第八話
教室は黒板を一番下にして、階段状になっていた。床はグレーのタイルが敷き詰められており、よく磨かれている。床に固定されている黒っぽい木の長机は、5,6人は腰掛けられそうたが、2人ずつ使用するようだ。
前から三列目の窓側に腰掛ける。制帽を机におく。窓からは広大な運動場と、その向こうに野球場よりもまだ広い、金網で囲まれた大きな空間があった。
教室の中では何組か既にグループができていた。どうやら既知の関係らしい。
士官学校に入学するにあたっては、受験用の学習塾に通うのが通例である。国語、数学、外国語の科目に加え、魔力量の試験がある、狭き門であるからだ。
佐藤の教え方がよかったのか、涼の天性の才か、短期間で合格できたのは幸運だった。
ともあれ、学習塾の知り合いなのだろう。
しばらくすると、涼の隣に男子生徒が1人座った。彼は帽子を横にずらして被り、ブレザーのボタンを外している。
お菊ならば、このような着こなしは許さないだろう。所作が堂々としているからか、なぜか様になっていた。
そのすぐ後、涼の前に入学式で見かけた女生徒が座った。凛とした佇まいは、隣に座る彼とは対照的だった。
涼はなんとも話しかけるきっかけが見つからず、窓の方を見てばかりいた。
しばらくすると、老齢に差しかかった頭髪を剃り上げた男が入ってきた。表情こそ柔和だが、陸軍の黒い軍服に身を包む姿は矍鑠としており、存在感がある。
自然と教室は静かになり、間を置かず男が話し始める。
「さて、皆さんおそろいですね。ご入学おめでとうございます。私は皆さんの担任を務めます、谷澤です。3年間担当しますので、よろしくお願いします。私と折が合わなくても逃げられませんよ。」
にこやかに冗談を言う谷澤だったが、教室に笑いは起きない。谷澤はそのようなことは慣れているのか、気にせずに続ける。
「では、早速ですが皆さんにも自己紹介をしてもらいましょう。私から見て左手の……、一番前の君からお願いします。」
指された生徒が立ち上がり、自己紹介を始める。
生徒たちは各々趣味やら、士官学校に入学した理由やらを話す。皆一様に、国防の一助になりたいと話すが、胸を張って話す者もいれば、そうでない者もいる。
士官学校に入学する生徒は大きく分けて2つのパターンがある。父兄が陸軍の関係者であり、触発されるパターン。家庭の金銭事情から、学費が無料であり、給与まで支給される士官学校を目指すパターン。
その背景事情は、自己紹介にも表れていた。
自己紹介は進み、前の席の女生徒の番になる。
「有明翔子です。趣味は弓道で、国防の最前線に立ち、国民と国益を守るべく、入学いたしました。」
国政政党である保守党の重鎮、有明国防大臣の娘が士官学校に首席で入学したという噂は、涼のもとにも届いていた。佐藤に聞いたのだったか。
最前列までは聞こえないであろう、小さな声量。しかし涼の位置からははっきりと聞こえた。
「エセ保守の娘のくせに……。」
一瞬、翔子の後ろに結わえた髪が揺れた気がした。 涼は何とも心地の悪さと少しの怒りを感じた。それは自己紹介の緊張を忘れさせるには十分だった。志望理由を真面目ぶろうかと思っていたが、まあ、気楽にやろうか、と思い直す。
「近衛涼です。士官学校に入学したのは、魔導具足に乗りたかったからです。99式が一番好きです。皇都の上空を飛ぶのが夢です。」
隣の男子生徒が吹き出したのが分かった。教室は不思議な雰囲気に包まれている。
隣の制服を着崩した男の番になる。
「大川公輝です。趣味はランニングで、士官学校に入ったのは、お金のためです。知ってますか、この学校を卒業後、士官になると給料、一般企業の二倍近くあるんですよ。最高ですね。とくに具足乗りは高いらしいので、目指してます。」
隣人は独特の西方なまりで話しきった。話している内容も頓珍漢だが、教室には少し笑いが起きたのはその、独特の西方なまりのおかげか。
大川教官も笑いながら、くぎを刺す。
「良い給料をもらうには、まずそのだらけた服装をどうにかしなさい。今日は見逃しますが、明日からは厳しいですよ。」
それ以後の自己紹介は、なんとなく気の抜けたものになった。入学理由も多様なものになった。
一通り自己紹介が終わり、休憩となった。次は寮に移って、説明を受けるらしい。待機時間は十分程あった。
涼は公輝に話しかける。
「給料っていくらぐらいもらえるの。」
今まで、意識していなかったが、近衛少将に援助され続けるのも、バツが悪い。将来の事を考えて給料も気になってきた。
「え、初対面で一声目がそれなん。近衛くんおもろいな。陸軍の給与体系については誰よりも詳しい、俺が教えたろ。」
前に座っている翔子も振り向く。
「私も気になる。私は出世するつもりだから、将官レベルのを教えてね。」
公輝はご機嫌なのか、いつもそうなのか分からない、ハイテンションで懇切丁寧に教えてくれた。
陸軍の給与は確かに高給だった。
それを皮切りに、趣味などについて軽く雑談を交わすのだった。




