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エピローグ

最終話ですが、エピローグという名の第四話になっている気がします。相変わらず書くのが下手ですね。でも、楽しんで頂ければ幸いです。




 ……

 ……


 自分に興味が無くなったのはいつからだろうか。


「なんで、佑里とずっと一緒にいて我慢できるの?」


 自分のことが徹頭徹尾余すとこなく嫌いになったのはいつからだろうか。


「おかしいよ。ありえないよ。罵声浴びせられて、大怪我させられて、謝られもしないで、それなのに大槻君は佑里から離れないどころか、自分から近寄っていってる。どうして? どうしてアナタはそんなことをするの?」


 自分のことをゴミ屑のように扱うようになったのはいつからだろうか。


 そして、


「ねえ、佑里のこと好きなの?」

「好きじゃないけど、嫌いじゃない」

「私のことは?」

「もちろん好きだよ」

「じゃあ、なんでよ!! なんであの子の傍に行くのよ!! 私はアナタの彼女で、アナタは私の彼氏なのよ!! どうしてアナタは佑里の傍に行くの!? どうしてアナタは佑里とずっと一緒にいて我慢できるの!? どうしてアナタは佑里がやることを全て受け入れて、許しちゃうのよ!! それはあの子のことを好きな人がやることであって、あの子のことを大切だと思っている人がすることであって、アナタが、私の彼氏である大槻君がすることじゃないでしょ!!」




 自分の為に生きることを止め、


 誰かの為だけに生きようと決意したのは、


 いったい、いつからだっただろうか?




「ねえ、大槻君。私、何か間違ってること言ってるかな?」

「言ってないよ。沙織ちゃんの言ってることは正しいよ。正論だよ」

「じゃあ――」

「でも、正論はいつだって無慈悲だから」

「え?」

「正論はいつだって無慈悲で、正答は容赦なく誤答を踏み躙るし、正当は不当を一切認めない」

「なに、言ってるの?」

「俺は、それは平等じゃないと思う」


 俺は納得できなかった。誤答が正答に踏み躙られるのも、不当が正当によって一切認められないことも、悪が必ず正義に倒されてしまうことも、そして、それらの所為で一人ぼっちになってしまった人間が周りから『自業自得だ』と思われてしまうことも、全部、全部納得できなかった。彼らにだって理由はあるのに、彼らだってできることなら正答に辿り着き、正当と認められて、高々と正義を掲げたかったはずなのに、正論はそれらを全て光の衣で覆ってしまうのだ。


「俺は自分のことが大嫌いで、自分の為に生きていたいと思わないから、自分以外の誰かの為に生きることを決意した。そして、その為なら自分の命なんてゴミ屑のように捨てても構わないと思ってる」

「で、でも、それじゃあ私は? 大槻君は私のことが好きなんでしょ? それなら私のために――」

「沙織ちゃんには、俺以外にも周りにたくさんの人がいるから」


 それじゃ駄目なのだ。


 俺以外の人が周りにいては駄目なのだ。


 独占欲じゃない。


 優越感を感じたいわけでも、


 劣等感を感じたくないわけでもない。


 ただ、


 俺以外の人が周りにいたら、


 俺以外でも代用が利くのなら、


 それは俺が俺であるという意味が薄れることであり、


 俺がそこにいる意義が曖昧になることであり、


 大槻亘という人間の価値が消失してしまうことになる。


 自分に興味はないし、


 自分のことが大嫌いだし、


 自分のことをゴミ屑だと思っているけど、


 この世に生を受けた身として、


 自分が無価値な人間とだけは思いたくなかった。


「だから、佑里なんだ」


 みんなに愛される沙織ちゃんじゃなくて、みんなに疎まれる佑里。


 メジャーじゃなくてマイノリティ。


 正答ではなく誤答。


 正当ではなく不当。


 正論ではなく曲論。


 正義ではなく悪。


 そう、


 俺は弱者の為に立ち上がり、


 少数の為に命を削るときにだけ、


 生きている、と実感できるのだ。


 そして、そこに正しさは、


 ましてや愛など……いらなかった。


「沙織ちゃんのことは本当に大好きだけど、アイツに、佑里に求められるとゾクゾクするんだ。アイツに罵声を浴びせかけられて、大怪我させられて、謝られなくて、それでも俺が、俺だけがそれを許して全部受け入れた結果、アイツが少しでも喜んでくれるなら、僅かでも救われたと思ってくれるなら、俺は、俺は、こんな本望なことはない」


