ほんの少しの思い出7-10
7. 公園の前のコンビニから女が出てきた。弁当用の茶色いビニール袋をさげて駅の方向へ歩いていた。
女の前に一台のパトカーが近づいてきた。赤色灯を光らせながらゆっくりと走っている。
女は顔色一つ変えず駅のほうへ歩いて行った。パトカーから運転手が女を見た。デニムと黒のキャミソールを来た女は少しずつパトカーとすれ違って行った。
拓也はみうの部屋に一人でいた。誰か来ても扉を開けてはいけないと言われた。
「ノックを3回してからもう2回するからね。そしたら扉を開けて」
小さな電球が部屋を薄暗く照らしている。拓也は部屋の中でみうを待った。
コンコンとガラス戸をノックする音がした。
「みうちゃん、みうちゃん。遊びに来たよ。今日こそ一緒にハイになろうよ。みうちゃん、どうしてあけてくれないの」
拓也は黙って扉を見つめていた。それから何度かノックする音がした。
「みうちゃん、僕はね、みうちゃんのことが好きだよ。大好きなんだ。だからこうしてみうちゃんの大好きなものも買ってきたんだよ」
拓也は部屋の奥に隠れた。扉を強くたたく音がして、
「みうちゃん、どうして会ってくれないの?お金もあるよ。だから僕と遊ぼうよ。みうちゃんの大好きなものばかりだよ」
しばらく男の声とノックは続いたが、いつしか消えた。
それからまたノックがあった。
(1回、2回、3回・・・)
拓也がノックを数えてから、一泊おいて2回のノックがあった。拓也は扉まで走ると急いで鍵を開けた。みうがそこには立っていた。
二人の食事はほとんどコンビニの弁当だった。
「野菜も食べないとね」
そう言ってみうはサラダも買ってきた。ハンバーグを少し分けてあげたりもした。拓也は自分にお姉さんがいたらみうみたいな人がいいと思うようになった。
8. 「拓也、頬を撫でて」
みうのか細い声が夜の闇の中で静かに音を立てた。拓也は無言でみうの頬を撫でた。冷たかった。氷のように冷たくて、しかしそのひんやりした感じが拓也は好きだった。
「拓也の手は暖かいね・・・。もっと触れてほしい」
みうは拓也の手を取って頬から肩のほうへ移した。拓也の手はみうのか細い手を伝って胸までいった。小さいけれどしっかり女性のふくらみはあった。胸の感触と鼓動を手が感じるたびに拓也は顔を赤らめた。
腕はもう一度みうの頬へ移り、拓也の手が冷たくなるまでみうは頬から手を離さなかった。
「あたしの本当はね。拓也が見ているものよりもっと醜いものだよ。でも、こうしているとその醜さもどこかへ消えていきそうな気がする」
みうは拓也を抱きしめると、
「あたしの本当を見せるのはいや。拓也がここにいなくなるから。でもね、『あたしの本当』が拓也を呼んでいるの。」
みうが静かに耳元でささやいたとき、拓也はみうの頬に手をいたまま体に全身を預けるようにして眠っていた。
「おやすみ、拓也。いい夢が見れますように」
みうの体がかすかに震えた。その震えを抑えようと拓也をきつく抱きしめた。
翌日、みうの部屋にノックが響いた。
「みうちゃん、みうちゃん。今日はね、みうちゃんの好きなものを持ってきたよ。もうそろそろ限界でしょ。僕はねわかるんだよ、みうちゃんのことが。」
みうは拓也がまだ眠っていることを確認して外に出た。拓也が目を覚ますと、≪出かけてくる。ノックはいつもの通り≫と書置きがしてあった。
しばらくするとガラス扉をノックする音が聞こえた。
(1回・・・2回・・・3回)
拓也は扉を凝視しながら数えた。暗くなった部屋からは外の風景があまり見えない。
一拍おいて、
(1回、2回)
拓也は扉に駆け寄った。開けるとみうが立っていた。いつものようにやさしい顔をしたみうがいた。
9. 拓也はみうを力いっぱい抱きしめた。みうと一緒にいたいと切に思った。
(みうと一緒にいれるならなんでもできる)
拓也は何度も顔をみうの胸に押し付けた。
みうは拓也の体を引き離すと、拓也の唇に自分の唇を重ねた。
「あたしも拓也のこと好きだよ。好きだから本当の自分を出すのが怖いの。でもね、こうして触れ合っていると我慢ができなくなる」
みうは震えるように拓也の肩を抱いた。
拓也はみうを見つめた。
みうは拓也を押し倒した。もう一度唇を重ねると拓也の髪を撫でた。デニムのホックをはずして、同時に拓也のズボンを下ろした。小さな陰茎をパンツから出すとそのままみうの唇が吸いついた。拓也の吐息が荒くなって何度もみうの名前を呼んだ。
「一つになるの怖い?」
みうの問いに拓也は首を横に振った。みうは少しばかり笑みを浮かべると、下着をずらして拓也を受け入れた。拓也は自分の世界がぐるぐる回って、優しく締め付けられるたびに身悶えた。
「みう・・・みう・・・」
何度も名前を呼んで、そのたびみうは拓也にキスをした。
拓也がみうの体を抱きしめたその時だった。
「ふふ・・・」
みうの体は小刻みに震えた。震えるたびに拓也の陰茎を締め付けた。
「ハッシッシ・・・」
拓也はこの声をどこかで聞いた。
「ハッシッシが欲しんだよ、拓也!ハッシッシが欲しいの」
みうの体の震えはだんだんと激しくなり、拓也の上で激しく動き回った。柔らか肉ひだが縦横無尽に動き回り、拓也を締め付けた。
みうは拓也の体に自分の体を入れたまま、置いてあった金属のケースを取った。中から注射器と白い粉を取り出すと、震えた手で粉を水で溶かし注射器の中に入れた。
「ハッシッシ。ハッシッシ!これがあれば天国へ行ける。拓也一緒に行こう」
みうは右腕に注射針を刺して液体を自分の体に入れると、ガラス戸に向けて思い切り注射器を投げた。バリンという音ともに注射器が割れた。
みうは天を仰いだ。毛細血管の波が瞳からうじゃうじゃと湧き上がっていた。首をガクリと下げて拓也を見た。拓也は一筋の涙を床にこぼした。
あの獣は・・・みうだったんだ
そう思ったとき、今度は大粒の涙がほほを伝った。そしてその時にはみうの中から白い精液が零れ落ちていた。
「ごめんね、優しいお姉さんでいられなかった」
みうは拓也の頬を撫でた。拓也は涙を流したまま何も言わなかった。むしろ、何も言えなかった。
「さよならだね、拓也」
拓也は首を振ろうとした。しかし、何も答えられなかった。眼球が真っ赤になったみうはもう自分の知っているみうではなかった。
10. 二人は手をつないで歩き続けた。しかし、言葉を交わすことはなかった。家に着いたとき、拓也はみうの顔を見るとあの優しい顔に戻っていた。拓也は無言で家の玄関に向かった。
みうは拓也が離れていくのをじっと見ていた。拓也が扉を開けて入ってからほんの少したって、母親の奇声が聞こえた。
「さようなら、拓也。できることなら一緒にいたかった」
みうは右手を抑えた。アスファルトに小さな雨が降るように涙がぽろぽろと落ちた。
「さようなら。さようなら。さようなら」
<了>




