第十三話
大陸街の観光を楽しんだあと、雪は黒塗りの車に乗り込んだ。車の運転席には、海軍の白い制服に身を包んだ男が乗っていた。
「雪お嬢様。珍しく大陸街の観光ですか。このことは山下大佐には内緒にしておくので安心してください。」
雪は礼の言葉を消えそうな声で返す。普段は海軍兵学校に迎えに来てもらっていた。
車はそのまま赤レンガを基調とする大浜海岸病院に入っていった。
迎えの軍人と共に、病院の薬品臭い廊下を歩く。照明は明るく、白を基調としていることもあり、清潔感がある廊下だ。
しかし、誰も通りがからないため不気味な心地がする。
一つの部屋の前で軍人は立ち止まった。引き戸を開けると、様々な機材と配線が見えた。部屋の中央には手足の拘束具のついた椅子が置かれている。
その横には白衣の男性が数名と、海軍の軍人が立っていた。その軍人は初老に差し掛かったところだろうか、髪をオールバックにまとめている。目つきは鋭く、神経質そうな印象だ。
「山下大佐、御息女をお連れいたしました。」
雪の父、山下大佐は部下の言葉に頷き雪に近づく。
雪に体調はどうかと言葉をかけ、雪は問題ありませんと答える。
このやり取りは、この親子の二週に一回の恒例の儀式であり、唯一の親子の交流だった。
雪が椅子に腰を掛けると、山下大佐は白衣の男達に目配せをする。男達は雪の手足に拘束具を取り付け、頭に機材を被せる。
機材が起動し、青い燐光を放つ。機材が唸りを上げるにつれ、雪は口の中に不快な甘さを感じる。
雪は頭に強烈な痛みを感じた。雪は手を強く握りしめ、唇を噛む。強く噛んだからか、唇からは血が流れ、雪の白い肌の上を伝う。
五分ほど経っただろうか。雪は常人なら悶え苦しみ、絶叫するであろう責め苦に、一切声を挙げずに耐え抜いた。
お疲れ様ですと、両脇の白衣の男達に声をかけられる。拘束具を外す彼らの顔には、憐憫の情が浮かんでいた。
一人の男が、雪の左手に注射をしようとする。
「今日は……。今日は注射を無しにしてもらえませんか。」
なんとか絞り出した、蚊の鳴くような声に男は驚く。何度もこの一連の処置を行っていたが、雪が初めて拒絶する素振りを見せたからだ。
男は山下大佐の方を一度見るが、山下大佐の表情には変化がない。
「注射をしないと、魔力の定着に支障が出ますから……。」
雪の顔には、諦念が浮かび、大人しく左腕を差し出した。雪は白衣の男達に連れられ、休憩できる別室へと連れられる。
白衣の男達は、山下大佐に雪の魔力量についての報告を行う。一通り終えたところで、山下大佐が口を開く。
「近衛の倅とやらが士官学校に入学した。業腹にも魔力量にも恵まれているらしい。今年の士官学校と兵学校の演習で、雪の成果を試す。調整を頼む。」
珍しく饒舌な様子に、一同は驚くと共に、何かを射殺しそうな視線に恐懼するのだった。
別室に連れられる雪だったが、途中で化粧室に入る。個室のドアを雑に閉め、便器に嘔吐する。最後に打った注射は嘔吐を促す。
「吐きたく……なかったな……。」
誰もいないトイレに、小さなつぶやきが消えていった。
すみません、最近忙しくて更新ができませんでした。今回も短い……。




