルとしているが、裏側は鞣された皮の様にしっとりとした肌触りだ。どこか生き物的な温かさをかんじる。


「どうぞ、お手に嵌めてお確かめ下さい」


 柔らかな、それでいて感情の起伏を感じさせない笑顔。


「……えっと、では付けさせていただきます」


 スッとはめると、ピタリと吸い付くように形状が変化した。


「えっ?」


 思わず声が漏れてしまった。まるで肌を通して情報でも交換しているかのように明滅を繰り返し、振動を伝えて来る。そして、機械の冷たさが無い。体温よりもほんの少し低いそれは、まるで何かの意思をもっているかの様だ。


「如何でしょうか?」


「……悪く無い…ですね」


 そう、悪く…無い。

 性能がどうとか言う前に、心地良いのだ。それは高級な時計にも無いものではないだろうか? 当然、スマートウォッチにも無い筈の部分に、凄まじいこだわりを感じる。


「どうぞこちらに」


 俺は促されるままに、目の前の美女と対峙する様に席についた。

 もともと珍しいモノに惹かれる俺は、少し興奮しているのだろうか、目の前の美女よりも、このスマートウォッチが気になって仕方なかった。手触りも申し分無いし、重さを感じさせないが、しっくりと存在感があるのを、正直見事だと思った。


「お気に召された様ですね」


 そう、美女は微笑む。

 そう、大変お気に召した。


「私、担当になります、エレクトラと申します。今後ともよろしくお願いしますね」


 まだ契約すると決めた訳では無いが、顔に出ているのだろう、エレクトラと名乗る美女は自信気に資料とタブレット、それとセットになっているのだろう、スマートフォンを取り出して来た。

 そうか、外人さんだったのね。その見事なプロポーションは舶来品でなければ実現出来ないであろう造形美だよねえ。よく考えたら金髪だし。

 しかし、今はスマートウォッチとスマートフォンだ。

 手に取ってみると、やはりスマートフォンもしっとりと吸い付く様に思える。そして、機械の冷たさが無い。何だろう、この不思議な感覚は? 良くあるオンラインゲームに出てくる意思を持った武具ってこんな感じなんじゃ無いかね? 不思議な手触り感は妙に惹きつけられる。

 液晶のタッチディスプレイの感覚も、少しタメのある操作感覚や、押し込み感は恐ろしく心地良い。そう、それは性能を超えた喜びを与えてくれる。


(充分過ぎるよな)


 当然カタログなどは無い。アプリの中にアイコンがあるので、自分で接続しろって事なんだろう。


【ZuMaPhone】


 語感は最悪だ。

 何このアフリカから来たタレントみたいなネーミングは。ま、まあ味があるって事なんだろうか?

 そして、資料に目を通す。

 ザッとみると、期間は十年で、その間は一切の費用が無料、さらに逐一モニタリングされており、それによってインセンティブが入るらしい。色んなイベントも用意されているとか。その辺は契約すると、Mailで送られて来ると言う。


(まあ、長いけど、どうせデータは取られるだけ取られて個人のプライバシー何か無いも同然だし、特に問題は無いよな?)


 既に気に入っている俺は、当然契約する腹積もりだ。それを見透かす様に、担当となるエレクトラさんがタブレットを出してくる。画面にある手のマークに掌を合わせれば、それで全ての契約が出来ると言う事だった。既にマイクロICチップを身体にインプラントされている現代に於いては、契約も一瞬だ。

 そしてタブレットに掌を合わせると、エレクトラさんが言った。


「異世界にようこそ」


 溢れる様な満面の笑みの美女──そして、それがこの世界で最後に見た光景になった。

 

「えっ? 今何と!?」


 全身を緑色の光が覆い、不可思議な文字が浮かび上がってくる!そしてあっという間に身体の末端からまるでポロポロと剥がれ落ちるように感覚が無くなって行くのが分かる。

 次の瞬間、慌ててエレクトラと名乗る女に助けを求めようとしたその時──光に包まれ──俺はあっさりと意識を喪失した。

 












 因みに、その時与えられた個人I.D.、つまりマイナンバーは地球のモノが流用されていたらしい。ついに人類の叡智が神に追いついた──と言う事なのだろうか?




『おめでとう御座います! 貴方は神の試練に合格されました。よって、このまま異世界冒険譚に挑戦して頂きます。これから頑張りましょうね!』


「今更過ぎる! てか、どの辺りが神の試練だったんだよ!」




 光の奔流に流されながら、どこか他人事な神様の使いの声が聞こえた。

 

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