 俺は笑いながらそう言った。


 沙織ちゃんは笑わず、もう一度「ありえない」と呟いた。


 ……

 ……




 財布だけ持って家を飛び出した俺は、車庫に入っていた黒のワゴンRスティングレーに乗り、怒りに任せてアクセルを思いっきり踏み込んだ。


「クソッ!! これで飲酒運転で捕まったら絶対にアイツのことぶん殴ってやる!!」


 佑里は普段絶対に自分から他人にメールをしない。アイツはバカでエロくてピーキーでアル中で自分勝手で加減知らずなヒステリー女だけど、人に何かを強制させたり、束縛したりすることを病的なまでに嫌がるのだ。自由人の彼女は、他人の目は気にしないし、他人の意識なんて考慮しないし、他人の理解なんて必要としない。でも彼女は自由を愛するが故に他人の自由にも敏感で、自分自身が嫌なこと、つまり誰かの自由を奪い取ったり侵害するような行動は極力控えているのだ。そして、メールや電話は究極的に言えば相手の自由や時間を奪い、何かを相手に押し付けてしまうものである。だから佑里が、自分で嫌だと言ったことは絶対にやらないはずの佑里が、百歩譲ってお酒の誘いならまだしも、お礼のメールなんていうものを送ってくることなど普通ではまず考えられない。


「チクショウ!!」


 ……不器用な奴なのだ。今まで真剣に誰かを頼ったことがないから、どうしたらいいのかわからないのだ。その上、俺が佑里のことを理解しているように、彼女の方も俺がどういう奴で、俺を求めるとはどういうことなのかということをしっかりと理解していたから、きっと彼女なりに戸惑ってあんな中途半端なメールを俺に打ってしまったのだろう。その辺の状況は佑里からのメールを見た瞬間になんとなくわかった。ただ、一貫して言っているように俺は……こんな結末は望んでいなかった。


 佑里には普通の女の子になってほしかった。


 俺がなり損ねた普通の人間になってほしかった。


 そして、その為なら何でもやってやるつもりだった。


 でも、その『何でも』の中にも例外が一つだけあった。


 途中までならいい。


 途中までならたとえアイツのわがままで殺されたとしても俺は文句は言わない。


 この命は誰かの為に使うとずっと前から決めていたから。


 だから途中までなら好きなだけ俺を求めればよかった。


 でも、


 最後は、


 最後は駄目だ。


 最後だけは俺を選んでは駄目なのだ。


「最後に俺なんか選んじまったら……普通の女の子どころか絶対に幸せになれねえじゃねぇか!!」


 この命を誰かの為に使うとずっと前から決めていた俺にとって、この命の所為で誰かを不幸にしてしまうことはもっともやってはいけないことなのだ。それは人生が無意味とか命が無価値とか、そんなことよりもさらに悪い、


 




 『有害』






 ということだから……


「チクショウ。チクショウチクショウチクショウチクショウ……畜生!! なんでこんなことになるんだよ。どうして俺がこんな思いをしなきゃならねぇんだよ。俺みたいなクズがでしゃばるとみんなに迷惑がかかると思ったから、いつもひっそりと過ごしてたのに。せめてこのくだらない命を使ってみんなの為に何か良いことができたらそれだけで幸せだなあって思ってただけなのに……クソ、テメェ、おせぇんだよ!!」


 法定速度を守って走っていた前のエルグランドに罵声を浴びせかけて、大きくハンドルを切って抜き去る。早くしなければならない。早くアイツの下に行ってやらなければならない。行ってももう手遅れかもしれないし、間に合っても何もできないかもしれない。確実に言えることは、今佑里の下に行ってしまったら今まで積み重ねてきたものが完膚なきまでに崩れ去り、俺の今までの人生、これからの人生は全て終わってしまうということだけで、


「わかってる!! そんなことはわかってんだよ!!」


 でも、それでも行かないわけにはいかない。


 アイツは、


 佑里は一人ぼっちで、


 俺しか今アイツを心配してやる奴はいないし、


 なにより、


 なにより、


 なにより!!


