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月を詠む  作者: 都合
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自室にて

命あるだけ良しとしよう。自室だと案内された部屋のソファーで一息つく。


思えば、夜の里に到着した時、屋敷の門の前に到着した時、ツクヨミ様と対面した時、他の妖に出会っていない。更に、ツクヨミ様と対面したが、互いに顔を見てはいない。もしかしたら、ツクヨミ様だけではなく、妖達もよく思ってはいないのかもしれない。


次之間でツクヨミ様に名乗った後、一言投げられて襖が閉まる音がした。おそるおそる顔を上げると、ツクヨミ様がいた上段之間の襖はぴたりと閉じており、部屋には私一人になっていた。

助かった。そう安堵して、息を吐く。まだ指先は冷たく、呼吸も浅かった。深呼吸をして、どうしようかと思っていると、後ろからゆっくりと襖の開く音がした。

その音につられて振り返ると、狐のような生き物が私を見ていた。その生き物は頭を深々と下げ、とてとてと足音をたてながら近づいてきた。


「初めまして、花嫁様。私は、あなた様のお世話をさせていただく白狐のツツジと申します」


小さい生き物。世話係。白狐。ツツジ。情報が渋滞して、思考が停止してしまいそうになる。言葉を話せるということは、意思疎通は可能なのだろう。同じく頭を下げて挨拶をする。


「金剛ミツです。よろしくお願いします」


そうして、ツツジに連れられ、屋敷の離れの一室を自室として案内されて今に至る。


屋敷は和風だったので、てっきり自室も和室なのかと思ったが、意外にも洋室だった。ヴィクトリアン様式のソファーとテーブル、サイドボードまで揃っている。窓にはステンドグラスがあしらわれており、シンプルながら高級感のある家具ばかり。部屋の奥の扉を開けてみると、大きなベッドがあった。ここは寝室らしく、リビングに負けず劣らず高級そうな家具が整然と並んでいた。ベッドの横のサイドボードには、案内人に預けていた荷物が置かれていた。


ツツジは「また明日の朝お伺いします。ごゆっくりおやすみなさいませ」と言って部屋を去ってしまった。部屋に一人、今日の出来事が走馬灯のように駆け巡る。


初めて見るもの、初めて感じるもの。そして、そして。これからのこと。ここに来て分かった。私は知らないことが多すぎる。ツクヨミ様のあの言葉、『ひっとうのさんばんめ』の意味。『さんばんめ』はそのまま三番目そして私のことだろう、『ひっとう』は筆答、筆筒、筆頭。恐らく「筆頭」のこと。

父は会社経営者なので、社長という意味だろうか。だとすれば、三番目の意味が分からない。


私は一人っ子なので、それを指すなら「筆頭の1番目」になるのではないか。分からない、分からない。窓を開けて夜風にあたる。耳を澄ませば微かに水の流れる音が聞こえる。夜の里に到着した時に見た大きな滝を思い出す。この里は水源には困らないだろう。妖が生活に水を使用するのか分からないが、ふと、そんなことを思った。これが、現実逃避というやつだろうか。


近くにあるチェアを引き寄せ、外の景色を眺める。『夜の里』と言われているからなのか、妖が夜も行動するのか、どちらか分からないが街の明かりが煌々と光っている。


「華やかだな…」


まるでお祭りの時のようだ。毎年楽しみにしている夏祭りを思い出す。提灯の明かり、楽しそうな人々の喧騒。私は毎年、窓から見える景色を楽しんでいた。




どれくらい、そうしていただろうか。


お祭りの時と違い、夜の里の光はいつまでも輝いていた。




夜風が段々と冷たく感じる。窓を閉めて、再びチェアに座る。だいぶ夜遅い時間になっているはずだが、まだ眠れる気がしない。


明日からどうなるのだろう、そういえば、私はツクヨミ様と結婚するためにここに来たのだ。歓迎されていないのに、本当にするのだろうか。こんな状態でやっていけるのだろうか。


ぽろり、涙が零れる。一粒、もう一粒。零れだしたが最後、とめどなく溢れて止まらない。小さく嗚咽を漏らす。決意して、大丈夫と言い聞かせて、ここに来たのに。結局は恐怖して、不安に苛まれて、この体たらくだ。自分がどうしようもなく情けなく、ちっぽけで、ひどく悲しくなってしまう。

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