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11 事の始まりは(4)

 晩餐の準備が進み、もうすぐだという時。

 ユーラはクルフントとティルミカと三人で談話室にいた。クルフントがミエンタとの面会の約束を取り付けて、本来親族のみを迎えるこの部屋で聞き取りを行うことになっているのだ。


 祖父のボゴデがいないのはどうしてなのか。ユーラが疑問に思うも、尋ねることを躊躇うのは他の二人が無言でいるから。

 緊張しているのか、座る三人の間に会話は一切なかった。

 ユーラは無言の中で、これからやって来るミエンタのことを思った。


 ミエンタは城で生活しているが、ベイロン家の使用人ではない。聖教会から派遣されている法術師だ。そしてそれはほぼティルミカの専属という体だった。

 通常、法術師を一時的に招くことはできても、常駐させることは貴族でも難しい。それは法術師の人数が限られているからだ。相応の報酬や見返りを用意しないと、聖教会にその依頼を掛けることすら叶わない。またベイロン家にそれほどまでの財力はない。ではなぜそれを可能としているのかといえば、クルフントの妻であるティルミカの実家のポダ家が関係していた。

 貴族から聖職者になった者が聖教会の中で出世するのは珍しくない。だがポダ家から聖職者になった者は司教になるだけでなく、過去に何人かが法術師となっている。さらに妻帯を許された彼らは子を成して、その子らもまた法術師となった。神の与えた奇跡を伝える優れた血統。それがポダ家に対する聖教会の評価らしい。

 ミエンタはそんなポダ家に所縁のある家系の法術師だった。その確かな身元は貴族が招致する理由になり、ポダ家だからこそそれを可能とした。そしてティルミカが子供からその側に控えて、嫁いだベイロン家にもそのままやって来たのだ。

 そんなミエンタと、ユーラは幼い頃から面識がある。ユーラが城で生活していた頃、クルフントと婚約しているティルミカの城への訪問は当然で、そこにミエンタが同行しているのもまた当然だったからだ。

 当時のユーラの役目からティルミカは好意的で、ミエンタもその態度に合わせているようだった。言葉を交わしたことは少なくなく、怪我をした際には法術で治療を受けたこともある。貴族に準ずる立場の身に臆することなく話し掛けてきて、人との距離を縮めるのが上手い人だった。


 しばらくしてユーラの思考を中断するかのように談話室の扉が軽く叩かれて、間を置かずに開かれる。

 外開きの扉がなくなって、ぽっかりと空いたところに姿を見せたのは待ち人であるミエンタだった。


「これは、お待たせいたしました」

 ミエンタはそう言いながら、部屋の中へ進んできた。


 この後の晩餐に参加するためなのだろう、ミエンタが着込むのは馴染みの黒や白の服装ではなく栗色のロングドレス。似た色の長い髪が重なって、まるで繋がっているようだった。


「いえ、お時間頂き、ありがとうございます」

「そんな、こちらこそお世話になっているのです。そんなに畏まられても困りますわ」


 クルフントが立ち上がると、ミエンタはそれを手で制した。クルフントはその場で手を動かして席を示し、ミエンタが着席する。


「それで、要件は……、聞くまでもありませんか」

 そして着席するなり、ミエンタは口を開いた。

「この度は、まことに残念な結果に終わりました。私自身もまたお力添えが足りなかったことを切に感じております」

 そう言いながら、ミエンタの目がユーラに向けられる。


 申し訳なさそうな、気遣う目だった。只、その目に見詰められても、ユーラには困惑しかなかった。


「次の機会はきっと遠からずやってきます。その時まで気を落とさず、どうぞ英気を養っておいてくだされればと」

「ミエンタ様」

 尚も続こうとする言葉をクルフントが遮ると、その目はユーラから剥がされた。

「はい?」

「今日お呼びしたのは、その、少し要件が違うのです」

「あら」

 不思議そうな顔をして、ミエンタはクルフントに向き直る。

「ミエンタ様にお力添え頂き、ユーラを王都に送り出した後、あの、大変申し上げにくいのですが、ユーラは襲われたのです」

「……襲わ、れた?」

 その言葉と共に、ミエンタの表情がさらに疑問で歪んだ。


 それから誰も言葉を発さず、部屋は静寂に包まれる。

 訪れたその静寂を、ユーラは機会だと思った。


「皆様」

 ユーラが口を開くと、皆の視線が集まった。

「この城を去ったあの日から、私は皆様のご尽力に何一つお返しすることができないまま、今まで過ごしてまいりました。けれどそれは命を狙われるほどの、それほどの罰をこの身に与えたいと思わせるほどのものだったのですか? 願わくば、その心の内をどうかお聞かせ頂けないでしょうか?」