「ホント、めんどくせぇことしやがって!!」


 求められたものを断ることなど、俺にできるはずがなかった。


 それが俺の生き方だから……




 ◇◇◇




 光源が窓から差し込む月明かりだけという真っ暗な部屋に入ってまず俺が気が付いたのは、ぐちゃぐちゃに荒れ果てた部屋でもなければ、むせ返るような酒気と吐瀉物が混ざった異臭でもない。音……何かを打ちつけているような音だった。


 ドン


 ドン


 ドン


 暗闇の中で規則的に鈍い音が鳴り響いていた。何の音かはわからない。ただ、音と床を伝わる振動、そして気配でその音は佑里が出しているということだけはわかった。俺は声一つ物音一つ立てずに部屋の入り口まで靴のまま歩いていき、そこで壁にある部屋の電気のスイッチを……点けた。


「――――ぁ」


 部屋が明るくなると同時に小さな声が聞こえた。


「お前、何してんだよ」

「せんぱい……」


 佑里は、


「もう一度聞く。お前は今何してるんだ?」

「わ、わたし」


 昼間の格好のまま髪の毛をボサボサにした佑里は、


「早く答えろ」

「だ、だって……」


 元々は可愛らしかった顔を涙と鼻水でグシャグシャにしながら、






「だって、黒木先輩が、別れよう、て、言ったんだもん」






 包丁を逆手で握り締めて、床にばら撒いた写真をメッタ刺しにしていた。


 そして、


 確認するまでもなく、


 散らばっている写真の全てには黒木先輩が写っていた。


「私、信じてたんですよ? あなた……大槻先輩を除けば、唯一黒木先輩は信じられる人だったんですよ。それなのに、それなのに別れようなんてヒドイと思いませんか?」

「お前は他人に何かを強制したり束縛したりするのは嫌じゃなかったのか?」

「嫌ですよ。そんなの嫌に決まってるじゃないですか。私、今までずっと色々なものを人から押し付けられてきたんです。男の子の下種な欲望とか、女の子のくだらない嫉妬とか、大人の喧しい常識とか、子どもの無責任な羨望とか、とにかくみんな好き勝手私のことを想像するんです。そして、都合よく私のことを解釈して、でも実際は全然何一つ私のことなんて見てなくて、それで、それで、それで私が自分の思った通りに行動すると『なあんだ、思ってたのと違うじゃん』って思うんですよ。幻滅、幻滅するんです。私の私らしさを見てみんな裏切られたみたいな顔をするんです。なにそれ、て感じしませんか? 自分で勝手に人に期待しておいて、現実を見たらこれまた勝手に幻滅して、あまつさえそれで私のことを非難するんですよ? 私、関係ないじゃないですか。私のあずかり知らぬところで全部決定しちゃってるじゃないですか。そういうのってすごく理不尽でムカつくし悔しいし、なにより辛いです。だから、そんな自家発電、オナニーみたいな思考でいつもいつも傷つけられてきた私が、その辛さを身を以って体験した私が他の誰かに同じ苦しみを合わせようなんて、そんなことを考えるはずがないじゃないですか」

「……そうか」


 どうして佑里がここまで意固地になって自分を貫こうとしているのかが、今はっきりとわかった。


 抗っていたのだ。


 佑里は常に周りの人が持つ幻想と争っていたのだ。


 誰もが自分を見ずに自分を判断していくそんな理不尽な社会に対して、


 いつも彼女は一人で戦っていたのだ。


「でも、でも、そんな誰もが私に身勝手な幻想を押し付けてくる中で、黒木先輩だけはそんなことをしなかった。そんな無粋な真似はしなかった。しっかり私を見つめてくれて、私が何かしても『佑里はしょうがないなあ』って笑ってくれて、だから、だから私はあの人を信用したんです。信頼してたんです。普段そんなことをしない私が、あなた以外の人を信じたんです。信じたのに、信じたのに、自分を曲げてまで、本当に心から寄り添える人だと思ったのに――」


