第二話
涼の独り言に、ラフな格好の登戸博士が男性にしては高い声で早口でまくし立てる。
「空気中に含まれる魔力量が多いとき、魔力量の多い人は甘みを感じるんだよ。君はやはりそっち側らしいね。私はどうやらその才能はなくて感じたことはないんだが。どれくらい甘く感じるか教えてもらえるか。」
突然の饒舌な男の語り口に、涼はさらに混乱を募らせる。今まで感じたことのない、感覚について説明を求められても、なかなか難しい話である。
佐藤が嫌な顔を隠しもせずに涼に助け舟を出す。
「登戸博士、彼もこちらに来たばかりで混乱しているでしょうから、少しは遠慮してください。」
近衛は己の副官であり、腹心である佐藤の常識人な態度にどこか安心しつつ、混乱する涼に語りかける。
「ともかく、登戸博士の仮説の通り、皇国語が通じるようでよかった。涼君、混乱しているとは思うが、状況を少し説明させてくれ。」
初老の紳士の落ち着いた声音に、涼は少し落ち着きを取り戻すのだった。部屋に置かれた、機械類が蛍のような青い光を放っている。
「ーーー。つまり、我々は扶桑皇国の陸軍研究機関であり、涼君にはその研究のため、こちらに来ていただいたというわけだ。そして、本当に申し訳ないが、元の世界に返すことは、物資と技術の問題からできない。」
涼は近衛の説明を聞きながら、急速に頭が冷えていくのを感じた。目の前の初老の紳士は誠実そうだが、初対面で信頼することは到底できなかった。
一方でどうやら異世界に来たということは、自らが体験した、不可思議な現象とこの部屋の機械類が証明しているようだった。
「結局、あなた方は僕に何をさせたいのですか。」
涼が至極当然な問を発する。口調が、強くなってしまったことに自ら驚く。
近衛はまだ幼さを残した風体の涼を諭すようにこう続ける。
「私としては、君に何かを強制するつもりはない。ただ、勝手に呼び出した手前申し訳ないが、研究に協力してもらえれば嬉しい。どちらにせよ、生活する上での便宜は取り図る。こう見えても私は陸軍の小将をしていてね。生活には困らないと思う。」
涼は持ち前の賢明さから、近衛が親切心にあふれた紳士ではないと理解した。異世界に来たというなら、根無し草となった涼にとって頼れるのは近衛だけだ。
もちろん、研究への協力も断れるとは思えない。
「つまりは、協力しろということですね。」
近衛は涼の鋭い切り口に、一瞬たじろいだような仕草を見せた。
二人の会話を聞いていた登戸博士は、居ても立ってもいられないという様子で割って入る。
「それでは伯爵、早速魔力測定、その他もろもろに移りたいですが、よろしいですか。隣の測定室に移りますので、ほら、君付いてきてくれ。」
有無も言わせず、登戸は涼を連れ出そうとする。我々は君に危害を加える気はないからと近衛が涼に言い終わる時には、部屋の古い扉が重苦しいが、滑稽な音を立てて閉められた。
静かになった部屋には近衛と副官の佐藤だけが取り残された。
部屋には乱雑に置かれた機器が青い光を放ちながら、コポコポと音を立てている。
「まさか、実験が成功するとは思いませんでした。しかも会話も通じるとは……。扶桑人の中等部の学生といっても違和感はありませんね。」
佐藤は独り言のような響きで、近衛に話しかける。
「登戸博士は、我々の世界と近しい文化、歴史を辿った世界から喚び出すのが効率が良いといっていて、実際そうしたが、まさに扶桑人そのものだな。彼の世界も気になる……。何とも聡明そうだったな。」
近衛の意見に、佐藤も首肯する。普通は混乱して、取り乱してもおかしくないであろう状況で、自らの置かれた立場を的確に理解していた涼から、確かな知性を感じていた。
「ともあれ、彼の魔力量が例の計画に十分であることを祈るだけですね。他の案はなかなか進捗が芳しくないようですから……。」
佐藤の言葉に、黙って頷きながら、近衛は涼の出ていった扉を眺める。漆喰で塗り固められた無機質な扉は、重苦しい印象を見る者に与えた。
それから1、2時間経ってからだろうか、ノックもなしに扉が開かれ、登戸博士がなだれ込むように室内に入ってきた。後ろには所在なさげな涼も従っていた。
「伯爵、彼の魔力量は素晴らしい。一人で魔導戦艦を動かせるレベルです。これなら計画も……。」
近衛はまくし立てる登戸に対し、鋭い一瞥をくれて制したあと、涼に話しかけた。
「とりあえず、今日のところは私の家で休むといい。そこの佐藤に送らせる。私は博士と少し打ち合わせをしてから帰る。よければ夕食を一緒に取りたいが……。」
涼は近衛の申し出に、首を縦に振って応えた。
「では涼君、こちらへ。」
佐藤の肩越しに、登戸と近衛が話すのが見えた。興奮した様子の登戸と冷静にそれを聞く近衛をみて、小さな子どもと親のようだと、涼は少しおかしく感じたのだった。
部屋出て、佐藤に先導されながら歩いていると、ずっと感じていた甘みを消えていることに気づいた。
涼は甘い物が得意でなかったから、それだけで少し気持ちが楽になるのだった。




