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月を詠む  作者: 都合
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夜の里

「花嫁様、到着しました」


案内人に肩を揺さぶられ、自分が寝ていたことに気が付く。そうだ、急に眠くなって、それで。そうか、寝てしまったんだ。目を軽くこすって、体を伸ばす。ぱきっ、と子気味良い音を立てて骨が鳴る。


「この里ではこちらの面を着用してくださいませ」


そう言われて差し出されたのは、案内人が顔につけている面と同じものだった。違う点といえば、私の面には家紋のような柄は描かれておらず、無地のものだった。素早く身に着け、下を引っ張り落ちないか確認する。


案内人は私が準備できたのを確認したのか、乗り物を降りて、出発の時と同様に私に手を差し伸べる。その手を受け取り、乗り物を降りるためにかがんで足元を確認するため下を向く。ゆっくりと乗り物を降りて、顔を上げる。


目の前には小さな明かりがふわふわと浮遊しており、柔らかく発光している。先に目をやると。切り立った崖、滝があり水の流れる音が聞こえる。案内人についていき、少し進むと足元に円形に削り取られたような大きな崖が現れた。その下を覗いてみると、妖が住んでいるのだろう。居住区のような場所が見える。これは、街だ。


「ようこそ、夜の里へ」


崖の周りを螺旋状に階段があり、階層ごとに分かれて建物がひしめき合っている。妖たちの喧騒も聞こえ、まるで帝都の街中のようだ。違う点があるとすれば、空を飛んでいる生き物が多く、形も様々であるということ。初めての光景に、呆気に取られてしまう。見るもの全てが新鮮だった。


「さぁ、ツクヨミ様がお待ちです」


案内人は空を飛んでいる布に声をかける。どうやらこの布も妖らしく、荷物を預けて上に乗る。私もそれを見習って落ちないように上に乗った。


「里長であるツクヨミ様のお住まいは、崖の一番下です」


その言葉を聞いて崖の一番下を見てみると、ひときわ大きな屋敷が目に入った。あれがそうなのだろう。私たちが乗っている布は軽やかにそこに向かっていった。




門の前で降ろしてもらい、いよいよ、この時が来た。ごくり、と息をのむ。先程までは、初めての光景に驚いてばかりだったが、ここに来て緊張が走る。強大な妖力を持っていると言っていた。問答無用で食べられたらどうしよう、そもそも会話できるのだろうか。なんて、緊張だけではなく、不安も一気に押し寄せる。


「では、参りましょうか」


そんな私の緊張と不安をつゆ知らず、案内人は門に近づく。すると、鈍い音を立てながらゆっくりと門が開いていく。




その広さに反して、屋敷の中は静まり返っていた。人の姿、もとい妖の姿は見当たらない。光源が少ないため少し薄暗くて、街の中を浮遊していた明かりと同じ物が屋敷の中を照らしている。その屋敷の中を案内人は、迷うことなく進んでいく。見た通り広い屋敷なのだろう、長い廊下、階段を進む。やはり、屋敷の中に妖の姿はなく、自分の足音がいやに大きく聞こえてきた。


見えてきたのはひと際豪華な襖。説明されなくも分かる。ここに、ツクヨミ様がおられるのだろう。いざ、目の前にすると、少しだけ、ほんの少しだけ、足が竦む。ひやり、指先が冷えていく感覚が伝わってくる。少しだけ、ほんの少しだけ。そう、ほんの、少しだけ。怖い。




でも、もうどうしようもないのだ。もう、逃げることもできない。


ここで、何があっても、受け入れていくしかないのだ。




「私の案内はここまでです。ここからはお一人で」


案内人は豪華な襖に向かって手を向け、私に先に行くように促す。それに従って、半歩、足を進める。すると、音も立てずに襖が開く。今までの部屋とは違い、先は暗く、どうなっているのか全く見えなかった。1部屋、2部屋、広間を越えて、次の襖が開く。柔らかな明かりがこぼれ出し、中の様子を見ることができた。


そこはまるで、本丸御殿の次之間のような場所で、壁や襖には縁起のよい植物や動物などの絵画が描かれている。天井も細かい装飾が施されており、豪華絢爛という言葉はこのためにあるのだろうと思ってしまう程だった。呆気にとられてしまって、先ほどの恐怖と決意は何処かへ行ってしまったようだ。


それもつかの間、一番奥の襖が開く。襖の下を見てみると、床が一段高くなっており、この先に偉い人が居ると分かってしまう。いよいよ、ツクヨミ様と対面する。呼吸が浅くなり、血の気が引いていく。ここに、居る。自分の命運を握る〝旦那様〟が。恐怖で固まってしまった体を動かし、正座をして頭を下げる。妖に礼儀など通じるのか不安だったが、しないよりはマシだろう。それに、前が見えないのだ。首を切り落とされようとも、私は気が付かない。




「名は」




涼やかで、甘く、心地の良い声だった。




「金剛ミツと申します」


名乗りを挙げると、「はぁ」と深いため息が聞こえてくる。


「筆頭の3番目か」


ひっとうのさんばんめ。何を言われたのか理解ができない。名乗った後に言われたのだから私のことだとは思うのだが、今までそう言われたことはない。心当たりがない。深いため息、投げやりな言葉、これだけでも十分伝わる。私は歓迎されていない。

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