 ドン、と佑里は怒りに任せてまた床に落ちていた写真に包丁を突き立てた。


「『もうお前の面倒は見られない』は、あまりにもヒドくないですか?」

「……」

「面倒ってなんですか? 私は、信頼していた人に面倒を見てもらっていたんですか? 私は私自身をしっかりと見てくれる人、対等に向かい合える人だから付き合ってたのに、あの人は私のことをペットか何かのように見ていて、それで可愛がって面倒を見ていたとでも言うんですか? そんなの人間として対等な関係じゃないし、信用していた人からそんな風に不当に扱われるなんて、扱われてたなんて――」


 やだよぉ……


 包丁をその場に落とした佑里はまたポロポロと泣き出して頭を抱えた。


「もう、やだよぉ。わけわかんないよぉ……私、どうしたらいいかわかんない何信じたらいいのか見当もつかないよぉ。私、確かに他人の目なんか気にしないし他人の意識なんて考慮しないし他人の理解なんて必要としないけど、でもやっぱり誰も傍にいないのは……寂しいよ……」

「俺は?」

「ぇ?」


 今まで自分から佑里に触れることをしなかった俺が、このとき初めて自分の意思を持って佑里に触れた。膝を抱えて泣いている佑里をギュッと抱きしめたのだ。ああ、もう少しだけこのままでいたかったけどしょうがないよな。コイツのこんな頑張りを見せられて、コイツの本音をこうもまざまざと見せつけられて、最後にポツリと寂しいと言われたら、そりゃあこれ以上俺の勝手で引き伸ばすわけにはいかないだろう。ということで、


 バイバイ、俺の今までの人生。


 俺はコイツを、佑里を駄目な人間にすることに決めました。


「さっき俺を除けばって言ったじゃん。ということは、まだお前には俺がいるってことだろ?」

「……」

「違うのか?」

「……あなたが」


 弱々しかったはずの佑里の体に再び力強さが戻った。そして抱きしめていた俺を振り払って、襟首を思いっきり掴んだ彼女はありったけの力を込めて叫んだ。


「なんであなたがそれを言うんだ!!」

「佑里……」

「あなたは確かに誰よりも優しい! 誰よりも私を受け入れてくれる! あなたと一緒にいると私はいつも穏やかな気持ちになるし、どんなことでも楽しくてしょうがない。私はあなたが、大槻先輩が好きだ、愛してる。でも、そう言うあなたは私のことを愛してくれてないじゃないか!」

「これから愛せるように努力する」

「嘘だ!! あなたは絶対に人を愛さない! あなたは絶対に人に好意を向けない! 好意どころか悪意も害意も敵意も他人に抱かない! 自分に興味がないあなたは、自分の気持ちを蔑ろにしているあなたはどうやったって自発的に他人にベクトルを向けることができない!」

「――っ、そんなことはない!!」


 駄目だ。ここで佑里に言い負かされてしまったら、ここで佑里の心に負けてしまったら、俺がここに来た意味がなくなってしまう。


「私が求めればきっとあなたは応えてくれるでしょう。私があなたを呼べばこうやってヒーローのように駆けつけてくれるでしょう。でもそれだけだ! あなたから私を求めてくれることはないし、あなたから私を呼んでくれることはない! そして、いつの日か私より孤独な人間が、私よりおかしな人間が現れた日には、あなたは私の下から消え去ってしまうんだ!!」

「違う! 俺は絶対にそんなことはしない!!」


 きっとこれ以上言い争っても彼女は、俺のことを誰よりも知っている佑里は絶対に信じてくれない。そう感じた俺は襟首を掴んだ佑里の腕を力ずくで外すと、逆に彼女をそのまま強引に押し倒してキスをした。キス。それは初めて自分からしたキスで、俺の決意を佑里に示すためにできる最後の手段だった。


「放っておけないんだ。これ以上お前がボロボロになっていくのを見てられないんだ……」

「私、だって、本当は信じたいんです……でも、あなたはこういう人だし、私もこういう人間だし、それになにより……信じきってしまった後、黒木先輩のときのようにあなたに捨てられるのは嫌なの」

