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6 遭遇

「森が荒らされている」

 ドニスが部屋に入ってくるなり、そう告げた。


 その言葉を聞きながらも、オルモルは矢を作る手を止めない。


「最近多いな」

 言葉を返しながらも矢が真っ直ぐになるように木を削り、調整していく。

「俺達が何かする必要があるのか?」


 石の矢尻の付いたそれをオルモルは一本一本確認し、調整を終えると立ち上がった。服に付いた木屑を払って、水瓶まで寄ると椀で水を掬う。


「あの豚どもは、人が攻めてきたと思うかもしれん。とばっちりを食らうぞ」

 ドニスがそう口にした後、「警告しよう」と提案してくる。


 オルモルはドニスへ椀を差し出すと、その言葉を受けて少し考えた。


「そうなると母さんが心配だな」

 オルモルの言葉に、ドニスは頷いた。


 森を荒らすような知り合いはいない。この間の死体のように、また余所者だろう。余所者が暴れて、動物や魔物にやられても自業自得だ。しかし問題が大きくなれば巻き込まれるかもしれず、またそうでなくても死体の処理をするのはもうご免だった。

 警告した方が相手の、そして自分達のためにもなる。そんな結論が導かれ、行動することはすぐに決まった。


 オルモルはドニスに頷き返すと、矢筒に先ほど出来上がった矢を詰める。そして身支度を整え、手に矢筒と弓を持って部屋を出た。


「オルモル、もう食事ができてるわよ」

 そこへ奥の部屋から母のキキョウが出てきて、オルモルに声を掛けてきた。

「母さん! 寝てないとだめじゃないか」

「だって、何もしないと余計体を悪くしそうで……」


 言い訳を続けるキキョウの背中を押して、オルモルはキキョウと一緒に奥の部屋へと入っていく。そうしながらも、後ろから付いてくるドニスには目配せをした。

 ドニスがそれに無言で頷くと、オルモルはキキョウを椅子に座らせて、自身も弓と矢筒を部屋の隅に置いて席に着いた。


 いつもより早い時間帯の朝食は久々に皆で顔を合わせて囲むものとなった。


 オルモルとドニスは出鼻を挫かれる格好になった。

 けれどキキョウの嬉しそうな様子を見て、オルモルはもう少しこのような時間を作ろうと思った。


 朝食を終えると、オルモルはキキョウを寝台へ連れて、寝かしつける。そしてドニスと共に小屋を出た。


「どっちの方角なんだ?」


 ドニスは首を持ち上げ、空を仰ぐ。鼻を利かせて、臭いと魔力を探り始めた。


「こっちだ」


 見当を付けたドニスが先行して森の中を駆けていく。


 目的までの道中、ドニスは余計なものへ接触しないように、地を這うように進んでいく。それでいてその速度は早く、同行者を気にもしない。

 そんなドニスに、オルモルは涼しい顔をして付いて行く。


 ドニスはどんどんと速度を上げた。

 オルモルにはまだ余裕があったが、その様子から珍しくドニスが焦っているように感じられた。


「そこまで急ぐ必要があるのか?」

「わからん。嫌な予感がするだけだ」

 オルモルの疑問の声に、ドニスは足を止めずに答えてくる。


 ドニスの速度はまだまだ上がりそうだった。


 オルモルとドニスの付き合いは長い。それでもドニスのこのような姿をオルモルは初めて見た。ドニスの不安を、杞憂だとは思えなかった。

 ドニスから長年いろいろと学んで来た。最近になって、部分ではオルモルが勝るところはでてきたが、全体ではまだまだドニスに追い付かない。

 自分にないものを沢山持つドニスを、オルモルは信頼していた。


 先行するドニスが動きを止めるのを見て、オルモルも速度を緩めた。そのままドニスの傍まで寄って、足を止める。


「ここからはゆっくり行くぞ」

 ドニスが声を潜めて、オルモルは無言で頷いた。


 耳には風に木の葉が揺れる音が響く。走って汗をかいた体が風に晒されて気持ちがいい。

 そう思うのも束の間、オルモルは慌ててここが風下か確認した。ドニスが間違えることはまずないが、それを頼りに自分で確認することを忘れていてはいけない。

 オルモルのそんな様子を、ドニスはしっかりと見ていて呆れたようだった。だが今は目的に集中しているのか、何も言ってはこなかった。



 血の臭いがする。

 最初はわずかであったそれは、オルモル達が歩みを進める度に濃くなっていく。


 改めて風向きを確認したオルモルとドニスは、風下から回り込んで臭いの元へ近付いていく。それ自体も移動しているようで、オルモル達は距離を詰め過ぎないように、一定の距離を維持したまま追い掛け続けた。

