6 私は彼を見つめていたかった
重苦しい扉がゆっくりと開く。
悠久の時をこの広間で過ごしたが
あの扉が開くのをこんな気持で迎えることは初めてだった。
(ついに来た)
私の気持ちは昂っていた。
(シオン)
心で何度唱えたか分からない彼の名前を呟く。
この名前を口に出したことはなかった。
(シオン)
あの碧い瞳を直接見たかった。
そしてそこにシオンはいた。
先ほどまで見ていた水盤の絵と寸分違わない姿で。
しかし、水盤で見るのと本物はまるで違った。
彼は全身光輝いているように見えた。
あれが女神とやらの加護なのか。
勇者が生まれてから白い宝玉となった首飾りが、呼応するように光輝く。
シオンが一瞬、こちらへ目を向けた。
全身が震えた。
待っていた、この時を。
ロキがシオンの前に立ちふさがる。
シオンは面白そうに笑った。
敵う訳はないのに、なぜロキは彼に相対するのだろう。
彼はそれが自分の役目だと言っていた。
それを邪魔する気はなかった。
しかし、彼に敵わないのは私も同じことかと考える。
では、私はなぜ敵う訳もないのに、隠れもせずここにいるのか
彼に殺されたいのか。それとも・・・
ただ一つ分かることは、私は彼を見つめていたかった。
ロキがシオンの魔法を受け、壁に打ち付けられた。
これが最後だろう。
ロキは動かなくなった。
シオンはロキを一瞥すると、私の方へ目を向けた。
その碧い瞳と目が合った瞬間、彼から目を離すことは出来なくなった。
シオンがゆっくりと近づいてくる。
胸がずくずくと痺れだした。
私が今までに感じたことのない感覚に戸惑っていると
いつの間にか彼が王座に座る私を見下ろしていた。
シオンは私を上から下までじっくりと眺めた後
「魔王か?」
と訪ねてきた。
彼が私に話しかけているのを、信じられない心地で聞きながら
私はゆっくりと頷いた。
なぜか「そうだ」という一言がでなかった。
一瞬、彼は眉を寄せたが
次に自分の名を言おうとしていた。
なので、もう知っていると伝えたくなり
彼が言葉を発する前に、彼の名を呼んだ。
「シオン」
先ほどまで心で唱えていたので、今回はスムーズに声がでた。
そういうと彼は瞳を大きく見開いた。
私が呼んで、彼が反応したことに、胸が高揚し
私は、もう一度彼を呼んだ。
すると、なぜか彼はその白く輝く聖剣を振り下ろしてきた。
避けようと思えば容易に避けられたが、
彼が私を見つめたままなので、私の中でこの場所から動くという選択肢がなくなった。
そのまま振り切れば、私は絶命していただろうが
彼は皮一枚で剣をとどめた。
額からなにか液体が垂れてくるのがわかった。
赤紫色の液体だった。一瞬遅れてそれが自分の血であると理解した。
自分の血など、初めて見たのだ。
「なんでよけねえ」
彼はまた眉を寄せていた。
なぜと言われたら、瞳を見ていたかったとしか言えないが
なんで見たいのかと言われたら答えられないので、私は黙った。
そんな私に、彼は眉間に皺を寄せながら目を閉じた。
彼の瞳が見れず残念に思っていると
彼はゆっくりと目を開け
とびきりの笑顔を見せた。
それは、彼のことを水盤から見ていた日々の中
何人かのオーク達と相対したときに見せた笑顔と同じだった。
私はその日、自分の血を見飽きるほど見ることになった。