「お願いだ、信じてくれ」

「口だけならなんとでも言える。もっと行動で示して。私を捨てないって。ありのままの私を見つめて、そして愛してるって、行動で示してくださいよ」 


 俺はまた唇を重ねた。そして強く抱きしめて体を重ねて、心まで重ね合えることを願った。


 時間が掛かるだろう。


 もしかしたら、どれだけ時間を掛けても無理かもしれない。


 でも、そんなことは関係ないんだ。


 俺はこういう人間だし、


 佑里はこういう人間だし、


 だからきっとうまくいかないことの方が多いけれど、


 それでも俺たちは共に歩いていかなければならない。


 不器用な生き方をしてまでも自分を貫き通す女に、


 俺は求められたのだから……





 終わり



























 ……なんて、この女との物語がこうも簡単に終わるはずがなかった。


 何度でも言おう。


 富永佑里という女はバカでエロくてピーキーでアル中で自分勝手で加減知らずなヒステリー女なのだ。


「お、まえ」


 お腹に渦巻く違和感。


 広がる痛み。


 急に胸の奥深くから何か込み上げてくる感覚に襲われたと思ったら、


 俺は佑里の顔に血を吐いて、


 彼女の上から転げ落ちた。


「先輩」


 落ちていた包丁をいつの間にか再び握り直していた佑里は、俺の返り血を浴びた凄惨な格好のままその場に立ち上がった。




「こんなことをする私でも、あなたは私を愛してくれますか?」

「ご、ごほっ、お、まえ、やっぱり……ばか、だ、ろ」




 やりやがった。


 コイツ、ついにやりやがった。


 いつかやるんじゃないかと薄々思っていたけれど、いつか俺はコイツに殺されるんじゃないかといつも冗談めかして言ってたけれど、


 刺しやがった!!


 容赦なく、加減なく、躊躇いなく、寝ながらの体勢で俺の右脇腹を刺しやがった。


 それも一番最悪なこのタイミングで。


「私はこういう女なんです。『信じてくれ』と言ったり、キスをされたくらいじゃ足りないんです。私はもう誰かに捨てられるようなことはされたくない。もう一度そんなことがあったら私、死んじゃうんです。だからこんなことをされても、私に殺されたとしても私のことを一筋も疑わず、愛し続けてくれる人じゃなきゃ駄目なんです。では、先輩聞きますけど、あなたはそういう人ですか?」


 なるほど。行動で示してくださいとはそういうことだったのか。口ではなんとでも言えるとはいえ、まさか愛しているとまで言った人間にそんなことをするとは、どんだけぶっ飛んでるんだよ、この女は。それに何が『他人に何かを強制したり束縛したりするのは嫌』だ。お前は、俺にどんだけとんでもないものを強制してるんだよ。世間の束縛が激しい女なんて目じゃねぇよ。

 刺された部分を手で押さえながら冷静に傷の深さを探ってみる。刺されたときそれほど強い違和感があったわけじゃないから、刃は思っている以上に深くは刺さらなかったのかもしれない。しかし、押さえた手の隙間からは生温かい血がどんどん流れていき、このまま放っておけば冗談抜きに死んでしまうだろう。

 ああ、やっぱり俺はどこかで選択肢を間違えたのかもしれない。佑里の部屋に来てしまったこと、佑里とお酒を飲んでしまったこと、沙織ちゃんと別れてしまったこと、こんな生き方を選んでしまったこと。今となってはどれが間違いで、あるいは全部間違っていたのかもしれないが、まあ過ぎてしまったことは仕方がない。というか、結局俺の人生はこんなくだらない人生だったのだろう。なんかここまで来ると、もう、色々と諦めがついた。


 大槻亘。


 バッドエンドフラグを取ってしまいました。


「せんぱーい、生きてますか?」

「……」

「……まあ、いいや。別に私もそこまで望んでたわけじゃないですから」


 虚ろな目で倒れている俺の前に屈んだ佑里は、包丁を持っていない右手でいとおしいそうに俺の頭や頬を撫でた。そして、


「安心してください。私も一緒に死にますから」






 は?






