第十七話
昼前の大浜の街は朗らかな陽気に包まれ、心地よい海風が吹いている。
公輝は大陸街の大陸茶の店に来ていた。士官学校の黒いブレザーに身を包む公輝は、入り口の近くの2人掛けの席に座る。ネクタイはきつく結ばれている。
ゆったりと茶を飲んでいるような風体で、急須から何杯も注ぐという、器用なことをしていた。
入口の鈴が、兵学校の制服に身を包む白い少女の入店を知らせる。兵学校の革のカバンを手に持っている。
不安そうな顔をした雪は、公輝を見つけると笑顔で席に着く。
座って、少しうつむきがちに挨拶する雪に、平静を装いながら公輝は返事する。
今日は何をしようかと聞く雪に、海沿いの街でも歩こうと提案する公輝。
会計を終え、2人でお店をのドアを開ける。陽光が差し込み、鈴が軽やかな音を奏でる。
海沿いには西方諸国の様式の建物が多く立ち並ぶ。赤レンガと石材で彩られた建物が美しい。道には等間隔に魔導灯が並ぶ。よく整備された歩道には、花壇があり、トレニアの花が植えられている。
広い歩道には露天が並び、建物の1階には雑貨店やレストランが軒を連ねる。
黒と白の2人が歩道を歩く。
「見て、公輝くん。あの果物何かな。」
雪は露天のジュースに興味を示す。舶来の珍しい果物が並べられている。雪の選んだのはオレンジ、公輝はドラゴンフルーツだ。歩きながら飲む。
雪の提案で一度、交換して味見をする。
恐る恐る、赤いジュースを口にした雪は、大きな目を見開き、その感想を表現した。
「おいしいね。色で勇気が出なかったけど、それもいいな。」
雪は口元に少しジュースをつけて、話す。公輝は普段は持ち歩かないハンカチでそれを拭ってやる。
雪は何の抵抗なく受け入れ、少し恥ずかしそうな、嬉しそうな顔をする。
「俺はそっちのオレンジ好みかも、交換しようや。」
オレンジの爽やかな香りは、麗らかな日と相性がいい。心地よい風が遠い西方諸国を思わせる。
飲み終わる頃に、仕立ての良い帽子屋が見えた。雪の視線に気づいた公輝は、中に入ることを提案する。
それほど店内は広くないが、木の棚に、たくさんの帽子が並び、布や革の香りがする。
シルクハットを雪に提案され、被ってみる。なんだか似合わない。
公輝は心地の悪さを、帽子を取って慇懃に礼をすることで誤魔化す。雪は満面の笑顔でそれを見る。
公輝はふと、目についた黒いベレー帽を手に取り、雪にかぶせてみる。
「めっちゃええやん。めっちゃ似合ってる。」
公輝の好評を聞くと、姿見に駆け寄り雪は確認する。黒いベレー帽は雪の短く切られた白い髪に良く似合っていた。
雪も気に入ったのは、表情をみれば明らかだった。雪の帽子を受け取り、そのまま公輝は若い女性の店主のもとへ向かう。
「公輝くん、私が払うから。お金も借りたままだし……。」
財布を取りだそうする雪を止めて、プレゼントと言って会計を済ませる。
店主の女性は微笑ましいといった表情で、2人を見送る。
雪はベレー帽を入れてもらった紙袋を、胸に抱える。
「その袋持つで。カバンと紙袋は持ちにくいやろ。」
そう言う公輝に、雪は自分で持っていたいと返す。結局少し重い革のカバンを公輝が持つことで合意する。
花壇の花に、ミツバチが飛んでいた。




