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3 万事つつがなく

 目覚めると視界に青空が広がっている。

 それがイサムの初めて迎える異界での朝の光景だった。


 野外でそのまま眠る経験は、日本でも普通に生活していれば滅多にない。

 目覚めの視界に、イサムは新鮮な驚きがあった。耳には木草が風でなびく音や、遠くで鳴く鳥の声が聞こえる。しかし日本の夏の風物詩といえる蝉の鳴き声は聞こえず、辺りは静かなものだった。


 慣れないところで寝たせいか、体が痛い。旅先での怪我と病気には気を付けなければいけないと、イサムはその痛みに改めて思った。ここに病院はないのだ。


 ユーラの姿を探すと、既に消えた焚き火の傍で座り込んでいる。眠気の限界が訪れているのか、こっくりこっくりと船を漕いでいた。


『おはよう』

「ん。あぁ……」


 ユーラは寝惚けているようで無防備な顔を晒していて、イサムは思わずどきりとした。意識しないようにユーラから視線を外し、荷物から水を取り出して飲むと辺りの様子を確認する。

 イサムが番をしている時に動物や魔物の姿はなかったが、この様子だと交代した後も何も出なかったようだ。


 しばらくしてユーラがしっかりと目を覚ますと、二人で昨晩と同じ内容の朝食を取った。


 最近の日本の食べ物は簡単なものでも美味い。三日程度なら同じ物でも食べ続けられそうだ。適当な食事でもそれを楽しみながら、イサムは口を動かした。

 また朝食を進めながら、今日の探索の目的をユーラと改めて確認した。特に話し合ったのは水源の確保についてだ。手持ちの水は限られていて、体を拭くなんて許されない。けれど汗による不快感はこの世界へ渡ってわずかながら、もう既に相当なものだった。


 朝食を終えて、二人は早速今日の探索を開始する。


 昨日と同じく神社と繋がる場所を中心に、外へぐるぐると広がって回っていく。稀に見つかる見晴らしのいい場所では、川や道など目標がないかを探しもする。只、木の高さが相当にあるからなのか、森を見下ろしても目に入るのは生い茂った木々ばかり。木の葉に隠れて地面すら見ることが叶わず、どうやっても足で稼がなければならないようだった。


 そして探索に歩きながらも昨晩決めた通り、二人は目に入った食べられるきのこや野草の採取も行った。

 その際、イサムは自身の持つきのこや野草の知識に、ある種の疑問を抱くことになった。それはその知識の源泉だ。つい先日まで野草と雑草の区別を付けることすら困難であったはずだった。しかし今は見た目から味や風味を想像ができ、情報には確信が持てている。

 何処で知識を覚えたのかを考えると、思い当たるものは魔術による知識共有しかない。思い返せばユーラの異界語が理解できるのがわかった時も、予兆はなく突然のことだった。自覚がないままに、魔術という世界の中に置かれている。イサムはそう思い至ると若干の怖さを感じる反面、ようやく実用的な面で役に立ったことへの嬉しさも感じたのだった。


 昼になると一度探索を終えて、二人は野営地に戻って食事の準備を始めた。


 ユーラによれば元来この世界だと食事は朝と晩の一日二食。昼食は存在せず、日中に小腹が空いた時に軽く何かを口に入れる程度とのことで、あまり食糧事情はよくないらしい。

 しかしイサムはこれまで基本しっかり一日三食で、ユーラも魔力回復のためには沢山の食事が必要だった。異界の風習に慣れる必要はあるのかもしれないが、それは徐々にやっていけばいいだろうと、二人は当面三食しっかり食べることに決めていた。


 それぞれが集めたきのこや野草を袋からどんどん取り出していく。そして積み上がった自身の成果に満足しながら、イサムはユーラの方を確認した。

 ユーラの前にも同じような山が積み上がっている。その量はイサムよりも多く、ユーラの顔も何処か誇らしげに見える。

 しかし一目見てそのほとんどが毒物だとわかると、イサムの背筋には冷たいものが走った。


『ユーラさん。これ、どうするんですかね?』


 目の前の光景が恐ろしくなって、イサムの口調は自然と下手になってしまう。問い掛けながら、自分の知らない知識をユーラが持っていると信じたかった。


「どうするって……、これ食べられないの?」

 ユーラは意外そうな顔でそう言って、イサムの気持ちは一瞬で裏切られた。


 まさか試しているのかとわずかな希望に縋って、イサムはユーラの採ってきたものを選別していく。

 そして積み上がっていく毒の山に、ユーラはその表情を次第に険しくした。


「私には向いてないわね」

 向き不向きの問題ではないだろうとイサムは思った。


 ぎくしゃくした気持ちそのままに、集めた食材を調理する。

 準備してきた荷物の中には、調理器具として小さな片手の平鍋と調味料の塩があった。それらを使って、きのこと野草は炒められた。

 十分火が通ったことを確認すると調理を終えて、用意していた箸を使い、二人で鍋から直接食べてみる。


『……うん』

「……まぁ、こんなものでしょ」


 出来上がった代物。不味くはないが灰汁があった。口の中にそれが広がり、ひどくごわつく。それでも味そのものは塩が効いていて、全体の出来では食べられる料理として完成していた。

 そんな感想の付けづらい料理を、二人は栄養補給のためと割り切って無言で食べた。


『きのことか、どれ食べられるか知らないの?』

 箸を進めながら、イサムはユーラに先ほどの件を尋ねた。


 問いは同時に、イサムが持つきのこや野草の知識の由来がユーラによるものか、それとも蛇によるものかの確認でもあった。


「私、きのこ狩りとかしたことないのよ。食事は用意されたものを食べるだけ。勿論、出されたものに文句は言わないわ」

 ユーラは恥ずかしげもなく、そう答えてくる。


 返答は先ほどの光景から予想した通りのもので、驚きはない。只、自身の持つ知識に蛇由来のものがあること、つまり魔術によって人外からも影響を受けるという事実に、イサムは一度覚えた魔術に対する不安が強くなった。


「それにそもそも、私はちゃんと野営をしたことなんてないわ」

 イサムの様子とは関係なしに、ユーラは言葉を続けてくる。


 その言葉はイサムの思考を中断させてきて、またイサムは耳を塞いで聞かなかったことにしたくなった。



 昼食を終えた後は再びの探索となったが、目的のものは見つからなかった。

 そうして何も成果のないままに、イサムは異界に来てから二日目の夜を迎えた。


 野営地は引き続き、昨日と同じ場所だ。


 数回程度の探索で簡単に道筋は立たないだろう。ならば周辺の探索をしつつ、両方の世界を行き来して何度か補給を重ねよう。イサムはそんな考えを前提に、この場所でしばらく野営を行うつもりだった。只、天候が安定し始めているのか、昨夜も今夜も霧が発生することはなかった。

 このまま野営を重ねていたらどうなるか。天候がずっと安定した場合、目的を見つけることができないままに補給もできず、手持ちの食糧を完全に消費してしまう可能性があった。

 補給ができないのであれば、余裕がある内に森の奥へ進んだ方がいいのかもしれない。


 火の番をしながら今後の方針を考えつつ、イサムは寝ているユーラへ目を向けた。


 全く警戒心を感じさせない無防備な寝顔。だが、この山の中を一人で生き抜いた経験がある。何かに遭遇しても、それらを相手にしない強さもあるらしい。

 それが自信になっているようだが、知識もないのによく出発する時に私に任せろと言えたものだ。

 イサムは思い返して呆れつつも、ユーラのその自信を分けて欲しいと思った。


 そうしてこの日の夜も何事もなく、静かに過ぎていった。

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