「最初からそのつもりだったんですよ。先輩にメールをした時点でそうしようかなって考えてたんです。私のメールで先輩がこの部屋に来てくれたら一緒に死んで、来てくれなかったら寂しく一人で死ぬ。私としてはどっちでも良かったんですけど……いえ、やっぱり死ぬんだったら先輩と一緒に死にたいと思ってましたから、そういう意味で言えばあなたはどこまでも私の期待に応えてくれる人でした」


 ――ただ、その力が……あなたのように誰かの幻想を叶えてあげる力が、私にほんの一欠片でもあれば、また未来は変わっていたのかもしれないね。


 涙を流しながらそう呟いた佑里は、


 左手の包丁で自分の胸を突き、


 突き……突き刺せなかった。


 なぜなら、


 この俺が、


 この俺の目の前でそんなことをさせるはずがないだろ!!


「ふ、ざ、けるな……」


 傷口から手を離し、佑里の左手首を握り締めた俺は震える声で俺の決意を示すことにした。


「死にたければ、勝手に死ね。俺を巻き込む、な。そして、お前は、そういう女だったんじゃなかったのか?」

「え……」

「勘違い、してる、かもしれないが、俺だって……誰でもいいわけ、じゃないんだ。憧れていたお前だから、他人の目を気にせず他人の意識を考慮せず他人の理解を必要としない、ただ自分らしく自分の為に生きていける佑里だからこそ、俺は命をかけてきたんだ。こんな風に他人に振り回されている、たった一人のクソみたいな男にフラれた程度で喚くお前など、俺が命を、かける意味など、ありはしない」

「……」

「そして、だ。今、お前がここで死んでみろ。そうしたら、俺は絶対に他の奴らを許さない。お前をここまで苦しめてきた奴らを絶対に生かしてはおかない。俺は絶対にこの場を生き抜いて、あの高慢ちきな黒木も、あの勘違いも甚だしい沙織も、お前に淫らな欲望を向けたサークルの屑どもも、全部、全部殺してやる!! 全部だ! いいか! よく聞けよ、お前の為に殺すんだ! お前は簡単に死ぬって言うけどな、お前が死ぬということが俺にとってどれだけでかい意味があるのかもう少し考えろや!!」


 最後の力を振り絞って佑里の手から包丁をもぎ取り、それを手の届かない台所の方に投げ捨てる。そして、残り少ない力で右手を握り締め、今までの不満を一気に晴らすように佑里の顔を殴ってやった。やっぱり、こういうわがままな女は一度殴ってやらないと駄目なのだ。


「痛い……いたくないけど……痛い……」

「あ、たりまえだ。これが、俺の、愛……だから、な」


 全ての力を振り絞った俺は佑里の体にしなだれるように倒れた。やばい、ホント、もう、死ぬかもしれない。血が足りなくて、視界がぼやけて、頭がクラクラする。しかし、何度も味わったことがあるけど、コイツの体は本当にものすごく柔らかいな。


「救急車を、呼んでくれ……」

「わがままで……ごめんなさい……」

「べつに、いいよ、慣れてる、し」

「ホント、ごめんなさい……」

「もしも、俺が、このまま死んだら、命日には芋焼酎を持って墓参りを、してくれ」

「わかりました……お墓の前であなたの為にゲロ吐くまで飲み続けます」

「た、のむよ。それと、もう一つ。もしも、俺が助かることができたら――」





 ――結婚、しようか。





 それを最後に俺はゆっくりと目を閉じた。


 助かることを三割、


 死ぬことを七割、


 願いながら……


 でも、


 結局どちらにしても面倒くさいことには変わりそうにないな。




ぐだぐだですが、これで終わりです。お酒は飲んでもいいですが、飲まれることのないようにしましょう(笑)

改行がやけに多いこの作品を呼んでくださった方、特に携帯の方々は本当にありがとうございました。感想等ありましたら、いつでもよろしいのでぜひ気軽にどうぞ。

では、機会がありましたら次回作でまた会いましょう。

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