剣計画2
陸軍本部から大通りを挟んだところに、古ぼけた建物がある。元々は白い漆喰で壁が塗られていたが、あまり手入れがされていないからか、ところどころ剥落しており、黒ずんでいる箇所も多い。
元々、陸軍本部に詰めている兵の宿舎だったところだ。近衛や佐藤はこの建物を、様々な陸軍の秘匿計画に用いていた。
その中の一室、元々士官用の食堂があった部屋で、近衛、佐藤、登戸で打ち合わせが行われていた。
赤絨毯がひかれているが、摩耗で白っぽく見える。赤い壁紙が貼られ、唐草模様が凹凸で表現されている。この建物の例に漏れず所々剥げている。
「この計画で喚び出す者の処遇はどうしますか、近衛伯爵。計画が進むまで、陸軍の施設で拘禁するのがいいと思いますがね。」
登戸は相変わらずの早口で、対面に座る近衛と佐藤に尋ねる。
佐藤はそれも当然、といった顔をするが、近衛はそれに異を唱える。
「できるだけ、喚び出した者は尊重したいと考えている。どうせ、計画の遂行には協力が不可欠だ。計画が実を結ぶまではまだまだ時間もかかるだろうしね。」
登戸は明らかに呆れたという顔をする。これ見よがしに溜息をついて、こう続けた。
「協力が不可欠なんていっても、やりようはいくらでもあるでしょう。薬物にせよ、何にせよ。おたくら陸軍がいろいろ開発してるのは、そこいらの子供でも知ってますよ。まあ、何をいっても聞き入れないでしょうから、好きにしてください。」
登戸はこう言うが、内心は近衛の行動が非合理であるとは思っていなかった。近衛という男は、人をその気にさせるのがこの上なく上手かったからだ。
現に性格に難があり、素行の悪さから学界を追い出された登戸を、陸軍の計画に協力させている。
実際、自発的に協力してもらえるなら計画遂行の効率は確実に上がるだろう。
心許ない照明しかない室内に小さな窓から差し込む光は、部屋に舞う埃を輝かせていた。それはまた、影の存在も際立たせるのだった。
「他にも魔力値が十分ではない事も考えられます。」
佐藤が懸案事項を提示する。
「今回の計画で目星をつけている世界では、魔力の変換効率がかなり悪い。人為的に魔力の変換効率を下げた環境でラットを飼育すれば、魔力量が伸びるという研究結果がある。同じことが、人間にも当てはまると仮説を立てている。」
登戸はこの計画が、かなりの部分で推測に基づいている、成功する確率が低いものであることを自覚していた。
憶測で一人の人間を強制的に喚び出すという計画を平然と進める近衛に、なんとも末恐ろしい心地がする。
喚び出すのに用いる92号魔素は、小惑星由来のものである。昨年落ちた巨大な隕石から採取できなければ、この計画は現実的でなかっただろう。
つまりは片道切符というわけだ。
更に佐藤に向けて説明する。
「基本的に観測できる異世界は、距離という概念はないが、隣接する世界、つまり、文化や歴史の面で、この世界と非常に似通った世界ですからね。意思疎通にそれほど問題は生じないと思う。」
近衛は佐藤と登戸の会話を聞きながら、こう言い放つ。
「魔力値が規定値よりも下回るなら、適当に資金を与えて解放すればいい。異世界から喚び出されたなどと言い触らしても、気が触れたようにしか見えないだろうからね。」
近衛の表情からはなんの揺らぎも見て取れなかった。近衛はただ粛々と自らの使命を果たしているのだ。
打ち合わせが終わることには、日が傾いていた。
夕日は唐草模様の壁紙を紅に照らす。壁の唐草模様は、グロテスク様式のように見えた。




