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散りべくして散る  作者: 堀田穂高
幸之助 ー 白狐
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幸之助 ー 白狐 ①

京の都で最も栄えていると言っても過言ではない四条河原町界隈とはいえ、夜は一本細い道に入ると闇に包まれている。時折、酔っ払いが持つ行燈の光がふらふらと差し込む以外は、底知れぬ漆黒の世界が口を広げている。

その闇が切り拓かれたのは、日付が変わる直前の頃であった。四個の行燈の光が細い路地を照らしだし、そしてざざっざっと、草履が地面を擦る音を、複雑ではあるが規則正しく立てながら進み始めた。

新撰組三番隊隊士田中幸之助は行燈の一つを掲げ、隊が向かう先を照らしていた。しかし行燈の光は、足下から二尺先までは存在感を示しているが、そこからは段々と闇に呑まれていった。


すっと、幸之助の目の前に手が伸びた。幸之助と同じ新撰組三番隊隊士、松田四郎の手が静止を指示している。全員が歩みを止めたが、それでもなお、ざっざっという足音が聞こえる。隊士全員に緊張が走った。

目の前に白い狐の面が行燈の光に照らされる。そして、その裏に見える絶対的な死の運命も隊士には見ることができた。

「か、かまいたちか・・・?」

隊士の質問に、白狐の面の男は返事をしない。そのかわりか、刀を抜いた。行燈の光が刀身にゆらゆらと映り、刀が揺れているように見える。

「こちらが尋ねる必要もないみたいだな。」

四郎がいつの間にか抜いた刀を持って、いつも以上に抑揚が無い声で言った。

幸之助も行燈を刀に持ちかえようとする間に、白狐(かまいたち)がその手に持つ刀をキラリと閃かせたと思うと、一瞬で距離を詰め、バサッと一人を逆袈裟(さかげさ)で斬り落とした。さっきまでたわいもない会話をしていた人間が、真っ二つの物体になった。白狐の面が、返り血で赤く染まる。白狐(かまいたち)が背負う死の運命は、幸之助の予想をはるかに超えていた。

白狐(かまいたち)は瞬く間にもう一人の首を落とした。どさっ。首が地面に落ちる無機質な音が響く。

さっきまで、つい数分前まで会話をしていた、物事を考えてた、呼吸をしていた人間が、ただの物体になった。危険だ。こいつは危険すぎる。幸之助の本能が逃げろと訴えかけている。しかし、足が動かない。いつの間にか幸之助は腰が抜けていた。それ程、圧倒的だった。

ざっざっと、白狐(かまいたち)が幸之助に近づいてくる。行燈の光が、白狐(かまいたち)の奥の白壁を心細げに、ゆらゆらと照らし出していた。




尊皇派による「天誅(てんちゅう)」という名の暗殺が毎日のように行われていた、幕末の京都。「京の治安を守る」という使命を受けた新撰組が、尊皇派と敵対するのは必然的であった。

一八六四年六月の池田屋事件そして同年八月の禁門の変により、尊皇派の中心である長州藩の勢力は大きく削がれた。

しかし、長州の藩勢は依然として倒幕に傾き、藩士は京都で尊皇派として水面下で活動を続けていた。また、新撰組の最も警戒すべき長州藩の中心人物、桂小五郎は京都に潜伏している。


そんな一八六四年の九月、幸之助は新撰組の隊士として採用された。

堺の漁師の家に生まれた幸之助は、その家柄もあってか血の気が多く、生まれてこのかた二十年、喧嘩に明け暮れてきた。

齢十一の時から、付近の少年の中では敵無しで、年上の相手にも積極的に手を出し、ガキ大将として、恐怖と尊敬の中心にいた。

しかし、幸之助はその立場だけでは満足しなかった。生まれ持った飽くなき向上心が、幸之助に学をつけさせ、剣技をつけさせた。学は特段優れることはなかったが、剣は我流にも関わらず並の新撰組隊士以上に腕が立った。おまけに六尺ある体格もあって、自然と同期の隊士のまとめ役のような立場に祭りあげられた。

それは、幼いころからガキ大将として、人の上に立つことに慣れていた幸之助にとって、満更でもないことであった。


幸之助が新撰組三番隊所属となって早二ヶ月が経ったころのことである。

「今日も、何もなかったなぁ。」

京都、壬生の屯所の自室の屋根を見つめながら、幸之助は行灯の揺れる光に照らされてできた、同期の松田四郎の影にぼやいた。

四郎は同期の隊士の中で、一番背が低いが、一番剣の腕が立つ。口数は少ないが幸之助と屯所で相部屋となったことがきっかけで、剣術談義に始まり、今ではたわいもない話もできる、幸之助にとって一番話しやすい隊士であった。

