17 集会(2)
どうして自分がこんなことをしなければならないのか。そんな思いを抱えながらも、イサムはガフの前へ進み出た。
イサムは部外者で、面倒事を押し付けてきたのはユーラだ。そのまま断り、何もせずにいることはできた。しかし縋ってきたのはイサムよりも幼い子供だ。その手前、できないにしても何もせずに突っぱねることはばつが悪い。そして何より村人達の姿にイサム自身がうんざりしていたこともあって、腹を括ったのだ。
騒ぐ村人達から距離を置いていたイサムが前へ出たことで、必然的に彼らの注目が集まる。
イサムは久々の、猪と対峙した時とは別種の胃がきりきりとする緊張を感じて、思わず顔が自嘲するように歪んだ。自身の心の弱さは相変わらずらしい。
「なんだ?」
周りにいる村人と同じように、ガフはイサムに視線を向けると尋ねてきた。
「怪しい奴、いや原因を探すのは無駄だ。他のこ――」
「その怪しい奴の連れが偉そうなこった」
イサムが口を開くと、すぐさま遮るように村人の中から声が飛んだ。
ガフが怒気で顔を赤くして、村人達に向き直る。再び怒鳴りつけようとしているようだったが、話を進めたいイサムはそれを手で制した。
「無駄なものは無駄だ」
今度はガフではなく、村人に向かって喋った。
イサムはまだ少しざわつきが残る小屋の中を、村人の姿を確認するようにぐるりと見回した。
「さっき誰かが、ここにいない者だって怪しいと言った。それはそうだ。獣化病のことを外に聞こうとする者と考えれば、確かにここのいる者の方が可能性は高い。だけどそれで、ここにいる者だけがそうだとは言い切れない」
ガフに対する文句を代弁する言葉に、村人の多くが困惑しつつも耳を傾けてくる。
「只、それが無駄なんだ。俺達は巡礼路を来た。行く先々の村で追い返され、この村も最初はそうだった。疲れている中でのその仕打ちに怒り、恨んだ。この村が追い返したのは俺達だけではないんだろ?」
イサムの問う言葉と視線は村人を一巡するとバゴ、そしてガフへと向けられる。
「怪しい奴、教会を呼び寄せる原因となった者がいようがいまいが関係ない。商人や巡礼者から恨みを買っているんだ。余所者が教会をけしかけたって不思議じゃない」
イサムがそう続けると、皆が黙った。
普段、外との交流の少ない村人達は、訪問者を拒否していた自分らの行動がどういう風に思われるか、それを考えることなどなかったのかもしれない。
恨まれていると伝えた時の彼らの表情は驚きに満ちていた。その素直な反応から、悪意によるものではなかったことがイサムにもわかる。しかし、だからといって最早取り返しのつくものでもない。
「今、考えるべきは亜人狩りに来た教会にどう対処するかだろう。迎えるのか、拒否するのか。……それとも戦うのか」
イサムの提示した最後の選択肢に、この場にいる子供以外の村人達、そしてナリアがぎょっとした。どうやらこの世界での禁句だったらしい。
「あくまで例えばの話だ。逃げることだってできる」
反応の大きさに驚きながらも、イサムは平静を装って言葉を続ける。
「……わかった。取り敢えず今は解散して、狩りに行く前にもう一度ここに集まろう。それまでどうしたらいいか、それぞれで考えをまとめてくれ」
ガフのこの場を締める言葉に、反対の声は上がらなかった。ここまでの言い合いで、村人達も相当疲弊しているようだ。
結論は結局先延ばしだ。自分が皆に語ったことに意味があったのか、イサムは疑問を覚えた。だが一先ず、自身の務めを果たしたことによる達成感はある。
「お疲れさま」
イサムが戻ると、ユーラが声を掛けてくる。
悪気を欠片も感じさせないその声を耳にして、イサムはじろりとユーラを睨んだ。
「良い練習になったじゃない。あれだけ話せれば、もう言葉は完璧ね」
ユーラの言い放つ言葉にイサムは固まり、呆気に取られた。普通、こんな場で言葉の練習をさせようとするだろうか。
「じゃあ、一旦戻りましょうか」
ユーラはそんなイサムを尻目に子供達に声を掛けると、さっさと小屋を後にして外へ出ていってしまう。