 追いながら、距離を詰める機会を待ち続ける。


「まずいな」

 そんな中でドニスが呟いた。


 オルモルは理由を問おうとドニスを見る。


「豚野郎と接触したみたいだ」

 ドニスがそう続けるなり、獣の低い唸り声と地響きがオルモルの耳にも聞こえてきた。


 オルモル達は逸る気持ちを抑えつつ、足を速めて目的との距離をさらに詰めていく。


 そしてとうとうそれを視界で捉えた。


 外套で身を隠した者がしゃがみ込み、地面に手を当てている。

 近づいてくる地響きの振動でも確かめているのだろうか。


「何をやってるんだ、あれは」

 オルモルが小さく呟くと、ドニスが黙ってろと言わんばかりに視線を寄越す。


 オルモル達は目的の人物を見下ろせる位置まで移動すると、体を地面に伏せて観察を続けた。

 目的の人物との距離は離れて小さいその姿がオルモルの指の二、三本で隠れるほど。もっと距離を取るつもりが想定より近付いてしまい、今更離れることもできず、見つからないように神経をすり減らしている。


 地響きがすぐそこまで近付いてきたかと思うと、外套姿の者を挟んでの反対側、そちらの茂みから男が一人、飛び込んできた。

 翻る外套はしゃがみ込んだ者と同じものだ。仲間のようで、地面に手を付いて動かない人物に何事か叫んでいる。

 男の声が引き寄せたかのように、続けて四本足の魔物が飛び込んできた。


「あれは……」

 オルモルが苦々しい声で呟く。


 元は豚か猪か。醜く筋肉と脂肪を付けて太ったそれは原形から大きく様変わりし、以前オルモルが遭遇したものよりも大きかった。その体躯を支える四肢はどっしりと太く、人など簡単に踏み殺せそうだ。顔面から突き出た特徴的な鼻がなければ、それの元が何だったかわからないだろう。

 男を追いかける速度はさほど速くない。折角の四肢の力強さを自重が殺しているのだ。だがそれでいて尚、その力は人を殺すのにはたやすいようだ。魔物の進路にあった拳大ほどの石は、踏まれると一瞬で砕けた。


 飛び込んできた男はそのまま仲間へと走り近づくと、後ろに回り込んで仲間を魔物への盾にする。

 しゃがみ込んだ者の首が動き、視線を魔物に合わせたようだ。しかし一向に動かない。


 豚の魔物の突進が始まった。


 オルモルとドニスはその光景をその場から動かず、じっと見詰めていた。

 このままでは二人共に豚の餌だ。しかしここからでは何をしても、もう手遅れだった。


 しゃがみ込んだ者に魔物がぶつかる。その瞬間、オルモルは頭によぎった光景に目を逸らした。

 耳を澄まして、音だけで終わりを確認しようとする。けれどしばらく経っても、その時は訪れない。

 悲鳴や衝撃音は聞こえてこなかった。オルモルが視線を戻してみれば、魔物の姿だけがあの場から綺麗に消え失せていた。


 何が起こったのかわからない。

 オルモルは一瞬呼吸を忘れた。目を離さず観察を続けると、しゃがみ込んだ者の前にぽっかりと穴が開いているのがわかった。どうやら魔物は落とし穴に落ちたらしい。


 くぐもった豚の痛々しい悲鳴が穴の方から聞こえてくる。


「いくぞ」

 横からドニスの声がした。


 目の前の光景を見守っていたドニスは今が時機だと、オルモルに声を掛けるや否や飛び出していく。

 声が掛かると同時に、オルモルはさっと矢を取り出すと弓に番え、構えた。


「動くな!」

 森の中にドニスの大きな声が響いた。

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