「なんだ。俺に死んで欲しいのか?」

剣の手入れをしながら、四郎がいつも通り、抑揚の無い淡々とした口調で尋ねる。

「そういう訳じゃない。なんか、こう、考えてたものと違うと思って。」

白い息がこぼれる。もう冬も近い。

「そりゃそうだろう。池田屋、禁門、征討。こんだけこてんぱんにやられりゃ、いくら長州藩士といえども、京都にいられなくなるさ。」

四郎は手入れを終えた刃をキラリと閃かせ、鞘にパチンと収めながら言った。

この男は流石だな、と幸之助は思った。幸之助が覚えていた欲求不満への理由付けを先回りして指摘していた。


「戦いたい。この腕っぷしがどこまで通用するのか、試してみたい。」

幸之助が新撰組に入った理由である。生まれてこの方喧嘩しか取り柄がない(学も人並以上ではあったが、プライドが高い幸之助にとっては取り柄では無かった。)幸之助にとっては、これが命をも賭すべき理由となった。

生と死とを紙一重で分ける戦いに明け暮れる。そんな日々を求めていた幸之助にとっては、逃げるだけの不逞浪士を集団で追い回し、捕縛するというだけのこの二ヶ月の日々は不満であった。

そんな幸之助の欲求不満を見透かし、的確な答えを出す。この松田四郎という男を、幸之助は憧れの目で見ていた。しかし、それは四郎に憧れているのではなく、四郎が持つ自分にはない力に憧れているだけのこと、幸之助が持つ向上心が四郎の冷静さや洞察力に嫉妬していたのである。

「明かり、消すぞ。」

幸之助が頷くと同時に灯りがさっと消え、部屋はしんとした闇に包まれた。




11月下旬のある日、桂小五郎が七条河原付近で目撃された、という情報を聞きつけた新撰組は、急遽その日非番だった四番隊と七番隊を付近の哨戒にあたらせた。しかし、その日は何事も無く、日が沈むころ、折角の休日を潰されたと愚痴に塗れた隊士達が帰ってきた。

その数日後のことである。夜の見廻りに出た小隊の一つが、七条河原付近で不逞浪士と戦闘になった。戦闘の結果、新撰組側は小隊三人中死者二名、重傷者一名(戦闘から四日後に死亡)という被害を被った。

これは剣の腕っぷしで京都の治安を維持する「新撰組」にとっては大変な敗北であった。この噂は瞬く間に京中に広まり、新撰組の株を落とすことに一役買った。そして、この噂の最も達が悪いところは「新撰組と戦った相手が一人であった」ということである。

これは両腕を斬り落とされ瀕死の状態であった隊士、仙崎亨の証言からも裏付けが取れており、すぐに隊士はその話題で持ちきりとなった。

身長五尺、細身の男、という特に目立つことがない体型で、人相を隠すためか白狐の面をつけている。そんな、一見ふざけた風貌ながら、圧倒的な剣技で三人をあっという間に斬り捨てたという。現場の検分にあたった隊士は、その剣の斬れ味の鋭さに恐れおののき「まるでかまいたちだ。」と呟いたほどだった。

そして、この「白狐(かまいたち)」と呼ばれるようになった長州の剣客(本当に長州の剣客かはこの時点ではまだ不明確ではあったが)は新撰組から、桂小五郎と同じかそれ以上に危険視されるようになった。




「一体、僕らが白狐(かまいたち)に出会ってしまったら、どうすればいいのでしょうか?勝てる人はいるんでしょうか・・・?」

七条河原での事件から一週間ほど経ったある日の夕方、幸之助と四郎の部屋に集まった、九月入隊の隊士達の顔を眺めながら、河部惣右衛門は細細と、白い息を吐きながら尋ねた。

「まぁ、いねぇだろうなぁ。怯えてるおめぇの頭ん中の新撰組にはなぁ!」

大嶽剛が野太く喚くと、周りはどっと笑い出した。相変わらず騒がしい奴だ、と幸之助は思った。新撰組に入るまでの幸之助なら難癖つけて殴りかかってたであろう。しかし、幸之助はその感情を抑え込み、見た目には冷静な素振りをした。

