見回り
まだ陽は柔らかく、涼しい風が頬を撫でる。
屋敷から里の中心へは、崖の外周をなぞる緩やかな坂になっており、じわじわと息が辛くなる。それによって足が重くなり、歩く速度が遅くなる。前を歩くツクヨミ様は、なんてことないのだろう。一定の速度を保って歩いていく。
「すまない、早かったな」
距離が少し離れたことに気が付いたのか、すぐに歩みを止めてくれた。私のことを見ていてくれたことに、胸が暖かくなる。
「いえ、私の方こそ遅くなってごめんなさい。まだ慣れなくて」
「丁度良い、休憩しよう」
目の前に大きな手が差し出される。それに驚かなくなるくらいには、見慣れた手になっていた。その手を取ると、加減をして引っ張ってくれる。その流れに乗って足を進めると、軒先に置いてある長椅子に座らされる。ツクヨミ様も隣に座ると、建物の奥からエプロンをした女性の妖が現れる。
「あら、ツクヨミ様ではございませんか!花嫁様まで!お待ちください」
彼女は私達の姿を見て、珍しい、という表情をしながら建物の中に向かって誰かを呼ぶ。すると店主らしき男性の妖が慌ただしく出てきた。
「ツクヨミ様!花嫁様!ようこそ。何になさいましょう」
にこやかな表情で私達に声をかけてくれる。彼もエプロンをつけているので、食べ物屋さんなのだろうか。そう考えていると、ツクヨミ様が答えをくれる。
「甘味処だ。甘いものは好きか?」
「はい」
甘いもの、そう聞いて心が躍る。実家では時々、乳母がチョコレートをくれた。あれはとても美味しかった。その味を思い出し、期待に胸が膨らむ。私の返事を聞いたツクヨミ様は、店主に注文をして、それを聞いた店主は建物の奥に姿を消した。
ツクヨミ様と横並びに座って、外の景色を眺める。日中でも活動をする妖は多いらしい。ほとんどの妖がツクヨミ様に挨拶をして去っていく。里の皆から慕われているのが伝わってきた。
「皆から慕われているのですね」
「そう見えるか?」
「はい」
慕われている、という状態を私が正しく理解しているかと聞かれたら不安になるが、里の妖から好意的な様子を見ると、少なからず悪くはないだろう。
そんな話をしていると、店主が建物から姿を現した。お盆を持っており、その上には温かいお茶と、黄色くて四角い物が二つ皿に乗っている。そのお盆を私とツクヨミ様の間に置いた。
「カステラでございます。ごゆっくり」
軽く礼をして、店主はまた奥に消えた。それを見送って、私は視線を皿に戻す。カステラ、というお菓子、らしい。よく見ると、上は茶色で中の黄色の部分はパンの中と同じような形状をしている。じぃ、と観察をしていると、フォークを差し出される。
「初めてか?」
「は、はい」
差し出されたフォークを受け取って、ツクヨミ様を見る。自身もフォークを手に取り、皿の上にあるカステラを一口サイズに切って刺す。持ち上げたそれを私の口元に寄せた。
「食べてみろ」
言われたまま、差し出された一口サイズのカステラを食べる。しっとりしていて、上品な甘さが口いっぱいに広がる。
「…美味しい、です」
初めての経験だった。こんな美味しい食べ物、初めて知った。あまりの美味しさに感動してしまう。
「良かった」
聞こえてきたツクヨミ様の声が、一段と優しくて。それにつられて目を合わせると、目じりを下げて、声色と同じく優しい表情で私を見ていた。
また、だ。心臓が音を立てて跳ね上がる。それと同時に顔に熱が集まる感覚。ここ最近何度も経験しているはずなのに、慣れない。これは、一体、何なのだろう。
そんな照れを隠すように、残りのカステラを食べる。先ほど感じた甘さはそのままのはずなのに、それを受け取る感覚が鈍くなっているような気がした。




