魔法使いになってしまった男
「っつー訳だから、俺とピーしてくれ。」
と、言う台詞を吐いた社会人、錆田剣、通称さびたポンチは、テーブルに頭を思いっきり叩きつけられた。
お客様?どうかされましたか、とウェイターさんが駆け寄ってきてもテーブルにポンチを叩き付けた張本人はお構いなしで怒鳴った。
「なーにが、っつーわけで、だ。この野郎。舐めてんですかあ?」
「べつに、舐めてなどいない。真実を言ったまでだ。」
鼻から血を流しながら、ポンチは大真面目な顔で言い放つ。
「じゃあ、アンタの言葉を整理するけどさ、三十路になっても一度もピー出来なかったお前は、いつの間にか魔法使いになっていて、元に戻りたいから私とピーしたいっだよな?」
「いや、紗江子、大声でピーとか言うのはどうかとおもグフッ。」
またしても叩きつけられたポンチ。
「い・い・か・ら・答えろよ!」
思いっきりドスの効いた声で紗江子はポンチの胸倉を掴んで言った。
「ああ、そうですよ。私は魔法使いになりました。そんでもとに戻りたいからお前とピーしようって言ったぜ。」
「堂々と言い放つんじゃねえこの駄目人間、第一私はお前の妹だろうが!」
「いや~、もうほんと誰でも良くてさ~。」
ああ駄目だこいつ、と、紗江子は口にしなかった。
こうなるとだんだん哀れになってきた。
「・・・、じゃあ、魔法を見せなさいよ。そうしたら信じてやるよ、駄目兄貴。」
「ほんとか?そうすればおれとピーしてくれるんだな。」
「そうは言ってねえよ!さっさとやれ。」
「よーしやってや・・・。」
とい、ポンチの声が途切れたのは突如轟音が鳴り響いたからだった。
後ろを振り返ると、店のガラスが割れていた。
そして、後ろの向かいのテーブルに男が立っていた。
一言で言い表せば、その男はとても変な格好だった。
黒いマント、青い髪、木で出来た杖、そして、店内は騒然となり、客が一斉に逃げ出した。
「くっ、見つかったか、逃げるぞ紗江子。」
錆田は紗江子のてを取り走り出した。
店のドアを開け金も払わずに出て行ったが誰も食い逃げ扱いしなかった。
店員も全員逃げ出していたからだ。
店を出てすぐに、紗江子が叫んだ。
「おい、アイツが魔法使いって奴か?」
「ああ、多分俺を狙ってんだな、やべーよ。」
「やベーよ、じゃねえ、これ追いつかれるんじゃないの?」
「うん、追いつかれるね、多分。」
「多分、じゃねーよ、バカ兄貴!」
紗江子が渾身の突込みを入れるのと同時に街中を走っていた彼らの前に黒い影が現れた。
さっきの黒マントだ。
「己の運命から逃れるな、漆黒の翼よ。」
「なんだよ、こいつ、何かスゲー厨ニ臭いこと言い出したよ。」
「ああ、俺の魔法界での呼び名は漆黒の翼らしい。」
「のんきに解説すんじゃねえ!」
はあはあと、息をついて突っ込みをする紗枝子はすでに限界だった。
「ふん、ラグナロクを止めるには、我等の誰かがフェニックスに転生するしかない。お前とて戦いを避け続けることは出来んぞ漆黒の翼よ。」
「俺は、いやだって言ってんでしょうが。俺は平和に暮らしたいの!」
「そうよ、わたしもこんな兄貴のことなんてどうでもいいから平和に暮らしたいの!」
「ふん、そこのお嬢さんには用が無い。さあ、漆黒の翼よ、安永に身を委ねる虚構の道など捨てて、修羅の道を選べ。素直にな。」
「うるせーなお前はその厨ニ的なのりをやめろっつってんだよこの腐れ黒マント!」
すると、ブチッという音が聞こえた。リアルに血管が切れたような音。
「うるせー、厨ニ厨ニ言うんじゃねえええこのアマアア、俺だって好きでこんな台詞吐いてるわけじゃねーんだよ、ぶっ殺すぞ。」
黒マントはブルブルと体を震わせて言った。
「女の方は見逃してやろうかと思ったが、もう許さんまとめて失意の荒野を彷徨うがいいわ。」
突如轟音が鳴り響いた。爆発、黒マントを中心にして爆発が巻き起こったのだ。
紗江子は、ポンチに庇われて何とか爆発の射程圏外へ出た。
「ホ、ホ、ホントに魔法使っちゃったよ。」
「くっ、下がってろ紗江子。」
ポンチは紗江子を腕で制し、立ち上がった。
「おい、バカ、危ないぞ、逃げよう。」
「バカ野郎、逃げてる途中で、お前に死なれちゃ困るんだよ。」
「兄貴・・・。」
なぜなら、とポンチは続けた。
「ピーをする相手が居なくなるからだ。」
「一瞬でもお前をカッコいいと思った私がバカだったよ!」
「ま、見てな、俺も魔法が使えるんだぜ。」
ヨレヨレのスーツはみすぼらしく、靴も泥だらけ、髭もぼうぼうで寝癖も直していない、それは完璧に覇気の無いオッサンだった。
しかし、その眼は鋭く輝いていた。