大嶽剛、同期の隊士の中で一番の巨漢で、それに見合って力は抜群である。入隊時から大嶽は友人三人(腰巾着、という表現の方が適しているかもしれない)を引き連れて、同期の隊士を牛耳ろうとした。しかし、その粗暴さから大嶽一派は反感を呼び、幸之助中心の派閥が誕生した。ある意味、反大嶽派と言っても過言ではないだろう。そのような経緯もあって、幸之助にとって大嶽は目の上の瘤であったし、大嶽もまた然りであった。

「あなたはあの現場を見てないから言えるんですよ!両腕ごと右胴で薙ぎ払われて真っ二つになった遺体なんて見たことない!この前亡くなった仙崎さんも、一瞬で両腕を斬り落とされたって仰ってましたし。」

惣右衛門は江戸の名家の出で、その育ちの良さが口調に表れている。剣才は乏しいが、剣術知識には光るものがあり、入隊時から検分役として働いている。七条河原で三人が斬り捨てられたときも検分を行い、「かまいたち」の名前をつけた張本人でもあった。普段は温厚な彼が、珍しく怒りをあらわにしている。そして、わざわざ大嶽派も集めて話をしていることからも惣右衛門の本気さが感じ取れた。本当に、伝えたい事があるらしい。

「あの斬れ味は、本当に危険です。その気になったら、刀ごと斬られますよ!」

「じゃ、俺が刀ごと斬り返せばいいだけだな!」

大嶽はガハハと笑いながら、6尺5寸ある体を持ち上げた。

「話があるというから来てやったのに、そんな話なら聞く意味ないわ。白狐(かまいたち)なんぞ俺一人で相手してやるわ!」

と言うと周りの連れ巻きの笑い声と一緒に部屋から出て行った。

「・・・うるさい奴らがいなくなったし、惣右衛門、もう少し話を聞かせてくれ。」

四郎が言った。

わなわなと体を震わせ、顔を紅潮させてた惣右衛門は、はっと我に返ったようだった。

「は、はい。えっと、かまいたちの斬れ味が鋭くて、で、その・・・」

「なぜ、斬れ味が鋭いと危険なんだ?そこを話してくれ。」

幸之助は堪らず口を出す。

「は、はい。日本刀での戦いというのは、基本的に先に相手に一太刀入れることがそのまま勝敗、生死に直結します。相手を殺せずとも、先に相手を負傷させることが出来れば、その後の戦いが有利になります。相手より速く、というのが肝要なんです。この辺は僕よりも皆さんの方がよく知ってると思いますが・・・。」

「で、話変わって斬れ味についてです。斬れ味を高めるには三つの方法があります。一つは刀そのものの斬れ味、しかし、これが大きな要因だとしたら右胴で真っ二つになった遺体を僕は何度も見ているはずです。二つ目は力、薩摩示現流は刀をも真っ二つにしますが、あれは上から下へ刀を振り下ろすことで力を補っているためであって、右胴ではなかなか力を刀に与えることはできません。三つ目は、」

「速さ、か。」

四郎が呟く。

「・・・はい。僕が考えるに、白狐(かまいたち)は速さで力を補って、いや、補う以上に斬れ味を高めています。そして、日本刀での戦いは、速さが何より物を言います。」

と、惣右衛門が言い終えると、静寂が一同を包んだ。

「本当に、『妖怪かまいたち』だな。」

誰かが呟いた。

「ただ達が悪いのは、そのかまが大きすぎる、ってことですね。」

どこからか、短い笑い声が聞こえ、すぐ止んだ。




「なぁ、幸之助。」

その日の夜、明かりを消した部屋の中で、四郎が抑揚なく尋ねる。

「お前、白狐(かまいたち)に会ったらどうするんだ?」

「そりゃ、戦うしかないだろう。新撰組には、士道不覚悟は切腹って言う掟があるんだぜ。どうせ死ぬなら戦って死にたいね、俺は。」

「だが、白狐(かまいたち)の存在は異常事態だ。戦って、相手の力を奪えたら良いが、平隊士とは言え三人がかりで傷一つ負わせられなかった。もしその掟で、その掟のせいでかまいたちに隊士を殺され続けたら、それこそ新撰組の存在そのものがが怪しくなる。」

「四郎、お前何が言いたいんだ?」

しばらく間を開けた後、四郎は言った。

「・・・今はいたずらに隊士を減らすべきではない、ってことだ。」

気のせいか、四郎の声が少し上ずっていた。


お時間いただき、ありがとうございました。

続編、ゆるゆると書いていきます。

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