村人達もユーラや子供に続くようにぞろぞろと小屋から去り、気が付けば小屋に残ったのはイサムとナリア、それにガフとバゴだった。
「……どうにもならないのか?」
その中で最初に口を開いたのはガフだった。苦しそうな声は、結論を先延ばしにしても解決が難しいことを悟っているかのようだった。
「私にはどうにも……。黙っていることはできます。けれど、問われて嘘をつくことはできません」
ガフの問いにナリアが答える。淡々とした声の響きは容赦なく現実を突き付けてくる。
ガフとナリアの会話を耳にしながら、イサムはどうしてこの場に残ってしまったのだろうとそれだけを思った。迂闊に意見を言ったせいで、話し合いの代表者の一人になっている気がする。話し合う三人の姿を目にしながら、呆けていないでさっさとユーラと一緒に小屋の外へ出るべきだったと後悔した。
「戦うと言ったが、あれは本気なのか?」
「え、いや、そういう道もあるというだけだ」
そんな思いを抱えたイサムに話を振ってきたのはバゴだった。ナリアの前でその話を蒸し返す無神経さに、言葉を返しながらイサムは冷や汗をかく。
「戦うのは止めた方がいいでしょう。教会にとっては村一つ消すことなど造作もないことです」
イサムの態度と反して、そう忠告するナリアの顔は平静そのものだ。
イサムの言葉を歯牙にも掛けていないのか、それともこの村に肩入れしているからか。聖教会の者とは思えないナリアの態度は村にとっては都合がいいとはいえ、イサムはナリアが何を考えているのかわからず、より不信感を募らせた。
その後も話し合いは続いた。どうやってこの事態の切り抜けるか。戦うことを避けるならば、村を捨てて逃げるか、どうにかして聖教会の目を欺かなければならない。だがいくら話し合っても、十分な解決策は見つからなかった。
そしてイサムはこの場から抜け出す口実を見つけることができず、なし崩し的にガフ達の話し合いに巻き込まれ、終わるまで小屋を出ることは叶わなかった。
時刻は夕暮れの少し前ほどとなり、そこでガフ達の話し合いがようやく終わった。
話し合いから解放されたイサムは、少しでも休憩を取ろうと小屋を出た。ガフの家を目指しながら、話し合いに巻き込まれるきっかけとなったユーラのことを頭に思い浮かべると、イサムの足取りは自然と乱暴なものになる。
そうして森の中を歩いていると、イサムの耳に後方で小屋の扉が開く音、続いて小走りに迫ってくる音が聞こえてきた。
その足音はイサムに追いつき、横に並ぶと、そのまま歩幅を合わせて歩き始める。
イサムにはそれが誰か、見当は付いていた。
一応確認しようとちらりと視線を横にやると、そこには案の定ナリアが歩いている。その行動に何か用があるのかと疑問に思ったが、イサムは疲れから問う気も起きず、二人はしばらく黙ったまま、肩を並べて森の中を歩いた。
「私は本当に知らないんです」
唐突に、ナリアが口を開いた。
ナリアに抱く不信感が見抜かれた気がして、イサムの心臓が一瞬跳ねる。
そんなイサムの様子を確認することなく、ナリアは前を見据えたままに言葉を続けてくる。
「こちらに戻って来るのも久しぶりで……。ラーメンさん達をこんなことに巻き込むつもりもなかったんです」
そう口にするナリアからは普段の落ち着いた雰囲気が消えている。本当に落ち込んでいるように思えると、小柄な体格も相まってイサムに庇護欲を感じさせてきた。
「気にしないでいい」
イサムはナリアを意識し過ぎないようにしながら、一言だけそう告げた。
村に寄らなかったならば、確かにこの騒動に巻き込まれることもなかった。けれど森を通るのは一本道。進んでいれば何処かで聖教会の者と遭遇し、揉める可能性があった。村に寄らず、野宿で疲弊し切った状態でそんな状況になることを考えると、万全の体調で迎えた現状はそれほど悪い状況ではないと、イサムはそう思うようにしていた。
現状に不満があるからといって、今だけを取り上げて批難する気は起きない。それは決してナリアに庇護欲をそそられたからではない。隣を歩くナリアの姿を時折横目で窺いながら、イサムはそう自身に言い聞かせつつ帰路を進んだ。