 クルフント、ティルミカ、ミエンタと順番に目を合わせながら言葉を続けていく。

「私は馬車でフィルツへ向かっていたのではないのですか? そしてどうして、私は魔術師に、襲われなければならなかったのですか?」

 そこまで言ってから一度大きく息を吐いて、ユーラは顔を俯けた。


 問い質したいことを全て言うことができた。只、その答えを聞くことが怖かった。もしも自身が切り捨てられたのだとすれば、それを何と思えばいいのかわからなかった。裏切られたと、そう思えればどんなによかったか。判断の寄る辺をなくして、惑う自分がユーラには幻視できた。


「ユーラ様、顔をお上げください」

 そう声が掛かったのはすぐのことだった。

「先ほどの謝罪は撤回させてください。あんなものでは、全く足りていませんでした」

「ミエンタ様!?」

「ミエンタ様、お止めください!」

 思わず声を上げたのはユーラだけではなかった。


 ミエンタは席から立つと床に膝を付き、自身の胸に両手を重ねて深々と頭を下げていた。


「ユーラ様、まことに申し訳ありませんでした。そのお体に何かあれば、私はどのように償えばいいか……」

「そのようなご振舞い、ミエンタ様、どうぞお立ちください!」

 ユーラ自身もそう言うと、慌てて席から立った。

「それでは、私の気が済みません」

「それでもどうか、何よりどうしてこうなったのか、そのご説明を頂きたいのです」


 ユーラが傍に寄ってしゃがみ込めば、ミエンタは膝を付いたままに顔を上げた。

 二人が目を合わせていると、ティルミカも近寄ってきてミエンタの肩に手を置き、立つように促した。


「ティルミカ様。私の口からご説明させて頂いて、よろしいですね?」

「はい」


 ミエンタが立ち上がり、席を離れた三人が再び着席する。

 そしてミエンタはユーラの目を一度見てから正面を向き、話し始めた。


「ユーラ様が向かわれたのは王都です。フィルツではありません。王都行きを決めたのは私です」

「それは、なぜですか?」


 想像の埒外の場所に、ユーラは上手く反応できなかった。王都が遠く離れた場所であることは勿論知っている。だが行ったことがなければどんな場所かも知らず、思い浮かぶものは何もなかった。


「それがユーラ様にとって最善だったのです」

「最善、ですか?」

「ユーラ様は一生を、開拓地で過ごすおつもりですか?」

「……きっと、そうだったと思います」

 質問に質問で返されて、はぐらかされた気分になりながらそう答える。

「私には、いえ、私とティルミカ様にはそれが受け入れ難かったのです。私達は、ユーラ様の努力される姿をずっと見てきました。それが獣化病なんて、あんな病で全て無に帰すなんて」

「過分な評価をして頂いているようで……」

「謙遜なさらないでください。あんな場所から呼び出されて、一から学ぶのは大変なご苦労だったと、皆が存じ上げております。ましてや、そんな耳ぐらいでユーラ様の何処が獣化病なのかと」

「それは」

「獣化病とはもっと人と離れた、野蛮な、獣になることを指すのです。私も、あの時は変わり始めとの思い違いから、大変失礼な態度を取りました。けれど、すぐに思い直して抗議いたしました。只、上は聞く耳を持たず……」


 獣化病の発症がわかった時の、ミエンタの目をユーラは今でも覚えている。汚らわしいものを見る、蔑んだ目だった。聖教会は獣化病の罪の現れだとしている。だから豹変とも思える態度の変化に悲しくはなったが、そこに疑問はなかった。

 そのミエンタが再び態度を変えたと言っている。しかしあの変化を目の当たりにした経験が、ユーラにその言葉を素直に受け入れさせてはくれなかった。

 特に、自分が獣化病という事実は変わらないのに、症状の程度の差異だけであからさまに態度を変える。そのことがユーラには信じ難く、戸惑いを覚えていた。


「それからしばらくして、私は見つけたのです。彼らに認めさせる方法を」

「はぁ」

 戸惑いから発した言葉は生返事となってしまう。

「ユーラ様は聖女選定をご存知ですか?」

「あの、いえ、存じ上げません」


 ユーラが失礼に気付いて一瞬焦るも、ミエンタに気にした様子は一切なかった。


「聖女は教会において、神の言葉を賜り、伝える役目を持つ特別な者。その地位は二十年ほど前から空白にあると聞いております」


 むしろその言葉は熱を帯びて、自身に酔っているようだった。


「なぜ大事な役目なのに空白なのか。それは、そこに就くための資格を持つ者が限られるためです」

「資格?」

「聖女になる者は、魔術と法術の、両方を修めなければならないのです」


 そして疑問に答えるミエンタの目は、光を帯びている気がした。

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