ラストシーン
その日、僕はいつもの様にホームの端っこから
丁寧にちりとりを這わせて、ゴミを集めていた。
けだるい夏の日差しが
額からいくつも汗を誘って、着ていた作業着の色がうっすら変わり始めていた。
平日の午後といっても、大学生やらおばちゃんやらで
ホームはひっきりなしに人が行き交って、やってもやっても終わらない作業に、
僕はすこし苛々していた。
30分ごとの急行が近づいてくると、ホームは超満員になり、
僕は向かいのホームで作業をしているおばさんの掃除長にばれないように、
こっそりクーラーに当たろうと、休憩室に飛び込んだ。
冷やぁっと、一瞬で背中の汗に冷気が触る。
構内にポコンと小さく取られた箱のような休憩室は、
今、わっと電車に乗り込む人と、降りる人の波間に立つ。
僕は、調子に乗ってポケットから煙草を取り出して火を点けた。
電車はぐーっと人をホームから掻きとって、
ファンと音を立てるとまた走り出した。
側の階段を駆け上がってきた高校生たちが、
「あぁーっ。」と大声を上げるのが聞こえた。
どうやら間に合わなかったらしい。
僕は、初めの一口を吸い込んでから、
再び空になったホームに目をやった。
向かいのホームには、また次の電車を待つ人がちらほら並び始めている。
掃除長のおばさんは、僕のいるところから大分離れた場所で
飛んできた鳩を追いやっていた。
僕は、それから二口ほど吸うと、そのまま煙草を灰皿で潰して外へ出た。
生温い風が、冷やされた体をまた溶かそうとする。
僕は、人のいなくなったホームへまた、ちりとりを落として作業を始めた。
2〜3mもすると、鳩が数羽ぱたぱたと僕の前に降りてきた。
ぱっと顔を上げると、向かいの掃除長が僕のほうを見て
「もう嫌、その鳩たち」という顔をしてみせた。
「お前ら、嫌われてんで。」
僕は、持っていたブラシでえいえいっと鳩を脅かす振りをしてみた。
「あ、やめてあげてください。」
振り返ると、ベンチに女性が腰掛けていた。
若い人で、広いつばのある白い帽子を目深にしていた。
「すんません。けど、こいつら糞ばっかするんで。」
「でも・・・今だけでも。」
「はぁ。」
僕は、変なこと言う人だなぁと思いながら、
「餌はあげないで下さい。」とだけ注意して、作業に戻った。
やっとのことで、ホームの一番端までやってくると、
曲げたままですっかりこわばった腰を伸ばすために、両手を上げてぐーっと伸びをした。
首筋に溜まっていた汗がぽろぽろっと背中を零れて、こそばゆい。
僕はついでに首や両肩もぐるぐると回して、間接を軽く鳴らすと、
ちょうど次の電車がホームに向かってくるのが見えた。
ちりとりとブラシを持って、道具を片付けに向かおうと振り返ると、
かんかんと照らされていたホームが、さーっと暗くなった。
大きくて厚い雲が、速い風に乗って、
ホームの屋根の隙間を覆っていた。
「ひと雨くるかな。」
そう思って、視線を戻すとさっきの女性と目が合った。
その人は、ちょうど入ってきた電車に乗り込む人たちの列から
少し離れた場所に立っていた。
僕が、何の気なしにちょっと会釈してみせると、
その人は、にこっと笑い、
次の瞬間、
ぱっと走り出すと
ホームから、ふわっと舞い上がった。
同時に、さっきの鳩も一緒に飛び上がって、
まるでスローモーションのような1コマの後、
ホームは悲鳴と奇声で一杯になった。
僕は握っていたブラシの柄に、思わずぐっと力が入ったのを感じると、
飛び立った鳩の一羽が、足元に降りてきた。
コッコッと、頭を動かす。
向かいのホームでは、次の電車の出発のサイレンが鳴っていた。