デイス・アーゲンハルト伯爵
時系列的には少しだけ後の話になります。
元々は4話にくっついていたのを分けたので短めです。
カルロス王国東方地方アーゲンハルト伯領
アーゲンハルト伯領最大の街ガレス
その街のほぼ中心に建っている領主の館の一室に、壮年の男が二人と、奇妙な生き物の死体が一つあった。
壮年の男の一人はこの館の主、デイス・アーゲンハルト伯爵。そしてその隣にいるのはデイスの側近であるカルロス・アレスタだ
「この死体がそうなのですか…いやはや、なんとも」
「あぁ、先程ラレ村の自警団が運んで来てな、それでどう思う?」
そしてその二人の目の前にある死体は、緑色をした体長150cm程の化け物。そう、化け物だ
「耳の形はエルフに似ている様にも思いますが、エルフはこんなに醜い顔をしてませんからね」
「それ以前にエルフの肌は緑色では無いだろう」
「はは、いや全くその通りですな」
「おい、ふざけているのか」
「いえいえ、しかし私も少し混乱しておりまして…」
事の始まりは数時間前、ガレスの街から1日程移動した距離にある村から奇妙な報告が来たのだ
曰く、緑色をした化け物に村が襲われた。緑色をした化け物は1匹だけで、自警団数人によって倒されたが、こんな化け物は村の誰も見たことが無いので、伯爵に報告する事にしたのだそうだ
最初にその話を聞いたデイスは、何かの冗談かと思ったが、その後すぐに同じ様な報告が各村から届いた
複数の報告を聞いたデイスは何かが起こってると判断。直ぐ様調査隊を編成し、報告があった村の周辺及び緑色の化け物が来た方角にある森の調査を命じた
そして、調査隊が出発してからしばらく後になって、先に報告が来ていたのとは別の村が報告と一緒に送って来たのが目の前にある死体だ
「ふーむ、確かこの化け物は武器を使っていたとの事でしたが」
「そこにある棍棒を使っていたそうだ」
デイスが指を指した先にあったのは木で作られた棍棒があった。簡単な作りであったが、それをこの化け物が使っているが問題だった
「なるほど、武器を使う。…とすると、この棍棒を作り、それを使うだけの知識がこの化け物にあるのでしょうな」
「それで、どうすればいい?」
「既に調査隊を送ったのでは?確かに奇妙な生き物ですが、報告によると自警団数人で倒せるくらいの戦闘力しか無いようですし、調査隊の報告を待ち、それから討伐隊でも組めばいいのでは無いですか?」
「そうか…」
「あぁそれと、王へも報告しなければなりませんな。この生き物がなんなのか調べてもらわねば」
「うむ…」
この未知の化け物に、あまり危機感を抱いていないカルロスを見て、デイスはその顔を歪ませる
2人の意見が違う事はよくあった。漠然とした勘を信じるデイスに、事実だけを並べて判断するカルロス。普段はカルロスの意見を取り入れるデイスだったが、極稀に自身の勘に従い行動する事もあり、その時は必ずと言って良いほど勘が当たっていた。
そして、今回も自身の勘に従い行動しようとデイスは思った。そうしなければ、何かとてつもない事になるような気が…
「すぐに討伐隊を編成する。人数は1000だ」
「調査隊の報告を待たずにですか?どうしてかお聞きしても?」
「勘だ」
「…はぁ、なら仕方ないですな。直ぐに部隊を編成します」
カルロスにしてもこういう時のデイスには何を言っても無駄で、またこういう時のデイスには従った方がいい結果が出るので、素直に従うのだった。
そして、この判断が正しい事はこの数時間後に明らかになった
ガレスの街を囲む城壁、その唯一の出入り口である門に、1000の兵士が集まっていた。彼等は領主の命を受けてから僅か数時間でその準備を終え、この場へと集まって来たのだ
集まった兵に対し、見送りに来たカルロスとデイスの表情は対称的だ
カルロスは急遽召集されたのに関わらず、素早く集まった兵を前に満足そうに笑みを浮かべながら、指揮官といくつか言葉を交わしていた
それに対してデイスは、兵に声も掛けず、鋭い目で、ただ東を睨み付ていた。そこに何かがいるのが分かっているかのように
門の前が騒がしくなったのはそんな時だ。カルロスとデイスがそちらに目を向けると、声を荒ぜながらこちらに向かってくる人影がある
「っはぁ、…伝令っ!伝令です!」
近くでその顔を見て、カルロスとデイスはそれが誰なのか分かった。それは調査隊として出発していた兵の一人で、その顔を見てカルロスは何かがあったのを、そしてデイスは自分の勘が当たったのを悟った
「どうした、何があった」
「は、はっ!緑色の化け物が突如急増!2つの村が壊滅し村民はほぼ全滅、他の村にも化け物が迫っていたため調査隊が脱出させましたが、現在は調査隊と共にレヌス村にて陣を形成し籠城しています!各村の自警団と共に戦っていますが戦況は思わしくありません!」
「なっ!?…ど、どういう事ですか。あの化け物の戦闘力は決して高く無いはず、それだけの被害が出るはずが…いったいどれだけの数がいると言うのですか!?」
調査隊の一人からもたらされた報告に、カルロスは思わず詰め寄りながら問い質す
「数は私が村を出た時には500ほど、しかし、倒しても倒しても出てくる始末でして…それに中には剣を扱う者、弓を扱う者、魔法を扱う者まで混じっており、更には他の化け物より一回りは大きい者まで出てきまして…」
「まさか…そんな事が…」
カルロスはここに来て自分の考えが甘かった事に気付いた。最初の報告と、実際に死体を見て、全く未知の生き物ではあるがとるに足らないと、何かが起きても対処可能だと思っていたのだ。
棍棒が精一杯だと思っていた武器が剣、弓、そしね魔法。数にしても単独で出てくるのだと思っていたが、実際には現在500の群れに。更には一回り大きな個体まで…。
「それで、籠城はどれ程持つのだ」
「はっ!数は多いのですが、奴等には籠城した相手を攻める知恵は無いようで、あと2日は持つかと」
「なるほど」
焦るカルロスに対しデイスは冷静だった。想定外ではあるが、まだ大丈夫だと、これからでも対処は充分に可能だと
そして、デイスはこの伝令を聞き固まっている1000の兵に激励を飛ばす
「諸君、聞いての通りだ
敵は未知の化け物、その全容は依然知れず、またどれ程の数がいるのかも分からない。
だが、我々は必ずこの敵を撲滅する!訓練の成果を示せ!化け物共から領民と土地を守るのだ!
諸君等の任務は先遣隊としてレヌス村へ向かい、そこにいる敵を殲滅、民を救い出せ!
その後は本隊が到着するまでレヌス村にて周囲を警戒しつつ敵を発見し次第殺し、本隊の到着を待て!
本隊の指揮は私自らがとる!
では行け、出陣だっ!」
「おう、出陣!」
「「「うおぉぉぉぉお!!」」」
こうして、アーゲンハルト伯領にて人とモンスターとの初の戦いが始まるのであった